第124話 すれ違いの再会
組織の動きから個人の行動まで様々な事が起こった翌日、登校した叶は
「久しぶりね、叶。」
「八重花ちゃん!」
通学路で待っていた八重花と実に一月ぶりの再会を果たした。
「八重花ちゃーん。」
「まったく、なに泣いてるのよ?」
感極まって泣きついた叶を八重花は口では呆れつつも優しく抱き止めた。
登校中の学生たちが見ているが八重花は気にしない。
陸に取り入るために仲間すら捨てようとした自分をまったく拒絶しようともせず、こうして涙を流してまで受け入れてくれる大切な親友の存在を感じていたかった。
(やっぱりりくの言った通りね。)
もう八重花は叶を切り離したりは出来ない。
だからこれからはなにも捨てずに陸を取り戻す方法を考えなければならなかった。
だがそこに困難に向かう悲壮感はなく、むしろ喜びすら感じていた。
(1人じゃないのも、悪くないわね。)
「ほら、ちゃんと立ちなさい。」
ポンポンと叶の背中を叩いて立たせた八重花はフッと"Innocent Vision"の作戦参謀だった頃と同じ笑みを見せた。
「叶たちにも協力してほしいことがあるのよ。」
4組の教室で残りの親友たちとの再会を喜び、昼食の約束を取り付けた八重花はトイレに行くと言って一緒に出てきた叶と真奈美を連れて踊り場に来た。
「そう、由良がヴァルキリーの護衛にね。」
「うん。陸君をぶん殴ってやるって。」
八重花がいなかった間の話を聞いて一番気になったのは由良のことだったらしいが
「まあ、由良は1人でも大丈夫ね。とりあえずは3人でいいわ。」
無事を確認しただけであっさりと話題を変えてしまった。
叶と真奈美は顔を見合わせるが八重花はさっさと本題に入る。
「私たちにはりくとの対話が必要だと思うわ。本当に私たちとは同じ道を歩めないのか、私たちが協力できないのか。それらはあんな戦場での会話じゃ判断できない。だから私はりくたち"Akashic Vision"を見つけたい。昨日も良いところまでいったんだけどやはり1人では限界があるのよ。だから2人にも協力してもらいたいの。」
八重花は頭を下げた。
対話の席を設ける以前に話し合いの場に引きずり出すには八重花1人では困難だとわかった。
だけど2人なら、3人なら…。
八重花はまったく不安を感じなかった。
「八重花、顔を上げなよ。」
「私たちだって陸君とちゃんとお話ししたいんだから。」
八重花の前には優しくも同じ志を持つ仲間がいる。
「そう言ってくれると思ったわ。ありがとう。」
八重花はあまり言わない礼を口にした。
叶たちはそれを聞いて微笑む。
"Innocent Vision"は無くなっても3人の親友としての絆は揺らぐことはなかった。
チャイムがなってホームルームが始まる直前、女子に囲まれていた由良はドアから入ってきた八重花を見て驚いた。
それは八重花も同じだったようで呆然としている。
尤も八重花が驚いた理由は由良の周りに女子がたくさんいたからだが。
八重花はフッと微笑むと由良から視線を外して席についた。
由良にはそれが周りの女子を気遣ったように見えた。
「羽佐間さん。東條さんがいてもまた勉強教えてくださいね?」
「あ、ああ。」
不安げなクラスメイトに返事をしつつ由良は八重花の態度に違和感を拭えずにいた。
そして由良は抱いた違和感が正しかったことを悟った。
八重花は休み時間を迎えても由良に話しかけてこようとはしなかった。
次の休み時間も、その次も由良を気にかけている様子すらなく、昼休みになるとさっさと4組の方に行ってしまった。
(何なんだ、あれは?)
不満を抱きつつも席を囲むクラスメイト女子を放り出していくわけにもいかないので声をかける事も出来なかった。
「東條さん、どうしたんですかね?羽佐間さんに会いに来ませんけど。」
やはりクラスメイトも気付いているようだったが由良とは違いどちらかと言えば安堵しているようだった。
「一月も休むなんて普通じゃないし。喧嘩別れでもしました?」
新たな話題の種に視線が集まる。
(喧嘩別れ…まさかな。)
八重花は"Innocent Vision"を捨てて陸の仲間になろうとした。
その後一月の不登校の間に"Akashic Vision"と接触して仲間に加わった。
だから陸と同じようにかつての仲間であるはずの自分を拒絶するようになったのではないかと。
「どうなんですか?」
「そんなんじゃない。あいつの不登校の原因は男にフラれたからだ。」
真実を話すわけにもいかないので要点部分を説明したら
「な、なんですか、その話!是非詳しく!」
一気に女子のテンションが増加した。
机を囲んでいた女子だけでなく離れた席で食事を摂っていた別のグループまで集まってくる様子に由良はパックジュースを吹き出しかけた。
キラキラワクワクの目を向けられて由良は呆れる。
「…おまえら、本当にそういう話好きだな?」
「「はい!」」
満場一致の返事に由良は頭を掻き
(すまん、ヤエ。)
真実に近くて遠い東條八重花の恋物語が語られたのであった。
「うっ。」
食堂で昼食を摂っていた叶たちだったが突然八重花がぶるりと震えた。
「どうしたの、八重花?」
「にゃは、お花摘み?」
トイレの隠語を久美が知っていたことに軽く驚きつつ八重花は首を振って否定する。
「悪寒に近いわね。誰かが私の噂でもしたのかしら?」
「悪名高い八重花さんが帰ってきたならしょうがないわね。」
「…裕子のおかず没収よ。」
八重花が指を鳴らすと真奈美が裕子を押さえて久美が皿の上のおかずを分配した。
まさにチームワークだ。
「あー!?」
「裕子、ダイエットでもするの?」
八重花はしれっと尋ねて裕子はぐぬぬと箸を噛む。
「あはは。」
叶は懐かしい親友5人での食事を楽しそうに笑っていた。
昼の食堂には当然ヴァルキリーやジュエルのメンバーも利用している。
綿貫紗香は良子のパシリになったわけだが時々悠莉を待ち伏せして一緒に食事を摂っていた。
「悠莉お姉様、東條八重花がいますよ。」
紗香の視線の先に目を向けると最近引きこもりになっていたと聞いていた八重花が友人たちと楽しそうに食事をしていた。
「紗香さん。乙女会の乙女が他の方を呼び捨てにするのは好ましくないですよ。先輩、あるいはさんをつけるべきです。」
「すみません、お姉様。」
乙女会役員である悠莉は淑女教育にも抜かりはない。
そして再び八重花に目を向ける。
(半場さんに拒絶されて脱け殻になっていた八重花さんが復活されましたか。自力で立ち直ったのか、何かあったのか。是非ともお聞きしたいところですね。)
悠莉にとって八重花は敵でありながら駆け引きをする情報源でもある。
下手をすれば味方にも裏切りの烙印を押されかねない関係だが2人はそのスリルを楽しんでいる節もある。
そういう理由を抜きにしても2人にはルチルで築かれた繋がりがあるため奇妙な関係となっていた。
「東條…さんが出てきたってことはまた"Innocent…」
「人の多い場所でその話題もご法度ですよ?」
悠莉は人差し指を口に当てて黙らせる。
紗香は口を両手で押さえて頷いた。
「どうでしょうね?その存在意義は発足者本人に否定されました。ならばもう一度作り上げるには相応の理由が必要でしょう。」
悠莉は本命の固有名詞を巧みにぼかして紗香の質問に答える。
陸に迎合するならば"Akashic Vision"に入ればいい。
"Innocent Vision"を再度発足させるためには陸の帰る場所に代わる確固たる目的が必要になってくる。
今の八重花たちにそれがあるかもまた悠莉の興味を引く内容だった。
「悠莉お姉様?」
紗香は"Innocent Vision"の存在理由になど興味はない。
ヴァルキリーの、お姉様と慕う悠莉や良子の邪魔をする者たちを倒したいと強く望んでおり、そのための努力を良子の下で積んできたがいまだにグラマリーを使えるようになる兆しはない。
「紗香さんはもしも羽佐間由良さんのように皆さんが私たちの一員になったらどう思います?」
悠莉の思惑は八重花くらいしか分からない。
だから悠莉は別の質問をした。
こちらは撫子の考えるヴァルキリーの将来の姿。
魔剣や聖剣の力をヴァルキリーの下に集めて世界を導く礎とする計画。
現在はこれまでで一番その未来が近付いている状況だった。
紗香は箸を置いて真剣に悩んだ末、躊躇いがちに頷いた。
「将来を考えればそれは良いことだと思います。今のわたしたちはお姉様方のお力になれているとは言えません。その点あの人たちの強さは皆が認めています。」
今の発言で聞こえていたジュエルがムッとしたが実際に今のジュエルは数が多いからこそそれなりに運用されているものの求めるレベルには達していない。
他のジュエルはともかく紗香はそれを理解していた。
「でも、わたしは嫌です。」
「何故ですか?理想の実現が嬉しくないんですか?」
「違います。だって…強い人たちがたくさん増えたらわたしはお姉様方のお側に居られなくなっちゃいますから。」
未来の不安に涙ぐむ紗香を悠莉は優しく撫でた。
紗香は戸惑いながらもその手を受け入れる。
「強くなればいいんですよ。紗香さんにはその資質があります。」
撫子のように上を目指す強い意志が紗香にはある。
(私とは違って、この子は強くなれるでしょう。)
悠莉はいつか自分が追い抜かれる日が来ることを予見しつつその日までお姉様で居続けることを密かに誓うのであった。
昼休みの終わりギリギリになって戻ってきた八重花はクラスメイトから物凄い同情の視線を向けられて後退った。
八重花の壮絶な愛とそれを一度は受け入れながらも突き放した陸の話を聞いたクラスメイトは八重花の見方をがらりと変えたのであった。
ちなみに一部の生徒はその相手が陸だと知っているので恨みを募らせた。
八重花は犯人が由良なのを知りつつも特に追求することなく席についた。
(どうしちまったんだ、ヤエ?)
由良はさっき考えていた不安を頭を振って追い払った。
そして結局2人が一言も話さないまま迎えた放課後、
「おい、ヤエ。ちょっといいか?」
痺れを切らした由良は八重花に声をかけた。
八重花も由良が声をかけてくるのは予想していたのか驚いた様子はない。
「構わないわよ。」
2人が連れ立って教室を出ていくのをクラスメイトたちは不安げに見送った。
2人が向かったのは屋上に続くドアの前だった。
理由は単純に屋上だと寒いからだ。
「出てきたのに挨拶の一つもないのは酷くないか?」
由良は開口一番文句を言った。
少なくとも由良はそれくらい言っても良いくらいには今日一日気を揉んだつもりでいた。
だが八重花は悪びれた様子もなく肩を竦めた。
「これでも気を使ったからこそ話しかけなかったのよ?」
「?」
由良は何を言っているのか分からないとばかりに首を傾げ、八重花は視線を外した。
「だって、由良は今ヴァルキリーの一員なんでしょう?」
その一言に由良は驚き後ずさった。
別に隠しているわけでもなかったが話していない情報を言い当てられる驚きは大きく、ましてやかつての敵にいると指摘されれば動揺もする。
「学内はヴァルキリーのホームグラウンドだから誰が聞いているかわからないじゃない?」
実際にヴァルキリーの護衛を請け負ったことでクラスメイトの誰がジュエルに属しているかを知った由良は何も言えない。
だがそれは八重花にとっては無言の肯定に他ならなかった。
「だが、ヤエが帰ってきてまた"Innocent Vision"が再開するなら俺は…」
「再開はしないわ。だってする必要がなくなったでしょ?」
陸の帰る場所として在った"Innocent Vision"は陸本人がその帰還を拒んだ瞬間に終わりを迎えた。
その復活に意味はないと八重花はいう。
由良はその裏側にある八重花の思いに反応して表情を険しくした。
「なら、ヤエは陸を諦めるって言うのか?」
八重花の言葉には以前のような陸を求める気迫が無くなっていた。
由良はその事に怒りとも悲しみともつかない感情を抱くが八重花は諦めたようなため息を漏らした。
「愛を燃やし続けるのに疲れたのよ。それにりくが作るって言う平和な世界が訪れた後に改めて普通の女として落とせばいいじゃない?」
ゴッ
由良の拳が壁にめり込んだ。
由良は怒りの形相に失望の目をしていた。
「そうかよ。」
由良は吐き捨てるように言って踊り場から去っていった。
八重花は冷や汗をぬぐいながらフッと笑みを浮かべる。
「由良にはヴァルキリーにいてもらった方が都合がいいのよ。」