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異世界死刑囚  ― 五つの地獄譚 ―  作者: 紡里


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9/11

医聖の拷問室(後半)

 まず、因習を訂正した。

 誤解による魔女狩りには切ない物語があるけれど、知っているのに誤解を解かないのは美学に反する。


 心臓は体中に血液を送るための臓器。

 生命の神秘ではあるけれど、特別な魔法を持ったものではないと説明した。


 神官ポスカは絶句し、否定してきた。

 今まで信じていたものは間違いだと言われて、すんなり受け入れられるはずがない。


「それなら、証明してあげるよ」

 と私が言うと、ポスカはごくりと喉を鳴らした。

「……どうやって、証明するというのですか?」

 かかった! これを言わせたら、あとは私の独壇場だ。

 元の世界でやっていた、めくるめく趣味の世界へ……。




 私は刑務所の中で考えたのだ。

 犯罪者にならなければ、趣味を続けられた。何がいけなかったのだろうか。


 そして辿り着いたのが「大義名分」だ。

 つまり、ただ一人の趣味ではなく、大勢の役に立てばいい。


 ポスカに「人の役に立ちたい」と考えている人間を集めさせた。

 読みあさった趣味の本の中には、人体に関する記述が大量にあったのだ。

 素人にしては、詳しいと自信を持っている。


 それを、講義してやった。自分の趣味と逆のことを言えばいい。

 太い血管が走っているところを教える。その手前を圧迫すれば、止血できる。

 人体にある急所。そこを守る防具を開発すればいいとアドバイスする。

 内臓の働きや脳の機能など、科学技術が発達しなければ知り得ないことがたくさんある。


「こんな仕組みになっていたのですね」

 そう、つぶやいた生徒がいた。

 何でもかんでも、全て神様の思し召し……そんなわけがないのだ。


 いつしか、医学に詳しい聖者――医聖と呼ばれるようになった。




 医聖に相応しい別邸を、王から賜った。

 研究や実習をして、医師を育てよという使命が与えられた。

 王に「ありがたく思えよ」と言われたが、誘拐犯が何を言っているのかと思う。

 気が弱い人間は、素直にありがたく思うのだろうか。

 それって、あれだ。監禁されて、命の危険から目を反らすために恋心と錯覚するストックなんちゃら。




 ある日、いつものように講義実習をしていたら、まばゆい閃光に包まれた。

 実習生たちも何が起きたのかわからず、ぽかんと口を開けたり、頭を抱えてうずくまったりしている。

 助手のポスカが「まさか、そんな」とうわごとのように繰り返していた。


「何? どういうことか心当たりがあるなら、話しなさい」

 そう命じても、ポスカは正気に戻らない。


「あのさぁ」

 苛立ちを抑えきれずに声をかけたとき、実習室の入り口の幕がバサッと翻った。


 久しぶりに見る王様だ。

「今の、光はなんだ? ここで何をしている」

 彼の目線が、実習台の上に移った。


「なにを……なんてことをしてくれたんだぁ!」

 王様の絶叫が響き渡った。


 私は失念していたのだ。

 ――ここが、異世界であると。



 今日の実習に使った人物は数年前に攻め滅ぼした国の王族で、神に捧げるに値する心臓を持っていたらしい。


 そんな人物を、普通の奴隷としてこき使ってんなよ!

 知らんわ、そんなこと!!


 ポスカも私をとめるべきだった。私はこっちの常識を知らないんだからさ。



 こうして、日本で死刑判決を受けていた私は、異世界でも捕まることになった。




 こちらには裁判所などなく、権力者が裁きを行う。


「お主、名は何と申す」

 王は、今、初めて名前を問うた。


 どれだけ、人間扱いする気がなかったのやら。不機嫌になったまま、ぷいっと顔を背けて無視してやる。

 控えている戦士に槍で小突かれた。


「……紫女(むらさめ)

 痛いのは嫌なので、ぶっきらぼうに答える。

 それが気に障ったのか、戦士が再び槍を構えてきて、服がちょっと破れた。

「……お主、女だったのか」


 無神経だな!


 だ・か・ら、元の世界では山の家を買って籠もったのだ。

 うるさいわ。

 ちょっと眉が太くて、声が低めで、華奢じゃないだけだろうが。



 隣で縛られているポスカも、ビックリ眼だ。

 お前も気付いておらんかったんかーい。



 常にしかめっ面で運動不足なのを家族にチクチク言われたのも、思い出してしまった。


 もう、やだ。

 特殊刑務所は独房だから、女性も入れたんだよ。




 例の元王族の奴隷には、世界を浄化させる予定だったそうだ。

 光がすごかったもんね。

 でも、ちゃんと儀式で手順を踏まなかったせいで、効果はちょっぴり。国全体を覆えなかったと責められた。

 ごめんってば



 代わりに「闇」を飲み込めと言われる。

 闇を集めた球を飲み込めばいいらしい。


 ごくり。


 激痛と湧き上がる怒り、妬み、憎悪。

 石の上に寝かされ、手足を鎖で拘束されているから、鎖がガチャンガチャンと耳障りな音を立てた。

 口から泡を吹いていたと思う。よだれが首の後ろまで垂れて、気持ち悪い。



「ほう、これで死なないのか」

 と言う王の声が聞こえた。


 横を見ると、ポスカがすごい形相で息絶えている。


「魂の容量が大きいようですな」

 と、偉そうな神官が答えた。

 ああ、私の助手をしてくれたポスカは下っ端の神官だったんだな。



 闇を減らし、聖なる力で浄化する。

 そうやって、国を維持しているそうだ。


 普通はポスカのように、闇を一つ飲んだだけでもがき苦しんで死んでしまう。

 そうなったら、その遺体を浄化の炎で焼き尽くす。


 ちなみに土地を直に浄化の炎で焼くと、力が強すぎて砂漠化する。

 だから人間の体に宿らせるというのだ。


 私は二個目の闇を飲まされながら、そんなことを聞いた。


 もう、胃が耐えられない。ドロドロに溶けているんじゃないかと思うくらい、ムカムカしてきた。

 これ以降、常に吐き気がするような感じが消えなくなった。



 晴れた日は石の上でジリジリと灼熱の太陽に焼かれ、雨の後は濡れたまま湿度の高い空気に苛まれる。

 それでも、死なない。

 埃にまみれ、虫にたかられても、死なない。


 三個目の闇を飲んだ時は、腸が暴れているような苦しさだった。



 闇以外は口にしていないのに、餓死もしない。

 なんなんだ、これは?


 辛い、痒い、お腹が減った、恥ずかしい……。



 ポスカが臭くなってきた。どっかにやってよ、あれ。

 そう思っていたら、背中の曲がった婆さんが来て、彼の体をものすごい高温で焼き尽くした。


 その時の光が、元王族の奴隷と同じで、「ああ、これが浄化の炎か」と思った。

 いつか、私もこれに焼かれるんだな、と。


 もう、明日でも……いや、今、焼いてくれてもいい。

 誰か、終わらせて……。




 それからも、どんどん闇を集めて、紫女に飲ませる。


 すると、浄化されたような状態の土地が増えてきた。



 王たちは首をかしげる。

 そして、理屈はわからないが、あの罪人に闇を飲ませればいいと結論づけた。




 実は、「闇」の元は、人間の恨みや昏い感情だ。

 特に、異世界召喚をされた人間がこの世界を恨むと、一気に増える。


 紫女の体は、拷問した人間から恨みを向けられることに慣れていた。

 そのために普通に生きてきた人よりも、多く恨みを抱えられる。



 人が死んだ瞬間、体に溜まった闇がはじけ飛ぶ。

 ただ、一つ分の闇なら威力は小さい。

 体内での爆発ですみ、皮膚を突き破って出てくることはない。

 その体を浄化の炎で焼き尽くせば、闇も消える。


 しかし、紫女は次々と闇を飲みこんでいる。

 彼女が死んだ瞬間に大爆発を起こし、体は耐えられずに破裂し、闇が一気に解放される。



 この世界の人々はその仕組みを知らない。

 犯罪者の女の命が尽きるとき、世界は闇に閉ざされ、生きているものは死に絶えるだろう。



 一方で、体から浄化の炎を出せる人々の魂は「神」にとって甘露である。

 その人々が死に絶えたとき、神はこの世界を見捨てるつもりだ。


 どちらが先になるか、神ですらわからない。


 ――異世界滅亡までのカウントダウンは、すでに始まっていた。


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