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Akashic Vision  作者: MCFL
133/266

第133話 それぞれの敵

昼過ぎに悠莉が壱葉ジュエルを訪ねると中にはすでに結構な数のジュエルが集まっていた。

「おはようございます、下沢様。お早いですね。」

壱葉ジュエルインストラクター村山は関東ジュエルクラブのインストラクターたちと打ち合わせをしていたが悠莉を見掛けてやってきた。

「おはようございます、村山さん。皆さんこそお早いですね。」

「管理や進行を葵衣様にばかりお任せしておくわけにもいきません。」

「それにヴァルキリーの方々から直に見てもらえる機会は少ないからね。」

宇都宮ジュエルのインストラクター下野がフランクな口調で話しに入ってきた。

関東圏のジュエルクラブは近いからこそヴァルキリーの訪問がほとんどないため、こうして訓練で一緒になる事を喜んでいた。

すでに来ているジュエルの中には悠莉を見てキャーキャー騒いでいる者、雑談している者の他に魔剣を取り出して素振りをする者や軽く手合わせをしている者もいた。

「私たちがいても何も変わりませんよ?」

「少なくともみんなのやる気は出ると思うよ?」

インストラクターと言ってもグラマリーも使えないし性能も他のジュエルと同じなので代わり映えがしない。

その点、ジュエルの名を持つ魔剣使いの頂点であるヴァルキリーは剣技もさることながらグラマリーという圧倒的な力を振るえるため皆の憧れの象徴だった。

「そういうものですか。」

悠莉は納得していない様子で頷くに止めた。

下手に反論して士気が低下するくらいなら偶像に奉り上げられる方がマシだからだ。

(果たして私の本質を知ってどれほどのジュエルがついてくるか分かりませんけどね。)

そんな本心は笑顔に隠してサフェイロス・アルミナを顕現させる。

ソルシエールよりも随分と簡素な造りのクレイモアだが、その姿を見せただけで訓練所にいたジュエルは静まり返った。

ブンと重い音を響かせてサフェイロス・アルミナを振るった悠莉はにこりと笑顔をその場にいたジュエルたちに向けた。

「準備運動でもしましょうか。かかってきてください。」


………


約1時間後、葵衣が集合時間よりも1時間早く壱葉ジュエルクラブに到着するとそこは死屍累々…とまでは行かないまでもその場にいたジュエルはほぼ全員が座り込んでいた。

「少し準備運動に力を入れすぎてしまいましたね。」

その中心で1人立つ悠莉は地面に突き立てたサフェイロス・アルミナを引き抜きながら困ったように微笑んだ。

葵衣はやりすぎ感のある準備運動に対して注意をしようと歩み出し

「だったら、今度は本番と行こうじゃない。」

後ろのドアを勢いよく開いて堂々と入ってきた飛鳥の声に大きく飛び退いた。

「貴女は…時坂飛鳥さんでしたね。オーのソーサリスの。」

悠莉は他のジュエルを後方に回しながら尋ねる。

葵衣もセレスタイト・サルファーを抜いて警戒を強めていた。

「そうよ。まあ、最強のソーサリスの飛鳥なら知ってて当然ね。」

フンと自慢気に胸を張る飛鳥。

断じて最強のソーサリスだからという理由ではないのだが、そこをつっこむと間違いなく飛鳥がキレるのが目に見えているため葵衣は無言を貫くことにした。

だが葵衣が横目で隣を見たとき、思わず冷静な表情が崩れそうになるほどにぎょっとした。

悠莉は頬に手を当てて恍惚の表情を浮かべていた。

それはまるで美保をからかって楽しんでいるときの悠莉のようだった。

「最強の時坂飛鳥さん。」

「フフン、何?」

最強の修飾語がついて機嫌の良い飛鳥を見て悠莉の口の端がニヤリとつり上がる。

「それでは貴女に勝ち越している半場海さんは究極とでもいうのでしょうね、最強の時坂飛鳥さん?」

ビシリと場の空気が凍った。

「ふ、…ふふ。」

「うふふ。」

飛鳥の掠れた笑い声と悠莉の満足げな笑い声が響き

「モルガナーッ!!」

予想通り飛鳥がブチキレてモーリオンから10の触手が出現した。

慌てるジュエルたちの前では葵衣が呆れ、悠莉が楽しげに笑っていた。

「楽しいですね、ゾクゾクします。」

「私は恐怖でゾクゾクします。」

「飛鳥を馬鹿にする奴はみんな殺す!」

勇者ではない2人は強大すぎる"化け物"との戦闘に発展した。




「こんにちは、緑里様。」

「うん、今回もよろしく。」

愛知ジュエルのインストラクター豊田と軽く挨拶を交わした緑里は荷物を脇に置いて伸びをした。

既に中部地区のジュエルの多くが集まっているらしくわいわいと騒がしい。

「方針はサマーパーティーと同じで団体戦闘を想定した訓練でよろしいですか?最近は横浜ジュエルのジュエルスリング戦法も取り入れていますので。」

「あ、うん。構わないよ。」

横浜ジュエルが"Akashic Vision"に壊滅させられた情報がまだ伝わっていないらしく豊田に悼む様子はない。

緑里は少し感傷的になって曖昧な返事になってしまった。

「どうかしました?」

「ううん、何でもないよ。」

緑里は頭を振って気持ちを切り替える。

横浜ジュエルで作られた有効な戦術は緑里たちが伝えていけばいい。

そうすれば横浜ジュエルの壊滅は無駄にはならないと、そう納得させる。

「さあ、早速紅白に分かれて模擬戦を始めるよ。」

緑里の掛け声でざわめきは収まり、ジュエルたちはすぐに赤組と白組に分かれた。

……

「左翼、何やってるの!」

豊田の指揮する白組は両翼から包囲殲滅する陣形を取っていたが足並みに乱れがあった。

「赤組、穴が出来たよ、突撃ぃ!」

その隙を見逃さず緑里の指示で赤組が一丸となって包囲の甘い穴に向かっていく。

ようやく包囲したのに逃げ出されては仕切り直し、その前に突破されれば右翼のダメージで戦力の低下は否めない。

豊田は混乱して指揮できなかった。

赤組の一団が迫る。

「右翼は後退、赤組を抜かせないように。左翼は赤組前方にジュエルスリング、足を止めて挟撃するんだ。」

豊田ではない声での指示に白組はすぐさま対応した。

攻められていた右翼が後退し、その空いた空間に左翼からのジュエル投射が行われたことで赤組は背後への警戒をしなければならなくなり足を止めた。

その隙に白組の右翼と左翼は体勢を立て直し赤組を挟み込む陣形を自然に形成していた。

「あの一瞬で白組の劣勢が逆転した…ッ!」

緑里は想定外の状況に呆然としていたがハッと声のした方に振り返った。

豊田の隣にはいつの間にか陸と"Akashic Vision"のソーサリスが立っていた。

「インヴィ!」

緑里はベリル・ベリロスとショートスマラグドを構えて叫んだが陸は恐れることもなく戦場を指差した。

「赤組はどう動きます?このままだと挟撃で白組の勝ちですよ?」

陸の得意気な顔に緑里はムッとした。

このまま赤組が負けることは緑里が陸に負けることになる。

ソーサリスとしての力だけでなく戦略でも負けるのは緑里のプライドが許さなかった。

「赤組、何としても勝つよ!」

緑里の怒号に赤組の士気が上がる。

「白組の皆さん、すみませんがしばらくご協力下さい。必ず赤組に勝たせます。」

白組は戸惑っていたが赤組に勝てるという言葉で決意が固まった。

「赤組、一点突破で包囲を抜けて!」

「白組、後退しつつ突撃を引き込んで包囲。後方部隊は前進して敵部隊を削る。」

「「わあああ!」」

急遽始まった緑里対陸の戦略ゲームは中部ジュエルがノリノリな事もあって激闘になろうとしていた。




愛知に"Akashic Vision"という珍客が乱入した頃、福岡でも事件が発生していた。

「オリビア様の遣い、桐沢茜がジュエルを潰しに来たよ。」

訓練を始めていた九州ジュエルの中に飛び込んできた茜はダイアスポアのグラマリー・ポアズでジュエルを吹き飛ばしその存在感を明らかにした。

「良子お姉様、オーです!」

良子に付き従って福岡までやって来た綿貫紗香が槍型のクォーツジュエルを構えながら叫んだ。

ヴァルキリーの親衛隊見習いの立場にある紗香は九州でもつま弾き者だが本人は気にしていない。

「まったく、わざわざこんなところまで出向いてくるなんて、魔女のとこも暇なのかね?」

良子はラトナラジュ・アルミナを肩に担ぎながら苦笑した。

状況的に考えればヴァルキリーもオーも最も警戒すべきは"Akashic Vision"のはずだ。

だがオーの軍勢はこうしてソーサリスまで投入してジュエルクラブを潰しにやって来た。

(ジュエルの数が増えるのが魔女にとって目障りになったかな?それとも…ジュエルクラブを潰すことに意味があるのか?)

良子がいくら考えたところで答えなど出るわけもない。

ここではリーダーとしての立場でジュエルたちを導かなければならないが本来良子の役割は一番槍の突撃隊長だ。

「何が目的でも追い返せば関係ないか。」

ビュンビュンと∞の軌跡を描く赤の鉾槍が徐々に速度を上げていく。

その行為、良子が戦意を示しただけでオーの襲撃により戸惑いを見せていたジュエルたちが戦う意志を固めていく。

良子にとって指揮とは指示をするものではなくついてこさせることであった。

茜は良子の統率者としての資質を警戒してオーを展開し、自身もダイアスポアを構えた。

ビュンと一際強く振るわれたラトナラジュ・アルミナは地面に触れるスレスレでピタリと停止した。

「八重花の子飼いだったジュエルだったね。」

八重花にすげなく扱われていた者同士、顔くらいは知っていたが子飼いという言い回しに茜が顔をしかめた。

「八重花さんはヴァルキリーを…あたしを捨てた!だから絶対に許さない。」

茜の怒気に反応してポアズが溢れていく。

ジュエルたちはそのグラマリーに動揺するが良子は別の事を考えていた。

(八重花がこの子を捨てた、ねえ?)

本当の意味で最初から捨てられていた良子から見れば八重花は十分に茜を気にかけていた。

その八重花が"Innocent Vision"に移ったくらいで茜を捨てたという話に良子は疑問を抱いた。

「お姉様、来ます!」

「おっと、いけない。とりあえずはこの場を乗りきってから考えよう。覚えてたらね。」

「攻撃開始!」

激昂した茜の叫びと共にオーとポアズの怒涛が九州ジュエルに押し寄せ、大爆発と共に戦いの火蓋が切って落とされた。




「ほらー、トロトロしない。」

大阪に集まった関西ジュエルはつつがなく訓練を進めていた。

終わり。




そしてもう一ヶ所、盛岡に集結した東北ジュエルもまた敵襲もなく訓練に精を出していた。

盛岡ジュエルが壊滅したため秋田ジュエルクラブのインストラクター久保田が指揮を取っていた。

東北に派遣された由良は訓練所の隅に置かれた椅子に足を組んで訓練風景を見ている。

ただでさえサマーパーティーでは"Innocent Vision"の敵として戦った相手であり、睨んでいるようにしか見えないためジュエルたちは普段以上に気を引き締めていた。

尤も由良はまったく睨んでいるつもりはないのだが。

(ジュエルはグラマリーを使えない。だがオリビアの所にいた桐沢って奴はヤエの元ジュエルでグラマリーを使ったって話だ。こいつらの訓練だって生易しいものじゃない。だったらその違いは何だ?)

由良は難しい顔をして悩んでいた。

それがより一層怒っているように見えて久保田は気合いを入れ直して指導を開始した。

ギィ

既に訓練が始まった訓練所のドアが開いた音に由良や久保田が振り返る。

「あなたは…盛岡ジュエルの…」

それは"Akashic Vision"によってジュエルを砕かれた盛岡ジュエルクラブのジュエルたちだった。

岩手たちはドアから訓練所内に入り込むとドアの辺りに並んで立ち止まった。

ジュエルたちは何と声をかければいいのか分からず困惑している。

この場の実質的な責任者になる久保田は意を決して岩手に近づいた。

「こんにちは、盛岡ジュエルの皆さん。応援に来てくれたんですか?」

「…」

それ以外に思い浮かばなかったが岩手たちは俯いたまま無言だった。

久保田は首を傾げつつ近づき岩手の肩を叩いた。

顔を上げた岩手の目は…両目とも紅色に輝いていた。

「ガアアア!」

「キャアアア!」

突然手に魔剣を握った岩手が久保田に飛び掛かった。

あまりにも予想外の出来事に久保田は腰を抜かし手にしたジュエルを振るうこともできない。

凶刃が久保田に迫り

「音震波!」

「ッ!!」

横から殴り付けるように叩き込まれた振動波に岩手は吹き飛ばされた。

「あいつらジュエルをなくしたんじゃ無かったのか?」

吹き飛ばされた岩手がのそりと起き上がった。

由良が舌打ちして構えると盛岡ジュエルのメンバーも顔を上げた。

その目は全員が紅色に輝かせていた。

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