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Akashic Vision  作者: MCFL
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第138話 騒ぎの後の静けさ

土曜日に様々な出来事が重なった各組織の乙女たちは様々な思いを胸に翌日を迎えていた。




「盛岡ジュエルはやはり暴走したと考えるべきね。」

土曜の夜のうちに上がってきた情報をまとめた葵衣から報告を受けた撫子は翌朝開口一番にそう呟いた。

ジュエルの破壊という前代未聞の事態なので何が起こったのかは解析できないが、由良の証言や秋田ジュエルインストラクターの久保田の報告書の内容を見ると元大阪ジュエルインストラクターの神戸が見せた暴走と類似していた。

その辺りは昨日中に葵衣が実際に神戸と対峙した緑里に確認を取っていたので間違いない。

「しかし破壊されたはずのジュエルがどのようにして暴走するのか。暴走するとなぜグラマリーを使えるようになるのか。まだ謎は多いですね。」

そしてグラマリーと言えばもう一つ報告があった。

こちらは朗報であるため撫子の顔も綻ぶ。

「綿貫紗香さんがグラマリーを発現。これで桐沢茜さんに続いてジュエルでは2人目ですか。」

茜は八重花、紗香は良子についた事でグラマリーを発現させた。

この事実からグラマリーがヴァルキリーメンバーとの強い信頼関係で生まれる可能性が濃厚になった。

とはいえそれが真実だとしてもジュエル1人に対してヴァルキリー1人で指導をしていくわけにも行かない。

「前途は多難。ですが標は見えてきたようですね。」

撫子はベッドから降りて窓辺に立つ。

冬場の窓辺は温度管理がなされている室内でも寒く感じた。

コンコン

撫子が起きたのを監視カメラで見ていたような絶妙なタイミングでドアがノックされた。

「どうぞ。」

「失礼致します。」

入室を許可すると執事服の葵衣が入ってきた。

「おはようございます、お嬢様。お着替えをお手伝いします。」

手伝いと言いつつ実際は撫子は立っているだけですべて葵衣がやってくれる。

そこまでする必要はないのだが葵衣は断固として譲らないので撫子が折れた経緯があったりする。

「本日は如何なさいますか?」

「そうね。今日は出掛ける予定もないしラフな格好でいいわ。」

「畏まりました。」

ラフと言ってもジャージな訳がなくゆったりとしたワンピースが選択された。

着替えが終わるとティーテーブルにモーニングティーが用意される。

まさにお嬢様、至れり尽くせりの優雅な朝の図である。

撫子は紅茶に口をつけて微笑むと穏やかな表情で窓の外に目を向けた。

今日は快晴になりそうないい天気だった。

「今日はゆっくりとヴァルキリーの行動を検討しましょうか、葵衣。」

「僭越ながらお供させていただきます。」

絵にもなりそうなお嬢様と執事は自分達の理想のために話し合いを始めるのだった。




由良は手配されたホテルで目を覚ますと適当に準備して盛岡ジュエルクラブに向かった。

「昨日の奴らは全員縛り上げてジュエルクラブに放り込んだままだしな。まあ、久保田に頼んで監視はつけたから逃げられたりはしてないだろう。」

一応携帯の連絡先は教えておいたので何かあれば連絡してくるはずだ。

何故かアドレス交換をしたら目をキラキラさせていたが。

「昨日は久保田に冷麺の旨い店に連れてってもらったからな。今日も帰る前にどっか紹介してもらうか。」

そんなことを考えながら訓練所のドアを開けた由良は

「羽佐間さんがいらっしゃったわ!」

「「キャー!」」

「うおっ!?」

入った瞬間に上がった黄色い悲鳴に思わずドアを閉めてしまった。

「…なんだ、今の?」

カチャ

「キャー!」

バタン

カチャ

「キャー!」

バタン

カ…

「キ…」

バタン

「…。はぁ。」

どうやら聞き間違いでも人間違いでもないらしく由良は頭を掻きながら訓練所に入った。

さすがに悲鳴は収まったがジュエルが皆妙に熱の篭った視線を向けてきていて背筋がムズ痒くなった。

「おい、久保田。これは新手のいじめか?」

「とんでもないです。昨日羽佐間さんの勇ましい姿を見たジュエルの皆がファンになったんです。かく言う私も、ですが。」

恥ずかしげにモジモジしながら上目遣いで見てくる久保田に、男ならときめいたりするだろうが、由良はむしろ悪寒を覚えた。

(クラスメイトのやつらと同じ臭いがする。)

由良は敵と相対したときよりも警戒しながら従順なジュエルたちに訓練を施すのだった。




「もう…朝。」

綿貫紗香はベッドの上に座って窓から差し込む光に目を向けた。

グラマリーを手に入れた紗香だったがもしかしたら夢かもしれない、眠ったら力は消えてしまうかもしれないという恐怖のため一睡も出来ず、時折ジュエルを取り出しては小さく振動波を放ってグラマリーの存在を確認していた。

そうしているうちに朝になっていた。

紗香はベッドからのそりと起き出して洗面所に向かう。

鏡に映る少女はお世辞にも元気があるとは言えない。

「顔洗ってシャキッとしないとダメですね。こんな顔をしてたら良子お姉様に心配されちゃいます。」

パンと両手で頬を叩いて気合いを入れる。

ようやく良子たちと同じコースを走れるようになったのだ。

ヴァルキリーの皆はずっと前を走っているとしても控え選手として見ているだけだった頃とは違い、追いかけることができる。

「前は妄想に近かったですけど目標、打倒神峰美保が一歩現実に近づいてきたんです。立ち止まれませんよ。」

紗香は服を脱ぎ捨てて熱いシャワーで強引に体を覚醒させるといつもの元気な姿で飛び出していった。




良子もあまり眠れず早くに目が覚めたため一足先に訓練所に来ていた。

福岡ジュエルが襲撃されたため一応場所を変えて近場のジュエルクラブである。

だが紗香が不安で眠れなかったのに対して良子は喜びと期待で眠れなかった。

遠足を前にした子供と同じだ。

ウキウキした気分は体を軽くし、気が付けばラトナラジュ・アルミナの素振りを始めていた。

「ハアッ!」

風を巻き込んだ斬撃は赤い軌跡を残しながらも1つとして地面を傷付けたりはしない。

ハルバードの複雑な重心とリーチを体が覚えるほどに振るってきたからこそ出来る芸当だ。

赤い嵐を巻き起こしながら良子は微笑みを浮かべている。

「紗香がグラマリーか。」

昨日は純粋に紗香がグラマリーを使えるようになったことを喜んでいたが一晩経つと別の感情が芽生えていた。

それは優越感。

他のどのジュエルも誰一人としてグラマリーを使えない中で良子が目をかけた紗香だけが一歩先んじた。

その喜びが良子の内から沸き上がってきていた。

「八重花もこんな感じだったのか。」

桐沢茜がグラマリーを発現した時、八重花の態度が傲慢だと感じたことがあったが、いざ同じ立場になってみればその気持ちがよく分かった。

「偉そうになっちゃうね、これは。とにかく自慢したくなる。」

懇意にしていたジュエルの目に見える形での成長は自分の事のように嬉しくなる。

「"RGB"を解散させるのは難しいだろうけど、何かいい名前で紗香が入れるように出来ないかな?」

"RGB"にはソルシエール時代から続く仲間としての繋がりがある。

そのGを排除するのではなく、新たに紗香を加えた4人でのチームが出来ないか良子は悩む。

その迷いは鉾槍の太刀筋にも現れてチッと切っ先が地面を掠めた。

「あたしが考えても"ザ・玉"しか出てこないし、難しいことは悠莉と美保も一緒に考えればいいか。」

いまだに"ザ・玉"に未練があるらしい良子は考えることをさっさと放棄してジュエルが来るまで気持ちよく汗を流すのだった。




良子の相談相手、紗香のもう1人のお姉様である悠莉は風邪を引いて寝込んでいた。

理由を考えるまでもなく昨日無理をしすぎて体に反動が来たからだ。

「コホコホッ。せっかく病人特権で無茶を言える状況なのに誰もお見舞いに来てくれません。」

美保は大阪、良子は福岡と遠征しており、とても見舞いになど来られない。

そもそも風邪を引いたと教えてないのだから知るはずがなかった。

壱葉高校にはヴァルキリー以外にも学友はいるがそれらはすべて上辺だけの付き合いで家に招いたことも招かれたこともない。

「八重花さん…が来てくれるわけがありませんね。」

それ以外となると八重花が一番近しい存在だがこちらはこちらで心配して訪ねてくるほど人が良いわけではない。

むしろ弱っているところをついて交渉してくるタイプだ。

お見舞いには向いていない。

「まあ、それは私だからでしょうが。作倉叶さんが風邪を引けば文句を言いながらも優しく看病するんでしょうね。」

羨んだところで誰も訪ねてはこない。

「病気で弱っているとはいえ私が人恋しいと思うなんて、変わったものです。」

嗜虐的な嗜好もめっきり鳴りを潜めている。

最近は攻めるよりも攻められたいと思う機会が増えていた。

(とんだ変人ですね。)

自分の事を苦笑して悠莉は布団に身を預けた。

(半場さんがお見舞いに来たら…)

ふと陸の事を思い出しながら悠莉は眠りに落ちていった。




美保は何事もなく大阪の名産を堪能し、ジュエルクラブの訓練に精を出した。

終わり。

「なんか、あたしの扱いがぞんざいにされてる気がするわ。」




昨日は裕子たちと遊んだ叶たちは日曜日に太宮神社を訪ねた。

「ようこそいらっしゃいました、皆さん。甘美なる甘味の館へ。」

「「「いやーっ!!」」」

琴の出す魔性のお菓子に涙を流しながら食べる面々はお茶を飲んで気を引き締めた。

「昨日のヴァルキリーからの救援はもしかしたら陸たち"Akashic Vision"が出てきたかと思ったけどハズレだったわね。」

叶たちが何の見返りもなく助けに向かった背景にはそういう理由があった。

連絡手段がない以上戦場で会うか拠点を見つけ出すしかない。

「八重花ちゃんの方でも見つかってないんだよね?」

「そうね。時々引っ掛かるんだけどどこに拠点があるのかは全く分からないわ。」

エクセスを常時稼働させて探索していて駅付近で度々目撃されるもののそこから先の行く先がようとして知れない。

「壱葉近辺にいるのは間違いないのよね。」

「案外この太宮神社にいるとか?」

真奈美が冗談で口にすると琴が口許を袖で隠して笑った。

「ふふふ、わたくしが叶さんの益になる情報を隠していると?…真奈美さんはお菓子没収です。」

「アーッ!?」

琴はそのままお菓子を持って奥に引っ込んでしまった。

真奈美はべそをかいて残されたフォークを銜えた。

「あはは。私の分を分けてあげるからね。」

「叶ー。」

「何をやってるのよ?…あら、美味しい。」

別に急ぐ用事のない叶たちは社務所でお茶と会話を楽しんでいた。




一方、余ったお菓子を手にした琴は本宅に来ていた。

客間を開けるとそこには蘭の姿があった。

「狙ったのかわざとなのか存じませんが心臓に悪いのでやめてください。」

「それ、一緒の意味だよね?あ、お菓子だ!」

蘭は悪びれずお菓子の到着に満面の笑みを浮かべた。

琴はふうとため息をついて向かいに座る。

「策謀なしなら遊びに来ても構わないと言ったのはわたくしですが、あまり悪戯が過ぎるとお菓子出しませんよ?」

「んー、今度から気を付けるね。おいしー。」

本当に気を付けるのかは甚だ疑問だがその時は本当にお菓子を出さなければいい。

(すみません、叶さん。)

蘭の事を隠していることに罪悪感を抱きつつ琴もお茶を口にしてお菓子に舌鼓を打つのであった。




オリビアのアジトの一室、部屋の中央に椅子が3つ円陣を組む形で置かれているだけの部屋でオリビアと飛鳥、茜が向き合っていた。

「許さない。元"Innocent Vision"のやつら。」

飛鳥はギリギリと拳を握りしめて唇を噛んでいた。

「そういきりたつでない。仕事はこなしたのであろう?」

オリビアは別にヴァルキリーやセイントを殺せとは言っておらずジュエルクラブを襲撃するように言っただけだ。

そういう意味ではしっかりと仕事をしたと言えた。

「それに、茜が面白いものを見つけた。茜と同じ、ジュエルから本物に至る存在じゃ。」

オリビアはクックッと声を殺して笑う。

飛鳥も茜も面白くなさそうな顔をしている。

「もう少し妾の手元に有効な同志、あるいは従順な駒が欲しいと思っておったところじゃ。ちょうどこんなものも出来たしのう。」

オリビアが手のひらを翻すと手品のように黄色い魔石が乗っていた。

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