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Akashic Vision  作者: MCFL
112/266

第112話 世界を壊す存在

中庭が"Innocent Vision"とヴァルキリー、オーの混線になだれ込んだ頃、校庭では一騎討ちが繰り広げられていた。

ギン、キンと刃を交わし合うのはかつての師弟とも言うべき関係の2人。

元ヴァルキリーの東條八重花とその八重花の元ジュエル部隊の桐沢茜である。

八重花はヴァルキリーを辞めて"Innocent Vision"に移り、茜は魔女ファブレとの決戦の後に保護されていたはずの太宮神社から忽然と姿を消してしまったためどちらも元となった。

茜の手には武骨な西洋剣ではなく歪でありながらも美しい魔剣が握られていた。

八重花は力強い斬撃を捌きながら表情は余裕を見せる。

「随分と変わった武器になったわね。それ、ソルシエールね?」

茜は語らう口は持たないとでも言うようにただ剣を振るう。

(洗脳、って訳でもなさそうだけど、こんなに無口な子だったかしら?)

半年前の事だがその頃の八重花は陸を求める激情に支配されていたため細かい事は記憶がおぼろ気だったりする。

それでも茜がどちらかと言えば良子と同じ子犬系だったのは間違いない。

(激しい怒り…しかも私に対する。何かしたかしら?)

記憶を辿ってみてもいまいち原因が分からない。

怒りに任せた苛烈な攻撃は元来接近戦型ではない八重花には少々厳しいものだった。

「がっつきすぎると嫌われるわよ?」

打ち合った刃から赤い炎が溢れ出す。

「くっ!ダイアスポア!」

炎が襲いかかる直前、茜の魔剣が振るわれると炎が先に爆発した。

八重花はわずかに驚いたもののそれを利用して距離を取った。

「ダイアスポア、変わった名前ね。」

「…。」

その名を知られたことすら不快なのか茜は眉を上げてダイアスポアを両手で構えた。

八重花はため息をついてジオードで肩を叩く。

「まあ、いいけどね。殺し合う相手の事なんて知らないに越したことはないし。」

「…」

ピリピリと空気に嫌な緊張感が増えて茜の額に青筋が一本浮かんだ。

八重花は気付きながらも微塵も面には出さず呆れた様子を取る。

「それに人間の味方の立場を捨ててまで力を得ようなんて考える相手の思考なんて理解したくもないし。」

「……」

ビキビキ

青筋の数が増えて茜の顔が怒りで赤くなり、ダイアスポアにも光が宿った。

茜は八重花の言葉を遮るように攻撃を仕掛けてくるが

「なに、もしかして怒ってるの?」

八重花はそれらの攻撃を捌いたりかわしたりしながら茜を挑発し続ける。

「うる、さーい!」

感情を爆発させた茜の魔剣の輝きが急激に高まったが怒りに任せた攻撃を八重花はあっさりとかわしていく。

それがますます茜の怒りを強め、冷静を装っていた仮面を剥いでいく。

「勝手なことを言うなぁ!」

ギャリン

全力で振り下ろされる刃を八重花は受け流す。

魔剣が激突した地面が爆発するが両者気にしている様子はない。

「勝手なことも何も事情を知らないから推測するしかないわ。そんなに嫌なら真実とやらを語ってみたら?どうせ他愛のない話だと思うけど。」

八重花はポンポンと茜の神経を逆撫でする言葉を吐き出していく。

「うわあああ!」

茜は完全に切れてダイアスポアを両手で振り上げた。

魔剣の周りに泡のような球体が浮かび上がる。

「グラマリー・ポアズ!いけぇ!」

迫る球体に八重花はジオードの炎で迎え撃つ。

だが炎がぶつかった瞬間、泡が弾けて炎を散らしていく。

その速度は八重花の炎よりも速い。

「空気爆弾みたいなものかしら?厄介なグラマリーね。」

進行速度の速くないポアズから八重花は距離を取ると広域に炎を撒き散らした。

ボボボボボッ

連続的にポアズが破裂して爆音が響き渡る。

爆風で煽られた土煙が流れていけばどちらも無傷の2人が立っていた。

「アルミナで使っていた接近戦用のアルファルミナに攻撃にも防御にも使える爆弾ポアズ。なかなか手堅いグラマリーを持ってるわね。」

「なんであなたはいつもいつもそうやってあたしを…弄んで!」

茜が激昂してダイアスポアを振り回すと周囲にポアズが展開していく。

視界を埋め尽くすほどに溢れかえる泡を前にして八重花は

「…私、弄んだことなんてあったかしら?」

本気で不思議そうな顔で首を傾げていた。

茜の顔が泣くのを堪えたように歪む。

「あたしを八重花さんのために戦わせて!一緒に戦わせてくれたのに、一度負けたからって捨てて、敵に寝返ったのはどこの誰だー!」

怒りのあまり生成したポアズがドドドドドと連鎖的で爆発した。

爆風で校庭の土が吹き飛び視界を塞ぐ。

だがその状況にあって

「ああ、そういうことだったのね。」

八重花は茜の感情の動きに暢気に納得していた。

土煙を突き破って光の刃を担いだ茜が八重花に迫る。

「どうしてあたしを捨てた!?」

ガインと重たい斬撃は思いを叩きつけるように振るわれる。

強力な斬撃に八重花は防戦に徹しざるを得ない。

「どうしてあたしを連れて行ってくれなかった!?」

アルファルミナを振るいながらもポアズを生み出す怒濤の攻撃に八重花は傷ついていく。

それでも茜の激情は止まらない。

「どうして、ヴァルキリーを辞めて、あたしの前から消えたんですか!?」

それが茜の思い。

裏切られた絶望を糧に力を得たソーサリスの根源。

ガキン

「何を言ってるの?」

それを八重花は左手をジオードの刀身に添えて受け止めた。

だが八重花はただの1つも茜の心を受け止めていない。

「何って…」

「私は初めに言ったはずよ。」

ジオードが再び炎を纏う。

振るわれる剣閃が炎の尾を引き熱を生み出す。

ポアズが勝手に破裂し始めた。

熱によって膨張した空気が泡を押し破ったのである。

「私は指導するつもりはないと。」

「ッ!」

確かに八重花はジュエル部隊を率いるつもりが初めから無かった。

それでも茜は連れてくれたことで認められたと思っていた。

火線は数を増して八重花を囲む檻となり触れずしてポアズを破壊していく。

「それにクリスマスパーティーの時にも言ったはずよ。私はりくを手に入れるために動くと。」

「くっ!」

表情をまるで変えず坦々と語りながら攻撃は激しさを増していくアンバランスさに茜は圧倒され始めていた。

「うわあああ!」

負けるわけにはいかないとアルファルミナで八重花に斬りかかる。

刀身が炎の檻を破り

ドカーン

「きゃああ!」

茜は爆炎に弾き飛ばされた。

バックドラフト。

密閉された部屋で発生した炎は室内の酸素を消費して燃えるがやがて酸素が減って小さくなる。

そこに外部から酸素を入れると爆発的に炎が発生する現象だ。

八重花は炎の檻でそれを擬似的に作り上げていたのである。

燃え盛る炎を背にして朱色の目を輝かせた"化け物"が茜の前にいた。

「りくの作り上げた"Innocent Vision"が私の居場所よ。その場所を否定すると言うなら、殺してあげる。」

「あああああ!」

茜は絶叫した。

八重花が変わっていないことと八重花のいる場所に自分の居場所がないことに絶望して。

「もう、いい。八重花さんは…あたしの八重花さんじゃない。」

「初めから茜の八重花さんはいないわよ。」

どこまでも辛辣な八重花に

「うわあああ!」

茜は泣きながらダイアスポアを振り被って八重花に斬りかかった。




「再び赤い世界が訪れるとは。やはり今朝方の"太宮様"の卜占はこの凶事を示していたのですか。」

琴は制服で人の制止した校内を早足で歩いていた。

琴もシンボル・フェルメールを持つセイントであるためこの世界においても動きを制限されなかった。

尤も"Innocent Vision"は琴がセイントであるとは知らないしヴァルキリーは少し前に不干渉を示したので誰も声をかけなかったのだが。

そして琴は今朝に"太宮様"の占いで大いなる転換が多くの者に起こるという神託を受けた。

直接的な原因になるかは不明だが赤い世界が関わっているのは間違いない。

「せめてこの世界の再来が仄めかしてあれば叶さんたちにもお話ししていたというのに。」

不確定な予言だったため演劇の直前に不安を与えるのも忍びないと伝えなかったのだ。

「しかし当日になるまで何も明かされないとは。何が起ころうとしているのでしょうか?」

琴は廊下を抜けて階段を昇る。

接近戦を得意としない琴が表に出ていっても足手まといにしかならない事は自覚しているため見渡しの良い場所で状況を観察し、場合によっては遠距離からフェルメールで援護しようと考えていた。

その為に学校一見渡しの良い屋上に向かっていた。

幸い校内には止まった人たちは多数いるがオーの姿はない。

琴が走るのではなく早足なのは教養の賜物であることと短いスカートが翻るのが気になって仕方がないからだった。

「赤い世界が訪れたと言うことは、再び魔女が現れるというのですか?」

琴はその可能性に身震いしてたどり着いた屋上のドアを開けた。

そこには先客がいた。

「あれ、琴ちゃんだ?」

屋上の手すりの向こう側には江戸川蘭が腰かけていて入ってきた琴をキョトンとした顔で見ていた。

対して琴は表情をわずかに険しくして後ろ手にドアを閉めた。

ゆっくりと蘭に近づいていく。

「琴ちゃんも一緒に見ない?由良ちゃんも真奈美ちゃんも八重花ちゃんも、もちろん叶ちゃんも頑張ってるよ。」

蘭はまるでスポーツ観戦をしているように楽しげだった。

その背中はまるで無防備でこのまま腕を伸ばして押し出したら落とせてしまいそうに思えた。

琴は蘭の腰かけている場所の後ろの手すりに近づいて足を止めた。

いつでもフェルメールを取り出せる心積もりをした上でゆっくりと口を開く。

「これもあなたの差し金なのですか?」

琴は蘭を疑っていた。

蘭は魔女ファブレが作り上げた人ならざる者、ホムンクルスと呼ばれる超常の存在である。

魔女の力を受け継いでいても何も不思議はない。

そして最近の不可解なヴァルキリーへの助力やたった今この場にいることが"Innocent Vision"を苦しめる諸悪の根源としての最たる証拠と言えた。

蘭は振り返らない。

「あはは、犯人はお前だーってやつだ。ランも1回やってみたいな。」

楽しそうに笑う声は何をバカな事をと言っているようにもはぐらかそうとしているようにも聞こえる。

飄々と掴み所のない蘭だからこそ余計になんでも出来てしまいそうな底知れないものを感じてしまう。

校庭や中庭、校門前からは断続的に爆音や光が発生している。

蘭はそれをただ見つめているだけだった。

「質問を変えましょう。江戸川さん、貴女はいったい誰の味方なのですか?」

琴に警告を与えたり、ヴァルキリーに琴を誘拐させたり、悠莉をそそのかして演劇勝負をさせたり、蘭の行動は破天荒と呼ぶに相応しい。

それは果たして蘭の意思なのか…あるいは蘭に指示を出す別の存在がいるのか。

もしも後者なら蘭がこの世界を作り上げた魔女の手下である可能性も出てくる。

かつて魔女の手下であったホムンクルスが別の魔女の下に付くのは何もおかしな所はない。

「ランはランの味方だよ。」

ようやく蘭は立ち上がってパンパンとお尻の埃を叩いた。

どうでもいいがなぜ卒業したはずの蘭が壱葉の制服を着ているのか。

「その江戸川さんを味方につける方が存在するのではありませんか?」

いよいよ琴は核心に迫った。

この返答次第では叶に被害が及ぶ前に食い止める必要も出てくる。

蘭が振り返る。

その顔はかつて警告されたときに見た冷たい笑みを湛えていた。

ゾクリと琴の背筋を冷たいものが駆け抜ける。

「琴ちゃん、やっぱり危険だよ。未来視だけじゃなく頭も良く回る。八重花ちゃんと組まれたら恐ろしいことになっちゃうね。」

それは知られたくない何かがあると言っているようなものだった。

だからこそ逆に琴は恐怖を膨らませる。

(秘密を語り、それを知ったことで口封じのために殺される。あり得そうなだけに恐ろしい。)

すでに目の前に見えているのが幻影で蘭の刃が首筋に当てられている錯覚すらしていた。

「大丈夫。琴ちゃんには何もしないよ。」

琴の内心を知るかのような言葉も不安を膨らませる要因にしかならない。

蘭は困ったような顔をして縁に立った。

「仕方ないな、琴ちゃんは。それなら少しだけ答えてあげる。」

蘭はピョンと縁の上で飛び

「蘭は今の世界を壊す存在だよ。」

そう言い残して屋上から落ちていった。

「江戸川さん!?」

慌てて下を見るが蘭は見えなかった。

「世界を…どういうことですか?」

その問いに答える者はなく、琴は蘭の言葉の意味を考えながら眼下の戦いを見つめていた。

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