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Akashic Vision  作者: MCFL
132/266

第132話 動き出す休日

土曜日の朝、ヴァルキリーメンバーは壱葉高校校門前に集まっていた。

撫子も見送りとして立っている。

「"Akashic Vision"やオーが襲撃してくる可能性がありますから注意してください。」

「そう言えば、神戸はどうなりました?」

美保は出発直前まで忘れていた元関西ジュエルクラブ統括インストラクターの事を尋ねた。

修学旅行での命令違反から病院での暴走を経た神戸はなぜかその期間の記憶が抜け落ちており病院に入れられたと聞いていた。

撫子が隣に立つ葵衣に目配せすると忠実な使用人は頷いて答えた。

「元インストラクター神戸は今もジュエルの知識を持つ専用の病院に入院されています。精神的に衰弱している上にジュエルを発現しようとするとパニックを起こす機能不全まで発症しているとの報告を受けております。」

「ジュエルの暴走、とんでもないわね。」

身に宿すジュエルを考えて全員の表情が引き締まる。

いまだに暴走の原因が判明していない以上、ヴァルキリーのメンバーが暴走を引き起こさない保障はない。

「これまで一万を越えるジュエルがいる中で暴走したのが1人ですので誤作動と考えておりますが、無理な運用は控えるようお願い致します。」

「ですがせっかくですので行く先で楽しんで英気を養ってください。」

暗くなりかけた雰囲気も撫子の一言で旅行としての側面を思い出した。

「羽佐間さんもよろしければ指導していただけると助かります。」

「…考えておく。」

由良はぶっきらぼうを装いつつも旅を楽しみにしているのが見え隠れしていた。

怖い印象が強かった由良の可愛らしい部分を見て撫子は微笑む。

葵衣が手配した車に乗り込んだメンバーは飛行機や新幹線に乗るために出掛けていった。

残ったのは撫子と葵衣、そして悠莉である。

「わたくしは今日も仕事がありますから失礼しますね。」

「お仕事頑張ってください。」

「お見送り下さりありがとうございました。」

撫子も待たせていた車に乗って出勤していく。

車が見えなくなるまで見送った悠莉は

「壱葉ジュエルの活動はもう始まるんでしょうか?」

いつまでも見送っている葵衣に尋ねた。

八重花にフラれて予定が空いているとはいえ自由な時間があればそれなりにやることもある。

「活動は午後2時から開始する予定です。」

学校によっては土曜日に授業があり、休みの者も1日潰れるのは色々と大変なため土曜日の活動も平日と同様午後に設定されていた。

特に今回はヴァルキリーメンバーがジュエルクラブに行くため午後からである必要があった。

「それなら私は用事を済ませてきますね。直接壱葉ジュエルでいいですか?」

「はい。よろしくお願い致します。こちらも準備を進めておきましょう。」

関東圏のジュエルが集まるとなれば訓練方法や模擬戦の検討、土日での予定なので近場での宿泊を考えている者に対する宿のリスト作成などやるべきことはたくさんある。

悠莉と別れた葵衣は日の目を見ない細やかな気配りのために動き出していた。




「皆の衆、集まったか?」

声を潜めて問う声に5つの頭が動く。

それを確認した発言者はニッと口の端を吊り上げ

「今日は目一杯遊ぶわよー!」

拳を振り上げた。

もはやアッパーカットに近い気合いの入れ方をした久住裕子は朝からテンションが異常に高い。

陸を含めた友人一同に見守られて付き合うことになった彼氏である芳賀雅人との関係も実に良好で、一月も元気がなかったり登校拒否をしていた親友たちが元気な姿で集まったのだから喜ぶのも当たり前と言えた。

「裕子ちゃんは朝から元気だね。」

「にゃはは、有り余ってるね。」

叶と久美は元気な裕子を微笑ましげに見ている。

親友の元気な姿を見ると元気になれるとなれば裕子の元気も十分に意味がある。

「あれはきっとモブの芳賀といられないから空元気ね。」

「最近徐々にバカップル化してきてるって話も聞くからね。」

一方、八重花と真奈美は穿った見方でわざと裕子に聞こえるように呟く。

「いーじゃない!彼氏とイチャイチャしたいんだから!」

裕子は取り繕わずあっさりと本心をさらけ出した。

付き合い出した頃は恥ずかしがっていたから確かにバカップル化…もとい関係は着実に進んできていると言えた。

「彼氏ももちろん大事だけどわたしは親友を蔑ろにして関係を悪化させる気はないのよ。だから友達とも目一杯遊ぶの。」

そういう意味では裕子はうまくやっている。

芳賀の裕子に対する包容力の面も大きいが、裕子自身が恋も友情も上手く付き合っていこうと頑張っているからこそだ。

このメンバーを引っ張り、絆を繋いでいるのは裕子の力が大きい。

「私の因縁の地である建川を選んだんだからそれはもう過去を忘れるくらい楽しい思い出にしてくれるんでしょうね?」

八重花は挑戦的な笑みを裕子に向ける。

この建川で八重花は陸とデート中に事故に会って傷を負ったり、ファブレとの最終決戦前に陸と一度決別したりした。

それが嫌な思い出かと言えば八重花にとっては陸との絶対に忘れられない記憶なのでそれほど悪感情はない。

だから単純に自分の身の上に降りかかった不幸をだしに裕子を弄っているだけだ。

「ぐっ、八重花がハードルを上げようとしてる。」

「…建川には忌まわしい、封印しないといけない記憶がある。」

「うん。」

元"Innocent Vision"の叶や真奈美にとっては特攻服を着て"威乃戦徒美女ん"として建川ジュエルを襲撃したことがある。

もしも特攻服姿の集団が叶たちだと気付かれた日には聖剣が赤く染まるかもしれない。

「にゃは、まなちぃたちも変だね。」

「うう、建川を選んだのがそもそも間違いだったかな?」

すでに元気が萎えかけている裕子だが心と体を震わせて拳を握る。

「だけど悔やんでもしょうがないわ。当たって砕けろよ!」

砕けちゃダメだと思いながらも裕子が元気になったから久美は何も言わないで笑っていた。

「さあ、出発!」

歩き出した裕子に続いて叶たちも建川の町に繰り出していった。




魔女オリビアの同志である時坂飛鳥はアジトの屋上から町並みを見ていた。

「飛鳥がこのソルシエールの力を手にしたのに世界は暢気に平和なままだなんて、許せない。」

飛鳥の憎悪は特定の誰かではなく人間そのものに向けられている。

だが今は雌伏の時だとオリビアに言い含められたこともあり隠密行動をしてきた。

その我慢もそろそろ限界が近い。

「あー、暴れたい!あのビルをモルガナで叩いて倒したいよ!」

実に物騒で、現実に成し遂げるだけの力があるだけに危険な思想を口に出すが幸いにも聞く者などいない。

「極まってきておるようじゃな。」

否、いつの間にかオリビアが飛鳥の背後に音も無く立っていた。

飛鳥は別にいつものことなので驚くこともない。

「飛鳥はそろそろ爆発しちゃうからね?」

「人間爆弾とは興味深いがの、数少ない同志を散らすのも惜しい。」

オリビアは袖口に手を入れると指に紙切れを挟んで飛鳥に差し出した。

飛鳥は怪訝な顔をしながら受け取り、その表情を見る見る壮絶な笑みに歪ませていく。

「配下に探らせた遊び場じゃ。ちと遠い場所が多いがついでに旅をすればよかろう。」

それはオーが調べたジュエルクラブの所在地だった。

「聖剣じゃなくていいんだ?」

元々オリビアは叶や真奈美の聖剣の力を手に入れようとしていた。

"Innocent Vision"が消滅した今こそ不意討ちで連れ去るなり殺すチャンスだというのに動かないオリビアを飛鳥は不思議そうに見る。

「聖剣はの、輝いているものを欲しておる。その輝きを取り戻すためにもそれは役にたつのじゃ。」

聖剣の輝きの話は飛鳥にはよく分からなかったが飛鳥のやることは変わらない。

飛鳥が無造作に手を横に振ると影が立ち上がるように物陰の闇からオーが滲み出てきた。

「ちょっと獲物に張り合いが無さそうだけど久々に暴れるよ!」

飛鳥はオーを引き連れて飛び出していった。

「…茜。」

「はい。」

文字通り屋上から飛び出してもう見えなくなった飛鳥を見送ったオリビアが振り返らずに声をかけるといつの間にか控えていた茜が返事をした。

オリビアに負けず劣らず神出鬼没スキル持ちだ。

「飛鳥のことじゃ。どうせ遠方があると言うても近場に乗り込んでいくに決まっておる。遠方は汝に任せて良いかえ?」

「御意のままに。」

戦闘ではしばしば熱くなる茜も普段はオリビアの冷静で忠実な部下である。

飛鳥同様手を振るうと背後にオーが現れる。

だが飛鳥と違って飛び出しては行かない。

「行かぬのか?」

「…オリビア様。」

オリビアが振り返ると茜は真剣な顔をしていた。

オリビアも何事かと表面には出さず気を張る。

「旅費はどうしたらいいんでしょうか?」

遠方は福岡や盛岡に及び、如何に身体強化が成されたソーサリスでも走っていける距離ではない。

そして新幹線なり飛行機は金がかかる。

茜の心配は尤もであった。

オリビアは呆れ顔を隠せずため息まで漏らし

「これで行って参れ。」

袖の下から札束を取り出して茜に手渡した。

普段手にしたことの無いような数十万円に茜は放心したまま頭を下げた。

「それでは行って参ります。」

大事そうに札束をしまった茜はオーたちと屋上から出ていった。

「確かに少々手間がかかるの。今後のために手を打っておこうかのう。」

クックッと悪い魔女の笑い声を出しながらオリビアは影に吸い込まれるように消えていった。




ここにもまた土曜の朝から本丸に隠る不健康な引きこもりたちがいた。

"Akashic Vision"のソーサリスの面々はソファー代わりのベッドに座っている。

その正面には陸が立っていた。

「Innocent Visionで見た結果、ヴァルキリーの皆は各地方に散ったみたい。僕たちへの対抗策だと考えられるけどどうする?」

陸が尋ねた瞬間に明夜の手がシュビッと天を突かんばかりに真上に伸ばされた。

「明夜はどうしたい?」

「北海道の蟹。」

実に欲望に忠実な明夜はすでに向かう先での目的を履き違えている。

「明夜ちゃん、真面目にしないとラン怒っちゃうよ?」

「? 真面目。」

蘭がお姉さんぶってたしなめるが明夜は本気も本気だ。

だからこそ余計手に負えない。

「残念だけど北海道のジュエルは活動してないみたいだよ。」

「もう、りっくんが甘やかすから明夜ちゃんが変な子になっちゃうんだよ?」

明夜の意見を正しく理解した陸が答えると今度は蘭の矛先が陸に向いた。

「おー、蘭姉が叱ってる。」

海は微妙に傍観者の立ち位置で見守っている。

こういう引きが出来るのが巻き込まれタイプの陸との違いだ。

「でも明夜の言いたいことは分かるでしょ?」

「うー、それは分かるけどね。」

明夜の言動は直球なので理解することは難しくない。

ならばなぜ蘭が怒っているのか。

「だって、りっくんと明夜ちゃんがツーカーみたいなんだもん!」

お姉さんはどこへやら、拳を振り回して叫ぶ姿は駄々をこねる子供のようだった。

「…携帯?」

「いや、違うからね?」

明夜のボケに陸がツッコみ、

「夫婦漫才かぁ!」

蘭が1人で勝手に追い詰められていく中、

「それで、結局私たちはどうするの?」

海が進行を促した。

陸と明夜と蘭は顔を見合わせると

「「「ごめんなさい。」」」

素直に頭を下げて大人しくなった。

誰がリーダーなのかよくわからないチームだ。

それだけ全員の仲が良いわけだが。

「話を戻すと誰と当たりたいかってことになるんだ。ちなみに東北に行くともれなく由良さんがついてくるよ。」

Innocent Visionの力をもってすれば誰がどこに向かったかは一目瞭然だった。

「北は諦める。」

明夜は即答だった。

「今会ったら鬼の形相で殴られるもんね。あ、鬼の形相はいつもかな?」

本人がいないものだから蘭は言いたい放題だ。

「あんまり遠出すると疲れるから壱葉でいいんじゃない?」

「そこは先客がいるみたいだから…ちょっと遠いけど愛知に行こう。」

「味噌カツ、ひつまぶし、てんむす。」

陸の決定に明夜はすぐに食い付き、海も異論は無いらしく頷いた。

「りっくんと(新婚)旅行だなんて、ポッ。」

蘭はクネクネして照れていた。

盛岡に行ったのも旅行だということを忘れているらしい。

「ほらほら、皆行くよ。」

こうして"Akashic Vision"もまた戦いの場に向けて出掛けていくのであった。

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