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異世界死刑囚  ― 五つの地獄譚 ―  作者: 紡里


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大賢者の幸福(後半)

 魔族を傷つけられる武器は、別の大陸に去った神族が人間に餞別に与えたもの。

 奪い返されないように、魔王城の宝物庫に収納することになった。

 これで、人間の国は魔族に対抗できない。



 その後、人間の国と魔族の国の境目で、商売ができるように整えた。

 支配したい王を無視して、平民と取引をする場だ。


 緩衝地帯に、それぞれが十軒ずつ店を出すこと。

 互いに攻め込まないこと。

 だが、緩衝地帯を許可無く越えたら、殺されても文句は言わないこと。


 そんな決まりを作っていく。

 俺は、外交官のような役割だ。


 人間が「さすが、大賢者様ですね」と言う。

 そういえば、そんな肩書きを名乗っていたなと懐かしく思う。


 今は肩書きなどなくても、俺は尊敬され、尊重されている。




 俺を召喚した王は、神餞の武器を失ったことを責められているそうだ。

 最愛の息子を亡くし、母親の第三王妃は狂ってしまった。

 正妃の実家が政治を牛耳り、呪術師や占術師を投獄した。

 ドワーフの国が、神餞の武器をむざむざ失う人間に任せてはおけないと攻め込んできて、人間の国は滅んだらしい。

 多くの人間は奴隷となり、ドワーフの物作りの手伝いをしている。

 一部の職人は、腕を認められて市民権を得られたとのこと。


 俺みたいにピッキングの腕しかないヤツは、奴隷にされただろうな。

 魔族の国に避難していて、よかったぜ。



 そうやって活躍している中で、魔族の女性と親しくなった。

 角や尻尾が生えていても、体のつくりは人間とそう変わらない。

 魔族と結婚し、ようやく人並みの幸せを知った。

 ……この時は、マジで、そう思っていた。




 思い出したくもないが、俺の家は日本で貧困世帯に分類されていた。

 貧しく余裕もなく、与えられるもので暮らす。欲しいものは奪うしかなかった。


 思春期のころには、努力をする奴は損をすると、馬鹿にするようになっていた。

 気持ちよく、施せよ。受け取ってやる。お前たちが徳を積むのに協力してやるぜ――。



 いざとなったら暴力も辞さないが、俺は平和主義だ。人のいない隙を狙って、空き巣をするだけ。

 持っている奴らから、ちょっとお裾分けをいただいただけだ。

 もちろん、やり返してこないような、小市民の小金持ちを狙っていた。

 その家の奴らが偶然帰って来なければなぁ。




 魔族との子どもが産まれた。

 俺の遺伝子が入っている分、角がない子もいたし、牙のない子もいた。尻尾がなかったり、完全な魔族とは違うが、どの子も五歳くらいで俺よりも強くなった。



 ある日「魔族の森に入ってきた人間を捕まえた」と子どもが連れてきた。


 ルールを守らない愚か者がいるもんだと見に行ったら、かつての恋人だった。

「リョク! あなたを見かけたという商人がいたの。無事だったのね」


「なぁに? この人間のメス、あなたの何なの?」

 妻が不機嫌そうにエリンの腕を掴んだ。


「こっちに召喚されたときに世話になった人間で……」

 恋人だったが、将来の約束もせず、別れも告げずにフェードアウトした。

 俺のことを覚えているとも思わなかったし、俺も思い出しもしなかった。


「ふうん、そう」

 魔族である妻が力を入れただけで、人間のエリンは本気で痛がった。



 妻は興味を失ったように、彼女を放り投げた。

 子どもたちが面白がって、エリンに群がる。


「ちょっと待ちなさい」

 子どもたちを制して、エリンに近づいた。


「どうして、こちら側に来た?」

 無謀にもほどがある。


 エリンは涙を流しながら、か細い声で言った。

「私が停戦なんか頼んだから、戻れなくなったんでしょう? ごめんなさい。

 あなたを……救いたかったの」



 ……救う? 俺を?

 人間を裏切って魔族についた俺を?

 お前を思い出すこともなく、魔族の女を選んだ俺を?


 助けてくれなんて、一言も言っていない。



 俺は頭が真っ白になって、尻もちをついた。


 少し彼女と距離が空いた。

 それを、話は終わった合図だと思ったのか……俺の子どもたちが彼女を取り囲んだ。

 彼女の抵抗など、気にする子はいない。



 穏やかで退屈な、彼女との日々。

 家庭の味など知らない俺には、物珍しかった「オフクロノアジ」。和食をこちらの素材で再現したもので、アジアンテイストが強かったが、たらふく食わせてくれた。

 魔王討伐をして大賢者と崇められる栄光を掴むために、捨てた未来。

 そして、王侯貴族の傲慢さに嫌気がさして、捨てた人間社会。



 俺の方から見捨てたつもりが、実は人間側から弾かれていたのかもしれない。

 そんな中で、ただ一人、俺を忘れずにいてくれた人。



 自分の子どもにすら敵わない俺に、何かできるはずもなく……。

 縋るような、助けを求める彼女の目を見ていられずに、俺は部屋を出た。逃げたのだ。

 だって、仕方ないだろう?


 叫び声が追ってくるようで、俺は耳を塞いで廊下を走った。




 その日から、自分の子どもたちが悍ましい化け物に思えて仕方なかった。




 俺は妻の仕事内容を知らない。

 人間に関するものらしいが、守秘義務があるというのだ。

 彼女の助手という男が、よく家に遊びに来る。


 新婚の頃は不愉快だった。

 だが、子どもが育ってくると俺が遊んでやれなくなって、彼の存在が定着していく。



「この間、人間で遊んだんだよ」

 と、得意げに報告しているのを聞き、俺はトイレに駆け込んで吐いた。



 トイレから戻ってくると、長男と男と妻の三人になっていた。

 なんとなく入りづらくて、入り口から様子をうかがってしまう。


 男は長男を見て、妻の耳元でしゃべる。

「十二歳か、そろそろかな」

 普通に話せばいいだろうが。俺はイラッとした。


「さっき長女に連れられて、みんなでお友達のところに行ったから、ちょうどいいわね」

 と、妻がうなずいている。


 長男が「え、なあに?」と期待した声で問う。

 もう久しく、あんな子どもらしい顔を俺は見せてもらえていない。

 なんだか、家族の一員じゃない気がする。



 男が長男の両手を掴み「高い高い」のように宙に浮かした。

「わあ~」と楽しげな声を出す長男。


 その子どもの背後に妻が立ち、手を背中に当てた。


 妻の手が一瞬光った。光が収まると、妻の手に、何か濃いピンク色の物が乗っている。


「魔核が採れたわ。成功よ」

 妻はうっとりとした目で、男にそれを見せた。

 男は無造作に長男の手を離し、息子の体は床に崩れ落ちる。

 二人とも、それを気にする様子もない。



「ねぇ、試してみない?」

「そうだな。魔王様に献上する前に、毒味は必要だ」


 妻は魔核を半分かじり、残りを男の口に入れた。

 ついでとばかりに、男の唇を指でなぞる。


「ああ、とろけるようだ」

「濃厚な味わいね」

 満足げな言葉が漏れる。



 妻が「人間の寿命なんて短いから、あいつが死んだ後に再婚しましょうね」と男に、甘く囁いている。

 そんな声は、聞いたことがない。



「だ、騙された……」

 独り言を、妻は聞きとがめたらしい。

 扉からのぞいていた俺の顔を見ても、表情を変えない。


「騙してないわ。

『アイシテル』。

 もっともっと、子どもを作りましょうね」

 と、妻が笑う。



「長男は『才能を見込まれて、修行に行った』と、他の子たちには告げましょう」

 艶やかな声、いつも見ている妻の顔なのに、身の毛もよだつような恐怖を感じた。


 今になって、妻の正体がわかるとは……。

 だからといって、行く当てもない。

 もう、俺には待っていてくれる人もいないのだ。




 魔核事件の後、仕事で緩衝地帯に行ったとき、俺は人間側に逃げようとした。

 ところが人間たちに「裏切り者」と袋だたきにされ、ボロボロの状態で魔族側に放り捨てられた。一応、外交官なので命までは奪われなかったようだ。


 妻は俺を引き取ると、「あなたの一番の仕事は子作りよ」と言い、俺は外交官の任を解かれてしまった。




 今、俺は与える側。

 かつては奪われる物など何も持っていなかった俺が、豊かになったものだ。

 奪われるほど「持っている」側になったということでもある。



 そして、奪われる。搾取され、奪われ続ける。


 何も持たなければよかった。

 希望も、暖かさも、知らなければよかった。



 俺は魔族の妻に組み敷かれ、狂ったように笑う。

「まあ、そんなに喜んでもらえるなら、私も張り切るわね。うふ」


 頭に霞がかかったように、ぼんやりする。


 これは、現実なのだろうか。

 もしかしたら、刑務所で夢を見ているだけなのではないか?

 ああ、きっと……そうに違いない。


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