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Akashic Vision  作者: MCFL
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第104話 ここにいる理由

蘭は壱葉を見渡せる建物の屋上の縁に腰かけていた。

フーフーと火傷したように左手に息を吹き掛けている。

「もう、叶ちゃん、意外と強引なんだから。」

叶の放った聖なる光によって解除された反動で左手に装着していたオブシディアンが弾かれてその時に打ったのである。

それでも蘭は不満げに突き出していた口を笑みに変えて壱葉を見下ろす。

プラプラと足を揺らしながら見る景色はまるで宝石箱のよう。

人の営みによって生み出された光を見つめる蘭の顔は慈愛に満ちていた。

蘭が背もたれにしているフェンスに誰かが寄りかかった。

蘭は表情を変えることも振り返ることもない。

人影がぼそりと呟いた。

「ん?手?全然平気だよ。可愛い後輩の成長が見られてランは嬉しいよ。」

蘭は正面を向いたまま、同じ笑顔のまま。

ヒューと冷たい風が吹き付けて蘭の二房の髪を揺らす。

「撫子ちゃんたちにはもっと頑張ってもらわないとね。やっぱりセイントにジュエリストにソーサリスのいる"Innocent Vision"が相手じゃデュアルジュエル6人でも厳しいみたいだね。今度はジュエルも混ぜてあげようっかな?」

蘭は独り言のように会話する。

まるで遊びの予定を組むように次なる"Innocent Vision"とヴァルキリーの戦いの計画を練っている。

それは実に楽しそうに。

かつて信頼で繋がれた仲間が命をかけて戦う舞台を笑顔で作り上げていく様を他者が見れば異常だと言うだろう。

だが蘭は計画する。

人影がまた何かを呟いた。

蘭の目が細まり笑みの質が冷たく変わる。

「あっちはいいの。君子危うきに近寄らず、だよ。放っておいても勝手に動くもん。とりあえずは今回の事件の解決編をやりに行ってくるよ。」

今の会話で人影は理解したらしく蘭の背後にあった気配が消えた。

振り返ってもやはりそこには誰もいなかった。

蘭は立ち上がりピョンと柵に飛び乗る。

平行棒の上に立つように両手を広げてバランスを取りながら歩き出した。

一歩一歩が危うい道行き、それを"Innocent Vision"の未来に見立てて口の端を曲げる。

「さあ、奈落に墜ちずに最後まで歩けるかな?」

まるで予言のような蘭の言葉は秋の夜風に流れて消えていった。




琴は叶たちに送られて太宮神社に帰ってきた。

ICレコーダーは悠莉に取られてしまったまま置いてきてしまったが状況は概ね最善と言えるほどで誘拐劇は終わりを迎えた。

すでに深夜に差し掛かろうという時間なので叶や真奈美、八重花は大慌てで帰っていった。

きっと今頃遅くなったことを親に怒られているだろう。

独り暮らしの由良や私生活が不明な海はのんびりと帰っていったが琴は皆が帰るまで何度も頭を下げた。

いくら感謝しても足りない。

あのまま助けが来なければ悠莉の攻め苦に耐えきれず協力を約束していたことだろう。

口約束だから適当な占いをするという方法もあるが、ジュエルの力で従わされた可能性もあるため叶たちが助けに来てくれて本当によかったと心から思っている。

「何時の世も不老不死や未来視の力を持つ者は狙われる宿命にあるということでしょうか?」

琴は決して未来視が良いものだとは思っていない。

代々引き継がれてきた"太宮様"を嫌悪こそしないもののこの力を疎ましく思うこともあった。

(誰かのためには使えない未来視。本当に陸さんは妬ましいですね。)

大局の流れを見極める"太宮様"の卜占と自らの望む未来を見ることが出来るInnocent Visionでは有用性に大きな差がある。

"太宮様"の力は特定の誰かではなく世界を導くための標でしかない。

「ヴァルキリーも卜占が陸さんのInnocent Visionとは根本的に違うものだと理解してくだされば良いのですが。」

都合3日留守にしてしまった神社だが特に騒動になった形跡もない。

もともと人がそれほど参拝にやってこないので社務所が開いていなくても問題なかった。

「…。」

それでいいのかと自問しつつ居間に向かうと何故か明かりがついていてテレビの声が聞こえてきた。

両親が戻るという連絡は受けていない。

嫌な予感がして慌てて居間の襖を開けると


「あ、琴ちゃんおかえりー。」


テレビを見ながら煎餅を頬張り、自分で淹れたお茶を飲む蘭の姿があった。

その姿はちょうど先日の焼き回しのようだった。

琴は失態を繰り返すまいと後ろを振り返って周囲を警戒した。

だがいくら待っても人が乗り込んでくる様子はない。

「今日は撫子ちゃんたちはいないよ。さすがに捕まえた次の日に逃げられてその日にまた捕まえに来る元気はないと思うよ?」

それが本当だという保証はないが

(目の前の方と違いヴァルキリーの長はそこまで破天荒ではありませんから大丈夫でしょう。)

蘭ではなく撫子の人柄を基準に納得した。

「むー、なんかランを馬鹿にした?」

「そんなことはありません。」

一言も口に出してないのに馬鹿にされたことを気付く蘭もそうだが、息を吐くように嘘をついて誤魔化せる琴もいろいろおかしい。

自分の家なのにいつまでも立っているのも決まりが悪いので琴は腰を下ろすとお茶葉を入れ換えて自分の分を淹れ始めた。

「あ、琴ちゃん。ランにもお願い。」

「ご自分で淹れたのではないですか?」

現に蘭の前には先日用意した湯飲みがありまだ湯気を立てていた。

あの時から残っていて熱いわけがないので蘭が自分で淹れたはずだ。

「だって蘭が淹れたお茶苦いんだもん。」

ベーッと舌を出して苦そうな顔をする蘭を見てため息をついた琴はやっぱり自分の分しか淹れない。

「もったいないので飲み終わったら淹れてあげます。」

「えー!?琴ちゃん酷い!」

ガーンとショックを受けた蘭は湯飲みをじっと見るがそれだけではお茶は減らない。

お子様舌には苦いのかもしれないが物を無駄にしてはいけないという教えが染み付いている琴は甘やかさない。

「…ふぅ、酷いのはどちらですか?」

「琴ちゃん。」

即答されて琴の額に青筋が浮かぶ。

「わたくしを謀りヴァルキリーの誘拐を助長した…いえ、ヴァルキリーを唆して誘拐させた犯人は酷くないと?」

捕まってからずっと考えていたのはなぜヴァルキリーが押し入りという強引な手段を講じてきたのかということだった。

美保や良子はともかく撫子は理想を元にして行動を決める理詰めの人間。

さらに花鳳の者であるため行動にエレガントさを求めたりもする。

そうなるとあの誘拐劇は撫子が組んだものではない。

撫子を誘導できる人物、そして別荘で展開した幻覚の空間を作り出せる人物となれば1人しかいない。

琴が鋭い視線でじっと睨んでいると蘭はキョトンとしていた。

(間違いないはずです。)

蘭の反応に冤罪の不安が頭をよぎるが自分の考えを信じて視線を逸らさずにいた。

蘭は視線をそらして俯き、肩を震わせた。

「…ふっふっふ、バレてしまったか。」

蘭は湯飲みをずずいと琴の方に押し退けて姿勢を正した。

それでもいろんな意味で小さい蘭は座高も低いので正座した琴から見下ろされる形になっており威厳が足りない。

蘭は別の意味で肩を震わせると無言で立ち上がった。

「…ふっふっふ、バレて…」

「そこはもういいです。」

クスリとも笑わない琴の冷たい反応にべそをかいた蘭だったが、ぐしぐしと目元を拭って胸の前で両拳をグッと握りしめた。

「蘭は強い子元気な子。」

何故か自己暗示までかけてから強気な表情で改めて琴を見下ろした。

「そう。蘭がすべての黒幕だよ。蘭の忠告を無視した琴ちゃんにお仕置きをして、上手く行けばヴァルキリーに匿わすようって計画だったのに…撫子ちゃんたち不甲斐ないぞー!」

自分が犯人だと自白しつつも作戦の失敗を部下のせいにする悪の組織のダメ幹部の図。

だが琴は後半聞いてない。

「…ええ、それはもうお仕置きでしたよ。かつてないほどの辱しめを受けましたよ。あれが出回ったらわたくしは恥ずかしさで死ねますよ。」

俯いて壊れた笑いを口から漏らし始めた琴の様子の変化にはさすがの蘭も慌ててオロオロした。

「え!?ええと、大丈夫だよ。」

「江戸川さん…」

「琴ちゃんが叶ちゃんが大好きで、コスプレさせて際どい写真を取るのが最近の密かな趣味だってことくらいしか蘭は知らないから。」

チーン

琴が畳みに突っ伏して真っ白けになっていた。

蘭としては本気で慰めようとしていたのだが見事に逆効果…というかトドメだった。

「わたくしの人生は終わりました。江戸川さんに知られたとなれば地球の裏側まで知れ渡っていることでしょう。…もうだめぽ。」

いろんな意味で駄目になった琴の失礼な発言に蘭は腰に手を当てて頬を膨らませた。

「むぅ、ホントーに失礼だな。りっくんから人の秘密はきっちりと覚えておいていざというときの交渉材料に使うものだって教えてもらったから言わないよ。」

琴は言わないという言葉を頼りに廃人から復活した。

たった数分でカラカラになった喉を潤すために目の前にあった湯飲みからお茶を飲み

「苦っ!」

乙女にあるまじき感じでブーッと盛大に吹き出した。

蘭も同じような反応をしたのか浮かんでいるのは同類を憐れむような苦笑いだ。

「ねー、だから苦いって言ったでしょ?」

さすがにお茶の渋味とは別物の苦味に達した飲み物を飲むのも飲ませるのも無理だと判断した琴はお茶を捨ててくると新しく淹れ直して蘭の前に置いた。

「わーい、ありがとう琴ちゃん。」

自分もさっき淹れたお茶を飲んで一息つく。

「捕まっていたときより疲れます。そもそも陸さんも大概いい性格してますね。」

陸が人の中で生活していくために身に付けた処世術の1つだが内容は一歩間違えなくてもほとんど脅迫だ。

今回はその教えのお陰で助かった面はあるが将来的な脅威は去っていない。

「お仕置きはとりあえずおしまい。だけどこんな目にあってもまだ琴ちゃんは"Innocent Vision"に関わり続ける?」

突然掛けられた声は今までのおちゃらけたものとも冷酷なものとも違う、どこか悲しげにすら聞こえるものだった。

真意を語らない蘭の気持ちなど知ることが出来ない琴はあくまで質問の内容を考える。

だが答えは決まっていた。

たとえその先にどんな未来が待ち受けていようとも。

「"太宮様"の卜占はどちらにしろどこかの誰かが大きく得をするような未来を見られないものです。ならばわたくしがどこに属していようと"太宮様"は中立です。それならわたくしは"Innocent Vision"と、叶さんとの友宜を大切にします。」

琴は様々な人に出会い様々な思惑に触れることでようやく理解した。

"太宮様"は確かに人の輪から外れた場所で世界の趨勢を見守る存在だ。

しかし琴自身がその位置にいる必要はないと、人としての喜びや楽しみを当たり前に受け止めていいのだと。

「…そっか。」

琴の答えを聞いた蘭は薄く微笑んだ。

それが何故だか泣いているように見えたのだが、やっぱり琴にはそれが何を思ってのことなのかわからない。

蘭はお茶を飲み干すと湯飲みを置いて襖に手をかけた。

「琴ちゃんの気持ちが決まったならもう何も言わない。最後まで太宮院琴の人生を謳歌するのがいいよ。」

「…ありがとうございます。」

それは祝福のようであり、決別の言葉のようだった。

スッと静かに襖が開かれる。

あれだけ騒がしかった蘭が静かに部屋の外に足を踏み出した。

この戸が閉じれば琴と蘭の道は完全に交わらなくなる、そんな予感がした。

不意に琴は叶と陸の顔を思い出した。

2人とも仲間を大切にし、誰1人として欠けることをよしとしない優しい心の持ち主。

琴はため息とも笑いともわからない吐息を漏らした。

テレビの雑音でほとんど聞こえない襖の閉じる音が聞こえた。

閉じかけた戸に背を向けたまま口を開く。

「権謀術中を巡らすためでないのなら、またお茶を飲みに来るくらいは構いませんよ。」

「!!」

蘭の手が止まった。

琴は振り返り驚いた表情を浮かべている蘭に微笑む。

「あなたは陸さんの仲間でご友人。陸さんは叶さんの友人。ならば叶さんの友人であるわたくしとあなたもまた友人であるとは思いませんか?人の輪はこうして広がっていくのでしょう?」

「あ…」

蘭もまた生まれの特殊さから長らく友と呼べる存在がいなかった。

"Innocent Vision"に出会うまでは。

使命のために自分を抑制していたよく似た境遇の2人。

写し身の片側から差し伸べられた手に蘭の頬を一筋の涙が伝った。

「琴ちゃんは寂しんぼだね。たまに遊びに来てあげるよ。」

蘭は涙を流しながら襖を閉める。

閉じる間際に琴が見たのは笑顔の蘭の姿だった。

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