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Akashic Vision  作者: MCFL
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第134話 暴走する狂気

「飛鳥のモルガナは最強だ!」

巨大な触手が黒いクリスタロスと呼ぶべきソルシエール・モーリオンから溢れ出し暴れまわる。

それはまるで映画に出てくる怪獣のようでちっぽけな人間では太刀打ちできない。

「コランダム。」

だが、この場にいるのはただの人間ではない。

魔剣を担う"人"から外れた者たちだ。

それでも悠莉の生み出した障壁は3枚重ねでどうにかモルガナを防御できる程度。

しかも今は見えているがハイドラを使われれば不可視の触手となり形勢は更に不利になる。

障壁の後ろに待機しながら葵衣は攻撃の機会を探る。

「悠莉様。もう少し近づけますでしょうか?」

「なかなか難しい注文ですが…コランダムコア。」

悠莉はサフェイロス・アルミナを使いながらデュアルジュエルを起動し青い宝石を2つ従える。

「葵衣様の道を作ってください。」

悠莉が言葉を紡ぐとコランダムコアは触手をかわしながら前方へと飛んだ。

「こんな宝石で飛鳥を倒せると思わないで!」

飛鳥は視界を飛び回る青い宝石が目障りになりモルガナを振り回すがコランダムコアは上手く避けていく。

意識がコランダムコアに向いたことで悠莉への攻撃の手が止まり、葵衣が近づくための空間が作り出された。

「お見事なお手並みです。」

葵衣は悠莉を褒めて障壁の陰から飛び出すとエアブーツを使用して地面を滑るような前傾姿勢で一気に飛鳥との距離を詰める。

右手で柄を握り、左手は風で出来た鞘を掴む。

「飛鳥をなめるな!」

飛鳥がモーリオンを振り上げると触手が一斉に上に向き、それらが一気に振り下ろされた。

至近距離での全方位攻撃にコランダムコアは砕かれた。

だが葵衣はエアコートで知覚を広げることでモルガナの軌道を読み切り、触手の隙間をすり抜けた。

震脚は音すら立てず全ての力を伝え、放たれるは葵衣最速の一撃。

「グラマリー・カミカゼ!」

魔剣の力を借りて放たれる神速の居合い斬りは咄嗟に割り込まれた触手を切り裂くだけで飛鳥には届かなかった。

葵衣は直撃しなかったと知ると驚くこともなくエアブーツで抵抗を減らして後ろに跳んで距離を取った。

直後に葵衣が立っていた場所が残ったモルガナで叩かれた。

「やはりウインドロードでなければ速さが足りませんでしたか。」

葵衣は悔やむでもなく現状の戦力の分析のみを口にする。

「なかなか惜しかったけど飛鳥の足元にも及ばないね。所詮はジュエル、ソルシエールには敵わないよ。」

「ですが、そのジュエルにご自慢のモルガナを斬られたんですよね?」

圧倒的に優位な状況に飛鳥が溜飲を下げたのも束の間、悠莉の一言で再び飛鳥の額に青筋が浮かぶ。

「そこの青いの!絶対にプチって潰す!」

モルガナがビタンビタンと地面を叩きつけるために地面が揺れる。

「悠莉様。先程から話される度に自らの首を絞めているような気がしているのですが。」

さすがの葵衣も言葉にわずかながら非難の色を混ぜた。

悠莉はそれに苦笑で応える。

「わかっていますが、性分ですから。それに…」

悠莉が首を横に回して後ろを見る。

そこでは関東ジュエルとオーの乱戦が繰り広げられていた。

「私たちが時坂飛鳥さんを引き受けなければジュエルは全滅します。」

「はい。」

悠莉が挑発し、注意を向けさせているからこそオーは統率を取れず数で勝るジュエルが辛うじて優勢だった。

だがもしも飛鳥がジュエルの一団の中に一発でもモルガナを叩き込めば容易に戦況が覆る危うい綱渡りだった。

「葵衣様は時坂飛鳥さんにダメージを与えられますか?私のコランダムではデュアルジュエルを使っても無理のようです。」

悠莉の攻撃はコランダムのブレイクが主だが一撃で叩き潰す威力を持つモルガナでは破裂させる暇もない。

コランダムウォールにしても囲む前に壁が砕けては意味がない。

結局のところ悠莉には攻撃する手立てが無かった。

「不可能ではありませんが、モルガナの反応速度を加味しますと厳しいと考えられます。」

さきほどのカミカゼが葵衣の最強技である。

ウインドロードでない分速度が不足しているとはいえ、飛鳥に防がれたのは技のミスではなくモルガナの反応速度の方が上だったからだ。

つまり今後同じような攻め方をしてもセレスタイト・サルファーの刃はモルガナに阻まれることになる。

相手には当たらず、相手の攻撃が一発でも直撃すれば敗北は必至。

今回の戦いはかつてないほどに厳しいものだった。

「なるほど。過去の数多の"Innocent Vision"との戦いはどれもお遊戯だったわけですね。」

戦っている最中はもちろん本気だったが思い返してみれば負けても殺されないだろうとどこかで安心があった。

だがオリビアの軍勢、そして"Akashic Vision"は命を奪うことも厭わない。

それはこれからの戦いが本当の意味で命のやり取りになるということだった。

「…ゾクゾクしてきました。」

悠莉が身を震わせる。

だがその表情にはまだ笑みが浮かんでいた。




中部ジュエル紅白戦は白熱していた。

「二隊に分裂、前後の部隊に当たって挟撃を避けて!」

「部隊を前後列に。前列は相手の進軍の阻止、後列は前列の間からジュエルを使って攻撃。」

赤隊の攻撃を白隊を指揮する陸が次々に封じていく。

陸の指示した通りに白隊は動き、緑里の赤隊を追い詰めていく。

「インヴィ!Innocent Visionを使ってるね!」

「そこまでアンフェアなゲームはしませんよ。」

実際陸の左目は右と同じ色をしている。

だから単純に陸の智謀が緑里よりも上回っているということになる。

「両陣二列を形成したまま進撃。逃げ場を塞いでください。」

「赤隊、一点突破で何とかして包囲から抜けるんだ!」

「わあああ!」

赤隊が背後からの攻撃をほぼ無視する形で片側に突っ込んでいく。

「衝突を避けて引き付けて包囲。後方部隊、相手の背中はがら空きですから突撃です。」

白隊も応戦するが赤隊の勢いは凄まじく

「抜けられる!」

「抜け、る!」

とうとう白隊の包囲を突破した。

「よし!これでまた振り出しに…」

「いえ、チェックメイトです。」

喜ぶ緑里に告げられる終わり。

見れば赤隊が突き抜けた先は部屋の隅だった。

行き止まりの背後にはさっき突き抜けた白隊の前方部隊とその後ろに控える後方部隊。

それぞれが二列を形成しているため計四列を突破しなければならない。

赤隊にそれを為すだけの気力は無かった。

「ボクが、負けた…」

「戦況にばかり目を取られ、それ以外を疎かにしたからです。大局を見なければ思わぬ落とし穴があるんですよ。」

ガックリと崩れ落ちた緑里に陸が勝者として一言。

それは葵衣からも似たようなことを言われていたので余計にダメージが大きかった。

「ゲームオーバーだね。それじゃありっくん…」

「そうだね。」

項垂れていた緑里がガバッと頭を上げる。

ゲームに夢中になって忘れていたが、そもそもここに陸を初めとした"Akashic Vision"がいる事自体が問題なのだ。

さっきまでのは余興でここから横浜ジュエルのような惨事が起こるのかと緑里はベリル・ベリロスを手に立ち上がる。

目の前にはソーサリスで構成された"Akashic Vision"の4人。

緑里1人では…後ろにいるジュエルを加えたとしても、そして恐らくはヴァルキリー全員で挑んでも敵わない相手。

緑里はジュエルたちをどうにかして逃がせないかと必死に考える。

「あなたがここの管理者さんですか?」

陸が指揮を明け渡してから座っていた豊田に声をかけた。

ようやく普通じゃないことを自覚した豊田は果敢にもジュエルを構えつつ頷いた。

石橋を叩いて渡るタイプの豊田と言っても突然降ってくる隕石には対応できないのである。

陸は不気味にすら見える微笑みを浮かべ

「この辺りで美味しい名古屋名物のお店を知りませんか?」

場の空気を完全に無視した質問をした。

同時に陸の後ろから聞こえるぐーという音。

その2つでジュエルたちは意表をつかれてしまった。

「は、はい。ええと、…」

豊田だけは鞄からメモ帳を取り出して簡単な地図を作成すると陸に渡した。

陸は笑顔で受け取り

「それじゃあ皆さん、訓練頑張ってください。」

声援まで送って訓練所を出ていった。

バタンとドアが閉まった後も暫く誰も動くことができず

「な、なな、…なんだったんだー!?」

緑里の叫びに答える者はこの場にはいなかった。




東北ジュエルに突如襲撃してきた盛岡ジュエル。

ジュエルを失ったはずの彼女たちの手には黒い魔剣が握られ、その両目は紅色をしていた。

由良は護衛という本来の任務を果たすように最前線に立ち相対していた。

「久保田だったか、あれは本当に盛岡の奴らなのか?」

「は、はい。合同訓練とかサマーパーティーで会ってますから間違いありません。」

ペタンと座り込んでいた久保田がいそいそと立ち上がりながら答えた。

だが面識のある久保田から見ても今の岩手は本人か疑ってしまうほどに不気味だった。

「説得…」

「ウガアアアア!」

「…は、無理そうだな。だったら無力化するぞ。」

由良は後ろを振り返ると戸惑うジュエルたちに叫んだ。

「死にたくない奴と殺したくない奴は戦え!」

「「は、はい!」」

由良の鼓舞に東北ジュエルも戦う気になった。

これでソーサリスと多数のジュエル、物量の差もあり負ける要素はない。

そう、相手がただのジュエルだったなら。

「オオオオ!」

盛岡ジュエルが吼えるとその周囲に光や風、電気が生み出された。

「何っ!?グラマリーか!」

閃光と旋風と雷光がグラマリーの存在に驚き動きを止めた東北ジュエルに向けて放たれ、ドーンと爆発した。

爆煙が空間に満ち、盛岡ジュエルたちの紅色の瞳が妖しく揺らめく。

煙が散っていく。

その向こうに見えるのは無数の朱色の輝き。

その両者の間には振動障壁・超音壁が隔たっていた。

「危ねえ。ジュエルがグラマリーを使いやがった。」

由良は知らされていないが盛岡ジュエルの異様は大阪ジュエルの元インストラクターである神戸の暴走と類似していた。

グラマリーを使うジュエルの出現に東北ジュエルの中で動揺が走る。

「実質的にはデーモンが相手じゃジュエルには荷が重いか。東北の奴ら、さっさと逃げろ。」

その呼び掛けに東北ジュエルの面々と盛岡ジュエルの人たちが振り向いた。

「だー、お前らは違う!」

由良が玻璃を振り回して盛岡ジュエルを怒鳴り付ける。

その隙に気の弱いジュエルは出口に向かって駆け出した。

盛岡ジュエルが反応するが動く前に眼前を振動波が通過して行く手を遮った。

「一応これでも仕事はきっちりこなす方でな。護衛である以上そいつらには手を出させねえぞ。」

フッと自信に満ちた笑みを浮かべる由良に守られるジュエルたちはポッと顔を赤らめて頬に手を当てた。

「グオオオ!」

獣のような唸り声を上げて盛岡ジュエルの1人が暗い光を宿した剣を振りかぶって突進する。

由良は後退せず玻璃を大きく横に振った。

ギャギャギャと軋む音を立てて玻璃が大きく振動し始めた。

光の剣と振動剣がぶつかる。

「グラマリーがあるくらいでジュエルがソルシエールを止められると思うなよ!」

魔剣がぶつかり合った瞬間、ジュエルの魔剣は玻璃の振動にあっさりと弾かれた。

由良はがら空きになった胴に蹴りを叩き込んで盛岡ジュエルを倒す。

「今のうちに逃げろ!」

ジュエルは由良の雄々しい戦いぶりに見惚れていたが慌てて部屋の外に駆け出していった。

残ったのは盛岡ジュエルの怪物たちと由良、そしてインストラクターの久保田だけだ。

「久保田もさっさと逃げろ。」

「この後の処理を考えるといた方がいいかと思いまして。」

由良はフンとそっぽを向くと玻璃を振り下ろした。

さっきとは違い、静かに震えている。

だが盛岡ジュエルは唸りながら警戒していた。

「さっき逃げろって言ったのは別にこいつらが危険だからじゃない。」

由良は玻璃を野球のバットのように握るとフルスイングで振り抜いた。

ゴウと前方の空間に放たれた横震波は叫び声すら掻き消して盛岡ジュエルの動きを封じる。

「ただ、俺の攻撃に巻き込まれるからだ!」

由良は両手持ちから片手に流れるように移行し、玻璃が鼓動のように震える。

「まあ、折角だから見ていけ。これが本当のグラマリーの力だ。喰らえ、超音破!」

玻璃が突き込まれた瞬間、無音の爆発が前方の空間を激震させた。

由良が玻璃を肩に担ぎ一息ついた時、目の前には誰一人として立っている者はなかった。

「……」

久保田はただ呆然と由良の背中を見ているだけだった。

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