第135話 震える目覚め
「すべてを切り裂け、アルファルミナ!」
茜のソルシエール・ダイアスポアが光を纏い弧を描いて振るわれる。
ガギンッ
だがその刃は良子のルビヌスの赤い光を宿したラトナラジュ・アルミナに止められた。
「その程度の攻撃じゃすべては切り裂けないよ。やるなら半場海くらいやらないと。」
余裕ぶって説教している良子だったが内心では
(さすがにソルシエールの身体強化、ルビヌスでもギリギリ止められるくらいだ。こりゃ厳しいね。)
と冷や汗を流していた。
だがその感情を表に出さないことで精神的な優位を演じていた。
「接近戦が相手なら、ポアズ!」
つばぜり合いの状態でダイアスポアが空気の泡を吐き出していく。
真奈美を喰らった至近距離でのポアズ。
「デュアル、エアブーツ!」
良子はその危険性を直感で察知して文字通り風の如く後退した。
直後良子の立っていた場所から連鎖的に爆発が起こったが茜は何事もなかったように良子を睨んでいた。
超音振の影響を由良が受けないようにグラマリーは発動者には影響を及ぼさないようだった。
「デュアルジュエル。なかなか厄介なものね。」
「厄介さはソルシエールの方が上だけどね。」
良子はラトナラジュ・アルミナを構えつつ後方に視線を向ける。
そこではジュエルたちとオーが戦っているのだが、茜が連れてきたのが銃や剣を携えたオーの上位種であったため数で勝るジュエルと言えど苦戦していた。
「やあああ!」
その中で紗香は小柄な体躯を生かして視認速度を超える弾丸を避け、ブレードを受け流してオーに攻撃を加えていた。
高速の突きが砲身に突き刺さりオーが悲鳴のような叫びを上げた。
(さすがは紗香。だけどグラマリーを持たないジュエルにあの数のオーは厳しい。さっさと加勢に行きたいけど。)
良子の加勢は茜をジュエルの前に連れていくことになる。
ソーサリスの前では捨て駒にしかならない以上、ここで良子が茜を引き付けておくしか無かった。
「飛鳥とは違ってちゃんと強力な手勢を集めてきたわ。だから無駄な抵抗は止めるといいよ。」
「抵抗しようがしまいが殺すって言うならあたしは最後まで抗うよ。少なくともインヴィや半場海を前にしたときに比べれば絶望していないからね。」
良子は後ろの戦いを育て上げたジュエルたち、紗香に任せて茜に集中する。
戦う術すら思い浮かばない相手に比べればソルシエールとはいえ茜とは十分に戦える。
「ならすぐに絶望させてあげる!」
ダイアスポアを両手で天に向けて構えた茜が叫ぶと刀身が光を纏い始めた。
さらに光の剣から吹き出した空気の泡は光の球体のようにそれ自身が輝きを放っていた。
「フェムトポアズ。」
光の泡はゆらゆらと空間に漂いながらゆっくりと良子に迫ってくる。
「こんなもの!」
良子が全力でフェムトポアズに斬りかかり、ラトナラジュ・アルミナが泡を捉えた。
ドン
「クッ!」
光の泡が破裂するとその衝撃はポアズの比ではないほどに強くラトナラジュ・アルミナが完全に弾かれた。
良子の力でなければジュエルを手放していただろう。
「だったら当たらなければ。」
壊す度に隙が生まれては攻撃してくれと言っているようなものなので良子はエアブーツを使って避けながら茜に接近する。
プロバスケット選手のようなターンを駆使して接近する良子を前に茜は周囲にフェムトポアズを展開して余裕の笑みを浮かべていた。
「喰らえ、エアロルビヌ…」
ラトナラジュ・アルミナの柄の端を両手で握った全力の一撃を放つ直前、茜は良子の頭に向けてダイアスポアの突きを放った。
良子はそれを紙一重でかわして攻撃を放つ。
ドン
「ッ!」
だがその斬撃は強力な爆風によって下へと押し戻され、良子は仰け反る体勢になった。
先ほどの突きが攻撃ではなく風圧によってフェムトポアズを良子の斬撃の軌跡に動かしたのだと気づいたがもう遅い。
視界の下の方で茜が良子を突き刺そうと構えているのが見えた。
「くおお!」
良子は地面に突き刺さったラトナラジュ・アルミナを支点にして足を蹴りあげた。
ルビヌスで強化された蹴りがダイアスポアの刀身に当たり軌道がずれる。
「まだ終わらない!ポアズ、爆発!」
突きが地面に突き刺さり隙が出来そうになった茜は滞空させていたフェムトポアズを一斉に炸裂させた。
ドドドドドド
轟音と共に目映い閃光が視界を焼き、多くのジュエルが赤子のように身を縮こまらせた。
良子はチカチカする視界に目を細め、爆風で傷を負った左手を押さえながら膝立ちになっていた。
茜は見下すような視線を良子に向けて告げた。
「少しは絶望してくれた?」
紗香がブレードで斬りかかってきたオーにカウンターで槍を額に突き立てた時、視界が一気に白く染まった。
咄嗟に目を瞑ったが轟音と閃光で一時的に視界と聴覚が失われる。
その隙にオーが攻撃してきたら危険だと気を奮い立てて槍を構えていた。
だが視界が戻ったとき、オーもまた光と音に戸惑っているようだった。
紗香はチカチカする目で発生源である良子たちの方を向いて
「あっ…」
と声を漏らした。
ジュエルたちにソーサリスの脅威を近づけさせないために茜を引き付けてくれた良子は光の泡の攻撃を前に苦戦していた。
迫る光の泡に触れる度に良子の体が電流で痺れたように痙攣し、爆風で吹き飛ばされて地面を転がった。
「お姉様!」
紗香は衝動的に飛び出そうとしたが行く手を阻むようにオーが割って入ってきた。
オーに知能があるのか定かではないがここでヴァルキリーのメンバーが潰れるのはオーにとっては利になるのだから妨害するのは正しい。
「退いてください!お姉様が!」
紗香は槍を振り回し目の前のオーを斬り倒す。
だがオーは次々に現れる。
後ろで戦っているジュエルたちでは抑えきれないのである。
「お姉様!」
爆発の音と共に良子が紗香の方に吹き飛ばされてきた。
だがオーが邪魔をして駆け寄ることもできない。
紗香だってギリギリ1人でオーと戦えるレベルだから気を散らせばすぐに殺されてしまう。
それでも気にしていた紗香は顔をあげた良子と目があった。
そして良子の唇が動いたとき、再び爆発が起こり良子はマネキンのように吹き飛ばされて転がった。
「お姉、様…」
紗香はオーの前だというのに呆然と立ち尽くした。
爆音で聞こえなかったが良子の口の動きで言っていた言葉は分かった。
『あたしを置いて、逃げろ。』
「オー!」
隙を見せた紗香に向かってオーがブレードを振り上げた。
その斬撃は
ガギン
紗香が横に突き出した手に握られた槍のジュエルによって片手で受け止められた。
「…」
紗香は俯いてオーを見ていない。
「オー!」
だがオーが力を籠めてもブレードは1ミリとて進まない。
まるで槍とブレードの間に見えない壁があるようだった。
「…どうして、わたしは弱いんですか?」
紗香の頬を涙が伝う。
お姉様と慕う良子を助けにいけない自分への怒りと情けなさに対する涙。
その涙が朱色の輝きを放つ。
「弱いわたしはいらない。」
ぐっと握りこんだ拳からは血が流れても紗香は力の限り握り締める。
そこに、見えない何かを掴むように。
「…強くなるためなら、何だって捨ててあげます!だから、わたしにお姉様を助ける力を!」
顔を上げ、全身を震わせた魂の叫びに訓練所が揺れた。
訓練所の揺れは紗香を震源としていた。
紗香に肉薄していたオーが距離を取る。
紗香はくるくると器用にジュエルを回すと切っ先をオーに向けた。
紗香から生み出された振動が槍へと伝わり、震えるように甲高い音を奏で始めた。
「クォーツ、わたしに力をちょうだい!」
クォーツのジュエルを持つ紗香の頭の中に浮かぶ1つのグラマリーがあった。
それは穢れ無き水晶から放たれる破壊の波。
紗香はその光景を頭に描き出すとグッとジュエルを握りしめて一気に突き出した。
「音震波!」
高速の突きを撃ち終えた格好で静止する紗香。
オーは吹き飛ばされず直立したまま。
そのオーのシルエットが左右に割れて倒れた。
それは由良の音震波に似て非なるもの、かまいたちのような鋭い風の刃だった。
紗香は倒れたオーには一瞥もくれず茜に向かって駆け出す。
「まさか、グラマリーを使えるジュエルが出るなんて!だけど!」
茜はアルファルミナで対抗すべくダイアスポアに光を纏わせた。
紗香は茜の間合いよりもかなり遠い位置で足を踏み込んで急制動をかけると、巻き込むように後ろに引いていた槍を全力で横薙ぎに振るった。
槍の延長線上に発生した風は空中に漂うフェムトポアズを一気に押し流した。
「最初からそれが目的だったの!?」
「お姉様、今です!」
紗香の存在に一瞬気を取られて視界から外した良子が起き上がったのかと茜はバッと視線を戻す。
だが良子はようやく起き上がろうとしているところだった。
その視界の隅から暴風の槍が迫っていた。
「くっ!」
咄嗟にしゃがみこんで必殺の一撃をかわす。
一瞬遅ければ茜の頭は真っ二つになっていた。
「この…」
すぐさま立ち上がり攻撃に転じようと顔を上げた茜はゾッとした。
刃のついた穂先の反対側、石附が今まさに茜の顎を捉えようとしていた。
その攻撃には一切の迷いがない。
「お姉様を、よくも!」
ドンッ
「ぐふっ!」
飛び退いた茜だったが咄嗟に握りの位置を変えた紗香の一撃が腹に叩き込まれて壁にまで弾き飛ばされた。
「紗、香…?」
「お姉様!」
倒れていた良子の声に紗香は涙を浮かべながら駆け寄って抱きつく。
とても少し前に茜を冷たい目で容赦なく吹き飛ばした人物には見えない。
「大丈夫ですか、お姉様?」
「ああ。吹き飛ばされ過ぎて少し頭がクラクラするけど平気だよ。」
フェムトポアズの爆発を浴び続けてその程度なのだから良子も存外に頑丈だ。
「げほっ、げほっ!」
咳き込む声に2人が振り向くと茜が腹を押さえながら立ち上がろうとしていた。
紗香はスッと立ち上がって槍を握る。
「待っていてください、お姉様。お姉様を苛めた奴、すぐに倒します。」
紗香は槍を片手で握ると大きく後ろに引き付け
「音震波!」
突き出す力で面ではなく点に近い音震波を放った。
「グラマリー!?」
良子は驚くが真剣な表情で茜はポアズを展開した。
「そんなもので止められるものですか!」
振動の槍は発生した泡を潰しながら直進する。
「もちろん止められるとは思っていない。」
茜は不可視の槍の接近を前にダイアスポアをグッと強く握りしめた。
「だけど、これで軌道は見切った!」
ダッと地面を蹴って駆け出した茜は爆風の脇、音震波の横を通過して一気に紗香との距離を詰める。
ダイアスポアが光を纏っていく。
「来たっ!」
紗香は槍を振るって応戦しようとするがアルファルミナで威力の増した剣撃は一撃の重さが桁違いだった。
「クォーツの槍自体の威力は大きくない。ソルシエールの力を甘く見るな!」
「ぐっ、くう!」
どうにか槍で防御して直撃を防いでいるが受ける毎に後ろへと滑り、ジュエルを弾かれそうになる。
長物の利点も攻撃に転じる隙がなければ利点にはなり得ない。
「はあっ!」
ダイアスポアの下からの強烈な斬り上げに紗香のガードが崩れた。
ジュエルは手放さなかったが致命的な隙を茜に晒してしまった。
そしてその隙を逃す茜ではない。
「もらっ…」
「てないよ!」
紗香の攻撃が風の刃ならば、それは風のごとき速さで奔る実体ある刃だった。
赤き風、エアロルビヌスを発動した良子の全力の斬撃は死神の鎌に思えるほどに恐ろしい。
茜は驚異的な反応でダイアスポアを割り込ませたが
ガァン
「うわぁ!」
一瞬さえ踏ん張ることもできず弾き飛ばされた。
「まったく、いくらグラマリーを使えるようになったからって無茶しすぎだよ。」
紗香の隣に立った良子は紗香の頭をコツンと叩く。
ソーサリスはジュエル1人で倒せるような生易しい"化け物"でないことはヴァルキリーのメンバーならば嫌と言うほど知っている。
それは数万分の一の中から生まれたグラマリーを持つジュエルの紗香だって例外ではない。
「総員、退避!このジュエルクラブを放棄して逃げるんだ!」
良子がジュエルたちに向かって叫ぶ。
この場での最高権力者が逃走の意思を示したことで果敢にオーへと挑んでいたジュエルたちは次々に逃げ出した。
紗香はわき目も振らず逃げ出していくジュエルを軽蔑したような目で見ていた。
「お姉様、いいんですか?」
「オーの目的はジュエルクラブの占拠じゃなくてジュエルの殲滅だ。ならあたしたちがこの場から居なくなればオーがここにいる意味は無くなるよ。」
良子はジュエルたちに発破をかけながらオーを倒していく。
紗香も槍のジュエルを振り回しながら
「よくもやったね!」
「げっ、もう復活した。」
そのまま一緒に逃げようとしていたが先に茜が復活して襲ってきた。
「お姉様は先に。わたしに考えがあります!」
「わかった!」
良子は出口に向かうジュエルの後を追うオーを蹴散らしながら駆けていく。
紗香はそれを見送るとくるりと身を翻した。
そこにはもはや面で迫ってくる泡と茜の姿がある。
「どうせ見捨てていくなら、ちょっとくらい!」
紗香はジュエルを握りしめると大きなスタンスで構え、茜ではなく天井に向かって振るった。
飛び出した風の刃は天井をたやすく砕き、大小さまざまなコンクリートの破片が茜に向けて降り注ぐ。
「小癪なジュエルが!」
破片がぶつかってポアズが断続的に爆発しながらも茜の進軍は止まらない。
紗香はくるくると回転しながら天井を攻撃して瓦礫をばら撒いていく。
「紗香、急ぐんだ!」
「はい、良子お姉様!」
良子が全てのオーを排除してドアのところで呼んだ。
紗香は自分の足元に音震波を撃って加速する。
バタン
滑り込んだ紗香に合わせるように良子がドアを閉めて静寂が訪れる。
「よくやったね。さあ、今のうちに逃げるよ。」
「まだです。」
さっさと逃げ出そうとする良子とは違い、紗香はドアを睨みつけてクォーツで突きの構えを取った。
耳を澄ませばドアの向こうで茜が駆け寄ってきているのがわずかに聞こえた。
「時間を稼ぎます。いっけー、音震波!」
ドンッ
強力な振動波がドアに叩きつけられ、金属製の扉が軋みを上げる。
その限界を超えた瞬間、ドアはひしゃげながら蝶番を壊して吹き飛んだ。
その向こう側にいた茜ごと。
「うわーっ!!」
「今です、良子お姉様。」
「無茶するなぁ。」
隙を逃さず、良子と紗香はただちに離脱していった。