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Akashic Vision  作者: MCFL
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第119話 波紋の一石

「はぁ。」

真奈美は1人家路を歩いていた。

"Innocent Vision"の解散はショックだったし陸の考え方に軽く幻滅したのもある。

それにソフトボール部後輩の浅沼響が実はジュエルだったと知ったのもそれなりにショックだったが、よくよく考えると運動部の人間は大小あれど向上心と出世欲のようなものが存在するのでジュエルを手に入れやすいようだと思い至った。

だが真奈美が一月もドンヨリと雲を背負って落ち込んでいるのはそれだけではなかった。

「はぁ。あたしは本当にスピネルを振り回しているだけだったんだ。」

それはオリビアの軍勢のソーサリス桐沢茜に負けたことだった。

茜はソーサリスとしては新米で魔剣に振り回されている感はあったものの接近戦用のアルファルミナだけでなく遠距離・迎撃用のグラマリー・ポアズを持っており近距離から遠距離まで対応できる戦士になっていた。

真奈美は以前スピネルが本調子で無いときから色々と試行錯誤していたつもりだったが結局上手く行かず力押しの戦法に偏っていた。

「はぁー。」

重い溜め息が腹の底から漏れ出てくる。

落ち込んでいても改善しないと頭の隅では分かっていても気力が沸かない。

そんなこんなで真奈美は一月テンション最底辺を這っている状態だった。

「あ、真奈美先輩!」

猫背気味にトボトボ歩いていた真奈美は呼び掛けられてゆっくりと振り返った。

そこにはジャージ姿でランニング途中らしくピョンピョンと足踏みしている浅沼響がいた。

何度か跳ねたあと足を止めて頭を下げた。

「こんにちは。」

「ああ、こんにちは。元気そうだね?」

元気のない真奈美の問いに響はまったく陰りを感じさせない満面の笑みで頷いた。

「はい!そろそろ3年生は完全に引退ですから来年の春季大会のメンバー選考がありますし、それにジュエル…」

「こら、そういう話は往来でしない。」

真奈美が口に人差し指を当ててみせると響はあっと漏らして両手で口を塞いだ。

「そうでした。それにしても真奈美先輩もそうだったなんて全然知りませんでしたよ。」

響は純粋に驚いた様子だった。

少なくとも他の多くのジュエルが向けてくる嫉妬や敵意は感じられない。

これが演技である可能性を考慮して…そんなことを考えてしまう疑心暗鬼な自分に真奈美はまた落ち込んだ。

「浅沼はあたしを敵だって攻撃しようとか思わない?まあ、ここでやられても色々と困るけどね。」

こんな昼間の往来でジュエルなど抜いたら誰に見られるか分からないし、もしも戦うことになれば真奈美の勝ちは確実だ。

だが響はきょとんと不思議そうな顔をした。

「えーと、そういうのは別にないですよ?それに真奈美先輩は敵じゃないじゃないですか。"Innocent Vision"は無くなったんですから。」

無くなったんですから。

グサッと心に突き刺さる単語に真奈美は胸を押さえてよろめいた。

「あ!すみません!」

響も悪気は欠片もなかったので慌てて謝罪しつつ駆け寄った。

「…とにかく、浅沼があたしを殺したいと思ってるんじゃなくて救われたよ。」

真奈美も茜への敗北に"Innocent Vision"の解散と辛い目に会っていたためこれで響にまで命を狙われるほど憎まれていたら立ち直れなくなりそうだった。

そういう意味では響は真奈美の救世主だった。

「真奈美先輩は私の憧れですから。七色の魔球がもう見られないのは残念ですけど…」

ソフトボール現役時代、真奈美は多彩な変化球でバッターを翻弄し速いストレートを決め球とするピッチャーだった。

それでついたあだ名が『七色の魔球』である。

響は残念そうな顔だったが何かに気が付いたのか眉を寄せた表情になり、最後には笑顔になった。

百面相の響を真奈美が不思議そうに見ていると

「真奈美先輩!今から時間ありますよね?」

とても嬉しそうに響が断言するように予定を聞いてきた。

その勢いに真奈美はたじろいでしまう。

「ま、まあ、帰るだけだから。それより部活の途中じゃなかったの?」

「そんなのどうとでもなります!」

さっきレギュラー争いが始まると言っていたはずの響のよくわからないテンションに真奈美は目を白黒させながら強引に引っ張られていった。



一度早退の連絡をするという響に付き合って学校に戻り、そこからさらに連れていかれたのは以前に本調子ではない時にヴァルキリーと戦ったビル倒壊跡地だった。

そこで今、真奈美と響は真剣な顔で向き合っている。

真奈美の左目の眼帯は青い光に内から照らされて輝いており、左足には美しき剣の義足が装着されていた。

「さあ、君もジュエルを呼ぶんだ。」

真奈美の挑発とも取れる言葉に響は躊躇を見せた。

真奈美の表情に真剣味が増して響を睨み付けるように見た。

「抜かないと、死ぬよ。」

死ぬという穏やかではない言葉に響も顔から笑みを消した。

真奈美は力を溜めるように上体を前に倒し、全力で放った。


ズパン


小気味良い音が響く。

響の手にはジュエルの魔剣ではなく野球のグローブが装備されていた。



なぜこんなことになっているかと言うと…

「こんな人気のないところに連れてきてどうするつもりなんだ?」

ビル倒壊跡地には人の気配はまるでなく、さながら"日常"の中にある結界のようだった。

さっきは敵意を感じなかったが蘭のように心根が読みきれない相手もいる。

現に響は含みのある笑みを浮かべていた。

「ふっふっふ…」

もはや怪しさを越えてやらせの域に達している気もするが何を考えているのかまでは分からない。

響は鞄に手を突っ込み

「これです!」

天に向けて掲げた。

「…グローブ?」

それはソフトボールに使うグローブだった。

投げ渡してきたので反射的に受け取ると響はもう1つのグローブとボールを取り出した。

「さあ、真奈美先輩。キャッチボールをしましょう!」

ボールを突きつけるようにしてババーンと効果音が鳴りそうなノリで宣言する響に真奈美は困ったように苦笑する。

「出来ないことはないけど本気では無理だよ?」

「いいえ、本気でお願いします。出来ますよ、今の真奈美先輩なら。」

初めは根性論かと思った真奈美だったが

(人気のない場所…本気…今のあたし…ああ。)

ようやく響の言っている意味を理解してフッと笑った。

「スピネル!」

真奈美の左目が青い光を放ち、左足の義足が上書きされていくように剣の足へと変わる。

響の目の前で真奈美は変身するとグローブを着けて足の調子を確かめた。

「うん、ちょっと地面に刺さるけど悪くない。」

「真奈美先輩。ボールです。」

ボールを受け取った真奈美は投球の構えを取り、そして響にジュエルを抜かせたのだった。



プシュゥ

真奈美のボールを受け止めたミットから煙が上がった。

響は受けた姿勢のまま後ろに転んで尻餅をついた。

「はぁー、びっくりしました…」

「身体能力強化された状態での投球だからね。受け手もジュエルで強化しないとただの攻撃になっちゃう…そうか…」

笑っていた真奈美が突然真面目な顔で考えるように顔を俯かせた。

「真奈美先輩?やっぱりどこかよくないですか?」

響が不安げに尋ねると

「…いや、いいよ。」

真奈美は、力強い自信を感じさせる顔を上げた。

それはここ一月の抜け殻ではなく"Innocent Vision"にいた頃、そしてそれよりさらに前のソフトボールをやっていた頃の顔だった。

「折角だからとことん付き合ってもらうよ。」




「それが…ソルシエール復活計画ですか。」

ヴァルキリーのメンバーを集めて開かれた学生が入るには敷居の高い、ついでにメニューの値段も高い中華飯店での会食で由良は"Innocent Vision"が行ったソルシエール復活計画の全容を明かした。

"Innocent Vision"がなくなったのだから、知られてもいいと思ったからだ。

想像を絶する内容に料理に目を輝かせていた良子ですら手を止めていた。

「体育祭のためのトレーニングだと思ってたあれがソルシエールを復活させるためにやってたなんてね。」

「生徒が校舎の壁にロープを垂らしてクライミングしていたと先生が注意をしていましたがそのことだったんですね。」

美保や悠莉は同学年と言うこともあって学内での奇行の理由に呆れた様子で納得していた。

「生身に鉄パイプでオーと対戦ね。あたしにも出来るかな?」

「木刀両手に壁を三角跳びって、柚木明夜はソルシエールなくても化け物じゃない。」

良子と緑里はその後の実戦に興味を持っているようだった。

確かに生身で戦える術があればそれをジュエルに応用することでオーとの戦いを有利に進めることができる。

尤も良子はそんなこと考えていないが。

話が一段落して皆思うところはありながらも食事に手を伸ばしていく。

その中で葵衣は給仕をしたいのかジッと撫子を見ていたが首を横に振られた。

気を取り直して視線を由良に向ける。

「羽佐間様、質問してもよろしいでしょうか?」

「ん?」

水餃子を頬張っていた由良はもきゅもきゅさせながら視線を向けた。

葵衣は食べ終わるまでじっと待つ。

まるで睨まれているようで由良は旨い餃子をさっさと飲み込んだ。

本格烏龍茶で流し込んで軽くむせる。

「ゲホッ。で、何が聞きたいって?俺が知ってることは話したぞ。」

「ソルシエール復活計画の内容は理解しました。しかしその中でどのファクターがソルシエール復活に寄与したのかが不明瞭です。オーとの実戦に参加されていない東條様のソルシエールが復活されていることを考えますと実戦が直接の鍵にはなり得ないのではないでしょうか?」

食事を進めていたヴァルキリーのメンバーの手が止まった。

壮絶な内容に忘れていたがどうしてソルシエールが復活したのかにまでは突っ込んでいなかった。

再び全員の視線が由良に向かう。

「どれが原因かなんて分かるかよ。体力作りの何かかもしれないし全部が必要だったのかもしれない。たった3人で、しかも感覚的に戻ってきたソルシエールの原因なんて調べようがないだろ?ジュエルみたいに数がいるならともかく。」

「そうですか。」

葵衣は由良の言い分で納得した。

狙ってやったならともかく偶発的な復活の要因は他の事例を検討できなければ分かりようがない。

つまりヴァルキリーがソルシエールの復活を望むのなら由良たちと同じことを試してみないといけないことになる。

「そもそもヴァルキリーはジュエルで世界征服を…」

「恒久平和ですよ、羽佐間さん。」

「はいよ。その恒久平和とやらをジュエルでやるってカナに言ったんだろ?そのヴァルキリーがソルシエールに頼るのか?」

撫子の訂正を軽く受け流して由良は尋ねた。

魔女の力で生み出されたソルシエールではなく、人の手で造り出したジュエルで恒久平和を実現すると宣言していたヴァルキリーがその信念を曲げていいのかと。

「いいに決まってるじゃない。強い敵が現れたなら強い武器を用意するなんて王道よ。」

「オーに対しては数も強さも押されてるからね。ここいらでヴァルキリーもパワーアップが必要だと思うよ。」

「私も今のコランダムでは少々不便ですからね。」

"RGB"はソルシエール復活に乗り気だった。

元々思想よりも強さに依っていたのだからジュエルにこだわる必要もない。

「…。」

だがヴァルキリーの長とその側近は即答しなかった。

いかにジュエルでは手に余る強力な敵の出現だとしても新たなヴァルキリーとしての信念を曲げることに抵抗があった。

「花鳳先輩?」

美保が訝しむような視線を撫子に向ける。

撫子は迷いを見せながらもその視線をまっすぐに見た。

「魔剣の発現条件の解析のためにソルシエールの復活の情報は大変有用です。しかし、ヴァルキリーが率いるべきジュエルたちの指導者としてはジュエルを扱うのが望ましいとわたくしは考えています。」

「それじゃあオリビアって魔女にもインヴィにも勝てないじゃないですか!」

「ジュエルがグラマリーを使えるようになれば戦局は覆ります。」

「その前にジュエルがみんないなくなるんじゃないですか?」

ソルシエール派の美保とジュエル派の撫子が真正面から口論を始めた。

両派閥が意見を交わし合う中で由良だけは1人高級中華料理に舌鼓を打っていた。

(ピリピリしてやがんな。飯が不味くなる。)

由良はかつて"Innocent Vision"の皆で摂っていた昼食の楽しげな風景を幻視した。

「ちっ。」

由良は苛立ちを噛み砕くようにガツガツと料理を食べていくのであった。

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