魔道具修復士は逃亡をする
逞しいテオドールの首に手を回し、必死にしがみつく。
テオドールにもう大丈夫だと声を掛けられて目を開けると、良い匂いのする知らない部屋に転移したようだった。
「ここは?」
「私の私室だ」
どう見回しても庶民の部屋ではない。いまは使用人部屋だが、レイラが侯爵令嬢として与えられていた以前の部屋よりも確実に広く、家具も高級だ。
「テオドールの私室?それはいけないわ!」
テオドールはきっと侯爵家より身分のある貴族に間違いない。レイラは名ばかりとは言え、婚約者がある身だ。それも公爵家だ。
このことが発覚したら、テオドールにとってとんでもない醜聞になるし、テオドールが公爵家に睨まれたら、今後の活動に支障をきたすことになるのは違いない。
「なぜ?」
「私には名ばかりで交流はないけど婚約者がいるの。だから婚約者のいる私を貴方の私室に連れ込んだと世間に知れ渡ったら、私は良いけど、貴方の醜聞につながり、貴方の一族にも迷惑がかかるわ」
テオドールはレイラのその言葉を聞いて、優しく微笑み口角をあげた。
「大丈夫だ。私はレイラを愛している」
「そうじゃなくて、テオドールよく考えて!」
それでもテオドールはレイラの言葉などなにひとつ耳に入らないようで、大きなベットにレイラを寝かすように優しく下すと、テオドールが覆いかぶさってきて、やわらかい唇をレイラの唇に押しつける。
「…んんっ」
思わずレイラが声にならない声を漏らした。
テオドールはもう止まることはなかった。レイラの頭に頬に首筋にキスの雨を降らしながら泣きそうな声で甘い言葉を吐く。
「レイラ、愛している」「愛しているんだ」「レイラの瞳に俺が映っている」
何度も何度も頭や頬、首筋を往復しながら、甘く囁く。
「テオドール、私もよ」
レイラはテオドールの降り注ぐような愛の言葉を聞いて覚悟を決めた。自分の人生でこんなに愛おしく思える最初で最後の人。
そして、いまから最初で最後の行為。
「私も愛しているの。抱いて」
レイラのその言葉にテオドールが頭が痺れるぐらいの深い口づけをしてくる。
レイラはそのテオドールの思いを真正面から受け止めようと必死にその深い口づけに応えた。
目が覚めると、窓の外は陽が落ちかけ、夕暮れだった。
テオドールはレイラの傍で眠り、寝息を立てている。
「テオドール、離れていてもあなたを愛しているわ」
彼の頭に口づけを落とし、レイラは急いで服を着る。
そして、お守りのペンダントとして肌身離さず持っている実母から託された魔道具に自分の魔力を優しく注ぎ込むと、「抑制」とだけ書かれた術式が浮かぶ。
(これを使う日が来るなんて)
母のきれいな字で書かれている古い術式を消すのはこの世から母が消えてしまうようで、どんなに辛い毎日でもいままでどうしてもできなかったこと。
でも、いま新しく1歩を踏み出す覚悟を決めたレイラは母の字を最後にそっと手でなぞる。
(お母様、いままで守ってくださりありがとうございました)
そしてその古い術式「抑制」を消し、「解放」「複製」と新しく書き込む。
すると新しい術式を入れられたペンダントの魔道具が作動し始める。
先ほどテオドールが転移魔法を使ったときの詠唱が浮かび上がり、魔法陣が出現した。「複製」の発動だ。それと同時に「解放」の術式も発動を始める。
レイラの金髪がみるみるうちに黒髪に変化すると、瞳までが青い瞳から黒い瞳にと変化を遂げる。レイラの抑えていた魔力の解放が完了する。
(さよなら。テオドール。愛している)
そして音もなくレイラは消えた。




