第109話 『姫と王子と5人の魔女』
広大な緑と海に囲まれた自然豊かな国、リクトカイト。
その国の城には1人のお姫様(叶)が住んでいました。
名前はイノリ、優しく穏やかな姫です。
「ふふ、今日も日差しが暖かくていい日になりそう。」
姫の優しさに守られた国は豊かに争いもなく繁栄を極めていました。
しかしリクトカイトの繁栄を妬む者たちがいました。
世界中の全ての人に嫌われた5人の魔女です。
魔女は暗い部屋の真ん中で妖しく光る水晶を囲むように座っています。
赤の魔女(久美)は水晶に映るイノリ姫を見ながら呟きました。
「にゃはー、お腹空いた。」
…み、皆から嫌われる魔女はまともな食事を摂ることもできず、美味しそうに食事をする姫を妬みました。
緑の魔女(海)が食い入るように水晶を見つめて言いました。
「ああ、私も一緒に眠りたい。そうして…」
ま、魔女は暖かい布団も手に入りません。
だから昼間からふかふかのベッドで眠れる姫を羨みました。
橙の魔女(裕子)もまた目を見開いて水晶を見ています。
「高そうな服ばっかり。ぐぬぬ、こっちは単色の布だっていうのに!」
魔女は服を売ってもらうことも出来ません。
だから綺麗で可愛らしい服やドレスが贈られる姫を見て心底怒りました。
紫の魔女(八重花)はため息をついて頬杖をつきました。
「毎日明るいわ。見てるだけで目が焼けて潰れそう。」
魔女たちは追いやられて世界の暗い場所でしか生活を許されませんでした。
だからいつも暖かい日差しの差し込む城に住まう姫が嫌いでした。
青の魔女(由良)が閉じていた目を開いて水晶を叩きました。
すべての魔女が青の魔女を見ました。
「こんな暗くて何もない世界に追いやった連中に復讐するぞ。」
青の魔女を筆頭に誰も反対しませんでした。
魔女たちは皆すでに限界だったのです。
「この世界を支えているのはイノリ姫よ。彼女を辛い目に会わせれば国民も苦しむわ。」
賢い紫の魔女の提案で魔女たちはお城へと向かいました。
魔女はお城の近くの森に身を潜めるとたまたま近くにいた野犬に魔法をかけました。
「我、血の盟約をもって汝を我が眷属として迎えよう。汝は鉾、汝は盾、汝は目、汝は耳。汝の魂の一欠片まで我が物となれ。」
青の魔女が呪文を唱えると野犬は震え
「ワフン。」
人の姿をした犬(芳賀)にになりました。
「うむ、ちょっと頭が足りなそうな犬だがいい。犬、姫に噛みつき病気にしてしまえ。」
「ワン。」
犬はトコトコと城に入っていきました。
いつも開け放たれている城は誰も拒みません。
姫は中庭の花畑で小鳥と戯れていました。
「ダメですよ。みんなの分のご飯はちゃんとありますから順番です。」
「ワン。」
お腹の空いた犬はご飯を食べる小鳥たちが羨ましくて鳴いてしまいました。
小鳥たちは驚いて逃げてしまいましたが姫は飛び立った小鳥たちを見送ると穏やかな視線を犬に向けました。
「お腹が空いているの?こちらに来て一緒にご飯を食べましょう?」
「ワン。」
犬は呼ばれるままに姫のところに来ました。
姫は自分の分のご飯を犬に差し出すと微笑みました。
犬は遠慮がちに食べ始め、すぐに一生懸命食べました。
姫は犬の頭を優しく撫でます。
「ワフ。」
犬は魔女が噛みつけと言っていたのを思い出して姫の手に噛みつこうとしました。
しかし、手を噛まれる直前になっても姫は微笑んでいました。
「私はご飯ではありませんよ。ですが、もしもお腹が空いたのならまた訪ねてきてください。」
「にゃはは、来たよ。」
犬の返事よりも早く、赤の魔女が突然姫の前に姿を現しました。
「にゃは。お腹が空いたから、だからこの国のご飯を全部ちょうだいね。」
それはあまりにも無茶な要求です。
しかし姫は怒りません。
「国のご飯は国民が食べています。ですから私の分を食べてください。」
「にゃはは、うん。」
赤の魔女は頷くと食堂に向かっていきました。
続いて緑の魔女がやってきました。
「私もお姫様みたいに可愛い子と一緒に寝たいな。」
そ、それは無謀なお願いでした。
姫は困ったように笑います。
「私はまだ眠りませんがベッドを使って眠ってはどうですか?」
「んー、姫の寝たベッドね。オッケー。」
緑の魔女はとても軽やかな足取りで寝室に向かいました。
続いて橙の魔女が姫に近付きました。
「WVeの新作のアクセサリーとか持ってない?持ってたら売って!」
お、おしゃれに目のない橙の魔女は姫の服やアクセサリーに目をつけました。
「貴女の求めたものかは分かりませんが私のクローゼットを見てはいかがでしょう?」
「ドレスもちょっと興味あるし、おじゃましまーす。」
橙の魔女は宝物を見つけたようにクローゼットへと走っていきました。
姫はその後ろ姿を見送って微笑んでいます。
「優しい姫だこと。」
いつの間にか姫のすぐ後ろには紫の魔女が立っていました。
「あなたも何かお望みですか?」
「それじゃあ現金…じゃなくて、光が欲しいわ。」
暗い場所で暮らしていた魔女は明るい世界に憧れていたのです。
さすがの姫も困ったような顔をしていましたがやがて頷きました。
「私は光を持っていませんからあげられませんがこのお城はこの国で一番お日様に近い場所です。ここにいてはどうですか?」
「フッ、私には貴女が光に見えるわ。」
紫の魔女は城の上へと向かっていきました。
「ワウン。」
犬が鳴きました。
振り返ると犬の頭を撫でる青の魔女が姫を見ていました。
「貴女も私にご用ですか?」
青の魔女の目的は世界への復讐です。
しかし他の魔女たちは姫から大切なものを貰って復讐を止めてしまいました。
しかし青の魔女の望むものは何もありません。
魔女は突然姫の腰に手を回して抱き寄せました。
「俺が望むのは、お前だ。」
「…はい。」
姫は食事も、ベッドも、服も、城も、そして自分自身さえも差し出してすべてを失いました。
姫を失った世界はすぐに暗く悲しい世界になってしまいました。
世界を雲が覆って日を翳らせ、人々から笑顔が消えてしまいました。
お城だけが日差しを浴びて輝いていますが人々はそれを見る度に消えてしまった姫様を思い出して涙しました。
元の明るく穏やかな国を取り戻すため、隣国のホープ王子(真奈美)が姫を救うために立ち上がりました。
国民は喜び、誰もが王子を讃えます。
「必ずや悪い魔女を打ち倒し、姫を救い出して平和を取り戻す!」
剣を掲げて宣言すると魔女の住まう城へと向かいました。
城に到着すると城門の前には1人のメイドが立っていました。
「旅のお方、ここは魔女の方々が住まうお城です。どうかお引き取りください。」
「そうは行かない。僕は魔女を倒して姫を助け出すんだ。さあ、道を開けてくれ。」
メイドはとても寂しそうに俯くと道を開けました。
「ワンワン。」
城に入るとすぐに犬の楽しげな声が聞こえてきました。
中庭の方から聞こえる声に導かれていくとそこには
「にゃはは、いーこいーこ。」
「ワフン。」
赤の魔女と犬が戯れていました。
姫かと期待していたのに魔女でがっかりした王子は剣を抜きました。
「悪い魔女め。退治してやる。」
「にゃはは、負けないよ。」
魔女は杖を剣のように構えます。
キン、キン
凄まじい戦いが繰り広げられ
「ぐっ、強い。だけど!」
「にゃはぁ。」
王子が赤の魔女を倒しました。
赤の魔女を倒した王子は城の中に入っていきました。
中を探していると寝室のベッドで気持ち良さそうに眠る緑の魔女がいました。
「んふ、…すう。」
…本気で寝て…気持ち良さそうです。
「…縛ってしまおう。」
王子は魔女をベッドごと縄で縛ると寝室の鍵をかけて部屋をあとにしました。
その隣室のクローゼットを覗くと橙の魔女がたくさんの洋服の前であれこれ悩んでいました。
「うわぁ、これ誰のかしら?際どいドレスね。わー、チャイナドレスなんて初めて見た。何でここにナース服とかまであるの?」
「内容につっこんだら負けな気がする。てい!」
「きゃー!」
橙の魔女はあっさり倒されて服に埋もれました。
王子は城の中を進み、バルコニーに足を踏み入れました。
「ようこそ、我らが城へ。勇敢な王子様。」
日差しの降り注ぐその場所には紫の魔女が日光浴をしていました。
魔女は椅子から立ち上がると王子に妖しく笑いかけます。
「姫を返してもらうぞ。」
王子が剣を構えると魔女はクスクスと声を殺して笑い出しました。
「何がおかしい?」
「姫は貴方の所有物だったのかしら?」
「姫は世界のために必要な方だ。」
「なるほど。憐れね。」
魔女はローブの中から剣を取り出しました。
「魔女が剣を使えないと思わないことね。」
キン、キン
魔女は強かった。
それでも平和を望む王子の思いが勝り、王子の剣が魔女を捉えました。
刃に貫かれた魔女は最後まで妖しく笑みを浮かべています。
「傲慢な王子様。進むがいいわ。そして真実に絶望するといい。」
呪いの言葉を残して紫の魔女は倒れました。
魔女の言葉を気にしながらも王子は奥へと進み、王座に座る青の魔女と向かい合いました。
青の魔女はゆっくりと瞳を開きます。
「…来たか。」
「お前で最後だ。姫を助けて世界に平和を取り戻す!」
「ふっ、安い正義感だ。」
青の魔女は嘲るように笑うと王座から立ち上がりました。
「俺を倒せたら姫は返してやろう。」
魔女が手を振り上げた瞬間
ゴロゴロ、ピシャーン
空から雷が降ってきました。
魔法です。
青の魔女は魔法を使って王子を苦しめました。
それでも王子は傷つきながらも国のため、民のため、そして姫のために力を振り絞って戦いました。
「ぐっ、やるな、王子。」
魔女が傷を押さえて蹲ります。
王子は両手で剣を握って魔女の前に立ち、剣を振り下ろしました。
ピシャーン
しかし剣は魔女を貫きませんでした。
門の前にいたメイドが両手を広げて立ち塞がったからです。
「退いてくれ。僕は魔女を倒さなければならない。」
「…」
メイドは震えながらも退こうとしません。
「魔女の仲間だというなら僕は君を倒して魔女を討つ。」
「やめろ。」
魔女がよろけながら立ち上がり止めます。
「分かっているのか?そいつは、お前が救おうとしている姫だ。」
ピシャーン
王子は驚きのあまり剣を取り落としました。
メイドキャップを外した姿は聞き及んだイノリ姫だったのです。
「なぜ姫が魔女の味方をするんだ?魔女は貴女を拐って世界を悲しみで満たしたんだ。」
姫は悲しげに首を横に振ります。
「王子様。なぜ魔女の皆さんは以前の平和だという世界にいられなかったのですか?私はたくさんの幸せを貰っていたから、それが悲しくて皆さんに食事も、ベッドも、服も、お城も、私自身も差し上げました。王子様はなぜ魔女の皆さんからささやかな幸せを奪うのですか?」
姫はどこまでも優しかったのです。
人々から嫌われる魔女すら幸せにしたいと。
王子は答えられません。
「でも、それでは姫が不幸ではありませんか!」
すべてを与えた姫は不思議そうに首を傾げました。
「私は今幸せです。お城に笑顔が溢れていますから。」
姫はずっと1人で城の中で生きてきたのです。
誰もが姫を敬い、だけど誰も近づこうとはしなかったのです。
姫は、寂しかったのです。
どんな美味しい食事よりもどんなに豪華な服よりも、姫は近くにある大切な笑顔が見られることが幸せだったのです。
青の魔女は姫の肩を叩いて隣に立ちます。
他の魔女たちも集まってきました。
「王子よ。この城に住まう全ての者を不幸にして世界を平和にするか?」
王子は悩みました。
ずっと悩んだ末、王子は姫の前に跪いて手を取りました。
「僕は貴女を幸せにしたいと思ってここまで来た。だから、僕を姫の周りの笑顔に加えて欲しい。」
王子が選んだのは世界ではなく姫の幸せでした。
「はい。」
優しく穏やかに答えた姫の手の甲に王子は口付けると手を取ったまま立ち上がります。
魔女たちは手を取り合う光景を
「あー、いいな。私も叶ちゃんに…」
ゴホン…優しく見守っています。
「世界中の人々が争いを無くし平和でありたいと望み続ければ、きっと私がいなくても平和は訪れます。」
王子が心に抱いていた不安に姫は優しく答えました。
「だから、私を幸せにしてくださいね、王子様。」
姫と王子と5人の魔女と犬は世界の平和を願いながら幸せに暮らしましたとさ。