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Akashic Vision  作者: MCFL
127/266

第127話 覚悟の時

コポコポと妖しげな黒い色の液体が満たされた鍋が沸騰して泡が弾ける。

ここはオリビアたちのアジトにあるオリビアの部屋。

その様相は魔女の部屋というよりも研究室や実験室と呼ぶに相応しいものだった。

魔法と言っても科学が一切必要ないわけではなく、また科学で説明できない事象が魔法と呼ばれるなら両者は密接に関わりがあるとも言える。

そのオリビアの部屋のドアを乱暴に開いた飛鳥は苛立った様子で叫んだ。

「オリビア、さっさとあの"Akashic Vision"を倒しに行くよ!」

「相変わらず騒がしい娘よのう。淑やかにせんと嫁に行けぬぞ?」

鍋をかき回していたオリビアは振り返り嘆息した。

「大きなお世話よ!それよりどうして"Akashic Vision"をほっといてるのさ?茜は何か戦力を増やしてるとか言ってたけど飛鳥が居ればあんな奴ら…」

「其奴らに奇襲を受けて撤退したと聞いておるが?」

「ちっ。茜のおしゃべりめ。」

飛鳥は同志だが茜は部下だと思っているため報告は当然なのだが飛鳥は露骨に蔑んだ。

オリビアは二人のタイプの違うソーサリスの好きにやらせているだけだ。

結果として暴走しがちな飛鳥を茜が制する、あるいは引きずられる形を成していた。

前回の攻撃は後者のため飛鳥としては面白くなかったのである。

「あんな数ばっかりのオーよりもっと強い部下はいないの?」

「別に妾はアレをオーと名付けたことはないのじゃが…まあ、よかろう。新しい駒を今準備中じゃ。茜から聞いておろう?」

「?」

玩具をねだる子供のような飛鳥は都合の悪いことや興味のないことはあっさりと忘れる都合のいい頭をしているらしかった。

「暫しオーで遊んでおれ。」

「わかったよ。」

子供のあしらい方だが飛鳥の遊びとは勿論人殺しだ。

そこに恐怖や抵抗を感じない空間は以前のヴァルキリーに通ずるものがある。

飛鳥が出ていった部屋でオリビアは手を止めるとニヤリと笑みを浮かべた。

「そう、新たな駒は順調に増えておる。"Akashic Vision"には感謝せねばならるまい。」

不気味な黒い液体の底から浮かんできたものは黒の中に血のような紅が混じる魔石だった。




WVe横浜店を拠点とするジュエルクラブは最大級の人員を擁する関東圏内の主要拠点の一つである。

壱葉ジュエルでの教えから基礎能力を元にしたジュエル部隊の集団運用に力を入れており、その訓練風景はほとんど軍隊である。

横浜ジュエルの神川はどこかの特殊部隊にいたとか前世はアメリカ軍の軍曹だとか言われるほどの軍人気質でミリタリーオタクだった。

「貴様らはウジ虫だ!」

怒号罵声は当たり前。

体罰も込みの熱血指導だが、100を超えるジュエルの一人一人の情報を叩き込んでいて個別にメニューを変えたり悩みの相談に乗ったりと部下の管理育成にも余念がないため、脱会者は少なく、むしろ慕われている稀有な人物だった。

その私有軍隊のような部隊を率いる神川は


「シット!"化け物"が。」

悪態をついてギリッと歯を食い縛った。

射殺さんばかりの視線の先には左目を朱色に輝かせて血飛沫舞う戦場の中心に立つ半場陸の不気味なほどに穏やかな笑みがあった。

陸が右手を肩の高さまで上げて手のひらを開く。

「ここまでやってもまだ降参の意志はないんですね?」

ここまでというのは陸の周りに転がる十数人のジュエルたちのことだった。

ジュエルは砕かれていないものの完全に落ちている。

「我らジュエルはヴァルキリーの意志に従う。ならば我らに降伏はあり得ない!」

神川は雄叫びのように吼え、それによってジュエルの士気が再び上がった。

「だから無駄だって言ったんだよ。さっさと始めるよ、お兄ちゃん。」

陸の後ろに控えていた海が不満げな顔で前に出てきた。

陸は襲いかかってきたジュエルに誰一人として触れることなく同士討ちを誘導しただけで十数人全員を倒してしまったのだ。

その光景はもはや悪い冗談…悪夢としか言いようがなかったが神川の活で戦う意志を放棄する者はいなかった。

「りっくんのデモンストレーションはあんまり好評じゃなかったみたいだね。すごかったけど。」

「陸、邪魔。」

陸が大切なソーサリスたちは陸が敵の前にその身を晒していたことに気を揉んでいたため不機嫌だった。

「うーん。別の解決方法を模索してみたんだけど上手く行かなかったか。」

陸は困り顔で海たちの後ろに下がった。

守られる必要なんて感じられないどころかむしろ陸の存在がソーサリスたちを守っているようにすら神川には思えた。

「未来視Innocent Visionの噂は聞いていたが、ここまでの怪物だとは聞いてないぞ。ガッデム!」

「あと女の人があんまりそういう事を口にするのは良くないですよ?」

もはや完全に世間話レベルの忠告に神川の堪忍袋の緒が切れた。

「相手はたったの4人だ!我らの得た力を叩きつけて砕けぬものはない!全員、アタック!!」

「「わーーー!」」

神川の指示を受けて百人近くのジュエルが一斉に"Akashic Vision"に押し寄せた。


「その身を勝利に捧げよ!」

「イエス、マム!」

号令に完全に同期した返事をした前列のジュエルは魔剣の刃を掴むと一斉に陸たちに向かって投げた。

手を放した瞬間にジュエルの効力は切れるがすでに射出された魔剣は止まらない。

槍衾のようにほとんど放物線を描く事なく無数の刃が"Akashic Vision"に殺到する。

「フッフッフ、ここはランが…」

「先に行く。」

「お兄ちゃんは任せたよ!」

蘭が"Akashic Vision"の皆を守るために勿体ぶりつつスペリオルグラマリー・アイギスを展開しようとしたが、それよりも早く明夜と海が刃の嵐に突っ込んでいく。

明夜は身のこなしでかわし、海はブリリアントを撃って出来た空隙を通過して攻撃を避けた。

いくつかのジュエルが落ちたものの大半が飛んできて蘭は膨れつつ左手の盾を構えた。

「むー、ランの見せ場なのに!りっくんのためにアイギス展開!」

漆黒の盾オブシディアンを基点として発生したエネルギーの盾は物理的な障壁となり飛んできた魔剣を弾いていく。

ギギギギギギンと断続的な衝突音が鳴り響くが神の盾の名を冠するグラマリーには傷一つつかない。

「隊長、効きません!」

「くっ、標的変更。突っ込んできたバカを血祭りにする!」

前列のジュエルたちは後列と交代し魔力を一度カット、魔剣の再構成に取りかかっている。

玻璃のようにすぐさま顕現することはないが手放したジュエルを再度利用することが出来る。

ジュエルスリング、それはグラマリーという遠距離攻撃を持たないジュエルたちが編み出した利用法だった。

明夜は両の刃を翼のように拡げて地面スレスレを飛ぶように駆け、海はいっそ無防備と言えるほどに堂々と走っている。

「両翼、展開!」

神川の号令で明夜たちを迎え撃つかに見えた前列のジュエルたちが一斉に左右に広がり、そのブラインドがなくなった瞬間に第2波のジュエルスリングが飛び出した。

「撃ち落とす。」

「同じく。」

明夜と海は同時に足を止めるとソルシエールを構えた。

明夜は二刀を振るうべく胸の前で刃を交差させた防御寄りの構え、海はブリリアントを放つためにアダマスを前に突き出した攻撃的な構え。

先陣を切る2人は見事なまでに好対照だった。

「先に行くよ、ブリリアント!」

ドウッ

アダマスに満たされた乱反射する輝きが極太の光の柱のように撃ち出された。

光の奔流はジュエルを飲み込んで消滅させていく。

「きゃああ!」

ジュエルが消滅した反動でジュエルの数人が気を失った。

「海。」

明夜は手の動きが残像に見えるほどの捌きでジュエルを叩き落としながら無感情な声で海の名前を呼んだ。

「分かってるけど、あの数はさすがに面倒だったから、つい。」

「気を付けてくれればいい。」

明夜がシュンと両手の刃を振り下ろした時、明夜に向けて飛んできていた魔剣はすべて叩き落とされていた。

それでもジュエルの攻撃は止まない。

左右に展開した両翼はすでに武器を振り上げて明夜たちを挟撃する形で迫っていた。

「囲って数の勢いで押し潰せ!」

遠方射撃による足止めからの挟撃はオーとの戦いでも成果をあげてきている。

相手の数が多くても射撃で減らすことが出来、さらに挟撃に持ち込むことで単体としては力の劣るジュエルを孤立させず多人数での攻撃を可能とした。

横浜ジュエル必殺の戦術だった。

「これでっ!」

「この程度で…どうなるって?」

だが、横浜ジュエルが戦っているのは人の姿をしたオー以上の"化け物"だった。

「アフロディーテ、起動。」

明夜の右手のオニキスが放り投げられ空中で女性型の騎士甲冑に変化し、片翼の最後尾の後ろに着地した。

それはジュエルたちが挟撃された形と言える。

左手の刃を構える明夜からは近づけさせないオーラを感じてジュエルは詰めきれず、ガシャンと背後で足音がするのはいつ爆発するかわからない爆弾の前にいるような心境だった。

ジュエルの片翼は瞬く間に縛り付けられた。



「相手はたったの1人よ!囲めば…」

「誰を囲むって?」

「何言ってるの!?それはあのアダマスの、ソーサリス…」

だが視線の先に一瞬前までいたはずの海の姿はなかった。

「馬鹿者ども、後ろだ!」

乱れかけた統率は神川の怒声で保たれた。

神川の位置はディアマンテの範囲外だったため皆の時間が止まった姿を見ていたのである。

「今はまだ覚悟の時じゃないから仕方がないね。」

海はニヤリと笑って左手に持ったものを見せた。

「あ、あたしの!」

最後列にジュエルが叫んだ後真っ赤になって胸を両手で隠した。

海が持っていたのはブラジャーだった。

止まっているジュエルを通り抜けるときに引き抜いたのだから相当手癖が悪い…ではなく手際が良い。

他の皆も胸元の異変に気付いたらしく

「キャー!!」

全員が悲鳴を上げて蹲ってしまった。

引き抜いたのは最後の1人だけで後はアダマスで器用に消滅させたのだ。

「本当は服を全部ってやりたかったけどお兄ちゃんがいるからその程度で許してあげる。」

海が放り上げたブラがジュエルたちの命の代わりとばかりにアダマスの光で消滅した。

羞恥以上に圧倒的な力の差を見せつけられたジュエルたちに立ち上がる気力はなかった。



横浜ジュエル必殺の戦術は2人のソーサリスによって両翼をもがれた。

蘭を伴った陸はその中央をゆっくりと進んで神川の前に立つ。

「僕たちはあなた方の武力放棄を望んでいるだけで無益な殺生は好みません。抵抗は止めてください。」

陸の言葉に戦意を喪失しかけたジュエルたちが揺れる。

手に入れたジュエルという力は全く通用しなかった。

ならば抗って死ぬよりも生きて普通の生活に戻った方がいいと考えるのは自分の命が大切ならば考えて当然の選択だった。

だが神川はペッと陸に唾を吐きかける。

陸はひょいと避けて悲しげな顔をした。

「随分と上から目線だな、"化け物"?どんなに御託を並べようと貴様らは従わない者、使えない者を殺すんだろう?せっかく得た力を捨てろなどと、地を這いずり回る者にとっては死よりも屈辱的な事だと理解することもできまい?」

実際、神川はジュエルを手にするまではミリタリーオタクという女子にとっては稀有な趣味のために馬鹿にされ、苛めを受けていた。

かなり陰湿な苛めを受けた神川はそれでも死を選ばず生きる戦いを続け、それがジュエルという形で花開いた。

かつて神川を苛めていた者たちは今は部下にいる。

神川にとってジュエルを捨てるということはその頃に戻れと言われているようなものだった。

「貴様ら"Akashic Vision"がどんな素晴らしい理屈を掲げているかは知らないが、少なくともこの力を捨てて生き延びるくらいなら戦って死んだ方がマシだ!」

神川の決意の声にジュエルたちの胸にまた火が灯る。

不満があったからこそジュエルになった。

それを捨てて元に戻ることなどできないと。

「…そうですか。」

陸は小さく呟くと顔を上げた。

左目が朱色の輝きを放つ。

「Akashic Vision。」

空間が朱色の光に満たされ、それが収まった時、

「体が、動かない?」

ジュエルたち全員が金縛りにあったように動けなくなっていた。

「…」

見えない十字架に磔にされても神川は怯えを見せることも無く陸を睨みつけていた。

「僕たちは進み続けなければならないんです。たとえ僕たちの理想が誰にも理解されなくても。」

陸は笑みも悲しみも無く、ただまっすぐに神川に告げた。

神川は何も言わず目を閉じた。

敵であるジュエルが動かなくなり事態の推移を見つめていた海は明夜を横目で見て呟いた。

「…覚悟、意外と早かったね。」

海の視線に気づいた明夜は無言で頷く。

"日常"を守るために"非日常"を狩ってきた明夜だが、ジュエルはまだその境にある存在だったから迷いがあった。

陸はその境界線を覚悟という言葉で定め、これまでは殺さない方法を選んできた。

だが遂に陸はその覚悟を決めた。

動かなくなった神川の手からサーベル状のジュエルを取った陸はゆっくりと刃の先を神川の心臓に突き付ける。

「やめてーーー!!」

周囲のジュエルから悲鳴と怒りの声が沸き起こる。

だが誰ひとりとして動けない。

そして悲痛な叫びは陸の耳には届かない。

「あなたの命を礎に僕らは進ませてもらいます。」

「さっさと行け、"化け物"。」

神川は最後まで口の悪い調子だった。


ザク


あれだけ騒がしかった空間がシンと静まり返った。

カランと誰かのジュエルが落ちた音が妙に大きく響いた。

もうAkashic Visionの呪縛は解けているのに誰も動かない…動けない。

陸は倒れかけた神川の体を抱きとめて床に横たえた。

"Akashic Vision"のメンバーが集まり、出口に向かう。

陸は最後に神川を見て悲しげに微笑んだ。

「どうか、良い夢を。」


この日、神川は死んだ。

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