第122話 砕かれる思い
盛岡駅前に程近いWVe盛岡店の地下には下沢悠莉が鍛え上げたジュエルの鍛練場がある。
結局サマーパーティーではオーの介入によって"Innocent Vision"と戦う機会は得られず、その真価は発揮できなかったもののオー掃討戦で多大な戦果を上げており、グラマリーを得るジュエルが輩出される可能性が最も高いジュエルクラブだと言われていた。
「最近はオーの攻撃が全国でも発生するようになってきていると報告が来ています。いつ敵が現れても良いように鍛練を怠らないようにしましょう。」
「「はい!」」
悠莉の策で反骨精神を鍛えられ、岩手という指導者のいるこのジュエルは人数こそ少ないものの構成員の全てが他のジュエルクラブのエースと同格以上というレベルの高さだ。
サマーパーティーで"Innocent Vision"と当たっていても当たり負けしなかったのではというのがヴァルキリーでの評価という点からも期待度の高さが窺える。
ヒュッ、ヒュッ
魔剣の素振りは速く力強い。
悠莉への反骨心で力をつけていた頃は斑のあった能力もあれから約半年で高い水準で均一化がなされた。
「これだけの力があればオーが襲撃してきても戦えるはず。」
岩手は声に自信を滲ませて訓練風景を見ていた。
かつてジュエルとして以前の"Innocent Vision"と戦い敗れた岩手は自分の力を過度に評価しなくなった。
その岩手が自信を持つのだから今のジュエルは高い完成度にあると言えた。
「岩手さん、敵襲です!」
突然扉が勢いよく開かれて飛び込んできたジュエルの言葉に鍛練場内が戦慄する。
「オーですか?」
ブンブンと息を荒らげたジュエルは首を振る。
「では、"Innocent Vision"?」
"Innocent Vision"は解散したという情報は受けていたが詳細な理由は聞いていなかった。
急遽再結成して攻撃を仕掛けてきたのかと考えたのである。
しかしジュエルはまた首を横に振って呼吸を整える。
ジュエル全員が訓練の手を止めて神経を張り詰めさせながら報告に耳を傾ける。
「敵は、"Akashic Vision"です!」
コンコン
その言葉と同時に鍛練場の重いドアを叩くノックの音が聞こえてきた。
秘匿された鍛練場はジュエルクラブのメンバーにしか明かされておらず倉庫だと説明されていることもあって一般人や店員が訪ねてくることも、ましてや人がいると知ってノックしてくることもない。
相手は間違いなくここにジュエルがいることを知っている人物だということだ。
ジュエルたちは魔剣を手に警戒を強める。
「私が行きます。」
岩手もジュエルを手にするとゆっくりとドアに近づいていく。
「…どなたですか?」
「宅急便でーす。」
声をかけると元気な声でベタな答えが返ってきた。
当然岩手は開けるつもりはないのでどうすれば追い払えるかを考える。
「誰も何も頼んでいませんからお引き取りください。」
「そうだね。だってこれ、着払いだもん。」
その声はドアの向こうではなく、岩手の背後から聞こえた。
振り向くとジュエルと岩手の間にはいつの間にか陸を中心に3人のソーサリスが立っていた。
ジュエルたちにも突然現れたようにしか見えなかった光景に戸惑いが広がる。
「陸、ここは目覚めが近い。」
明夜がジュエルたちを見てほとんど気付かないくらいに声を固くした。
陸はそれにしっかりと気づいて朱色に輝く左目をジュエルたちに向ける。
「僕たちからの届け物、それは…このジュエル壊滅という未来だよ。」
「そ、総員、攻撃開始!」
陸の宣戦布告にすぐさま岩手が反応して指示を出したが
「遅い。」
その時にはすでに明夜が二刀を手にジュエルの中に突っ込んでいた。
「わー!」
「きゃー!」
まるで車に撥ね飛ばされたように宙を舞うジュエルたち。
「ランも突撃ー!」
「それじゃあ私は大将とやろうかな?」
蘭はオブシディアンを装着した左腕をぐるぐると回しながら突っ込んでいき、海は振り返って岩手にアダマスを向けた。
「"Akashic Vision"、ジュエルを襲撃してただで済むと思っているのですか?悠莉様が、ヴァルキリーの皆さんが黙っていませんよ。」
岩手は自分では"Akashic Vision"のソーサリスに勝てないと悟っていた。
だからこそヴァルキリーの威を借りて虚勢を張り、"Akashic Vision"の攻撃の停止、せめて"Akashic Vision"の行動の理由だけでも探ろうとしていた。
海の向こう側に立つ陸が左目を輝かせながらゆっくり振り返った。
「むしろそれこそが僕たちの望みになるのかな?」
「何ですか、それは?」
ヴァルキリーの決起こそが望みなど岩手には理解できず聞き返すが陸は不気味なほどに薄く微笑みを浮かべているだけだった。
「はいはい。お兄ちゃんと話したいならまずは私を倒してからね。」
海が若干不機嫌そうに間に割って入って会話が途切れた。
「それは不可能と言っているのですか?」
「違うって。お兄ちゃんと見つめ合うなんて許さないって言ってるの。」
海の手に握られたアダマスに目映い光が宿る。
目を焼くほどの輝きは直視すら出来ず俯くか顔を逸らすしかない。
対等に立つことを許さない、まさに王者の剣。
「それじゃあ悪いけどみんなのジュエル、砕かせてもらうよ。」
陸が手を上げた直後、明夜は風のように速く、蘭は巧みに、海は圧倒的な力で攻撃の手を強めた。
バキン
パキン
「きゃああーー!」
ジュエルがまるでガラス細工のように折れて砕け、担い手が倒れていく。
その勢いは凄まじく陣形の立て直しもままならない。
「指揮官を潰せば!」
1人のジュエルがソーサリスの猛攻から抜け出して陸に迫る。
陸を潰しても"Akashic Vision"は盛岡ジュエルを潰すだろうがせめて一矢報いるべくリーダーである陸を倒そうとした。
「…」
だが陸はすべてを見透かしたような目で余裕の表情を崩さず、ソーサリスたちも助けにこない。
「ばかにするなー!」
ジュエルの怒りにクォーツのジュエルが震えた。
だがそのジュエルをあろうことか陸は素手で掴んで受け止める。
「なっ!?」
「人はこんな力に頼っちゃいけないんだ。」
陸が握る力を強めるとパリンと魔剣が砕け散った。
「あああーー!」
そのままジュエルは絶叫して気を失った。
岩手は壊滅寸前の部隊とそこで起こっている異常な事態に困惑しながら海の攻撃を捌いていた。
「いったい何が起こって…」
「よそ見なんて余裕だね。」
右手でアダマスを握る海が左手を振るうと海の前にブリリアントの球体が浮かび上がった。
「剣の腕はなかなか。なら射撃を避けながら戦える?」
「…やるしかないでしょう。やああーー!」
岩手は悲愴な覚悟を決めて海に挑んだ。
盛岡ジュエル最後の1人として。
「盛岡ジュエルが、壊滅!?」
東北の中心ジュエル壊滅の報はすぐさま葵衣から悠莉に告げられた。
5時限目の終わりと同時に訪ねてきた葵衣はいつもよりも少し焦っている様子だった。
「はい。定期連絡の応答がなかったため近隣のジュエルに確認に行ってもらったところ全員が倒れているのを確認したとの報告を受けました。そして不可解なことに彼女らの持っていたジュエルが砕けて地面に転がっていたそうなのです。」
葵衣の焦りの理由はむしろジュエル破壊の方にあった。
これまで一度も魔剣での戦いで折れる事の無かったジュエルが砕かれた。
その原因を掴めなければヴァルキリーも同じ結末を辿ることになるのではと危惧したのである。
「岩手さんやジュエルの皆さんは無事でしたか?」
やはり悠莉の心配は自分が育てたジュエルたちの方にあった。
とはいえ以前の悠莉ならこの状況ですら微笑んでいそうだったため葵衣はやや驚いた様子で頷く。
「幸い命に別状は無いようですがジュエル喪失の反動か全員意識が戻っていない模様です。」
「そうですか…。」
ジュエルクラブで最も強い力を持つ盛岡ジュエルの壊滅。
そして手塩にかけたジュエルたちの敗北はショックが大きいらしく悠莉は俯いてしまった。
「犯人は恐らく"Akashic Vision"で間違いないでしょう。もしも彼らがジュエルの強さを知る術を持ち、優先的に能力の高いジュエルを潰していこうとしているのであれば早急に対応を検討する必要があります。」
陸たちの気まぐれも他の組織にとっては作戦と結び付けて考えてしまう。
未来視の力をそれほどまでにヴァルキリーは警戒していた。
「放課後に会議を行います。それでは失礼します。」
チャイムが鳴るより少し早く葵衣は礼儀正しく一礼すると歩き去っていった。
「半場さんと蘭様が…」
「あれ?今の葵衣先輩?何かあった?」
授業終了と同時にお手洗いに行っていた美保が帰ってきて首を傾げる。
悠莉は報告するべきか迷ったが
(ここで説明すると美保さんは間違いなく叫びますね。それに説明している時間もありませんし。)
美保の性格と行動から今説明する必要がないと判断した。
「美保さんにはまだ教えません。」
「何でよ?」
面白いように食い付いてくる美保の反応に悠莉は部下がやられて落ち込んでいた気持ちが少しだけ晴れるのを感じた。
「美保さんに教えると発狂して教室内で暴れだしてしまいますから。」
「私は獣じゃないわよ!」
ギャーギャーと騒ぐ美保を置いて席に向かう悠莉。
「ちょっと、悠莉。ちゃんと説明しなさいよ!」
悠莉の顔にはまた微笑みが戻っていた。
時坂飛鳥と桐沢茜はアジトにしている部屋で傷の手当てをしていた。
「"Akashic Vision"め、待ち伏せなんて卑怯な真似してくれるじゃない。」
夜明け前頃、"Innocent Vision"やヴァルキリーの寝込みを襲うべく剣や銃の装備を施したオーの部隊を展開した飛鳥たちは分散する直前に"Akashic Vision"の奇襲を受けた。
イマジンショータイムで気配を隠し、明夜と海の速攻をかけた"Akashic Vision"に飛鳥たちは完全に対応が遅れ、応戦した時には既に7割のオーが消滅していた。
「幻覚を使う江戸川蘭に圧倒的なスピードの柚木明夜、威力という表現では表せない強さを持つ半場海。どれも危険な相手だけどやっぱり一番警戒しないといけないのはInnocent Visionを持つ半場陸ね。」
確かに蘭や明夜、海は一騎当千のソーサリスだがそれでも襲撃に気付ければ一部を囮にして残りをターゲットに向かわせることも出来た。
だが陸は3人のソーサリスをオーたちが移動しようとした方向に先回りするように配置して中央に向かって攻撃を仕掛けさせた。
そのためオーには退路がなくなり迎撃するしかなく、あっという間にその数を減らしてしまったのであった。
「何なの、あの反則グラマリーは?飛鳥たちだってソルシエール持ってグラマリーを使ってるのに。」
「攻撃力がない代わりに得た力だとしても大きすぎる。」
オーのソーサリスたちも"Akashic Vision"の存在を警戒していた。
「そう言えばオリビアは?」
タメ口でオリビアの名を呼ぶ飛鳥に茜は眉を寄せるが傷が痛んだので文句は言わなかった。
「手勢を充実させるとおっしゃっていたよ。」
「数で押し潰すってわけね。飛鳥もそういう圧倒的な戦力で蹂躙するの大好き。」
飛鳥の正常に狂った笑い声がアジトの部屋に木霊していた。
(私は…)
岩手は夢とも現とも知れない空間で横になっていた。
体は動かず、それ以前に体内から何かがなくなってしまったような喪失感があった。
(私は…"Akashic Vision"に負けてジュエルを…。すみません、悠莉様。)
岩手は眠りながら涙を流す。
悠莉に鍛えられたのに一太刀も浴びせられなかったことも、ジュエルクラブを任されていたのに守れなかったことも、今の状況を作り出した全てが悔しく、憎かった。
(私がグラマリーを使えれば。もっと力があれば。)
『力が欲しいかえ?』
突然頭の中に女性の声が聞こえてきた。
眠っていたはずの岩手の目はいつの間にか見開かれていて、目の前には中世期のドレスを纏った女性が立っていた。
『汝、力を望むかえ?』
それはヴァルキリーの敵、魔女オリビアだった。
だが目の前の女性が魔女であることを知らない岩手は体の内にぐるぐると巡る黒い感情に支配されて怪しげな言葉にも疑い無く手を伸ばしていた。
(下さい。"Akashic Vision"を、敵を倒す力を。)
オリビアはニヤリと笑うと岩手の胸に魔石を植え付けた。
目覚めた岩手の左目は紅色に輝いていた。