第123話 苦悩の出口
ヴァルキリーは放課後ヴァルハラに集まった。
そろそろ3年生は受験シーズンだが良子はすでにスポーツ推薦での進学が決まっているし、海原姉妹は卒業後には花鳳家に奉公することが定められているので焦る必要もない。
だから場の空気が切迫しているのはそういった"日常"の話題ではなく"非日常"、ヴァルキリーでの事だった。
「盛岡ジュエルを"Akashic Vision"が壊滅させた。関東からいきなり東北に出向くなんて旅行かね?」
良子が暢気に真実に近い発言をするが当然誰もそんな破天荒な理由を信じたりはしない。
「何言ってるのさ。盛岡ジュエルが危険だから先に潰しに行ったに決まってるよ。」
「私も姉さんと同意見です。"Akashic Vision"は盛岡ジュエルを狙って動いたと考えられます。」
海原姉妹の反論を受けて良子は肩を竦めた。
「やっぱり防戦に回っててもジュエルが潰されていくだけよ。ここは攻めに転じて…」
「強力なソルシエールの力でヴァルキリーが倒されると。」
「…」
交戦派の美保が拳を握って力説する横から悠莉が紅茶を口にしながら横槍を入れた。
確かに精神論だけでは如何ともしがたい戦力差を埋める策がなければ玉砕しに行くようなものだ。
美保が押し黙ったところで呼び出された由良が手を挙げる。
「陸たちがやったのは間違いないのか?」
「確証はございませんがジュエルを破壊されただけで死者がいないことが証明になると思われます。」
「なるほどな。」
由良がグビッと紅茶を飲む。
関東甲信越のジュエルを中心に道場破りならぬジュエルクラブ破りをしてきた"Akashic Vision"は文化祭での警告の割に1人もジュエルを殺してはいない。
今回の件もジュエル破壊の事件がなければこれまでの延長線上と考えられていただろう。
「ジュエル破壊能力なんて穏やかじゃないね。でもアダマスは消滅のグラマリーだからその気になれば出来るのかな?」
「本当に敵に回るととんでもないグラマリーだな。」
幾度も海と交戦した良子と一月前まで仲間として海の近くにいた由良は同時にため息をついた。
優等生飯場海の失踪は昨年の半場陸の事例と重なる部分が多いために話題となったが一月たった今では下火になっている。
いつもは美保と一緒にとりあえず突撃するような意見を出す良子までが慎重論なので美保はふて腐れてしまった。
「ふふ、盛岡ジュエルの件は口惜しいですが情報が不明瞭な段階で動くのは危険ですね。岩手さんたちの目覚めを待って対処を考えましょう。」
色々な意味で一番悔しいはずの悠莉が冷静なため意見は静観の方向で固まった。
「ヴァルキリーの意向をお嬢様にお伝えして今後の活動方針を検討致します。」
撫子も年末に向けて本業が忙しいためあまりヴァルキリーの活動に関われないでいる。
ヴァルキリーの方針は現在この場にいるメンバーで決めている状態だった。
「"Akashic Vision"は静観だとして、オーの方はどうするんです?"Akashic Vision"は厄介な敵ですけど、敵の敵も結局敵ですよ?」
すっかり"Akashic Vision"の対策会議で終わりに向かおうとしていたメンバーに美保が一石を投じた。
オーも"Akashic Vision"への対処に追われていてヴァルキリー自体は大した接触をしていないのが現状だが"Akashic Vision"同様倒さなければならない相手ではある。
「オーに関しましては情報が少なすぎるため発見次第撃破という状態です。」
「つまらないですね。もっとこう、敵のアジトに侵入して組織を壊滅させるみたいな作戦はないんですか?」
美保はアクション映画でも見たのかそんな提案を出した。
確かに最近のヴァルキリーは妙に保守的で美保としては面白くなかった。
今は"Akashic Vision"とオーという本気で殺したい相手が多いため是非攻撃を仕掛けたいのである。
「"Akashic Vision"の皆様が本日やられたようにですか?」
「…確かに。」
陸たちは隠されたジュエルのアジトを発見し、その中にいた番人たちとの壮絶なバトルを繰り広げ、そして1つのジュエルクラブを潰した。
まさに美保の求める状況だった。
「あー、ムカつく!」
美保が叫ぶのをヴァルキリーのメンバーは呆れた様子で苦笑している。
「オーへの反抗作戦ですか。」
その中で葵衣だけは真剣に攻勢に出る手段を考えていた。
学校が終わった真奈美は壱葉総合病院に診察に来ていた。
もう足と目を失った出来事から1年が経過したが特に大きな病気が併発することもなく術後の経過も順調だった。
真奈美はそれがセイントの力を宿すスピネルのおかげだと思っているが医者に話す内容ではないので心の内に留めていた。
担当医の永井先生の診察も何事もなく終わった。
「特に問題ないみたいだね。」
「はい。」
永井先生はカルテに素人目には落書きのように見える文字を書きながらフッと笑った。
「どうしました?」
「いや、一月前は落ち込んでいたみたいだったけど元気になったみたいでよかったと思ってね。患者の心のケアも医者の仕事だからね。」
一月前、文化祭が終わった数日後に真奈美は診察に訪れていた。
その時は誰の目から見ても生気を失った目をしていて何を聞いても生返事しか返ってこない状態だったので皆心配していた。
「ああ、ご心配お掛けしてすみません。友人のお陰で立ち直れましたからもう大丈夫です。」
真奈美は恐縮した様子で頭を下げた。
落ち込んでいた当初は周りの様子など気にしている暇はなかったが思い返してみると色々な人に心配をかけてしまったと真奈美は反省していた。
「元気ならなによりだよ。それと義眼の方は早ければ今月中には届くそうだからまたその時に連絡するよ。」
前回の診察の際には真奈美のダメッぷりを心配して母親が同伴していた。
その時に永井先生と話し合って義眼の購入を決定した。
「そうですか。分かりました。」
これにて診察は終了。
だが永井先生はこれで終わりにする気はなかった。
職権濫用と謗られようと真奈美と話をしたかったのだ。
然り気無く以前のようにコーヒーを用意して永井先生本人が椅子に座ってリラックスする。
真奈美はキョトンとしながらコーヒーを受け取った。
「折角だからカウンセリングをしようか。カウンセリングと言っても本格的なものじゃないから雑談だと思ってくれればいいよ。」
「はあ。」
「君があれだけ落ち込んでいたのは珍しいからね。大怪我をした人間はそれが原因で周囲との摩擦が生まれて鬱になったりすることもあるんだ。周囲の人間に感謝しているという君なら心配ないと思うけど一応ね。」
永井先生の話した内容は嘘ではない。
実際にそういったトラブルはあることでそのケアは医師や家族、周囲の人間が協力していくことだ。
「ありがとうございます。もう大丈夫なんですけど、それじゃあ少しだけ。」
真奈美はコーヒーのカップに口をつけて小さく息を吐いた。
もう大丈夫と言いつつ瞳に浮かぶ複雑な感情と憂いの表情に永井先生はドキリとした。
「以前少し話したあたしを救ってくれた友人と意見の食い違いから喧嘩…になるんですかね?とにかく決別する形になってしまって。それがショックだったんです。」
「決別…。」
真奈美としては"Akashic Vision"の陸が真奈美たちの協力を断り、あまつさえ抵抗すれば攻撃するとまで言われた事実を要所を隠しつつ普通に語ったつもりだったが、永井先生にとっては女子高生が決別なんて言葉を使う時点でかなりの大事のように聞こえた。
「今その友達との連絡は?」
「取れません。どこに行っているのかも分からないです。」
永井先生にはそれが喧嘩して気まずいから連絡もできないし何をしているのかも興味ないのか、本当に音信不通の行方不明なのか判断できないが後者なら大事だ。
「行方不明、なんだ?心配だね?」
「そうでもないですよ。本当に強い人ですから。」
決別したと言いながら真奈美の見せる信頼に永井先生は男気溢れるさすらいの武道家少女を思い浮かべた。
一度も真奈美が大切な友人が男だと言っていないのですっかり女だと…そういう願望を抱いていた。
永井先生は顎に手を当てて考える。
「月並みなアドバイスになってしまうけど君がその大切な友人ともう一度関係を取り戻したいならやっぱり話し合うしかないと思うよ。君が信頼するほどの人ならきっときちんと話し合えば分かり合えるさ。」
「あたしほどのなんて…。でも、ありがとうございます。どうにかして対話の道を探してみます。」
真奈美は立ち上がると深々と頭を下げた。
逸る気持ちを押さえきれない様子で失礼しましたと言って病室を出ていってしまった。
「あ…ふぅ。」
医者としては正しいことをした永井先生だったが男としては何も出来なかった。
本当はクリスマスの予定を聞いて落ち込んでいる患者のケアの名目で美術館に誘う予定だったのだが
「ふふ、フラれちゃいました?」
入ってきた看護師が永井先生の様子を見て苦笑した。
「別に、そういうんじゃないよ。彼女もすっかり元気になったみたいだし、それでよかったんだ。…はぁ。」
言い訳をしつつも口からため息が漏れる。
「まだ義眼のお話の時にチャンスがあるじゃないですか。」
「…そうだな。よし、次の患者さんを入れて。」
「はい、ただいま。」
看護師は永井先生に見えないように笑う。
(面白くなってきたわ。どうなるのかしら?)
それはドラマを楽しみに待つ視聴者そのものだった。
「見つけたわ。」
八重花は暗い室内でディスプレイを凝視した。
外はすでに室内と同じ夜の暗さに満ちている時刻。
八重花はエクセスを使って様々な監視カメラの情報を探していたがとうとう壱葉駅のホームのカメラに陸を始めとした"Akashic Vision"の4人の姿を捉えた。
八重花は知る由もないが盛岡から帰ってきたところだ。
「4人でデート?いい身分じゃない。」
以前のような嫉妬の激情に支配されることはないがやはり陸の回りにべったりとくっついている女を見ると八重花の機嫌は悪くなった。
「さて、のんびりもしていられないわね。」
八重花は立ち上がったときに立ち眩みが起こったが頭を振って出掛ける準備をする。
高性能情報端末とエクセス稼働中のパソコンをリンクさせてリアルタイムでの遠隔操作を可能としたため出先でもエクセスを扱えるようにしておいたのである。
「ちょっと出掛けてくるわ。」
一応家族に声をかけつつも制止の声を振り切って八重花は家を飛び出した。
自転車に跨がって駅を目指す。
「駅改札から向かった方向から考えると病院の方ね。」
信号待ちの度にエクセスの検索をかけていたが駅や商店街以外にはほとんどカメラが設置されていないため引っ掛からない。
八重花は足りない情報を自分で補いつつ移動エリアを推察する。
人気の少なくなった道路は走りやすく自己最速タイムで駅に到着した。
「駅にはやっぱりいないわね。あっち。」
カメラで見た限りバスやタクシーに乗った形跡はなかった。
つまりまだ近くを歩いている可能性があるということだ。
八重花はペダルを踏み込んで自転車を走らせる。
いくつもの曲がり角を曲がり
「いた!」
公園の入り口から中に入っていこうとしている陸たちの姿を捉えた。
見えてさえいれば自転車の方が圧倒的に速い。
顔が喜びに緩むのを自覚しながらさらに加速しようとした八重花は
「オー!」
公園から聞き覚えのある叫びを聞いて表情を引き締めた。
そしてオーが数体公園から飛び出してきて八重花を見た。
「邪魔よ!」
妨害への怒りでソルシエールが発動し走りながら左手にジオードを取る。
さらには左肩から出たドルーズでジオードを掴み、八重花はハンドルを握ってペダルを踏む。
「カペーラ、切り刻みなさい!」
「オー!」
オーが襲いかかってくる正面から八重花は自転車で突っ込んでいく。
シュパパパン
だが神速を超える炎の腕の斬撃は自転車の速度よりも圧倒的に速い。
八重花が突き抜けて自転車を横滑りさせて停車させたとき、オーは飛び上がったまま両断され、地に落ちる前に消えた。
ガシャンと自転車を地面に放り出して八重花は公園に駆け込む。
「りく!」
だがすでに公園には静けさが満ちており影すら見つかりはしなかった。
八重花は拳を握って悔やむ。
「やっぱり、1人じゃ難しいみたいね。」
呟いた言葉に反して八重花は笑っていた。