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Akashic Vision  作者: MCFL
131/266

第131話 策士たちの逢瀬

5時限目の休み時間

「羽佐間由良さんはいらっしゃいますか?」

2年1組に悠莉が訪ねてきた。

クラスメイトの女子に囲まれていた由良は席を立ち、八重花もなんとなく由良の動きを見ていた。

そして悠莉は八重花の方を見て微笑み、頷くようにして頭を下げると由良と共に部屋を出た。

もはや秘密の話をする場所の定番となりつつある階段の踊り場に着くと悠莉は振り返って由良と向かい合った。

「ヴァルキリーがらみ以外で俺に用があるとは思えないが、方針は決まったな。何のようだ?」

「美保さんならここで焦らして反応を楽しめるんですが、羽佐間由良さんは頭の回転が早い分会話の遊びが足りません。」

悠莉が残念そうに呟くが由良にしてみれば知ったことじゃない。

美保のように弄られては敵わないからキャラを変える必要性もまったく感じなかった。

「実は土曜日からの遠征なんですが、私の代わりに東北に行かれるつもりはありませんか?」

「は?」

まったく予想外の話に由良が疑問符を浮かべると悠莉は頬に手を当てて憂いの帯びた目をした。

「先日お聞きになったと思いますが、私が手塩にかけて強化した盛岡ジュエルは"Akashic Vision"に壊滅させられてしまいました。ですが今回の集合場所はその盛岡ジュエルクラブです。まだ気持ちの整理がついていないので今回は羽佐間さんにお願いしようと思いまして。」

ヨヨヨとしなを作って泣いている悠莉を見る由良の目は猜疑的だ。

「分からなくはないが、お前のキャラと違わないか?もっとこう、部下の不幸を喜ぶとか。」

さすがに敵として付き合いの長い由良だけにヴァルキリーメンバー同様に悠莉の性格はよく分かっている。

だがそう追求されても悠莉は悲しげな目をするだけで美保のように暴露したりはしなかった。

「ここだけの話ですが八重花さんをルチルで取り込んだときに人の心の在り方に思うところがありまして。それ以降は私も少し変わってきているんです。」

その細やかな変化は由良では判別できない。

悠莉に裏がないと仮定して考えると関東の名産も捨てがたいがやはり旅と出先の名産の魅力が大きい。

「俺は別に構わないが細かい話は海原妹とか花鳳に聞かないと分からないんじゃないか?」

「そちらに関しては私がやっておきます。羽佐間由良さんは東北を楽しんできてください。」

護衛の任務とはいえ一度壊滅させたジュエルクラブをもう一度襲撃してくる可能性は低いため遊びに行くようなものだ。

楽しんでくるようにと言われるとそう思えてきた。

「じゃあ任せた。決まったら連絡をくれ。」

「はい。」

由良は後ろからでも楽しみにしているのがわかる様子で教室に戻っていった。

それを見送る悠莉はフフと微笑んでいる。

「あまり由良で遊んでると噛まれるわよ。あの番犬の本性は狂暴だもの。」

「ッ!八重花さん!?」

突然の声に驚き顔を上げると上の階から八重花が降りてきていた。

わざわざ遠回りして上に回り込んだのである。

悠莉は八重花を見た時こそ驚いていたがすぐに余裕のある微笑みを取り戻した。

「盗み聞きは感心しませんよ。」

「聞かせたそうだったからね。」

八重花はそのまま悠莉の横を通りすぎて教室に向かっていく。

「私が残る理由は…お分かりですよね?」

「さあ、どうかしら?」

八重花は背を向けたまま答えて階段を降りていってしまった。

悠莉は楽しげに笑いながら誰もいなくなった踊り場から教室に帰っていった。




「叶、真奈美。土曜日に建川に遊びに行かない?」

授業が終わって今日もダイエットという名の運動を始めようと考えていた叶と真奈美は声をかけてきた裕子を見た。

「さすがに芳賀君とのデートにご一緒するのは遠慮するよ。私たちがいてもお邪魔だろうし。」

「もしくはあたしたちなんか眼中にない感じのデートかもしれないね。」

真奈美はともかく叶は純粋な気遣いでの遠慮なので裕子の方が照れてしまった。

「そういうんじゃなくて!雅人くんが用事だからたまには皆で一緒にどうかなって。」

「にゃはは、つまり2号さんだ。」

「久美ー!」

「にゃー!」

裕子が久美の頬を引っ張ってじゃれてる間に

「2号さんて、力の?」

「叶、それは違う。」

叶がどこから仕入れたのか年齢詐称疑惑ネタを口にしていた。

「と・に・か・く!八重花も誘って女たちで遊ぼうって話なの!」

「にゃはー、許してぇ。」

久美の頬をぐにぐにやりながら息を荒らげた裕子の説明でどうにか久し振りにみんなで遊びたいんだという裕子の意思は伝わった。

そうなれば叶たちが断る理由はない。

「なんだか5人でお出掛けなんて本当に久し振りだね。」

「叶たちが新しい交遊関係を作ったからでしょ?」

「八重花にさっそくメールしておくよ。」

「にゃはは、楽しみ。」

どこに行くのかも何をするのかも決まっていないがただ出掛けるというだけでテンションが上がる親友たち。

「八重花からの返信、オッケーだって。それと八重花今日は用事があるからトレーニングはなしだって。」

「よし、それじゃあ土曜日は目一杯遊ぶわよ!」

「「おー!」」

裕子たちの元気な声が教室に響き、芳賀を初めとした多くのクラスメイトはその姿を微笑ましげに見ていた。



ピッ

八重花はメールの返信を終えて携帯をしまった。

ここは学校ではなく"Innocent Vision"のリーダーとヴァルキリーが会談した喫茶店のテーブル席。

八重花の向かいには悠莉が座っていた。

「お友達からですか?」

「ええ、真奈美…というかいつものメンバーで明日遊びに行こうって話よ。だから悪いけど明日会う話は無理ね。」

八重花と悠莉はこうして喫茶店に入ったわけだが、ちょうど悠莉が明日自分の家に八重花を招きたいと話していたところに真奈美からの連絡が入ったのだった。

「仕方がありませんね。大人しく"Akashic Vision"の襲撃に備えて壱葉ジュエルの護衛をこなすとします。」

さらりとヴァルキリーの予定を口にする悠莉。

それが八重花に揺さぶりをかけようとしているのかどうか、微笑みながら紅茶を口にする悠莉の動作からは窺えない。

「わざわざ由良に東北行きを譲ったのに、残念ね。」

「そうでもありません。羽佐間由良さんにも言いましたがこれでも東北ジュエルの皆さんには期待していましたから、壊滅したジュエルクラブを見に行くのは少し気が重かったんです。」

悠莉の言葉が本心だと気付いた八重花はふうと呆れたようにため息を漏らした。

「普通、そういう時はむしろ壊滅させた"Akashic Vision"への報復の感情を抱くものよ?」

他人の不幸を笑う悪女のような性格は多少鳴りを潜めてきた悠莉だったが本質的にはやはり歪んでいた。

「どんなに取り繕おうと私が普通から外れているのは事実です。それよりも折角ですからお話をしましょう?」

由良の東北行きはすでに承認されており、悠莉は壱葉ジュエルの護衛とはいえ近場で自由が多い。

ここで断っても明日、明後日と声をかけてくる機会があるだけだ。

「…分かったわ。それで、乙女らしく恋話で花を咲かせる?」

「互いにさしたる恋愛経験があるわけでもない私たちが話しても花は咲きそうにないですけどね。」

1組のクラスメイトのように第三者が聞けば八重花の恋は話題性があるがその過程から結果まで全て知っている悠莉と話しても盛り上がりはしない。

「それじゃあどんな話がお望み?」

「そうですね。…八重花さんたちは"Innocent Vision"が潰れた今、何をしているのか、というのはいかがでしょう?」

悠莉は怪しげな微笑みを浮かべて八重花の返事を待つ。

率直な質問に普通の相手は怒るか警戒するか反応するところだが、八重花もまた普通じゃない。

「それは情報提供であってお話じゃないわね。」

まるで日本語の用法を間違った友人に指摘するように軽く肩を竦める程度だった。

腹の探り合いをしているようで実は直球勝負が多いのもこの2人の会話の特徴と言えた。

「しかしこちらは安手で八重花さんの隠しているカードには勝てませんよ?」

「何を疑っているのか知らないけれどこっちの手札はとっくにオープンしてるわ。神峰美保や等々力先輩が聞いたはずよ?」

「ダイエットですか?」

悠莉は確かに美保から叶、真奈美、八重花の3人がダイエットと称して何か運動をしていると聞いていた。

だがさすがの悠莉も元"Innocent Vision"の3人が集まってただのダイエットだとは納得していない。

手札が伏せられたまま笑顔で安手だと言われている状態に近い。

よほどの勝負師か馬鹿でもなければ信じたりなどしない。

「まあ、いいわ。それなら互いにその安手を明けてお話をするとしようじゃない。」

八重花は紅茶のお代わりを注文して一度仕切り直した。

熱い紅茶を口にして探り合いで緊張していた体を解した。

「八重花さんたちは今何をされているんです?」

「だからずっと言ってるじゃない。ダイエットよ。」

悠莉は目に見えて絶句した。

現実は空想より奇なりではないが場違いな現実は時に妄言として受け取られる。

特に八重花のように真意を掴ませない話し方をすればなおさらだ。

「一月もひきこもりしていた上に快気祝いでお菓子を食べ過ぎたから少し運動をしようって話になったのよ。」

実際、その裏には"Akashic Vision"を探すために体の勘を取り戻しておこうという考えがあるが、やっている目的の大部分は間違いなくダイエットだから嘘ではない。

「八重花さんは…半場さんを諦めるんですか?」

悠莉も由良と同じような感想を抱いた。

「…どうしようもないじゃない。ちゃんと話をしようにもりくが捕まらないんだもの。」

それを探すための準備をしているわけだが八重花はおくびにも出さない。

「…。」

悠莉は紅茶の上の波を見つめている。

その表情から何を考えているかは分からない。

「こっちの手札は明かしたわ。次はそっちよ。」

「そうですね。予想外でしたがお話していただいた以上こちらも話さなければフェアじゃありませんね。」

悠莉は気を取り直して紅茶に口をつけた。

八重花としてはヴァルキリーの"Akashic Vision"やオーに対する対抗措置についての情報でも得られれば御の字と考えていた。

「ヴァルキリーは"Akashic Vision"と魔女オリビアとの徹底抗戦の姿勢で三つ巴になるようです。だからこそ八重花さんたちが介入することでパワーバランスが崩れることをヴァルキリーは危惧していたのですが、問題なさそうですね。」

「なるほど。それで疑っていたわけね。」

悠莉の話はまさに八重花の求めた話だった。

しかし内容はあまりよろしくはない。

どの組織も交戦状態になっていくのなら"Akashic Vision"と接触しようとすると彼らの仲間と見なされて他の組織から攻撃を受ける可能性がある。

(やはり体を鍛えていつでも戦えるようにしておく必要があるわね。)

「今回の遠征は"Akashic Vision"対策?それともオーへの警戒かしら?」

「一応"Akashic Vision"と考えていますがオーも同様に警戒しています。どちらの組織にもソーサリスがいますから。」

悠莉の目が八重花もそうだと言っているが八重花は紅茶を飲んで視線を受け流す。

「それにしても、まだ小手調べとはいえ"Akashic Vision"の動きは随分と遅いわね。りくのAkashic Visionの力を使えばもっといろんな攻め方が出来そうなものなのに。」

「言われてみれば、確かに妙ですね。」

あれだけ強力なソーサリスたちならば"Akashic Vision"として纏まって動くよりも個別にジュエルクラブを襲撃した方が遥かに効率が良い。

昔の陸ならいざ知らず今はAkashic Visionがある陸に危険があるとも思えない。

「半場さんを1人に出来ない理由がある、ということでしょうか?」

「どうかしらね?私が明夜たちの立場なら陸に近づこうとする相手を叩きのめすためにそばに張り付いているけど。」

「さすがに乙女心で動いているとは思えませんが。」

真面目な考察に八重花が真面目な顔で不真面目な意見を出したので悠莉は相好を崩した。

真面目に考えたところで"Akashic Vision"の考えは陸たちに聞かなければ分からない。

「そろそろ出ましょうか?」

「そうね。」

割り勘で金を払って店を出た2人は互いに違う道に足を踏み出す。

「健闘を祈ってあげるわ。りくを捕まえたら連絡をちょうだい。」

「考えておきます。」

2人は互いに違う方向に向かって歩き出した。

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