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Akashic Vision  作者: MCFL
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第106話 思惑

昼休み、残暑も鳴りを潜めてすっかり秋らしくなってきた屋上で"Innocent Vision"は昼食を取っていた。

話題は当然のように文化祭についてである。

「私が気を失ってる間に決まってるなんて酷いな。叶ちゃんも私とやりたかったよね?」

海はチョップと床のコンボで気を失っていたらしくその間に真奈美が主役に決定されたのが大変不服だと休み時間の度に抗議していたのだが聞き入れられなかった。

「あ、あはは…」

「ああ!叶ちゃんが気を使って明言しない!?」

叶としても本気で身の危険を感じたからこそ真奈美を王子様のように見たのだから仕方がない。

海の完全な自業自得だった。

「いーよー。どうせ私は叶ちゃんを狙う悪い魔女だよ。」

そして"Innocent Vision"の誰も慰めてくれないのでふて腐れる海だった。

「相変わらず裕子の鶴の一声で面白い流れになるクラスね。団結力の違いかしら?」

「体育祭の時もそんな感じだったな。うちは恐怖政治みたいなもんだからな。」

由良と八重花は互いにお前がなと言いたげな目を向けていたがどうせ双方ダメージを負ったあげく誰かが両方共だと言って追加ダメージを受けるだけなので互いに無言を貫いた。

そんな見えない言葉の駆け引きをしているとは誰も思っていないので話題は演劇に流れていく。

「演劇なんて幼稚園の学芸会くらいしかやったことないよ。」

「だいたい皆その程度だよ。」

「役者は練習あるのみだけと監督とか小道具とかも考えないと。」

由良と八重花は無言で見つめ合っているし4組の3人は早速文化祭の話に入ってしまった。

そんなわけでただの友達の集まりのような弁当タイムで昼休みを終える"Innocent Vision"だった。




ヴァルキリーは常のごとくヴァルハラに集まっていた。

学内では文化祭の話題で賑わっている…というか2年4組を起点として盛り上がりが広まっているがヴァルハラでの話題は"Innocent Vision"に関する事だった。

「花鳳先輩が"Innocent Vision"を狙うって決めたのはいいんですけどね、具体的にどうするんです?」

美保はストレスが溜まっているのか苛立たしげに指でテーブルを叩きながら誰にともなく尋ねた。

この場に撫子はいないがヴァルキリーのメンバーで決めた行動ならば否定はしない。

方針が決まったら早速行動に移すべきだというのが美保の考えだった。

「"Innocent Vision"が文化祭で気を緩めている隙をつくというわけですか。ふふ、美保さんはまるで悪役ですね。」

「悪役じゃない!ヴァルキリーは正義よ!」

悠莉はクスクスと笑いながら美保を挑発する。

本当にどうすれば美保が吠えるかよく分かっている。

これで2人の仲がいいことに首を傾げずにはいられない先輩陣だったが。

「それでどうなんです、会長?」

美保が腹いせ気味に良子に話を振る。

「よし、早速今日の放課後襲撃しよう。」

「さすが良子先輩!」

即答で戦闘を決定する良子のノリの良さに美保は喜ぶ。

「お待ちください。」

だが当然のように待ったが入る。

美保は小さく舌打ちするが止められるのは分かりきっていたので噛みついたりはしない。

葵衣は美保と良子が聞く体勢になるまで待ってから口を開いた。

「先日の別荘での戦いでお分かりと思いますが"Innocent Vision"は徐々にかつての力を取り戻すように強力になってきています。デュアルジュエルで対抗していますがこのままで強くなられてははいずれバランスが崩されてしまうと考えられます。」

全員が前回の戦いで重々承知したことなので真剣だ。

「それで、デュアルからトリオにでもするんですか?」

美保が冗談めかして尋ねる。

2本で足りないなら増やせばいいというのは安直だが分かりやすい。

「それも検討していますが3つの魔剣を同時に扱うのは少々難しいかもしれません。」

「ボクが葵衣から借りてトリオをやってみたけど制御出来なかったよ。」

本来この手の試験は安全のためジュエルなどで試してからヴァルキリーに上げるべきだが、グラマリーに関することはヴァルキリーでしか検討できないため危険を承知で緑里が試したのである。

その結果は式と光刃と光球がランダムに飛び交い緑里までもが被害を受けることとなった。

「よっぽど考えなしにグラマリーを使ってるあんぽんたんか聖徳太子みたいに複数のことを同時に処理できる天才じゃない限り無理だね。」

「考えなしの…」

「あんぽんたん…」

「……。…どうして皆あたしを見るかな?」

ある者はさりげなく、またある者は堂々と良子に目を向けていた。

「ふふ、言っていいですか、等々力先輩?」

「いや、いいや。悠莉に頼むとダメージが増えそうだから。」

反論しても無駄と悟った良子は肩をすくめた。

「研究は継続して行いますが当面はデュアルジュエルでよろしくお願い致します。そして個人のグラマリーを増やせないのならばその個人を増やせばよいのです。」

「つまり"Innocent Vision"を各個撃破するということですね?」

悠莉は最初からわかっていたように相づちを入れた。

葵衣は頷いて肯定する。

正面から戦うと"Innocent Vision"1人に対して1人ないし2人で戦うことになっていた。

それを1対6にしようという実に単純な作戦である。

「でもそんなすんなり分断できるかな?あいつら、いつもだいたい2人でいるよ?」

「それはおそらくジュエルが常に目を光らせている学内で単独での行動を警戒しているためです。」

「だったらダメじゃん。」

各個撃破と言いながらそれをすぐに否定する意見が出て良子はあっさりと匙を投げる。

考えなしの良子である。

そして聖徳太子みたいに複数のことを同時に処理できる天才みたいな葵衣は当然手を考えている。

と言うかトリオジュエルのトライアルを葵衣がやればよかったわけだが、未だに緑里よりも活躍してしまうことに引け目を感じる慎ましい妹は丁重に辞退していた。

それゆえの代案である。

「良子様、これから文化祭で忙しくなれば"Innocent Vision"も学生である以上一緒にいられる時間は少なくなります。そしてそれは1人になる可能性も高まるということです。」

全員の分断は難しくても"Innocent Vision"はメンバーが1組と4組に別れているためどうしても予定のズレが生じてくるはずである。

クラス内でも仕事が違えばさらに分かれる可能性も高い。

そこでジュエルを使って上手く誘い出せば1人にさせることもできるという考えだった。

「そう上手く行くかな?それに自分達のクラスの方はどうする?」

「大事の前の小事です。ヴァルキリーの作戦を最優先で執り行うよう通達します。」

葵衣はすでに"Innocent Vision"を追い詰める算段まで考えているようで、特に誰からも反論は出ないので決定となった。

異議を唱えなかった悠莉だが内心は

(さて、そう上手くことが運ぶでしょうか?)

葵衣の作戦には懐疑的だった。

紅茶に浮かぶ悠莉の顔は微笑んでいる。

("Innocent Vision"には半場さんが居なくともまだ彼女がいるのですから。)




「そういうわけで私たちは4組と合同で演劇をやることに決定よ。」

1組の帰りのホームルーム。

学園祭の出し物を決めようという段階で八重花は壇上に上がると開口一番決定を告げた。

さすがに担任も含めてついていけず唖然としている。

八重花は動かない。

やがてクラスが動揺でざわめき出す。

小さい声での会話だが急に合同で演劇とか言われてもとか飲食店やりたかったとか不平を述べている。

八重花はそれでも怯むこともせず顔を上げて前を見ている。

担任が八重花を諌めようと手を上げかけた瞬間

バンッ

全ての雑音が消え去り全ての動きが停止した。

発生源は言うに及ばず由良である。

「ぶつぶつうるせぇ。文句がある奴は俺が聞いてやるから言ってみろ。」

別に由良は脅すつもりも八重花を助けるつもりもない。

確かに"Innocent Vision"としては八重花の手が一番無理なく叶たちと一緒にいる機会を増やす方法だが通し方に無理がある。

だから正当な反論があれば由良が代わりに聞いて八重花と議論してやるという思いやりだった。

だが他の生徒の耳には

「俺の舎弟がやるって言ってんだ。ごちゃごちゃ言ってねぇで大人しく首を縦に振っとけや。」

と言われたに等しかった。

不平不満の言葉はピタリと消えてむしろ同意を示す拍手の数が増えていく。

やがて由良を除いた1組全員が拍手をした。

「ありがとう。細かい交渉は私の方でやっておくわ。」

八重花は教壇を降りると苦笑いで拍手するクラスメイトにニヤリと笑みを向け

「大丈夫よ。体育祭と同じように最高の祭りになることを約束してあげるわ。」

大胆不敵な宣言をした。

その自信に満ちた姿はクラスメイトたちの恐怖に染まった心に言い知れない期待感を植え付けた。


そして

「…どうせ俺はおっかない番長だよ。」

ひっそりと由良が落ち込んでいた。




朗報はすぐさま携帯で裕子の元に届いた。

「待たれぃ、皆の衆!」

ホームルームが終わって散り散りに帰ろうとしていたクラスメイトが何事かと振り返る。

裕子は教壇に登ると腕組みをしてふっふっふと笑った。

「たった今、我らが参謀から連絡があった。体育祭では熾烈を極める戦いを演じた1組が、文化祭では合同で演劇をやろうと言ってきたのよ!」

2クラス合同での演劇という事態にクラスが期待と不安の入り雑じったどよめきに包まれる。

裕子は手でそれを押さえつけるように沈める。

「心配はいらないわ。人が増えればエキストラも増やせて裏方も確保できる。より凄い演劇が出来るのよ。私たちの手で学園に語り継がれる伝説を作るのよ!」

「伝説…すげぇスケールだ。」

「なんかやる気出てきたわ!」

不安がっていたクラスメイトも裕子の自信に当てられて乗り気になっていく。

「運命の日まで皆の命をあたしに預けてちょうだい!」

「「おー!」」

一部裕子と反りの合わない女子が呆れて出ていったが大半の生徒はノリノリで拳を振り上げていた。

「裕子ちゃんてさ、きっと宗教とか立ち上げると成功するタイプだよね。」

「あはは…。」

海が熱気に包まれたクラスメイトを見て冷静に感想を述べ、隣にいた叶は反論できず苦笑いを浮かべていた。

「あたしたちをいつも引っ張ってきたのは裕子だからね。リーダーシップはあるよ。」

「にゃはは、ゆうちんが何か考えてやえちんがそれを面白くしてくれるから楽しいよ。」

もはや誰にも止められない。

叶たち5人が一緒に挑む演劇がその歯車を回し始めていた。




"Innocent Vision"への有効な分断方法を検討していたヴァルキリーの葵衣の下に連絡が入った。

「はい。…はい。引き続き監視を。」

葵衣の声色がほんの少し曇ったことに緑里は気が付いた。

通信を切った葵衣はそのままため息をつきそうにも見える。

「何かあった?」

「…2年4組の演劇に2年1組が合同で参加することになったようです。」

「八重花さんに先手を打たれましたね。」

悠莉以外が驚いた様子でテーブルの上に目を向ける。

クラスの合同企画を持ちかけて1組のソーサリスを分断させる計画もあったが早速消えた。

他にも1組のジュエルを使って企画を操作する方法も使えなくなった。

「東條八重花、本当に頭に来るわね。まるでインヴィみたいにこっちの行動を読んでるみたいでムカつくわ。」

「ヴァルキリーの行動を牽制するために合同にしたってこと?」

「あり得ないとも言えません。相手は"Innocent Vision"の参謀とも呼ぶべき東條八重花様です。」

八重花を他人の行動を妨害することに喜びを見い出している悪女のように扱う美保たち。

だが悠莉は参加せず微笑んでいるし良子も首を捻っている。

「うーん、そうかな?」

それを聞いた美保が良子を睨み付ける。

「なんです?東條八重花の肩を持つんですか?」

「そういうわけじゃないけどさ。ほら、八重花の友達はみんな4組みたいだから、皆と文化祭で楽しみたかっただけかも知れないよ。」

八重花は1人だけ親友からクラスが外れたため仲の良いメンバーで遊びたかったという話は通る。

「私も同意見です。友人との文化祭をやりたいからクラスを巻き込んで合同の演劇にした、大胆な八重花さんらしいと思います。」

推論は推論でしかなく、八重花本人以外その本心はわからない。

ただ事実として各個撃破が困難になったというだけだ。

「そんなのどっちだっていいわよ。あー、ムカつくー!!」

ヴァルキリーの面々はくるくる回る事態に頭を悩ませていた。

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