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Angel09to07  作者: 香奈
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樹莉は相変わらず施設内をチョコチョコと走り回っては暇そうな相手を探して構って貰う。でも流石に誰も遊びに来ている訳では無いので早々、樹莉の遊び相手もしていられない。手隙の相手を探すのが今の樹莉の仕事のようなものだった。ラウンジを覗き今日の遊び相手を探すがそれぞれ慌ただしそうに食事を取っているのを見ると少しがっかりしたように溜息を吐いた。

 〈樹莉くん‥お婆ちゃんに会いたくなったの‥〉

時折そんな事を思うようになる。しょぼくれながらトボトボ歩いていると向こうから織彩が慌てたように駆けてきた。

「樹莉君、良かった‥」

樹莉を見つけると嬉しそうに微笑みながら織彩が傍へ来る。

「そんなに慌ててどうしたの?」

樹莉は余りに急いで駆けてきた織彩を気遣うように声をかけた。

「樹莉君、大きくなれるかもしれないよ」

一息吐いて微笑みながら織彩が返すと樹莉はただポカンとする。

「ホント!?ホントなの!?

樹莉くん、皆みたいになれるの?」

しかし次の瞬間ハッとしたように表情を険しくすると右往左往しながら樹莉は尋ねた。

「うん、上手くいけば皆と同じようになるよ‥今、用意してるから一緒に行こう」

織彩が屈んで手を差し伸べると樹莉はその手に乗り共に調整室に向かう。今まで不便な事は多々あったが何より皆の役に立ちたかった樹莉はこの日を待っていた。不安が無いと言えば嘘になるし今の自分に満足していないかと言えばそういう訳でも無い、でも役に立つには皆と同じ姿が欲しかった。

調整室へ来ると織彩は調整の準備をしている紫苑の方を見る。紫苑は躊躇いがちに微笑んで頷いた。やはり織彩も紫苑も樹莉を血腥い世界に引き込むであろう今回の調整に躊躇いがある。しかし今置かれた現状と樹莉の希望を叶えたいという気持ちで内心複雑なのだ。

「樹莉君、無理しなくていいからね‥苦しくなったら言ってね?」

紫苑は優しく樹莉に声をかけながら微笑む。

「樹莉君大丈夫なの

今までもちゃんと我慢出来たの

大人なの!」

樹莉は初めて巣立った時と同じように精一杯強がって見せ、その姿を見て紫苑と織彩は顔を見合わせて少し苦笑し合う。

「じゃぁ、いつもみたいにここで服を脱いでね」

織彩が言うと樹莉は言われた通り服を脱いで織彩に渡し調整槽へ。調整槽が溶液で満たされると樹莉はスウっと眠りに落ちた。織彩と紫苑は少し離れて座ると同時に端末を忙しく叩き始める。ようやく本格的な樹莉の調整が始まった。


双眼鏡で一点を重視しながらマリーは弾丸を込める。眺めているのは貧しい村に不釣り合いな綺麗な建物、敷地は有刺鉄線付きのフェンスで囲まれ常に兵士らしき者達が警備をしていた。

「ったく、簡単に言ってくれるよ‥」

明希からの電話をインカムで受けた後にそうぼやく。

「けど、あいつが応援なんて珍しいな‥」

傍で銃の手入れをしながらミシェルが続けた。ここは中東にある僻地で殆ど人のいなくなった村。内戦のどさくさに紛れ子供が集められつつあるという情報を得てその身柄を開放しに来たのだ。空き家に潜んでその首謀者らしき人物を探す。逃せばまた同じ事が余所でも繰り返されるのでその人物だけは確実に始末する必要があった。

「食料を仕入れてきたぞ‥」

大きなカバンを手に昨日合流したサイファが入ってくるとミシェルはそちらを見る。こういう地道な作戦は元ゲリラのマリーと傭兵出身のミシェルの十八番なのでサイファはそのサポートに回る事が多い。今回はたいして規模は大きくなさそうだが慎重を要すミッションなのでこうして人員を割いていた。

「こっちは良いから悪いけど明希の方へ回ってやってくれないか?

何か問題が起きたらしい‥私はまだ時間が空きそうな雰囲気じゃ無いしあいつの方も気になる」

双眼鏡に張り付いていたマリーはようやく顔をサイファに向けてそう言った。

「分かった、それよりトニーが近隣の村に撤退命令が出てるって言ってたぞ

また近くで空爆があるんじゃないか?」

ミシェルにカバンからミネラルウォーターや食料を出し手渡しながら返す。

「ここに施設がある限りこの村は大丈夫だろうが‥そのどさくさに紛れて破壊するのも有りか‥」

マリーは言いながら弾丸を込めた銃を置くとサイファから同じようにミネラルウォーターと食料を受取る。

「これ以上、子供らを攫わせる訳にはいかない‥その方が賢明だろうな‥」

カバンを部屋の隅に置きながらサイファが言うとまたマリーは双眼鏡を覗く。

「だな、番犬代わりのバーサーカーはいるみたいだが余り数もいないようだし‥子供達を救出するついでに潰しちまうか‥」

「それなら夜に潜入して準備をしておこう‥侵入ルートは粗方確保してある」

食事を取りながら視線は双眼鏡から外さずにマリーが言うとミシェルはいつの間に食べたのかと思う早業で全てを平らげていて、もう図面を広げていた。

「エアホークを持ってって良いぞ‥こっちはお嬢さんで大丈夫だ」

立ち去ろうとするサイファにマリーが言う。エアホークというのは最近使い始めた高速ヘリで機動性が高くコンパクトでありながらレーダーに映らない優れものだ。お嬢さんというのはマリーが付けた愛称で他のヘリに比べ音が静かでエアホークに比べ機能は劣るがゲリラ戦に適している。エアホークは基本一人乗りで無理しても二人しか乗れない為に単体で移動する時くらいしか使えない。サイファはそれに一つ頷くとその場を離れた。


通じ難い言葉の壁を何とか乗り越えて空港にやってきた海は時計を見ると溜息を吐く。約束の時間ほぼギリギリに着けた。本当なら二時間で着けるはずが三時間かかったのは海の発音が至らないせいで違う場所に連れて行かれたからだ。一息付く間もなく到着ロビーでアレックスを待つ。ちょうど飛行機が着いたのか人の行き来が激しい。海はキョロキョロとアレックスを探すが見当たらずどんどん人影が疎らになる。途方に暮れていると後ろから肩を叩かれた。

「よぉっ!遅かったな?」

そこにはアレックスの姿がありどうも自分が入ってきた方向から来たようだ。

「あれ?もしかしてもう着いてた?」

「この前の便で着いて飯食ってた

思いの外、早く着いてな‥それよりあいつは一緒じゃないのか?」

海は驚いたように答えるとアレックスは辺りを伺いながら聞く。

「まぁ、その‥ちょっと‥

その話はバスの中ででも‥タクシーはもう懲り懲りだ‥」

「はは!俺が来たからには安心しろって!

ちゃんと足は用意してあるさ‥」

どうやらタクシーで散々な目にあったのか海が視線を逸らせながら言うとアレックスは付いて来るよう促した。海はそれを聞いて安心しながらもグッタリした感じでアレックスに付いて行く。表のロータリーにタクシーやバスに交じってボロいトラックが1台止まっていた。その荷台にはヤギが数頭乗っている。アレックスはその運転手に何やら告げると海を手招きして荷台に乗り込んだ。海も戸惑いながらもヤギのいる荷台へ乗り込む。

「うちの系列教会の信徒らしくてな‥町まで乗っけてくれるそうだ‥」

アレックスがそう言うと海はトラックの隅にに腰を下ろしたアレックスの隣に座った。

「なんか、すげぇヤギ臭いんだけど‥マジでこのまま町まで行くのかよ?」

ヤギに睨まれながら返す。

「はっはっはっ!贅沢言うな!

タダだし偶にはこういうのも楽しいだろ?」

更に笑いながらアレックスが答えると海はがっくり肩を落とした。

道すがら海がとりあえずここへ来てからあった事を順に話すとアレックスはそれを黙って聞きながら少し考え込んでいた。

「その宝石箱の結界は見つかっても誰にも触れられんようにしてあるものだろう

宝石箱の中にあるのが本チャンの結界の核だな‥恐らくだがその初代城主の棺の敷石の下辺りに何か隠しているんだろうが‥

全く、友人の死を見たせいで目が曇ってたらしい‥そんな結界も見落とすなんてなぁ‥」

暗くなり始めた空を見上げアレックスが呟く。トラックはノロノロと田舎道を町へ向かって進んでいった。

着いたのはもうすっかり辺りが暗くなり町に人気が無くなった頃だった。海はアレックスを連れて宿に戻ると部屋のドアをノックして中からの返事を待つ。すると返事は無くいきなり明希がドアを開けた。

「フェリシアが今寝たところでな‥話は下で聞く‥」

小声でそう言うと明希は部屋の施錠をしてから二人を連れて階下のロビーへ向かう。

「海から粗方の状況は聞いた‥で、そっちのお嬢ちゃんの状況はどうなんだ?

罠で共倒れってのはご免だぜ?」

いきなり辛辣な言葉を吐く。アレックスにとってフェリシアの事よりも結界の方が大事なのは分かるがそれにしてもキツイ物言いだと海は少しムッとする。しかし明希は平然としていた。

「それはまだ分からん‥が、罠でもあんたにゃ迷惑かけん

それよりそっちこそ結界はちゃんと解けるんだろうな?」

明希もまた棘のある言葉で返す。お互い命懸けの取引きなのだ。

「それに関しては任せろ

結界崩しは俺の十八番だ‥それから奴らが西側の街に入ったって情報が入ってる

お前等が追ってる組織の施設がある方角だな‥どうやら直接対決になりそうだ

俺はこれから知り合いの教会で武器を調達してくる‥集合は町外れの炭焼き小屋にしよう

準備が出来たらそこへ来てくれ‥」

アレックスは懐からメモを取り出すと簡単な地図を描いて明希に渡し宿を出て行く。明希はそれを溜息交じりに見送ると椅子に凭れかかった。

「フェリシアの具合‥良くないのか?」

少し疲れた顔の明希を見て海が聞く。

「何だか眠ってばかりいてな‥すぐに目は覚ますんだがまた気を失ったように眠る

やはり早く連れて帰った方が良いのかもしれん‥」

「で、告白したのかよ‥」

気怠い様子で明希が答えると海は声を潜めて興味津々で明希を眺めた。明希はそれに答えず立ち上がる。

「とにかく準備が先だ」

明希が軽くスルーして返すと海は少し何か言いたそうに大人しく続いた。部屋へ戻るとまだフェリシアは寝息を立てている。

「アレックスの所へは俺一人で行く

お前はフェリシアを見ててくれ‥」

「だからお前がいろって‥」

静かに着替えながら明希が言うとすぐさま海は返すがそれを聞くと着替えを中断して冷たく海を見据えた。

「言っとくが今度は偵察程度のお使いじゃない‥足手纏いだから付いて来るなって言ってんだよ‥」

いつもの軽口で無く静かに迫力のある声で言う明希に海は言葉を無くす。

「それにもうすぐマリーも合流するだろう

だから心配しないで此処にいろよ」

背を向け何時ものトーンで続けるとまた着替えを再開し海は何か言いたげだったが実際、役に立たない事は目に見えているので言葉にはしなかった。淡々と着替えを終える頃、小さく誰かがドアをノックした。フェリシアを起こさぬよう海はいそいそとドアを開けるとそこにはサイファがいる。

「マリーの手が離せないので俺が来た‥」

あれ?という顔を海がするとサイファは一言ってスッと中に入ってきた。部屋に入って明希を見た後フェリシアを見て固まる。

「事情は道すがら話す‥とりあえず出るぞ」

明希は言うとサイファを伴って足早に部屋を出て行く。

「何かあったらいつでも連絡しろ

あいつの事‥頼んだぞ」

出て行く擦れ違い様、海に言い残して行った。

二人を送り出した後、海はぼんやりフェリシアが眠るのを眺めていたが空腹に気付いて何かないかとカバンを漁り始める。フェリシアの服を買う時に明希と二人で軽く食事をした後、何も食べていなかったと思い出したがこの時間だと店はもう閉まっているだろうし彼女をほっておく事も出来ない。海は我慢を決め込んで横になる事にしたが一度感じた空腹はなかなか収まる事も無く、何度も寝返りを打っては溜息を吐く。

「帰ってたんだ‥」

ポツリと言ったフェリシアの言葉に海はガバッと身体を起こすとそちらを見た。

「あ!ごめん‥起こした?」

慌てて笑顔を作りつつ恐縮した。

「ううん、なんだか目が覚めちゃって‥

それより明希は?」

言いながらゆっくり身体を起こすと辺りを見回す。

「ああ、うん‥明希はちょっと用事で‥

今夜は戻らないかもしれないけど俺がちゃんと傍にいるし心配しなくて良いから!」

「大丈夫よ、もう不安になったりしないから‥」

言葉を濁しながら言うとフェリシアはクスっと笑って返す。海がそれに答えるように照れ笑いすると大きく海のお腹が鳴る。

「あ‥いや‥はは‥お腹減っちゃってさ‥」

少しバツが悪そうに誤魔化しながら言うとフェリシアはまた小さく笑った。

「私も少しお腹減っちゃった

ああ、そうそう!

海が出てから明希とご飯食べに行って‥帰りに美味しそうなバゲットを見たから海が帰ってきたら皆で食べようって買ってきてたの」

ベッドを出て窓際に置いた紙袋の方へ行くとごそごそとバゲットを出して海に手渡した。

「うわ‥旨そう!」

海は受け取るとそう言って口いっぱい頬張りフェリシアはそんな海を見ると自分もバゲットを頬張った。

「でも外に出ても大丈夫だった?

フラ付いたりしなかった?」

全部平らげると海がフェリシアに聞く。

「うん、あんまり長い時間じゃなかったし‥凄く楽しくて何もかも吹っ飛んじゃった」

楽しそうに語るフェリシアに海はホッとすると同時に我慢出来なくなって聞いてみる。

「その‥明希から何か言われなかった?」

遠まわしに聞いてみた。

「何を?」

首を傾げながら逆に聞き返される。

「‥っと‥いや、その‥告白‥とか?」

困り果てながら海はしどろもどろに言って視線を泳がせる。まるで自分が告白をしている気分だ。

「うん、ずっとこれからも一緒にいようって言ってくれたよ‥」

少し頬を染めて嬉しそうにフェリシアが言うと海は内心あまりに幼稚な明希の告白にげんなりした。それでもフェリシアが嬉しそうなので海は次の質問を飲み込む。

「私ね、初めてデートしたの‥とても楽しくて手を繋いで歩くとドキドキしちゃった」

余りに嬉しかったのか聞いていないのに話すフェリシアに海は自分が凄く汚れた人間に思えた。恐らく明希は彼女にキスすらしていないだろうと容易に想像がつく。

「良かったじゃん‥

でも日本へ帰ったらきっともっと沢山デート出来るだろうから早くよくなると良いな」

明希を憐れむように何となく心で泣きながら海が歩調を合わせるように言う。

「あ、でも明希は照れ屋で奥手だからなかなか誘ってくれないかも‥今日だって帰りに少し手を繋いだだけだし‥」

思い切り顔を真っ赤にしながらフェリシアはあたふた返す。乾いた笑みを浮かべながら海は彼女に現状の明希の実態を見せてやりたい気分になったのだった。

小屋に着くと明希とサイファは辺りを警戒するが流石に指定された場所だけあって人の気配は全く感じられない。小一時間ほどして遠くから車の排気音が聞こえてくると二人はそちらに視線を向けた。小振りのジープがこちらに向かって走ってくると小屋の前でライトを点けたまま停車した。

「おう‥遅くなってすまなかったな‥」

車からアレックスが身を乗り出し二人に声をかけ乗るように合図した。二人が乗り込もうとすると既に二人乗っている。

「うちのエクソシストだ‥応援に入って貰う‥狭いが我慢して乗ってくれ」

アレックスに言われて仕方なく身を細くしながら車に乗り込んだ。

「一応、城の半径5kmには結界を張って衝撃が近隣の村に行かんように配慮する

万が一、戦闘になっても結界から外に漏れる事は無いから心置きなくやってくれ」

走り出すとアレックスは二人に言う。

「その結界要員って訳か‥」

明希が二人を見ながら返すとアレックスはニッと笑ってそういう事だと答える。10分ほど走った所でその結界要員二人を下ろし古城へと向かう。古城に着くと辺りに他の気配が無い事を確認して更に結界を張って城内へ入った。

「ほぉ、こりゃ血石だな‥」

難なく宝石箱の結界を解き、箱を開けてアレックスが言う。

「血石?」

「ああ、こいつは妖魔の血を圧縮して力を発生させる特別な石だ

対象物を守るようインプットされた‥言ってみりゃ生体セキュリティーみたいなもんだな

この石が外敵を見張ってるって訳だ」

明希の質問に答えるとアレックスはその石に何か呪文を唱えて床に落とす。石は床に落ちると簡単に粉々に砕け散って掻き消えた。

「あんまり純度の濃い血石でも無いな‥」

その様子を見てアレックスは続けると次に棺の下の真新しい敷石を眺める。身を屈めて念入りに見回すと棺の一部の装飾に触れた。するとゴトッと音がして棺が少しずれる。明希とサイファはそれを見ると棺をその方向に押した。棺の下には階段があり照らしてみると少し下りた所にドアが見える。三人は階段を下り、慎重にドアを開けると通路があり警戒しながら歩を進めた。暫く歩いて行くと自然に出来た洞窟のような感じになり歩いても歩いても先が見えない。

「いったいどこまで歩けば良いんだ?

もう20分は歩いてるぞ?」

アレックスは言いながら足を止め辺りを見渡す。いつの間にかかなり大きな洞窟に出ていて天井は10mほど上に見えていた。

「蛇行してはいるが南に向かっている感じだな‥」

サイファが呟くと明希は上を見上げる。

「ああ、それにどんどん地上から離れてる」

そう言うと地図を取り出し現在地であろう場所にアタリをつけ始めた。

「予想では今こういうルートで此処まで来ていると思う‥この先にあるのは‥」

明希が指し示しながら言うと他の二人も地図を覗き込む。

「こりゃ城の裏手にある鍾乳洞に繋がってる臭いな‥」

アレックスが言うと二人はアレックスと地図を交互に見た。

「鍾乳洞なんか表記されてないが?」

「ここにこう言う感じで鍾乳洞がある‥地図に出てないのはこの鍾乳洞がまだ未開の部分が多くて素人が迂闊に入り込んで遭難するのを防ぐためだ

一応、正規の入り口はここら辺にあるんだが‥しかしこっちの方だと結界から外れるな

もう少し範囲を広げるか‥」

明希が質問するとアレックスは何も書かれていない部分を指でなぞり言い終わると札を出して一枚選ぶ。それにボソボソ何か言って宙に投げると札はすいっと泳ぐように来た道を飛び去った。それを見送って三人は続けて先を目指し、少しするとアレックスは足を止めた。訝しげに明希とサイファはアレックスを見る。

「結界だ‥」

何も無い空間を見てそう言うとアレックスは辺りを探るように眺めた。明希とサイファも感覚を澄ませるがやはり結界の気配は感じ取れない。

「こりゃかなり古い結界だが並大抵の術者じゃ解けん‥この手のヤツは幾らあんたらでも感じ取るのは無理だろうな‥」

そんな二人を察してアレックスが言う。

「あんたなら解けるのか?」

「どうかな‥だがこの結界、ヴァンパイアが張ったもんじゃねぇな‥」

明希が聞くとアレックスは少し考え込んで答えウロウロと何かを探し始める。それを見て明希はアレックスに近寄ろうと足を踏み出そうとした。

「動くな!

下手に動くとあんたらみたいな人種は簡単に結界にはまるぞ」

そう言われて出した足を引っ込めた。暫くあちこち見た後、アレックスは戻ってきて天井を眺める。

「やっぱりこれは教会の古い封印術だな‥綻びがあそこに出来ている」

一点を見て言うアレックスの視線を二人が追うとそこには20cmほどの亀裂がありその左右で少し質感が違っていた。

「こりゃ解くのに一苦労しそうだ‥」

アレックスは溜息交じりに言うと一点を見つめたままその場に腰を下ろす。

「教会のモノならあんたらのお家芸だろ?

なんで解くのに一苦労なんだ?」

「教会の術式でも一般神父が使えるものと司祭クラスが使えるものでランクが違うんだ

一応、俺は司祭クラスまでの術式には対応出来るが口伝で伝わる法王クラスの術式にはあまり精通してねぇ‥そいつを解読して安全に封印解くのはかなり骨が折れる

下手に弄ると危ないばかりか中身ごと吹っ飛んじまうからな‥」

明希がアレックスを見ながら聞くと苦虫を噛み潰したような顔をしていてその表情でこの状況の難しさが分かる。

「とにかくご丁寧に教会がそうやって封印してる代物ならかなりヤバイもんだって事に違いねぇ

しかし教会が封印したモノなら何か文献が残っててもおかしくない筈なんだが‥もう一度ちゃんと調べて出直す方が無難かもしれん」

独り言のように続けるとアレックスはじっと黙って考え込む。

「とにかくこの封印の先に奴らの大事な何かがあるのは間違いないだろう

念の為、この場所の位置と状態を教会に‥」

言いながら立ち上がると言葉を止め、フッと来た方向を見た。その表情が厳しくなると明希たちも警戒してそちらを見る。

「どうやら城の周りに張った結界が破られたな‥急いでここから離れるぞ」

アレックスは言うと出口の方へ足を進め明希とサイファもそれに続く。しかし正確に来た方向へ戻っているにもかかわらず道は途中で途切れた。

「クソ!二重結界か!」

アレックスが急いで何かを唱え行き止まりの壁を叩くと壁は掻き消えて道が現れた。

「ほう、ワシの結界をこうもあっさり‥なかなかやるものだ」

城の出入り口で胡坐をかいていた影がそう言う。

「なに?

あっちの術者ってそんなに有能なの?」

トラストは余裕の表情で返した。

「まぁ、そうでなくては張り合いが無い‥

それに結界を破壊するにはこれくらいの術者でなくてはな‥」

頭巾の男はニッと笑い答える。

「じゃぁシナリオも頃合いだしそろそろ本番と行きましょうか‥」

トラストもフッと笑うと背を向け歩き出す。その先には幾つかの影が有りトラストの合図でそれは散り散りに消えた

「もうすぐ楽しいショーが見られるから僕たちも客席へ行こうか‥」

残った一つの陰に話しかける。

「私は遊びに来た訳じゃないわ‥

棺が無事に取り出せなければ貴方の首が飛ぶからそのつもりでいなさい」

影が振り向いてそう言うとトラストは困ったように肩を竦める。

「大丈夫、その為に来て貰ったんだし‥」

相変わらず軽い口調で言われ英梨香はムッとして顔を背けた。そんな英梨香を気にするでも無く楽しそうに歩き始めると二人は夜の吸い込まれるように姿を消した。

二重結界を破った後も様々なトラップで足止めされなかなか出口に向かえない。

「くそ‥キリがねぇ‥」

少し息を切らしながら同じく張られた結界を解こうとした時、明希のインカムに海から通信が入る。

『フェリシアがいなくなっちまった!

辺りも隈なく探したんだけど‥』

イヤホンの向こう側でえらく慌てた様子が伺える。

「とにかく落着け

俺のカバンに小型のナビがある‥それを立ち上げて青い点が何処にあるか確認してみろ」

明希は警戒しながらも適切な指示を出すがやはり内心穏やかで無いのか表情は険しい。少し明希の方を見ていたアレックスだったが明希に目配せされて張られた結界を解く。すると目の前に広がったのはバーサーカーの待ち受けた通路だった。アレックスは身を引きサイファと明希が前に出てそれに応戦する。

『あった!凄いスピードでそっちへ向かってる‥これがフェリシアなのか?』

「そうだ、とにかくあんたはフェリシアを追って状況を知らせてくれ‥何があっても手は出すなよ‥」

そう聞くと明希は更に険しい表情で戦闘を繰り広げながら答え、通信を切った。一通りバーサーカーを排除し終え、先へ向かおうと目を向けたがまだ一つ影が残っている。その影が動いたかと思うと凄いスピードでこちらに向かってきた。相手が振り翳した短刀を持っていた剣で受ける明希、その顔を見て目を見開く。

「RoK‥」

呟くように言うと力を込めて相手を振り払う。サイファもまたその姿に眉間の皺を深くした。

「なんだ?知り合いか?

お友達なら帰ってくれるように言ってくんねぇかな?」

その様子にアレックスが二人を交互に見て険しい表情で笑みを浮かべる。

「仲間の細胞で作られた生体兵器‥エレメンツロイドだ‥」

明希は答えながらもロックから目を離さない。ロックはマリーの身体から作られたエレメンツロイド、マリーが支配する岩石やコンクリートに囲まれた場所では分が悪い。

「アレックス、俺達の周りに結界を張れ!」

咄嗟に叫ぶとアレックスは懐から札を出し即座に自分達の周りに結界を張った。それにより攻撃を仕掛けてくるロックは跳ね返されたが次の瞬間、その結界は音を立てて崩れた。

「くそ!

やっぱりかなりの術者が噛んでるか!」

吐き捨てるとアレックスはより強固な結界を張り、外でロックは攻撃を続けていた。

「破られるのも時間の問題か‥仕方ねぇ

もう少し強力なのを張ってこの場から退散する

呪を唱える間に結界が解けたら時間を稼いでくれ!」

明希とサイファは言われて頷きその時に備えるように構えるとアレックスは何かをブツブツ呟き始める。暫くして結界は破られ明希とサイファはロックをあの手この手で翻弄しながら時間を稼ぐ。身体能力は調整で前より格段上がってはいるが二人でようやく攻撃を防げる程度だ。閉ざされた空間では圧倒的に向こうが有利。

「くそ‥まだか‥」

明希は何とか攻撃を避けながら呟くがまだアレックスは額に汗を浮かべたまま呪を唱えている。その内にサイファが岩に足を取られバランスを崩し明希はそれを庇うようにロックに攻撃を仕掛けた。ロックは後ろに大きく飛んでその間にサイファは体勢を立て直す。

「後ろへ飛べ!」

後方からアレックスが言ったのを聞くと瞬時に後ろへ飛ぶ。するとスウっと透明のカプセルのようなものが三人を包んだ。もうロックの攻撃は届かない事を確認して少しホッとしたように表情を緩める。

「何とか間に合ったな‥だがこの結界はちょっとやそっとじゃ解けんぜ‥」

「助かった、このまま‥」

得意げにそう言ったアレックスの方を見て明希は言いかけた言葉を止めロックを振り返った。同時にアレックスやサイファもそちらを見る。明希はロックでは無くその向こうから押し寄せる気のようなモノを感じてそちらに目を凝らす。すると言葉を発する間もなく見えない力の塊に結界ごと奥へと吹き飛ばされた。

「しまっ‥」

アレックスが言いかけたがその言葉を遮るようにショートする感覚が走り二つの力の塊である結界はお互いを相殺するように吹き飛ぶ。

「っつぅ‥」

瓦礫の中から身体を起こして明希はそう言うと顔を上げた。洞窟は消し飛んで空には星が瞬いている。明希は辺りを見回すと立ち上がりサイファとアレックスの姿を探した。吹き飛ぶ瞬間にアレックスが何かしたのかサイファとアレックスの身体は瓦礫の上に転がっていて他はみんな瓦礫の下になったようだった。明希は身体を引きずるようにサイファとアレックスに歩み寄る。

「おい!しっかりしろ!!」

声をかけるとサイファが目を開け起き上がった。しかしアレックスはピクリともしない。明希がアレックスに近寄り身体を抱き上げ息を確かめるとどうやら気を失っているだけのようだった。

「ロックは?」

サイファが言いながら辺りを見回す。

「恐らく瓦礫の下だろう

だが俺達が助かっているくらいだ‥瓦礫の下にいても気を失っているだけかもしれん

とにかく気を付けろ」

言いながらアレックスを抱えて立ち上がろうとした時、アレックスが目を覚ました。

「いててててて‥

くそっ‥奴らの狙いはこれだったのか‥」

開口一番そう言うとしこたま打ち付けたのか痛む頭を擦る。

「どういう事だ?」

明希は抱き上げようとした身体をもう一度下ろしながら聞く。

「奴等は端から俺に強力な結界を張らせ、それをあの結界にぶつけ解くつもりだったんだ‥いくら強固な結界でも同系列のモノならぶつけても衝撃波くらいで中身が消滅する事は無いからな

くそっ‥俺達は嵌められたのさ‥」

アレックスは悔しそうに言うと身体の損傷程度を調べるようにあちこち動かして立ち上がった。

「って事はあの結界は‥」

明希は結界のあった方へ眼をやる。結界の張られていた向こう側には瓦礫の散乱は無く綺麗な水を湛えた池があり中心には何か大きな箱のようなものがあった。

「あれは何だ?」

アレックスは言うと目を凝らす。

「とにかく傍へ行ってみよう‥」

明希はそう言うと足を進める。もうほぼ身体の痛みを感じないのは肉体強化の賜物だろう。明希達が池の畔まで来ると空から何か塊が落ちてきて池の上に舞い降りた。

「フェリシア!?」

明希が叫ぶ。そこにはまるで蝙蝠のような漆黒の翼を広げたフェリシアが表情も無く佇んでいた。しかしその翼は先端から爛れ落ちるように崩れている。

「あーあ、やっぱり身体が持たなかったか‥

ま、とりあえず君のお兄さん達を追い返す為の捨て駒だから良いけどね」

その様子を崩れた洞窟の上から見ていたトラストが呟く。

「最低ね‥反吐が出そう‥」

隣で英梨香が明希達から視線を外さずトラストに至極不快そうな顔でそう言った。

「はっはっは!最高の褒め言葉だね

でもホント、君のお兄さんの弱点を探すのは骨が折れたよ

過去の記録を見なきゃ彼女には辿り着けなかったからねぇ‥」

吐き捨てられ楽しそうに返したトラストに英梨香は汚物を見るような顔を向けた。例え絶縁したと言っても嫌っている訳じゃない。明希の心中を想うと英梨香は腸が煮えくり返るような思いだった。

「フェリシア!」

もう一度名を呼ぶが反応は無い。フェリシアは翼を広げると羽搏いて明希の傍へ舞い降りるが爛れ落ちた翼のせいでバランスを崩し明希はそれを抱きとめようと手を広げた。

「おいっ!離れろっ!!」

アレックスは叫んだが明希はそのままフェリシアを抱きとめた。サイファはその光景を見て目を見開く。彼女を抱き留めた明希の身体から血が滴り落ち、フェリシアのその手は明希の身体を貫いていた。明希はフェリシアの身体を引き離すと自分の身体をゆっくり後方へ引き膝を付く。フェリシアはやはり表情も無いまままるで枯れ枝のように鋭く尖った手をぶらんと下ろして明希を見ている。

「もう‥俺が分からないのか?」

恨めしそうな顔で明希が聞いてもフェリシアは何の感情も示さない。無情に流れ落ちる明希の血は見る間に辺りを朱く染めていく。本当ならとうに止血し始める頃なのにいつまでも勢いよく血が流れ出していた。

「おい!」

それに気付いたサイファが声をかけるが明希はフェリシアと見合ったままただ穴の開いた腹を抑えていた。アレックスはとにかくフェリシアの動きを止めようと札を出そうとしたが指が上手く動かない。どうやらあちこち骨が折れているようだ。フェリシアがブランとした手を構えてまた襲い掛かり、明希はそれを交わしてはいるものの動きが鈍い。サイファは意を決してフェリシアに攻撃を仕掛ける。しかし意外と俊敏なフェリシアの動きと迷いがあるせいか狙いが定まらない。

「こっちは良い!

アレックスを連れて下がれ!」

明希は言って血の止まらない腹部を抑えながら金属の糸を放つとそれに拘束されてフェリシアの動きはピタリと止まる。その間にサイファはアレックスに肩を貸しつつ後退した。しかし後退したその先の瓦礫がゴトッと動いてロックが姿を現し、絶体絶命という言葉が脳裏を過る。それでも諦めず炎を繰り出し攻撃を仕掛けるがロックは素早くそれを避けサイファの懐に入り込んで思い切り脇腹を蹴り飛ばす。アレックスは何とかしようと呪を唱えるが張りかけた結界はすぐに無効にされた。ロックは吹き飛んだサイファにスッと近寄り短刀で首を刎ねようとしたがその瞬間、ロックの手から短刀が弾け飛んだ。そして竜巻がロックを閉じ込めるように吹く。

「大丈夫か!?」

突風と共に海が現れそう叫んだ。駆け寄ると海は手を差し伸べてサイファの身体を起こす。それを見て少しホッとしたのも束の間、明希は自分の手に伝わる違和感にフェリシアを見た。フェリシアは自由を封じられた体を無理やり動かしてその糸を切ろうとしている。体中に無数の切り傷が浮かび上がり始めると明希は思わず手を緩め、フェリシアは爪を伸ばしてその糸を切り再び明希に襲い掛かる。

「いったいどうなってる!?」

「分からない

だが彼女の意識が無い事は確かだ」

海は訳が分からずサイファに聞くがサイファは首を振り答えると竜巻の方を見た。ロックは足を大きく上げて地面を蹴ると巨大な壁を作って竜巻を阻止しまた攻撃を仕掛けてくる。その上、瓦礫の下のバーサーカー達も異様な化け物の姿に変貌し湧き上がってきた。海は驚きながらもその壁と化け物を鎌鼬で切り刻んでまた竜巻を起こす。

「あそこだ!」

不意にアレックスが言って上の方を指さすとそこには英梨香とトラストがいて二人は涼しい顔でこちらを眺めている。

「どうやらこいつらを操ってんのはあそこにいるメガネ野郎らしい‥」

海達はそれを聞くとトラストに厳しい視線を向けた。

「あーあ‥見つかっちゃった‥」

別段、慌てるでも無く肩を竦めて言う。英梨香は冷たい表情でただ黙ってその様子を眺めているだけだ。明希はそんな二人に目もくれずただフェリシアと向かい合い、攻防を繰り広げている。とにかくフェリシアを傷つけぬよう戦うがそのせいで明希の身体には傷が増えていく。流れ出す血は止まる事は無く痛みは通常の倍はあった。恐らく明希達への攻撃に有効な資質を持っているのだろう。

「サイファ、あいつをどうにかしろ!

ここは俺と海で何とかする!」

アレックスは言うと痛む腕を動かしながら十字架を取り出し、海はロックを出来る限り足止めするよう試みた。それを見てサイファは振り返ると岩肌を飛んでトラストと英梨香の方へ向かう。まるでカモシカのように軽々跳んで一気に崖上まで辿り着くとトラストと対峙した。

「フェリシアに何をした?」

普段、感情を示さないサイファが少し怒りを含むような顔で静かに聞く。

「せっかくのプレゼントだから綺麗に着飾ったのに気に入らなかった?

あんな野暮ったい服じゃせっかくの美少女も台無しじゃないか」

トラストは至極楽しそうに言うとピクッとサイファが眉を動かした。

「そう怒らなくても良いだろう?

化け物の姿からちゃんと元の姿に戻してやったじゃないか‥まぁ、あのメタモルフォーゼの仕方は綺麗とは言えないけど‥」

続けて言うトラストに流石にブチ切れてサイファは炎を剣の形に変えて切りかかるが振り下ろしたそれは遮られた。

「今こいつを殺させる訳にいかないの

悪いけど引いて貰うわ‥」

冷たい顔で英梨香が言うとサイファは剣を引いて後ろへ飛んだ。

「はっはっは‥流石、英梨香ちゃんは頼りになるねぇ」

別に慌てるでもなく相変わらず楽しそうにそう言うトラストをチラッと振り返り英梨香は鬼の形相で睨み付ける。

「いずれ貴方の鼓動は私が止めるから覚悟してなさい

私はこんな悪趣味な趣向が一番大嫌いなの」

そう言うとサイファに向かい合う。

「おお怖‥君も女性には気を付けた方が良いよ」

また肩を竦めて軽口を叩くトラストにサイファは明らかな嫌悪感を現す。しかし次の瞬間、英梨香はサイファに向かって切りかかった。

「命までは取らない‥けど、引かないならあまり手加減、出来ないから‥」

トラストに聞こえないようこっそりサイファに言った。サイファはそう言われても英梨香を庇う事は出来ない。それだけ英梨香の能力は高かったし何よりトラストを何とかしなければ下にいる皆の命が危ういのだ。

「あーあー‥そろそろ潮時かなぁ‥

無理やり力を定着させたせいでやっぱり崩れ方が酷いねぇ

まぁ、それでも粗悪な実験体にしちゃ持った方か‥」

壊れた玩具でも眺めるように屈んで明希達を見てトラストが言う。傷だらけで動きの鈍くなった明希を追いつめていくフェリシアの翼はもうほとんど爛れ落ちてしまっている。明希はそんなフェリシアの攻撃を防いだり避けたりするだけで一向に攻撃を仕掛けない。何とか動きを止めようと必死に模索しているのが傍目にもよく分かった。

「バカ‥」

英梨香はそんな明希を見て小さく呟くとまたサイファに攻撃を仕掛ける。

一方、海の方は幾度となく鎌鼬を繰り返したお陰で少しロックにダメージを与える事が出来たが戦闘経験の無い海にはこれ以上防ぐ事は難しいだろう。

「仕方ねぇ、悪く思うなよ!」

アレックスは言うと動き難い指で己の血を取りそれを使って地面に文字を書く。そして何かを呟くと十字架をその文字に押し当てた。するとその文字から光の輪が出てきてロックの方へ飛んだかと思うとその左足首を捕えて地面に縫い付ける。かなりの苦痛を感じたのか叫びながら左足を抱えるように座り込んだ。

「天使の輪、これで捕えられたらもう動く事は出来ん‥罪人を永劫、苦痛と共に繋ぎとめる封印術だ」

呆気に取られた海にそう言って歩み寄るアレックス、それを聞くと海は振り返ってからもう一度ロックを見る。叫びながら苦痛に歪むその姿は余りに痛々しい。

「フェリシア、もう止めるんだ!!」

明希の声が響き渡ると海とアレックスはそちらを見た。フェリシアの身体はあちこち爛れ落ち始めていて右手首から先はもう無い。それでも残った左手で明希に攻撃を仕掛けている。堪り兼ねた明希は意を決したようにフェリシアに突っ込んでいくとその身体を抱きしめてヒョイと何かを投げた。それは空中でブーメラン状になり宙に舞う糸を絡めながらどんどん大きさを増す。明希の腕の中で藻掻くフェリシアとそれを必死に抑える明希、今まで以上に強く抱きしめる。そしてその鋭利なブーメランが明希の元へ戻ってくる瞬間、槍のようになり抱きしめる明希ごとフェリシアの身体を貫いた。

「明希!!」

一斉に叫ぶ声にサイファと英梨香も戦闘を中止し目を見開いて明希を見る。

「俺も言ってなかった事があるんだ‥ずっと君が好きだったよ‥フェリシア‥」

明希はフェリシアを更に強く抱きしめ言うがやはりフェリシアは何の表情も映さない。

「愛してる‥」

明希が小さく続けるとそれを合図にフェリシアは目を閉じた。そしてガクンと項垂れるとその身体はまるで溶け出す氷の象のように水の中に崩れ落ちた。やがて貫いていた槍も消えて明希はそのまま水の中に倒れ込む。誰もがその光景に呆気に取られ動けずいたが海は空かさず駆け寄ろうとした。けれど地面が盛り上がり行く手を阻んだ。振り返るとロックが顔を苦痛に歪めながら地面に手を付いて左足の拘束された部分を引き千切りこちらにゆっくり歩み寄っている。

「くそっ!所詮、化け物か!」

アレックスはもう一度同じ術を使おうとしたが受けた傷と術の反動で体中が痛んで膝から崩れ落ちる。海は鎌鼬を繰り返そうとしたがどうやら乱用したせいで威力が弱まっているのか旋風程度しか出ない。サイファはそれを見て一旦、英梨香との戦いを中断して下へ駆けつける事にしたが英梨香はそれを阻む。ロックは右足のみで飛ぶと海に短刀を叩きつけるように振り下ろした。刹那、どこからか光る物が飛んできてロックを身体ごと地面に縫い付けその動きを止めた。ロックを地面に縫いとめたのは鋭く尖った氷の槍だ。次に爆音と共にヘリが現れ英梨香達に向け弾丸が撃ち込まれる。

「マリーか?」

それを交わしながらサイファが呟き、英梨香は衝撃波でそれを避けるとトラストを庇いながら少し後退した。ヘリから何かが舞い降りて英梨香たちの前に立ち塞がる。

「ジェイ‥?」

あまりに懐かしいその気配にサイファが呟きながら目を見開く。淡く浮かび上がるような白い肌と銀髪の青年は冷気を漂わせながら氷の剣を持ってそこに佇んでいる。

挿絵(By みてみん)

闇夜に浮かび上がるような銀髪が風になびくと同時にその姿は掻き消えて気が付けば英梨香とそのジェイドらしき人物は剣を交えていた。

「引くわよ!」

「そうした方が良さそうだ‥」

英梨香が苦しそうに受けた剣を払い除け言ってから何とか相手と距離を取るとトラストも今までの表情とは一変して疎ましそうな顔で呟いてパチンと指を鳴らす。すると英梨香とトラストの姿は闇に解けるように掻き消えた。サイファはただ茫然とその銀髪を眺める。

「間に合って良かった‥」

サイファの方を振り返り今までの冷たい表情とは一変して優しく微笑む。

「樹莉‥なのか?」

その表情を見てサイファが言うと樹莉はニコニコしながら頷く。次に崖下を見てフワっと飛び降り、クルリと一回転してトンと池の上に降り立つ。いつの間にかそこだけ池の水は凍りついていて、樹莉が歩くとその都度その部分だけ水が凍りついて足場を作る。そして明希の傍まで来るとその身体を水中から抱き上げた。明希の命が尽きていない事を確認してから樹莉は海達に視線を向け少し微笑む。

「大丈夫?」

傍へ来てそう言う樹莉に海もアレックスも始め何が起きたのか分からずただポカンと見ていた。

「あの‥」

「樹莉だよ‥」

いったい誰なんだろうと海が戸惑っているとそう言ってまた人懐こい笑顔で微笑む。アレックスはまだ?顔だ。

「大きく‥なったな‥」

余りの驚きで海はただそれだけ呟いた。


調整槽のプログラミングを一通り終えた織彩は一息吐くと椅子の背凭れに身体を預けた。中にいるのは明希。あの後、出血が止まらない明希の身体を樹莉が瞬間的に凍結させて箱庭まで運んだ。箱庭に戻ってきてようやく明希の身体に起きている事が分かった。フェリシアの体内には明希達の体組織を分解する物質が含まれていて明希はそれを含む攻撃をもろに受けたのだ。内部から徐々に壊死は始まっていてもし樹莉が明希の身体を凍結しなければ恐らく輸送中に死んでいただろう。他の皆もアレックス以外は軽症で済んだ為にそれぞれ部屋へ戻って仮眠を取っている。

「ったく、お前らみたいなスーパーマンと付き合ってたらこっちは命が幾つあっても足りんぜ‥あそこにあった箱も消えちまってるし今回は散々だ」

アレックスはぼやきながら結界を張っている仲間に助けを求め、樹莉達が乗ってきたヘリには乗らずにそのまま現地の病院へ向かった。トラスト達が去った後、池の中央にあった箱はいつの間にか消え去っていて恐らく術者が隠したか持ち出したのだろう。そこにそれがあったという気配すらなかった。

一息吐いた織彩の着ている白衣のポケットの中で樹莉が小さく寝息を立てている。樹莉は余程、力を使ったのか箱庭に戻るとすぐに元の姿に戻ってしまった。まだかなり不安定で一時的にしか大きくなれないようだ。フルサイズでいる時は完璧だったのだが元のサイズに戻るといつもの樹莉の知識しか無く力も使えなかった。どうやら全ての許容量がサイズに関係しているようだ。

調整後にフルサイズになれた樹莉は嫌な予感がすると言い、織彩が止めたにも拘らず検査もせずに明希達の元へ向かった。樹莉の感は当たり間一髪で明希達を救い出す事は出来たが不完全な調整のせいか、力を出し切る前にリミッターがかかったような状態になった。樹莉はその限界ギリギリのラインで明希を冷凍し箱庭へと運んだのだ。

織彩は小さく溜息を吐くと少し目を擦ってまた端末を弾く。一頻りデータを打ち込んで明希の入る調整槽から横にある調整槽へリンクを切り替えるとそこにはロックの姿があった。明希と共にロックの身体も回収したのだ。織彩はロックが運び込まれてくると意識を取り戻す前に呪縛になっているインプットプログラムを解き、再調整に入っていた。今はノアからの呪縛が解けている状態だ。

「織彩、後は引き継ぐから少し休んだら?」

調整室のドアが開いて紫苑が入ってくるとそう声をかける。

「ありがとう

じゃぁ、代わって貰おうかな‥」

ここの処、ずっと仮眠しか取らない状態で織彩も紫苑も調整に取り組んできた為に二人にはかなり疲れの色が濃い。紫苑は織彩の隣に座ると同じように端末を操作し始めた。

「‥なんだ、まだやってたのか?」

職員がコーヒー片手に調整室に入ってくると二人に声をかける。

「うん、どうしても此処迄はやっとかないと‥」

紫苑が疲れた笑顔で返す。

「まぁ細かい事は俺じゃ分からんからお前らに任せるが無理して倒れでもしたらそれこそ一大事だ‥俺が変われる範囲なら変わってやるから一回きちんと寝てこい」

コーヒーをすすりながら言うとモニターを見た。誰もプログラミングが出来ない訳では無いが微妙な調整はやはりこの二人に頼るしかないのだ。

「じゃぁ、引継ぎ頼もうかな‥」

「だったら私はこっちの自動プログラム組むね‥」

織彩が職員に言うと紫苑は明希のプログラムを少し弄り始める。職員は織彩の背後からモニターを眺めながら一通り説明を受けた後、席を替わりプログラミングを始める。織彩は今度その後ろに回り様子を見ながら注意点を促す。粗方、感が掴めてきた職員を見届けると紫苑と共に調整室を後にした。

明希は調整槽の中で夢を見る

束の間の幸せだった時を思い出して‥




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