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【異世界恋愛2】独立した短編・中編・長編

「君を愛することはない」ですって?わかりました、私いまから「夫、初夜ができずに逃げ出す」ってバルコニーから叫びます!

掲載日:2026/06/24

「君を愛することはない」


 結婚式をつつがなく終え、初夜を迎えるべく夫婦の寝室のソファで座って待っていたシャンテは、夫となったひとにひどくそっけなくそう告げられた。


 本日結婚したばかりの旦那様リアムは、公爵家の跡取りで、美しい金髪に青い瞳で顔立ちは……あまり興味のないシャンテとしては「超絶美形」と大雑把な言葉で表現したい容貌である。すらりとした長身でスタイルも良い。

 彼に嫁いだシャンテはこの国の王女で、この時は側付きのメイド以外には決して見せたこともない夜着姿であった。夫婦の寝室は左右に配置された互いの私室の真ん中で、ドアから姿を見せた彼も一応は寝支度を整えた夜着姿である。

 通常の夫婦であれば、ここから一仕事あるはずなのだ。

 結婚式の締めの、最後の共同作業。それを拒絶するかのように飛び出したセリフに、シャンテは「あらまあ」という形に口を開いてから言い返した。


「いま、愛を語る場面だって本当に思っているのですか? さすがに繊細過ぎませんか?」


 リアムは形の良い眉をぴくりと動かしたものの、むっとした様子で口をつぐみ、返事すらしない。

 べつにいいのですけれど、と思いながらシャンテは優美な仕草で足を組んで立ち尽くしたままの夫を見上げて言った。


「見上げていると首が痛いです。まず座ってくださいます?」

「……話すことはもうない」


 シャンテは、リアムが踵を返そうとした瞬間によく通る声で呼びかけた。


「まず座って、と私は言ったのよ。出て行ったら逃げ出したとみなします。『夫、初夜ができずに逃げ出す』私、これをたった今からそこの実に公爵邸らしい広々としたバルコニーから身を乗り出して大々的に叫びます」


 リアムは頬をひくつかせ、唇を震わせながら「叫ぶ必要がどこに?」とかすれた声で聞き返してきた。

 即座に、シャンテは足を組み替えながら答える。


「何事も、最初が肝心だからです。ここで『我慢して様子を見ましょう』なんて物わかりの良いこと言っていると、今後の人生がずーっと『耐える女』で終わりますでしょう? それくらいなら、多少周りから変人扱いされるとしても、叫んでおいた方がマシなのです。言っておきますけれど、あなたさまと私は政略結婚ですよ。愛のあるなし、どうでもいいんです。そのどうでもいいことにこだわって、あなたは自分の務めを果たさないと言う。よろしいですか、旦那様。この先、跡継ぎが生まれなければ責められるのは女の私です。冗談じゃございませんわ。子どもは私ひとりで自分のお腹に錬成できないんです。旦那様が然るべきところに然るべきものを」


「やめなさい!」


 閨教育を受けていないのかと気を回して説明しようとしたら、遮られた。

 ならば「するべきこと」に関しては理解している前提で進めましょう、とシャンテは胸の前で傲然と腕を組んでリアムを睨みつける。


「愛とか思いとかどうでもいいから、さっさと子作りを始めなさい」


「し、しかし……。あなたはそれでいいのか? この結婚に愛はない。愛する相手と結ばれないというのは、耐え難く辛いことだ。だが、このまま子どもができなければ、三年後にはあなたとの離縁が成立する。そのときは、あなたも晴れて自由の身になれるぞ?」


 ひとまずリアムの言い分に耳を傾けていたシャンテは、彼が言い終えるなり口を開く。


「まず座れと言っているのがわかりませんか? 青臭くて面倒な話に付き合ってあげているのですから、こちらの言い分も聞くべきです」


 すとん、とリアムはソファに腰を下ろした。

 距離を詰めてくる様子はない。本気で「白い結婚」を敢行しようとしているのかもしれない。

 後腐れ無く離縁して、愛する相手と結ばれるために。

 シャンテは目を細めて淡々と言った。


「私は今日、あなたと結婚して王女から『公爵夫人』となりました。結婚というのは、重いものです。私はこれより死ぬまで『公爵夫人』です。離縁はいたしません」


「し、しかし……!」


 焦った様子のリアムに対し、シャンテは厳然とした態度で告げる。


「子どもが出来なければ離縁できるだの、愛する人と結ばれることができるだの、夢見がちな話はやめていただけます? 私、そういった情緒はまったく理解できませんの。結婚は離縁前提でするものではないですし、後継者が必要な夫婦は子作りをするものです」


 ふう、とリアムは目を伏せて溜め息をついた。長い睫毛が麗々しい印象で、シャンテはたとえこの夫を愛することはなくとも、子どもは可愛いに違いないと考える。

 リアムは顔を上げて、真剣な表情で言ってきた。


「では、愛人を」


 シャンテは足癖の悪かった兄を思い出しながら、勢いよくリアムの膝を蹴り飛ばした。「うっ」という呻き声を黙殺し、きっぱりと言う。


「私は、揉め事は大嫌いです。寛大さという言葉で押し付けられる『愛人への目溢し』にも興味はありません。愛人は許しません。絶対に」


 居住まいを正したリアムは、とても真面目な顔でシャンテを見つめてきた。


「ずいぶんと覚悟が決まっているようですが、そうであるならば私はなおさら今日の初夜は見送りたい」


「『初夜』の意味がわかっています? 今日を逃したら以降は『二日目』『三日目』です。『初夜』というのは文字通り一度きりです。見送れるものではございません。よろしくて?」


 言い終えると、シャンテはすっと腕を伸ばしてベッドを指さした。


「作業を始めましょう。まだごちゃごちゃと何か言う気なら、力ずくであなたさまを引きずってでも床入りしていただきます。もし、それでもできなければその時は仕方ありません」


 困り顔のリアムは、戸惑った様子で言った。


「私がしないと言ったら、君はバルコニーに出て叫ぶのか?」


 あら、と声を上げて目を瞬き、シャンテはにっこりと微笑みかけた。


「しないとできないは別ですわね。『しない』のであればバルコニーから叫びますけれど、結果的に『できなかった』のであれば広言はいたしませんわ」


「なぜ?」


「私が受けた閨教育によりますと、男の方のプライドを傷つけてしまうと、その後本当にできなくなることがあるのだとか。ですから『努力したけどできなかった』ときは、責めません。謎の情緒による『君を愛することはない』からの『しない』であれば徹底的にボロボロになるまで泥仕合でもなんでもしますわ」


 なるほど、と呟いたときにはリアムの目つきが豹変していた。

 それまでの繊細そうな様子がなりをひそめ、次期公爵閣下にふさわしい超然とした空気をまとってシャンテをまっすぐに見つめてくる。


「政略結婚の駒として私の元へ嫁ぐことになったあなたには、幼少の頃から心に決めた相手がいると評判であった。この結婚によって、仲を引き裂かれいたく傷ついているのだとか。私は目的のために誰かの想いを捻じ曲げることは決して望んでいない。今はやむなく受け入れたが、自分の代にはこういった慣習を駆逐するつもりでいる。その手始めとして、あなたには離縁の要件が整うよう手を出さないつもりでいた。しかし、そこまで言われたらもう引くことはない」


 リアムはすっと立ち上がると、シャンテに手を差し伸べてきた。


「えっ……と? 私に想い人ですか? それは何かの間違いだと思います」


 もしかして誤解があるのでは? とシャンテはここで改めて彼との話し合いの必要性を感じたが、リアムはもう言うべきことは言ったという態度である。

 飄々とした口ぶりで「夜は短いですよ」などとのたまってきた。


「あなたに跡継ぎを産む気があるというのであれば、願ったり叶ったりです」


「待ってください! あなたはそれで良いのですか? つまり、愛する相手に操を立てようとしていたのに、五分にも満たない話し合いでその気持ちをなかったことになどできるのですか? 本当に? ベッドの中で『やっぱりできない』と泣かれて『頑張りましょう』と励ますのは、確実に私にとって心労になるのですけれど」


 シャンテから「しないのではなく、できないのであれば仕方ない」と言ってしまった手前、彼が「できないからできない」と言い出す恐れがある。その可能性をあらかじめ潰しておこうとしたのだが、リアムは「大丈夫です」とそっけなく言い放った。


「絶対にできます。国一番の美少女で社交界デビュー後もまさに高嶺の花と言われ続けてきたあなたが目の前に『妻』としているんですよ? 頭の中はやりたいことで夢いっぱい、妄想でいっぱいですよ」


「言わなくていいですよ?」


 いまにもとんでもないことを言い出しそうなリアムを前に、シャンテは全力で続く言葉を遮った。

 しかし、リアムはしみじみとした様子で遠くを見ながら呟く。


「『然るべきところに然るべきものを』」


「おやめください! わかっているのならば、わざわざ言わなくていいですから!」


「しかも『旦那様』とも言いましたよね。いやあ、嬉しいなぁ。旦那様になれたんだなって、いまになって実感が湧いてきました」


「結婚式もしたのに実感が遅すぎませんか? 私は結婚相手があなたさまと内定したときから、ずっと意識していましたよ? 閨教育だって思い浮かべるのはあなただけです!」


 おや、といった様子でリアムは目をぱちりと見開く。


「つまり我々は、互いに妄想の中では何度も『初夜』を経験済みということですね」


 ぱくぱくぱく、とシャンテは水面に顔を出した魚のような呼吸を繰り返した。


「照れもなく……よくそんなことを口にできますね」


「バルコニーで不能を叫ぶつもりだった奥様に言われても」


 リアムは冗談めかして笑って言うと、腰をかがめて腕を差し伸べてシャンテを抱き上げた。

 額がぶつかるほどの距離で顔を覗き込んできて、唇に笑みを浮かべる。


「あなたに愛人がいるという噂は何だったんだ。裏も取れないわりに、多くのひとがまるで事実のように言っていた。だから配慮したんですよ。あなたに嫌われて、愛人と引き裂かれた恨みをこの先死ぬまで言われるくらいなら、初夜は我慢しておこうと」


「妄想で何度も体験したからですか?」


「妄想は体験じゃない」


 混ぜっ返したのを真っ向から否定されて、シャンテは「では……」と考えを巡らせる。


「愛人の話はデマだと思います。私は自分が恋愛結婚をする身の上ではないと理解していましたので、どなたの秋波もはねのけてきました。それが憶測を生んだのでしょう」


 シャンテを抱くリアムの腕に力がこもった。


「感無量です」


「でも、あなたにも結構噂はありましたよ。愛人を何人も侍らせているとか。いえ、結婚前のことは気にしませんけれど」


 嫉妬深いとか陰険と言われたくないがために思わず大嫌いな「寛容さ」を発揮したシャンテに対して、リアムはきっぱりと「それはありえません」と言い切った。


「妄想で充足していました」

「聞かなければ良かったです。言わせてしまってすみませんでした」

「いえいえ、言う機会を頂けて光栄です。相互理解が進みましたね」


 恐ろしく良い笑顔で言い切ってから、リアムは足をベッドに向けて進み出す。

 しかし、思い直したようにソファに引き返すと、シャンテを抱えたまま腰を下ろした。


「私が受けた閨教育によると、女性は雰囲気が大切とのことです。このまま少し楽しく語らってみたほうが良いでしょうか」


 先程まで、いまにもシャンテを食い散らかす気満々の野獣の気配を垣間見せていたくせに、打って変わった乙女な雰囲気を演出される。

 きらきらとした瞳を向けられて、シャンテは胸焼けにも似た息苦しさを覚えた。


「何を語らうのです?」


「そうですね。お互いの好きなものはどうですか? 私は猫が好きです」


「私も猫は好きですね」


 これは『初夜』のいまに話し合うべきことなのでしょうか? と思いつつも答えたシャンテに、リアムはぱっと顔を輝かせた。


「本当ですか? 実はドアの向こうの私の部屋にいるんですよ。ミュシャっていう名前です。超可愛いです、私の妻と同じくらい可愛いです。名前も似ていますよね? もしよければ、呼んできますよ!」


 シャンテは無言のまま、リアムの金色の髪に指を搦めて引っ張って「あのですね」と主張した。


「初夜の晩に妻以外の相手を『同じくらい可愛いです』って愛でようとなさるのは遠慮なさってください。それはまず、初夜を終えてからにしませんか?」


「やる気満々ですね! 頼もしい妻で嬉しいです!」


 にこにこと言われて、シャンテもつられて笑ってしまいながら「ミュシャさんには、あらためて明日ご挨拶させてくださいね」と言ったのであった。

※最後までお読みいただきありがとうございました(*´∀`*)

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