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異世界死刑囚  ― 五つの地獄譚 ―  作者: 紡里


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聖女製造計画(後編)

 異世界から聖女を召喚し、魔物を討伐させようとしていた国は、大混乱に陥った。


 召喚されたのは従順な女性ではなく男で、彼は「こちらの女性を聖女に作り替える」と提案した。王は、極上の娘十五人を彼に任せた。

 彼女らに聖女になる修行をさせることなく、ただ蹂躙した。


 王は、神殿に召喚失敗の責任を取らせ、かつ女性たちに非道なことをした咎を問おうとした。

 だが、召喚する技量のある神官は恥じて神殿を去ったり、無理をして力を使い果たして廃人になったりしている。真面目な者は小部屋に監禁され、生きていても虫の息だ。


 もはや異世界召喚に頼れない。聖女に魔物と対峙させ、戦いを有利に進めることができない。

 それなのに、手中にあった神殿の力も失った。浄化や治癒ができる人間が、激減してしまったのだ。


 王は魔物と正面から戦う覚悟など、したくなかった。



 だが、事態は召喚前より悪くなっている。

 父王の時代よりも、人間が生活できる領域が狭くなっていた。

 威信を取り戻したい一方で、貴族たちの不満は収まらない。

 だからこそ、起死回生の一手が必要だった。

 それなのにあの男が現れて、計画を台無しにした。




 三人の大臣は自慢の娘を汚されて、ある者は職を辞し、ある者は反国王派に鞍替えをした。

 王宮の侍女長の孫娘もいた。

 騎士団総長の娘もいた。

 儀典を司る家の娘は、一子相伝の秘術を受け継いでいた。

 交易を握る商家は、この国から撤退した。

 娘に婚約者がいた場合は、その家にも睨まれた。


 次世代を担う人材が、軒並み潰されたり、離れたりしてしまう。

 そして、その親たちも無能・無策な王に牙を剥こうとしている。


 王の支持基盤は崩れかけていた。




 苦し紛れに、王は言った。

「見せしめに処刑してやろう。奴らを、お前たちの好きにすると良い」

 急に、臣下に媚びを売るような発言は、怒りに油を注いだだけだった


 まさに、その場しのぎの策。


 公開処刑が有効なのは、庶民まで怒りが広がっているときだ。

 今回、怒り狂っているのは高位貴族で、庶民には関係がない。


 処刑をするなら、王の失策を説明し、汚された娘たちもさらし者になってしまう。


 ただ殺すだけでは、腹の虫が治まらない。

 娘を差し出した家は、異世界人に依存した自分の罪から目を反らそうと、残虐な復讐をしなければと思い込んだ。



 身の毛もよだつような、凄惨な罰はないだろうか、と。



 そうして、罪人たちは、魔物の棲む森に捨てられた。





 縛り首か首切り、火あぶりくらいを想像していた。

 痛くても苦しくても、ある程度の時間で死ねるだろうと。


 ところが、魔物に食われることになった。

 刑が執行されるのとは、別の怖さがある。

 一息に致命傷を与えるタイプなら、まだいい。いたぶったり、子どもの狩りの練習に巣穴に持ち込まれたりしたら最悪だ。



 オオカミのようなモンスターに取り囲まれた。

 うなり声が恐怖をかき立てる。

 すごい牙。よだれが垂れている。



 もう駄目か――そう思った時に、大きなサルが現れた。


「げ、エイプだ」

 と神官がつぶやいた。


 人間の倍以上の大きさで、それなりに知能を持つモンスター。

 群れで暮らし、繁殖のためではなく、単なる支配欲と嗜好による行為をすることで有名らしい。


 大きなサルとオオカミのようなモンスターたちは戦った。

 勝利したエイプは、俺たちを担いだり引きずったりして、巣に戻る。


 B級映画みたいになってきた。

 刺激したらどうなるかわからない恐怖。意外に悲鳴が出ないものだと、震えながら考えた。

 獣臭い。毛が剛毛で、チクチク痛い。



 彼らのエサは生肉で、咀嚼したものを口移しで与えようとする。汚ぇ、気持ち悪い。

 木の実とかでいいのに、俺には食べていい物がわからない。


 岩場や木の上で好き勝手な真似をする。皮膚が擦れて痛ぇわ。

 サル公が主導権を握る。

 オスもメスも群がってくる。気味の悪い執着だ。いい加減にしろ。



 こっちの気持ちを無視した、一方的な行為。

 回数を重ねたって、情が湧くわけないだろう。

 ふざけるな。

 生臭くて、気持ち悪い。


 そう、心の中で毒づくが、刺激したらどうなるかわからない恐怖は拭えない。

 違う、こんなのはおかしい。間違ってる。



 抱きつかれて我慢していると、剛毛の中にアリとかノミみたいなのが見えるんだぜ。

 背筋がゾワゾワッとした。

「ノミが移るだろうが。離せよ」って、暴れたら逆にぎゅうぎゅうに締め付けられて、たぶん骨が折れた。



 見習い神官たちは魔法を使えるから、ここでは俺が一番弱かった。この世界の常識も知らない。

 俺が命令される立場に落ちた。「使えない奴」と怒鳴られる。

 いい思いをさせてやった恩を、すっかり忘れやがって。


 ここでは、屈辱を晴らす暇が無い。


 地球だったら、この苛立ちを女にぶつけられるのに。

「俺の方が強いんだ。男を馬鹿にするな、舐めるな。思い知ったか」と吐き捨ててやるのに。




 誰かが死にかけると森の奥に連れて行かれて、湧き水を飲まされる。

 抱きしめられて骨折したときも、飲まされた。

 与えられるエサが食えなくて、衰弱死しそうな奴も復活した。


 見習い神官の癒やしの魔法より早く利く、不思議な水だ。

 エイプ以外のモンスターも飲みに来ている。



 何度も飲まされるうちに、俺も治癒力を使えるようになった。

 実に、不思議だ。日々の擦り傷くらいなら、自分で治せる。

 あれ、これって「聖女」になったってことか?



 インテリぶった見習い神官が、自説を唱えた。


 大昔に神から与えられた湧き水の近くに神殿を建てた。そこで修行する女性の中から、聖女が誕生した。

 魔物が増えて、たくさんの街が略奪されていく。その中には当然、神殿もあった。

 つまり、ここが聖女を生み出す湧き水なのではないか。


「じゃあ、昔は召喚された人間にこの湧き水を飲ませて、聖女にしてたのか。

 異世界人とか、関係ねぇじゃねぇか」

 俺は思わず怒鳴ってしまった。

 しまった。

 大声をあげるとエイプに目をつけられるので、自分で口を押さえた。


 そっと、周囲をうかがうが、セーフだ。目をギラつかせてこっちを見てくるサルはいない。


 全員で、ほーっと安堵の息を吐いた。



「あの泉が、聖女に祝福を与える場所であるなら……魔物たちの領域にあるということです。

 つまり、聖女の力もまた彼らのものとなった――」

 見習い神官の言葉に、ゾッとした。


 他のモンスターたちも飲んでいる。

 瀕死のモンスターが復活し、更に強くなる。

 ならば、人間の領域は減っていく。時間と共にどんどん不利になっていく。


「ま、追放された僕らには、関係ないですね」

「そうだな。これだけ治癒力が強くなったら、大神官になれるところだが」


 罪人には、人間社会に戻る場所はない。

 布の調達ができないので、着ていた服はぼろきれになり、もはや人前に立てる状態でもない。


 元々、利己的で、自分が良ければ人を虐げても何とも思わない人間たちだ。

 協力して、情報を国にもたらそうとはしなかった。

 自分を守ることで精一杯という、ギリギリの状態でもあった。


 狂っても、死んでも、泉に放り込まれれば甦る。

 逃げても、すぐに捕まって、連れ戻される。なんか、江戸時代の遊女みてぇ。



 気が狂っても、泉に放り込まれて、天日干しされると一週間で復活する。自殺しても、泉に放り込まれて復活する。

 寿命まで生きるしかない。しかも、泉の水を飲んだだけ、寿命が延びているかもしれない。


 いつ終わるかわからない罰……しかも、気が狂うことも許されない地獄。




 悍ましいことに、エイプと俺たちの子どもが産まれた。

 気持ち悪い。

 ニタニタと子どもを見せてくるメスに、愛想笑いを返す。怒らせたら、噛みつかれそうだ。



 エイプとも違った気味悪さがあるが、時は無情に過ぎていき、子どもは育っていく。

 人間よりは大きく、エイプより体毛が少なめ。

 俺たちのように体を布で隠そうとしないのは、いかにもサルだ。


 だが、どちらの言葉もわかるらしく、俺は商人を襲うことを教えた。

 まともな食い物と服が欲しい。


 子どもたちは、意気揚々と略奪品を持ってきた。ちょっと赤黒い汚れが着いていたが、洗えば落ちるだろう。

「偉いぞ」と褒めてやる。



「魔物に知恵をつけて……僕たちは、もう人間の世界に戻れないね」

「要らないなら、向こうに行ってろよ」

「そういうつもりじゃ……」

「キレイゴト言いやがって」


 俺たちは一緒にいても仲良くなれないし、罪を犯すときだけ協力するような関係だ。

 常に上下関係を気にして、下剋上されないように警戒している。

 油断して舐められたら、立場が逆転しちまう。

 ……これは日本でも、刑務所でも一緒か。




 どんどん、魔物の領域が増えていく。

 そのうち、王の居場所も、俺たちが好き勝手にした神殿も飲み込まれるだろう。


 いつまで、こんな原始的な暮らしを続ければいいのか。

 もう、何年経った?

 甘味も風呂も着替える服もない。

 刑務所の方がはるかにマシだった。


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