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Akashic Vision  作者: MCFL
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第12話 セイント vs. ジュエル

報告会から2日後、件の人型に関する新たな情報は得られず、生活としてはいつも通りに過ごしていた。

そんな休み時間。

「作倉さん、お客さんだよ。」

「あ、はい。ありがとうございます。」

言伝てしてくれたクラスメイトに礼を述べ、裕子たちと別れて廊下に出た叶は

「こんにちは、作倉叶さん。」

「下沢、さん。」

不用意に飛び出してきてしまったことを激しく後悔したがすでに遅かった。

悠莉は別に何かを仕掛けてきた訳ではない。

ただ悠莉がこの場で殺せる意思を少し滲ませるだけで叶はすくんで動けなくなった。

「ふふ、そんなに怯えなくても何もしませんよ。少なくとも今は。」

悠莉はクスクスと可愛らしく笑うが叶は笑みを返せない。

全身が強ばって言うことを聞かなかった。

悠莉はさらに小さな声で告げる。

「"Innocent Vision"のリーダーになられたそうですね?」

「なんで、それを?」

叶の表情が無意識のままにこわばり目が見開かれる。

悠莉はそれを見て目を細めた。

「敵対組織の情報はいつも注意を払っています。他にもいろいろとお聞きしたいことがありますので放課後こちらまでお越しいただけますか?」

そう言って悠莉は震える叶の手に住所の書かれた紙を握らせた。

悠莉はすぐに離れてそのまま教室に向かっていく。

「あ、そうでした。」

だが数歩進んだ所で立ち止まり振り返った。

「別に1人で来られる必要は有りませんが無関係な方を連れてきたり、来なかった場合にはどうなるか、お分かりですよね?」

「!!」

叶は返事もできずただ本能的な恐怖に身を震わせるだけだった。

悠莉は笑いながら去っていく。

叶は悠莉が見えなくなってからようやくよろよろと壁に背をつけ、渡された紙を見た。

その住所は叶にこそ見覚えは無かったが、そこはかつて廃ビルの倒壊が起こった場所。

"Innocent Vision"と"RGB"の戦いの跡地だった。



不良の溜まり場と言われていた廃ビルの不自然な倒壊は当時起こっていた行方不明や不審死事件と関連付けられて報道された。

その後、土地の所有者は売りに出したが不可解な噂のせいで買い手が見つからず半年たった今も倒壊した当時のまま放置されていた。

その現場で生き埋めになりかけた美保と悠莉は砂塵を伴う風に髪を揺らしながら入り口に目を向けていた。

「自信あるみたいだったから任せたけど本当に来るんでしょうね?」

元々美保が脅しながら"お話"を聞き、その後に"遊び"をしようと思っていたのだが交渉役は悠莉がやるというので渋々譲ったのである。

決して悠莉に逆らうと怖いといったビビりな理由ではないと美保は強く主張している。

「ゲームとは景品があるからこそ楽しいものではないですか。宝物を手に入れてからゲームをしようなど不粋です。」

「それは聞いたって。でも相手が来ないことにはゲームにもならないわよ?」

美保は誘った場面を見ていないので叶がどんな対応をしたのか分からなかった。

叶の反応を知るからこそ悠莉は絶対の自信を持って待っている。

「要は来た方が来なかった場合よりも酷い目に会わないかもしれないと錯覚させれば必ず来ます。彼女はいまや私の糸に絡め取られた蝶ですよ。」

美保は蜘蛛女だというツッコミを控えた。

コランダムが使えなくても悠莉は怖いのだ。

「それよりも"Innocent Vision"は来るでしょうか?」

この場合"Innocent Vision"とは叶以外のメンバーを示している。

ソルシエールを失い、ジュエルを持たないソーサリスは戦闘能力は一般人と変わらないため出てきたところでものの数ではない。

「芦屋真奈美は当然来るだろうけど他のは来ないでしょ?わざわざ死にに来るようなバカは居ないわよ。」

「さあ、どうでしょうね?」

結局コランダムに放り込んでも美保の意識は変わっておらず、相変わらず仲間意識は薄い。

悠莉は本当の意味で死なないと美保の性格は直らないと諦めていた。

そして団結力の高い"Innocent Vision"がどんな行動に出るか、悠莉には予想できていた。

「そろそろ時間ですね。」

一際強い風が砂塵を巻き上げる。

その向こう、土地の入り口に人影が見えた。

美保と悠莉は"遊び相手"の登場で口の端に笑みを浮かべ、次第に見えてきた来訪者を見て笑みのまま頬をひきつらせた。

吹き荒れる砂塵の向こうからやって来たのは強い意思を瞳に湛え、怯えた様子も見せず歩いてくる作倉叶ただ1人だった。



美保と悠莉が顔をひきつらせていたのはこの状況に微かなデジャヴを感じたからだった。

それは幾度となく対峙してきたヴァルキリーの宿敵。

絶対的に不利な状況でも不敵な笑みを崩さず本当に戦況をひっくり返してしまう人の姿をした"化け物"、Innocent Visionの半場陸を彷彿とさせるものがあった。

(そんなわけないわ。)

美保はすぐに気持ちを切り換える。

身近にそう何人も陸みたいな化け物がいるわけがないと言い聞かせた。

「まさか1人で来るとは思わなかったわ。仲間に見捨てられたのかしら?」

「…。」

叶は答えず小さく首を横に振るだけで脅えた素振りは見せない。

(どうなってるのよ?)

(おかしいですね?彼女の中に眠る獅子でも目覚めましたか?)

(蝶じゃなかったの?)

小声というかほとんど目線での会話で少し責任を感じた悠莉が前に出る。

「来ていただいて感謝します。ですがお1人とは随分無謀ですね?それとも作倉さんの持つ力は私たちを1人で倒せるほど強力なのでしょうか?」

悠莉の後ろで美保がギョッとする。

ファブレとの戦いの時に回復しかしなかったとはいえ攻撃に用いる大技を隠している、あるいはここ数ヵ月で覚醒した可能性だってある。

美保はだんだん叶が恐ろしい相手に思えてきた。

ソルシエールやジュエルの上位に位置するシンボルを持つセイントである時点で叶のポテンシャルは全くの未知数と言えた。

だが悠莉は焦っている様子はない。

「佐倉さんのシンボル・オリビンは戦闘用には向かないはずです。」

「…そうですね。」

やっと叶が口を開いた。

声が震えているようにも感じるが元からこんなだったような気もする。

それよりも自らの無力を肯定するところまで本当に陸に似ていて2人は不気味に思った。

「サフェイロス・アルミナ。」

悠莉はアルミナに自らのソルシエールの名を与えて呼び出した。

左目が朱色に輝きを放ち左手にクレイモアが現れる。

「ッ!」

叶はわずかに驚いたような仕草を見せただけでオリビンを抜かなかった。

「どうしました?」

「私は戦いに来たわけじゃありません。」

叶はきっぱりと"遊び"の誘いを断った。

それを聞いて美保が鼻で笑う。

「何を言ってるのよ?戦う気がないのに敵の前にノコノコやって来たって言うの?そんなのただ殺されに来ただけじゃない。ジュエル!」

美保もアルミナを顕現させる。

2つの朱色の目に睨まれて叶もようやく脅えた表情を見せた。

その瞬間、2人が重ねていたインヴィの影が消えた。

恐らくは由良か八重花の入れ知恵だろうと考え、叶が"Innocent Vision"の仲間と相談した事まで推察した。

(そうなると作倉叶は囮。)

(本命は芦屋真奈美さんですね。)

ジュエリストの真奈美が持つセイバー・スピネルの戦闘力は1月の決戦の時によく知っていた。

ソルシエールの無い今、スピネルはヴァルキリーが最も警戒する力であった。

「戦う気がないなら他のメンバーが助けに来る前に試し斬りの的になってもらうわよ!」

美保がアルミナに光を宿して振り上げたが叶は身を固くするものの逃げ出しはしなかった。

そして当然、光刃は飛ばない。

「クッ、行くわよ!」

ジュエルへの不満を戦う力に変えて美保は叶に飛び掛かった。

ソルシエールほどではないものの身体強化された加速は凄まじく、瞬く間に叶に肉薄する。

「さっさと死んじゃいな!」

「オ、オリビン!」

叶が頭を庇うような格好で呼び出したオリビンがアルミナとぶつかり合う。

明らかに勢いは美保の方が上だったのにアルミナの方が弾かれた。

「まぐれで防いだからっていい気にならないことね!」

美保は光の軌跡を無数に残すラッシュをかける。

「きゃー!」

叶はでたらめにオリビンを突き出すだけだったが美保の描く軌跡はオリビンに触れる前に不自然に歪められていた。

「反発する磁石みたいにアルミナが逃げる!?」

それでも意地でアルミナを振り回すがどんなに力を込めてもオリビンには当たらない。

「強力な聖なる力にジュエルでは触れることもできないのでしょう。」

「そんな馬鹿なことがあったら堪らないわよ!」

「そんな非常識な奇蹟を起こす力を持つからこそ、セイントは神に選ばれた存在なんですよ。」

剣の技巧は圧倒的に美保の方が上なのにオリビンの防御領域が思いの外広くて一太刀も叶に届かない。

「悠莉、見てないで手伝いなさいよ!」

「…仕方がありませんね。」

悠莉は周囲を見回したが小さく首を横に振って意識を叶に向けた。

いかに強力な守りを誇る叶と言えど背後はがら空き。

美保が足止めをしている間に後ろから斬りかかればそれで終わりだ。

「この後にお話を聞かなければなりませんから殺しはしませんよ。」

サフェイロス・アルミナの刀身を撫でながらゆっくり叶にと歩み寄っていく。

「殺して見せしめにして交渉に持ち込むって方法もあるんじゃない?」

「うー。」

足止めが目的になったので美保にも余裕が生まれた。

対する叶は背後から迫る悠莉への恐怖に唸る。

「美保さん。呼び出しの時と同じで交渉は取り戻せるかもしれないと思わせないと意味がありませんよ。殺してしまったら復讐の念で逆上するだけです。」

悠莉が叶の後ろについた。

本来は叩き斬る用途に用いる形状の剣で突きの構えを取る。

「作倉さん、安心してくださいね。」

「え?」

「痛みもすぐに快楽に変わりますから。」

「いやー!」

叶が本気で悲鳴をあげると防衛本能のためかオリビンの輝きが増した。

ジュエルの反発によって2人が逆方向に弾き飛ばされる。

「本当に厄介な能力ね!」

「コランダム。」

悠莉は叶を中心に3方向にコランダムの障壁を展開させた。

接近限界でコランダムがバチバチと火花を散らすような音を立てる。

「ああっ!」

これで叶は身動きが取れなくなった。

オリビンの力が弱まれば3つの壁が叶を徐々に封じ込めていく。

特殊空間に放り込めなくても1人相手ならばコランダムは十分に行動制御として有用だった。

「あとは力を使い果たすまで待つだけで捕縛完了です。」

「いっそのことヴァルハラに連れて帰ってヴァルキリーに忠誠を誓うようになるまで拷問するかね。ハハハハ!」

勝利を確信した美保は高笑いをあげる。

だが悠莉はこの後の展開になんとなく予想が付いていた。


だって、美保が高笑いをして勝利したことなんて一度もないのだから。



ブロロロロロ


戦場に突然バイクが乱入してきた。

ヘルメットも着けずタンデムで走行という警察官が見たら止める不良は

「柚木明夜!」

「羽佐間由良さん。」

由良と明夜だった。

由良の後ろには真奈美、明夜の後ろには八重花が乗っている。

「明夜が免許持っているのは意外だったわ。」

「気合い。」

それが免許を取る方の気合いなのか免許が無くても気合いで乗れるという意味なのか八重花は言及しなかった。

今は足以上の機動力があることに感謝する。

荷台にくくりつけた箱から水風船を取っては投げつけた。

由良も美保たちの回りをぐるぐると回りながら後ろに乗った真奈美が同じように水風船を投げつける。

ほとんど痛くはないが制服があっという間にびしょ濡れになって重くなっていく。

まだ衣替え前で冬服なので透けはしないが換わりに重い。

悠莉はコランダムを動かして直撃を防いでいたがコランダムが抜けたその隙に叶は包囲から抜け出した。

「あー、イライラする!」

「水風船で私たちを止められると思っているんですか?」

2人は標的をバイクに変更して斬りかかっていく。

逃げ足ならバイクの方が速いのに由良たちは無謀にも突っ込んで来ていた。

「行けるか、真奈美?」

「もちろんです!」

向かってくる悠莉に対して真奈美が後ろの席で立ち上がる。

義足を脱ぎ捨てると

「来い、スピネル!」

刃の足、セイバー・スピネルを呼び出した。

左目の青い光がまっすぐに悠莉に向けられていた。

「っ!コランダム!」

悠莉は急遽制動をかけ3枚の障壁を前面に展開した。

直後、青い壁の向こうからシートを蹴ってバイクの速度で飛んでくる流星を見た。

「低空スターダストスピナ!」



「武器の無いあんたらに勝ち目はないよ!」

「明夜、任せるわ。」

「うん。」

八重花は無謀にもバイクの後ろから飛び降りた。

重心が後ろに偏ったバイクは前輪を持ち上げるような格好になり、跳ねてアルミナの一撃を回避してみせた。

「なっ!?」

美保は曲芸ばりの回避に目を丸くして飛ぶバイクを見送る。

「まだ終わらないわ。」

「!?」

そして顔を上げていた美保の視界、地面すれすれを泥だらけになりながら駆け込んだ八重花は陸が以前使っていたスタンガンを濡れた美保の肌に押し当ててスイッチを押した。

「ギャアア!」

バチッと一瞬の攻撃で美保は白目をむいたがジュエルの耐性強化によりどうにか落ちるのを免れた。

バキン

「キャア!」

そして、美保の背後でも何かが砕ける音と可憐な少女の悲鳴が上がった。

3枚の障壁を突き破った真奈美は地面を滑るようにして着地する。

気がつけば包囲されているのは美保と悠莉の方だった。

バイクに跨りアクセルをふかす由良と明夜。

八重花のスタンガンがバチバチと音を立て、叶と真奈美の聖剣が輝きを放つ。

「さすがに、まずいですね。」

「くぅ!」

美保は歯をギリギリさせて悔しそうだったが戦況の不利は悟っているため特攻をかけたりはしない。

「逃がすと思っているのか?」

"Innocent Vision"が輪を狭めていく。

「今のあなた方と私たちは性能が根本的に違いますから。美保さん。」

「あー、もうっ!」

悠莉と美保は大きくしゃがみこむとばねの様に上へと跳躍した。

軽々と頭上を飛び越えていく。

「このっ!」

咄嗟に真奈美が跳んで蹴り上げるがアルミナで防がれた。

着地した2人は散り散りに撤退を開始した。

真奈美なら追いつける可能性もあったが迷っている間に離されてしまった。

「…見えた。」

「そんなこと言ってる場合か!」

明夜にツッコミを入れた由良はため息をついてバイクを止めた。

「逃げられたか。だがまあ、とりあえずカナが無事みたいで何よりだ。」

「……」

話を振られた叶だが返事がない。

「叶?」

心配なって真奈美が肩を叩くと

「きゅう~。」

叶は緊張が切れて倒れてしまうのであった。

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