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Akashic Vision  作者: MCFL
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第101話 怪しの森の戦い

シューン

光とも音とも違う何かが一瞬駆け抜けていった。

その直後、別荘の森にいた"Innocent Vision"やヴァルキリーはその異変に気が付いた。

「なんだ、空が!?」

「空だけじゃないわ。森も…」

由良と八重花は驚きのあまり攻撃の手を止めてしまうほどだった。

由良が見上げた空にはあり得ないはずのオーロラがいくつもかかり、八重花が見た地上では立っているだけだったはずの木々が動き出した。

「ヴァルキリー。気象変化や生物兵器まで開発するなんて本当に世界を征服するつもりなのね。」

「訂正をお願い致します。ヴァルキリーの理念は世界征服ではなく世界の恒久平和です。」

八重花たちが呆けているうちに鎮火が終わったのか葵衣と緑里が立ち塞がった。

葵衣はこれが自分たちの成果でないことをわかっていたが動揺させるため何も言わなかった。

「何これ!?うわっ、木が勝手に動いてる!?」

…尤も緑里の反応を見てしまうと葵衣のブラフなどまったく意味をなさないのだが。

「海原姉のあの様子だと別枠の攻撃みたいだな。」

「まったく、千客万来ね。」

「その台詞はこちらに相応しいと思われます。」

「フッ、確かにそうね。」

ここは花鳳の別荘で迎え入れる側がヴァルキリーなのだから葵衣が正しい。

「こらー、暢気に雑談するな!」

1人慌てていた緑里がベリル・ベリロスを振り回して叫ぶ。

確かにどちらものんびりしている場合ではない。

「それもそうね。なら、今度こそ燃やすわよ、ジオード!」

ほとんど不意打ち気味にジオードの刀身から赤い炎を緑里たちに向けて放った。

範囲攻撃である炎を咄嗟に回避できるわけもなく

「デュ、デュアルジュエルで受ける!」

緑里は身を固めて防御の姿勢を取った。

眼前に迫る炎の渦。

だがその間に割り込む姿があった。

「なっ!?」

「木!?」

それは周囲で蠢いていた森の木だった。

飛び込んできた木は炎に身を曝し

ボウッ

一気に燃え上がった。

ピョンピョンと跳ね回る姿は火だるまになった人のようで不気味だ。

「予想外の事態ですがこのままではどちらにしろ森が燃えてしまいます。姉さん、鎮火を。」

「あ、うん。」

緑里が式を指に挟んで投げつけようとした時、突然空のオーロラから虹色の光が放たれて燃え盛る木を包み込んだ。

光は木を捕らえると徐々に空へと引き上げていく。

「トラクタービーム?無駄にハイテクね。」

「ハイテクと言うよりは超科学の領域ではないかと。」

八重花も葵衣も呆然と空に引き上げられた木を見つめる。

盛大に燃えた木は炭になり粉々になって最後は散っていった。

「おーい、オーロラ。その力で"Innocent Vision"を捕まえてよ。」

緑里が空に向かって手を振りながら叫ぶ。

他力本願で情けない限りだが誰にも原理の分からない力なのだから拘束できれば抜け出すのは難しい。

そうなれば攻撃するも逃げるも自由というわけだ。

シーン

だが待っていても一向に怪光線は降ってこない。

「どうやら動作条件は決まっているみたいね。」

八重花もわずかに安堵を滲ませながらジオードを構え直した。

「仕方がない。でも木が盾になってくれて火が燃え広がる心配がないなら本気で相手が出来るよ。」

大小のジュエルを構えて緑里は笑う。

(そういうことね。)

(そういうことか。)

(そういうことですか。)

緑里以外はこの現象の条件が大まかに理解できた。

つまり緑里が言った通り何者かが"Innocent Vision"とヴァルキリーの戦いから余計な要素を排除しようとしているということ。

(こんな訳の分からない現象が現実とは思えない。まさか…)

八重花はそれを成す何者かを推察しようとしたが

「ほらほら、行くよ!式、光刃、やっちゃえ!」

緑里の攻撃で思考を断たれた。

「由良は凄い方の海原をお願い。」

「わかった。」

「凄い方ってなんだー!?」

由良は構わず凄い方の海原に向かって斬り込んでいく。

歯噛みして唸る緑里を見て八重花はフッと笑ってジオードから炎を出した。

「木が盾に入るならその全てを灰に変えるまで。最後まで付き合ってもらうわよ。」




撫子たちの周りでも突然空がオーロラで明るくなり木々がざわめき出した。

「いったい何が起こったのでしょう?」

「花鳳先輩、あれを!」

美保が指差した先を見ると周囲の木の枝が指のように動き一点を示した。

そこは真奈美が逃げ込んだ木だった。

美保がニヤリと笑う。

「行きなさい、レイズハート!」

翠の光刃が一斉に示された場所へ叩き込まれる。

「うわわっ!」

ガサガサと木の中から悲鳴が聞こえて葉擦れの音が移動する。

だが真奈美の位置は周りの木が教えてくれているため行動が丸分かりだった。

「はは、これは面白いですね。」

「この現象が何なのかは分かりませんが、わたくしたちに有利に働いていることに違いありません。」

撫子は美保ほど過信するつもりはなかったが利用できるものは利用するのも上に立つ者の重要な資質と割りきった。

「さあ、かくれんぼはおしまいのようですよ。」

サンスフィアとレイズハートが真奈美のいる場所を狙う。

奇襲はもはや奇襲にならず、隠密も場所が筒抜けでは意味を成さない。

このまま潜んでいても的になるだけだ。

ザンッ

一瞬木の中で光が走った。

ガサァ

それに遅れる形で枝の1本が根本から切り落とされて地面に落ちた。

シュン、シュパン

ガサガサ、ガサァ

次々に枝を落とされ木が苦しむように蠢く。

「何やってんのよ!」

美保が痺れを切らしてレイズハートを叩き込んだ。

だが今度は驚きの声も上がらない。

周囲の木々は真奈美のいる木を忙しなく指差して示している。

「枝を落として木の中で動ける空間を作ったのですね。ですがわたくしが裏側に回れば…」

枝を落としたとなれば裏からは丸見えになっているのだから狙いやすくなる。

美保に砲撃を任せて木を迂回しようとした撫子は

「デルタ、スピナ!」

木の上から縦回転による遠心力を加えた光の斬撃を受けた。

咄嗟にルビヌスを起動したものの駆けながらでは十分な力が入らず

「きゃあ!」

セイバーの魔剣弱体化との相乗で弾き飛ばされた。

「花鳳先輩!この!」

「おっと!」

さらに追撃しようとした真奈美の攻撃を美保がコランダムで防ぐ。

真奈美は深追いはせず再び別の木の中に飛び込んだ。

撫子は身を起こしながら木々が指差す先を睨む。

「わたくしだけを標的とした一撃離脱戦法。お一人で多人数を相手にするのによく考えられた作戦です。」

「誉めてどうするんですか!」

美保は不満げに声を荒らげるが撫子の表情にはむしろ余裕の笑みが浮かんでいた。

「ですが、ヴァルキリーの2人を1人で押さえ込めるという傲りは許せませんね。」




世界の空が変容し、森が怪異に化けた時、良子は…

「もういやだー!」

相変わらず全力で逃げていた。

「なんであたしばっかり君の相手なんだよー!?」

サマーパーティーの撤退戦でも良子は海と戦い、逃げられた。

普段の良子なら雪辱戦と燃えるところだが、海は次元の違う"化け物"だと分かってしまったので命をチップに大博打を掛けたりは出来なかった。

海はその後を歩きながら邪魔をしようとする木を一刀両断していく。

海が歩いた後には木の死骸とも言うべき無惨な姿が残されるだけだった。

「んー。特に理由はないけど、強いて言うならその打てば響くリアクションが気に入ったからかな?」

ヒュンと良子の顔の間近をブリリアントが飛んでいき正面の木々を穿つ。

良子はサッと血の気が引いた。

「それなら明日から、今日から、今からキャラ替えするからついてくるなよー!」

そのリアクションこそが海の楽しむ理由になっていることに気付かない良子はひたすら逃げる。

「少しは攻撃してこないと放っておいてお姫様が囚われたお城に乗り込むよ?」

チート存在で真正面から1人で乗り込んでいっても琴を助けるであろう海だが、目的が琴の救出のためとてもモチベーションが低い。

もしも拐われたのが叶だったなら良子と遊ぶことなどなく敵をすべて斬り伏せてとっくに助けに向かっている。

「それは問題だけど死ぬわけにはいかないからやだ!ジュって消えるのやだー!」

駄々っ子のように叫びながら良子は走り

「はい、トラップゾーン。」

時間を止められた。

走れば追い付くこともできるがそれでは面白くないため歩みはあくまでもゆっくりだ。

「追いかけっこもいいけど、ね。」

海はスッと笑みを消して空を睨んだ。

浮かぶはずのないオーロラが揺らめく空は綺麗を通り越して不気味にすら見えた。

迫ってきた木を真一文字に両断する。

「広域の結界に徘徊するクリーチャーの操作…違うね、そう見せるだけの限りなく現実に近い幻覚かな?」

誰もが木が動き回るわけないと知りながらもそれを否定できず利用すらしている。

そう認識させられていると言えた。

「こんなことできるソーサリスは私が知る限り1人で、そっちを相手にした方が面白そうだけど…今は追いかけっこに集中していればいいかな。」

海が考え事をしているうちに拘束は解けて良子はすでに見えないほど先に逃げてしまっている。

海はアダマスを空に向けて光を撃ち放つ。

それは上空で破裂すると良子の進行方向の地面に落ちた。

「ディアマンテ、セットアップ。」

声も届かない距離でも消滅の光は地面に溶け込むと発動の時を待ちながら周囲と同化する。

見えずとも術式の設置を確認した海は狩人の顔でアダマスの刀身を撫でた。

「タイムアップまで逃げ切れるかな?」




真奈美、八重花、由良、海が森に突入し激戦を繰り広げている時、叶は

「あうぅ。」

黒服に捕まっていた。

正確に言えば森の入り口近くで待機しているように言われていた叶だったが、たまたま近くにいた変質者に襲われかけ、それを黒服の1人に保護されたのである。

「怖かったです。」

セイントとはいえ普通の女の子、変質者が怖くないわけがない。

黒服が監視という命令を無視して助けたのも人としての良心からだった。

それでも叶がいるから"Innocent Vision"が襲撃してきたと報告したのも彼なので実は複雑な心境だったりする。

「それにしても、花鳳さんの家の森って凄いんですね。」

叶が森を見ながら感心したように呟く。

まるで行く手を阻むように木々が蠢き、空にはオーロラが浮かんでいる。

黒服は見ないようにしていた現実を改めて直視させられて目眩がした。

撫子の信頼を得てソルシエールやらジュエルやら非常識な力を知ったとはいえ、極域に近くもない空にオーロラが浮かぶ天変地異や木が生き物のように歩き回る光景は理解の範疇を大きく逸脱していた。

なんなら叶に頼んでつねって貰おうかと思ったほどだ。

…決して可愛い女の子に苛められて喜ぶ嗜好という意味ではなく。

「…やっぱり、普通じゃないですよね?」

明らかに普通じゃない光景を疑問系で聞いてくる辺りに叶の非日常度が垣間見える。

思わず黒服が首肯すると

「そうですよね。」

と立ち上がった。

任務は監視だが黒服としては撫子の計画を邪魔する者をこの先に行かせるわけにはいかない。

叶は見た限りでは変質者の存在に怯える普通の女の子だ。

様々な戦闘訓練を積んできた黒服ならば一捻りだと。

さすがにそこまで手荒なことをするつもりはないが忠告して引き留めるのが正しい職務だろうと声をかけようとした


「オリビン!」


その瞬間、目の前に立っていた普通の女の子は消え、神々しさすら感じるセイントが現れた。

男はサングラスの奥の瞳をその存在に魅入られて動けなくなる。

「すみません、通らせてもらいます。」

それは黒服に言ったのか、それとも道を塞ぐ木々に言ったのか。

叶は手にしたオリビンを前に突き出すとゆっくりと歩き出した。

だが黒服は思った。

あんな短剣で群れ成す木々を斬り伏せていくのは不可能だと。

何度か目にした由良の玻璃や良子のラトナラジュでなら分かるがあんな短剣で、あんな女の子がと笑いすら浮かんでいた。

無理だと諦めたところを改めて保護すればいいと思った。

だが、そんな人の考え得る常識を叶は軽く凌駕した。

叶がオリビンを前に一歩歩くごとに木の群れが後退った。

叶が一歩を踏み出す度に木は一歩下がる。

だが集まった木々はすぐに下がれなくなる。

そうすると今度は横に避け始めた。

その光景はまるで森という名の海を切り裂いて進んでいるかのようだった。

単純な力の強さではない。

もっと大きな力の質の違いを目にしたような気がした。

黒服はその光景に見とれるとともに少女の姿をした何かに畏怖を抱いた。

「何が起こってるのか分からないけど、行かなきゃいけない気がする。待ってて、琴お姉ちゃん。」

優しき姫であるべき叶は琴のために剣を手に取り、戦いの場へと飛び込んでいくのであった。

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