神も仏もない世界(後編)
最終回です。
僕は優秀で、学生時代にも多数の記録を打ち立てた。
前世よりも顔がいい。やっぱり得だよな。
成人して、いくつもの功績をあげた。
前人未踏だと褒め称えられる日々。
「大魔法使い」と呼ばれるようになり、僕は「女神と呼ばれる存在は、実は悪魔ではないか」という論文を発表した。
こちらに転生してから、何度か女神が介入してきた。
台風の進路を変えろとか、洪水の被害を少なくしろとか。
決壊しそうな堤防で人知れず結界を張るのは、孤独な闘いだった。自分でやれと言ってやったが、直接やるのはルール違反らしい。
孵るのに膨大な魔力が必要な、ドラゴンの卵もやらされた。頻繁に岩山に通うのを、ごまかすのが大変だった。
孵ったら孵ったで、「あとはよろしく」と無責任に投げ出された。
ドラゴンの習性を古文書で調べて、人里に降りないように躾けて……育児ノイローゼって、こういうやつかと思ったぞ。
そうして、女神との会話の中から気付いた。
魔力問題が、地球でいう二酸化炭素の問題みたいだと。
生物が増えたから、大気中の魔力が溢れそうなんだ。
効率的な魔法の使い方が研究され、戦争で大規模魔法をぶっ放すのが規制され、無駄遣いがなくなったせい。
そんなの、他の世界の人間に頼らず、自分たちで解決すべきだろう。
いや、女神が考えろ。
そう言ったら、「せっかく増えた生物を減らしたくないじゃん」だって。
こんないい加減な奴に、世界の管理を任せたらいけない。
「排除してやる」、そう決めた。
といっても、長年信仰してきた女神教会をすんなりと捨てられるわけがない。
僕が、いろいろと仕込みをした。
とある教会では、女神像が自然に崩れた。
ある教会では女神像だけ火だるまになった。
次第に、「何の暗示だろう」と不穏な空気が漂う。
もちろん、僕の魔力の残滓を辿れないよう、ちゃんと偽装した。
僕が育てたドラゴンとは、どんな存在の言葉でも理解できる「超翻訳」を使って、意思の疎通が採れる。
僕はドラゴンの背中に乗って、女神教会を襲撃した。
みんな逃げ惑うのに必死で、ドラゴンの背中なんて見やしない。
ああ、人間がアリのようだ。だっはははは。
女神が夢枕に立った。
「あなた、いい加減にしなさいよね! 何してくれてんの?」
と怒りの形相だ。
だが、存在感が薄くなっている。向こう側が透けて見えそうな、頼りなさ。
おそらく、信仰心が薄れて力が弱まっているんだろう。
「じゃあ、今度は、僕を邪魔する人間を召喚するか?」
怒っていても、人間である僕には直接手を出せないんだろと、煽ってやった。
女神はブルブルと震え、真っ赤になっている。
もう、召喚する力もないのか。
ざまーみろ。
こんな娯楽のない異世界。
前世では金がなくて、ライブとかグッズとか縁がなかった。
今は腐るほど金があるのに、「買う物」がない。
これが罰か。
そういえば、僕は死刑囚だった。
いや、生まれ変わった時点でリセットされているのでは?
アメリカだったか……懲役何百年とかふざけてると思ったけど、こうなってみるとあり得るのかも。
いやいや、僕が犯罪者になった日本では、刑期は「死ぬ」までだ。
あ~、とにもかくにも、退屈だぁ。
朝、目が覚めて、人間たちが自主的に女神教会の打ち壊しを始めたことを知る。
ドラゴンが教会を襲いに来ると知れ渡り、怯えているようだ。
来る前に壊してしまえ、ということか。
ところで、決められた婚約者は、そのまま僕の妻になっている。
最近、僕を疑っているんだろうかと不安になることがある。
ドラゴンとのお遊びはバレていないと思うけど。
時々、何やら言いたげだ。
「なに?」
「あまり、無茶なことはなさらないで。これからは……家族が増えるのだし」
妻は手をお腹に置いて、頬を染めた。
……え?
最後の一軒は、僕が直々に燃やしにいった。
子どもの顔を見る前に、前世の精算をしておきたい。
ドラゴンで飛んでも、人々は見慣れたのか騒いでいない。
燃やすのは教会だけだとわかっているから、街の人々は見て見ぬふりだ。
積極的に関わってこないのには、心当たりがある。
焼け落ちた後に、なぜか雨が降って、延焼しないというのが知れ渡っているせいだ。まあ、僕の水魔法なんだけどね。
教会だけで、自分たちには害がないってことだ。
それに信仰する人が激減して、もう神父もいないのだろう。最近では、教会から慌てて出てくる人間も見かけなくなった。
さて、相棒に人の気配がない教会に向かってドラゴンブレスを吹き付けてもらおう。
大きく息を吸って、ぶおっと火が噴き出した。
背中にいても、熱風を感じる。
ふと空き家に放火した前世を思い出した。
あのときのように興奮しないのは、なぜだろうか。だんだんノルマみたいに、単なる作業になっているような気がする。
虚しさというか、意味のないことをしているような感覚だろうか。
必死に消火しようとする人間がいないから、興奮できないのかもしれない。
ドラゴンが「褒めて」というように顔を寄せてくるので、手袋をした手で撫でてやった。
次の遊びを考えないとな。
さて、これで、女神の力は全て奪えただろうか。
山の岩場に移動し、教会が燃える様子を遠くから眺めていた僕たち。
すっかり相棒になったドラゴンは満足げに、ふんと鼻息を吐いた。
僕は、その火にまかれて焼け焦げた。
あれ?
防御の結界が反応しない?
水魔法で消火できない!
おい、どうした。ポンコツ女神!
……あ。
女神から与えられたものが消えたのか。
最期に目に映ったのは、慌てるドラゴンの姿だった。
腕を上下して、羽根をバタバタさせて、足をバタバタさせて……。
お前には俺しかいないのか。
あ、死にたくないかも。
いや、死にたくない。
同級生に虐められて、親にも見放されていた前世とは違う。
魔法の世界で、最強の相棒との充実した日々。
俺の言うことに耳を傾けてくれる人々。
最高だ。生きてる実感がある。
俺を馬鹿にする奴がいないから、世界を壊さなくてもいいんだ。
能力があると、気持ちに余裕ができる。多少の陰口は聞き流せると知った。
見返してやろうという気概があれば、慌てふためく人間を見てストレス解消するなんて、見当違いなことはしないでいい。
今、わかった。前世の僕は、弱虫の卑怯者だった。
反省した。心から生まれ変わった。
僕が持っていない物を自慢して、「貧乏人」と嘲った同級生。
それを燃やして、ざまあみろって思って、ごめん。
僕は生まれ変わったんだ。
人生、まだまだ、これからじゃないか。
妻や産まれる子どもを、泣かせてはいけない。
そうだ、泣いてくれる人ができたんだ。
だから――。
だから、神様、仏様、駄女神様……助けてクレメンス。




