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Angel09to07  作者: 香奈
11/16

異質な力

「おいっ!ちょっと待てよ!」

解散後、廊下で明希を呼び止めると無言で振り返り海に視線を向ける。

「何でお前はいつもそうなんだよ!

一人で無茶やる前に一言くらい言ってくれても良いだろ?

確かに泣き事、言った俺も悪ぃけどこんなやり方あっかよ!」

「だからそういうのが鬱陶しいんだよ‥頼むから暫く大人しくしててくれ」

この台詞は己自身に対する不甲斐無さと自分に対する心配から出た言葉だと理解しているが明希は敢えて辛辣な言葉を返す。しかし海も明希の言葉が本心では無い事を知っていた。二人は見合ったまま暫くその場に立ち尽くす。

「喧嘩は良くないよ‥」

海の後ろからフルサイズの樹莉が心配そうに顔を出す。

「おわっ!

何だ、お前またでかくなったのか?」

驚いた表情で海が身を引きながら言うと明希も呆気に取られたように樹莉を見た。何故かラウンジの職員が着ている制服を着ている。

「うん、ご飯食べてたら何もしてないのに大きくなった‥服破れちゃったから今縫って貰ってるんだ」

樹莉も不思議そうに自分の掌を眺めながら返すと二人はその光景を想像し何だか複雑な気分になる。恐らくいつも通りテーブルの上で食事をしていたであろう樹莉がいきなり素っ裸のフルサイズ姿になった事を考えると職員の驚き様が目に浮かんだ。

「お前、本当に何もしてないのか?

いきなり気が跳ね上がってるぞ?」

少し神妙な面持ちで明希が聞くと樹莉はいろいろ考えを巡らせた。

「いつも通りだよ

ご飯作って貰ってテーブルの上に一緒に乗せて貰って食べてた

あ、そう言えば帰ってきてから初めて貰った盃でお茶を飲んだけど‥それくらいかな」

ポケットから小さな盃を出して見せながら樹莉は答える。それは普通の者には小さく元の樹莉には少し大きいくらいの真っ白で内側に桜の花弁が一枚描かれた盃だった。明希はそれを手に取るとまじまじと眺めるが別段変わった様子は無い。

「お前そんなもん誰に貰ったの?」

「神様がくれた‥これで飲むと凄く美味しいんだよ」

海が樹莉を見ながら言うとニコニコしながら答える。

「ちょっと来てくれ‥」

明希はそれを聞くと少し驚いたような顔をしてから少し考え込み、樹莉に盃を返して付いて来るように促し、海もその後に続く。そして庵まで来ると東條にその盃を見せた。

「こんな物を一体何処で?」

「神様に貰ったんだけど‥」

東條もまた驚きを隠せない様子で聞くと樹莉は言いながら少し不安そうな顔になる。余りに皆が驚くので何かいけない事なのだろうかと思ったせいだ。

「凄いですね

あそこの神様は気難しいのにこんな物を意図も簡単に貰ってくるなんて‥余程、貴方の事を気に入ったのですね」

「え?それってそんな凄いモノなの?」

感心しながら東條が返すと樹莉は安心したようにホッと胸を撫で下ろし、海は逆に驚いたような顔で口を挟む。

「一見、小さな普通の盃ですがこれは正真正銘の神器ですよ

本来なら現世に身を置く者がこういった物を賜るまで相当の苦労があるんです

それを一時の間に賜るというのは我々にとっては異例の事なんですよ」

東條がその問いに答えると海は東條の手にある盃に視線を移し眺める。

「じゃぁ、樹莉がオリジナルサイズになったってのはその盃の効力か?」

「恐らく‥我々が使ってもただの盃でしょうが所有者と定められた樹莉君が使えば何かしらの好影響はあるでしょう

現に今、彼の中には調整後と同じくらいのエネルギーが満ちています

ただし器が安定していない分、かなり不安定ではありますね」

明希と東條の会話を何だか他人事のように聞きながら樹莉もまた盃に視線を落とす。

「あ‥花弁消えちゃった‥」

異変に気付いて樹莉が言うと皆は盃に注目した。確かに描かれていた筈の花弁が消えている。

「大丈夫ですよ

樹莉君が持てばまた現れる筈ですから‥」

東條はそう言うと杯を返して微笑む。樹莉は盃を受取るとジッと花弁が現れるのを待つ。

「あっ!ホントだ」

暫くするとまた薄く花弁が現れて樹莉はまるで宝物でも見つけたかのように嬉しそうな顔になった。

「神器とは持つ者に力や幸を与えるための物でそれを所有している者はかなり少ない

一族として神器を守っている場合もありますが所有者として神器に認められる者がその家系で生まれる事も珍しいくらい扱いが難しい代物なんです

どんな術者や能力者であっても認められなければそれはただの器でしかないんですよ」

東條は補足するように説明した。

「いったいどういう話をしてそれを貰う事になったんだ?」

明希が興味深げに聞くと樹莉はまた宙を見上げながら考える。

「話って言っても別に大した話はしてないよ

俺の事を聞かれたから今まであった事を話したくらいだし‥」

「では何か言われた事はありますか?」

樹莉が思い出しながら答えると重ねて東條が質問する。

「言われた事‥うーん‥

あ、そう言えば今の俺は本質を凍らせる事で抑えてるんだって言ってた

本質って何だろうって聞いてみたけど教えてくれなかったよ

それでこの先も知らなければ良いねって‥」

樹莉がにこやかに答えると東條は少し驚いた顔をしてから考え込む。

「樹莉の本質ってどういう事だ?」

海がその沈黙に耐え切れず聞くと東條は海に視線を移して口籠る。

「あくまで私的予想ですが樹莉君の本来の力というのはジェイの持つ能力とはまた違うのではないかという事です

それがどういうモノなのか予測も出来ませんが神がそう言うのであれば余り歓迎出来るものでも無さそうですね」

「それは俺達にとって害になる能力って事か?」

沈黙の後に言った東條の言葉に明希が即座に返す。

「其処までは解りませんがたぶん手に負えないという事だけは確かです

人の手に余る力は時に害にさえなりますから‥私達というより人類にとって危険なモノという事だと思います」

答えながら少し俯くと東條は溜息を吐いた。

「大丈夫!

樹莉は良い奴だし心配無いって!」

東條に言われて不安そうにしている樹莉の背中を叩き、海が自信満面に言うと樹莉も少し安心したようにはにかんだ。

「本質がどうあれ樹莉は樹莉だしな‥」

明希も少し微笑んで重ねるとまた樹莉は屈託なく微笑む。

「そうですね‥その盃もきっと樹莉君が変わらないと確信したから渡したのでしょうしその懸念は無用でしょう」

ようやく東條も表情を崩すと続けた。

「それより何時までもその服、借りてる訳にはいかないだろ?

俺のを何枚かやるから着替えろよ」

海が立ち上がりながら言うと樹莉も頷いて立ち上がり二人は庵を出て行く。

「あの盃はもしかして伏線って奴か?」

二人の姿が消えてから明希が東條に問う。

「それは今のところ何とも‥ですが神と呼ばれる存在が気に掛ける程の力の持ち主である事は確かでしょうね

彼が他のエレメンツロイドと同じように生育してないのもその状態が不安定なのもきっと何かしら事情を含んでの事だと思います

その辺りは織彩ならば知っているでしょう」

少し俯いたまま答えるがその内容はいつも明確な返答をする東條にしては歯切れが悪い。今の会話で何かに気付いたのは明希にも見て取れたが東條はそれ以上、何も口にしようとはしなかった。樹莉の後ろに何か未来が視えたのかもと思ったが明希はその様子にもうこれ以上、掘り下げて聞くのを止めた。

「まぁ、あいつの事だから海の言うように心配ないだろう

ともかく樹莉に関しては出来るだけ此処を出ないように注意しとくよ」

言いながら立ち上がると一つ伸びをして庵を出て行く明希、東條はそれを複雑な表情で見送る。

「害をなすのは‥我々の方なんですよ‥」

東條は静まり返った庵で一人ポツリと呟くと目を伏せた。

それから数日、何の進展も無いまま過ぎ、織彩と紫苑は今まで皆の調整で眠る暇も無かったのだがようやくのんびりする事が出来た。マリーとロックは相変わらず指令室に詰めてトニーやミシェルと連絡を密に取りながら今後の作戦などを思案する。

「ご飯持ってきたの」

職員の肩に乗った樹莉が司令室に入ってきて二人に声をかけた。小さくても大きくても樹莉はこれと言ってやる事が無く、誰かの手伝いをして過ごしているのだが今回はこの二人に食事を届ける係をしているのだった。しかし小さくなってしまうと自分では運べないので近くにいる者に運んで貰う。樹莉は食事のトレーと共に机の上に下ろして貰うと職員に手を振りながら見送った。

「マリー‥なんだこのちんちくりんは?」

ロックは不思議そうな顔で樹莉を見ながらマリーに問うと樹莉はカチンときた顔をした。

「樹‥樹莉くんちんちくりんじゃないのっ!

失礼なのっ!」

すぐにワーワーと言い返す。

「そう言えばその姿の樹莉を見るの初めてだっけ?

お前を倒して連れてきた樹莉だよ

今はそんなだけど大きな姿なら此処でも何度か見た事あるだろ?」

マリーが少し笑いを含みながら説明するとロックはヒョイと樹莉に視線を合わせるように屈んで柔らかいほっぺたを少しぷにっと突いてみた。ロックは操られていたとはいえ樹莉に深手を負わされたせいかトラウマ的に樹莉が苦手で此処でも姿を見る度に避けている。しかしこの姿だと恐怖心はあまり生まれない。

「つ‥突かないで欲しいのっ!

樹莉くん玩具じゃないのっ!」

感触が気持ち良いのかロックは樹莉を突きまくるが樹莉は反撃出来ない。

「あははは、あんまり虐めてやるなよ‥」

その様子を見てマリーは笑いながらロックに言った。マリーに言われるとロックは突くのを止め、樹莉を顔の近くまで持ち上げ二人は見合ったまま固まる。

「お前、面白いな‥」

ポツリと言いながらロックが優しげに微笑むとマリーは少し驚いた顔をした。今まで人らしい表情を示した事が無いロックが微笑んだのだからマリーは呆気に取られ、茫然と二人を見る。

「樹莉くん面白くないの!失礼なの!」

「あいつは嫌いだけどお前は好きだぞ」

また怒りながら樹莉が言い返すとロックは椅子に腰を下ろし樹莉を抱えたまま食事を始めた。マリーはその様子を見るとクスッとまた笑ってから同じように座る。

「悪いけど暫くこいつに付き合ってやってくれな樹莉‥」

微笑みながらマリーが言うと樹莉は複雑そうな顔で大人しくロックに抱かれていた。

一方、その頃の明希と海は訓練室で軽く身体を動かしていた。ようやく明希の身体が自由に動くようになり、感覚を取り戻す為に海を相手に組み手を始めたのだ。とは言っても喧嘩くらいしか経験の無い海にとって明希が本調子でなくても歯が立たない。涼しげに攻撃を交わす明希に何時しか本気モードになってついつい力が入る。

「くっそっ!」

海は振り返り様に明希に殴りかかるがそれもフッと交わされつい無意識に鎌鼬が出た。しかも運悪くそれは明希の鼻先を掠めて前髪をバッサリと落し、途端に明希はぴたりと足を止める。

「わ‥悪ぃっ!」

海は言うと駆け寄りその顔を確認する。しっかり表情が分かるくらいには前髪が無くなっていた。

「てめぇ‥」

明希は手で前髪を触り長さを確認すると海を睨みつける。

「いや、その‥事故、事故だってっ!

マジでわざとじゃないってっ!」

あたふたと言い訳をするが明希の怒りは収まらないようだ。

「本当悪かったって!

何なら俺の毛も切って良いから‥許してくれって!」

海は平謝りに謝ったが明希は金属糸で瞬時に後ろ髪をバッサリ刈った。部屋のガラス面で確認すると自慢の後ろ髪が綺麗に無くなっていたが文句を言える筈も無く少し涙目で心の中で後ろ髪に別れを告げる。

「これくらいで許してやる」

まだ怒りが収まらないのか無愛想にそれだけ言って海を残したまま部屋を出て行く。慌てて海はその後を追うように部屋を出て明希の後ろをついて歩いた。

「マジで力を使う気は無かったんだ‥」

「そんなのは分かってる‥寧ろ無意識で力を使えるのは戦闘には有利になったって事で謝る事じゃない」

海が言いかけると遮るように明希は返すがやはりまだ怒りは収まっていないようで海はかける言葉が無く暫く考え込む。

「あ、何だ‥お前、もしかして表情見られんの嫌なのか?」

何時までも機嫌を直さない明希に海はハッとしたように呟く。言った途端に明希はピタリと足を止め、海はぶつかりそうになりながら自分も止まった。

「悪ぃかよ?」

こちらを振り返りもせず明希が言うと海はなんだか無性に可愛らしく思える。

「別に悪くは無いけどさ‥どんな表情だって見せてやれよ

その方が皆、安心すると思うぜ?

それに男前、隠してるの勿体無いじゃん」

宥めるように海が言うと明希は呆れたように大きく溜息を吐く。

「別に自分が不細工とか思ってねぇよ‥寧ろあんたより男前だと自分でも思うぜ」

がっくり何かに脱力したように肩を落とし答えた。

「なっ‥そりゃ言い過ぎだろ?」

海は少しムッとしたように返すと明希の機嫌が直った事が分かって安心する。

「ま、良いや‥続きやろうぜ」

少し笑みを浮かべて明希が振り返ると海も少し微笑んだ。

「何だお前ら‥酷い頭してんな‥」

職員が前から歩いてきて二人を見てそう言う。「まぁ、これはちょっと‥」

海が苦笑いで触れて欲しくなさそうに返すと何かを察したように溜息を吐いた。

「どうでも良いがその頭じゃカッコつかんだろ‥俺が直してやるからこっち来い」

片手に持ったファイルで二人に手招きすると来た道を引き返す。

「いやもう(虎刈りなのは)これで十分だしそのうち伸びるし‥」

海が言い逃れをしようと思っても聞こえない振りをする職員に二人は諦めて続く。そして二人仲良く綺麗に散髪されるとそれぞれ無くなった部分を寂しげに思い返しながら心で泣いたのだった。


ようやく取れた休みに陸は翔子とのデートをキャンセルしてある山間の町にやってきた。何処と無く自分が育った田舎を思い出させる風景に少し気分を緩め、小学校らしき建物を見つけると傍にある喫茶店の駐車場に車を止め店に入る。さも常連というような中年や老人がカウンターを陣取ってマスターと談笑していた。陸はそれを通り過ぎ、窓際のテーブル席に着くとすぐに中年の女性が注文を取りにカウンターの奥からやってくる。陸がメニューを見る事も無く注文を済ませると中年女性はそそくさとカウンターの奥に戻りヒソヒソと常連客と話しながら少し頬を染めた。どうやら見知らぬ男前の客を気にしているのだろう、常連客がチラチラと見てくるが陸はそんな事も構わず窓の外を眺めていた。

数日前の事、陸は珍しい人物から電話を受けた。

「もしかすると協力は得られないかもしれませんけどダメ元で尋ねてみて下さいませんか?」

東條はある人物に少しでも協力して貰えないか陸に打診に行って欲しいと頼んだのだ。東條自身、今のままでは身動きが取れず師に対抗する事も出来ないので苦肉の策だった。陸はそれを承諾し東條の名代として今、此処に居る。

コーヒーをゆっくり飲み終る頃に何組かの小学生のグループを見送り、ある集団を見て陸は徐に立ち上がりレジに向かう。

「すみませんが少しの間だけ車を止めさせて頂いても構いませんか?

所要を済ませたらすぐに退けますんで‥」

微笑ながらレジで言うと相変わらず陸に見惚れながらどうぞどうぞと女性は快諾した。陸は喫茶店を出るとそのまま学校の方へ向かい四人で固まって歩いていた小学生に声をかける。

「すまないがこの辺りに水上神社という所はあるかな?」

「それならこの先の路地を入って右に行ったトコなんだけど分かり難いからなぁ‥」

陸が質問すると一人がそう答えた。

「じゃぁ俺が案内するから付いて来なよ‥」

別の一人が答えると他の仲間は知らない大人について行って大丈夫だろうかと不安そうな顔をする。

「帰ったらすぐ例の場所に集合な!」

案内すると言った少年はそんな気持ちを察したのか元気に言うと陸に付いて来るように促し仲間に手を振った。陸はそれに付いて歩き出し他の子供に丁寧に礼を言うと背を向ける。そして路地に入り人気が無くなった所でその少年は足を止めて陸を振り返った。

「こう言うの困るんだけど‥誰に聞いた?」

子供らしい表情は一変して冷たい表情で問う。

「東條さんに貴方のお力をお貸し頂けないか打診するよう言われて来ました」

ピリピリした空気に臆さず陸が返すと少年は溜息を吐いた。

「悪いが可愛い弟弟子の頼みでも今は無理だ

僕を引き取ってくれたのは普通の夫婦だ‥迷惑はかけたくない

もし自分に危険が迫ろうが仮初の両親が危ない目に遭おうが僕は普通の子供として振る舞う

あくまでも普通の家族である事、それが両親の願いであり僕の望みだ」

少年は陸に視線を合わせようともせずにそう答える。

「分かりました、では東條さんにもそう伝えておきます

気分を害して申し訳ありませんでした」

陸は東條の予想通りの答えにただそう返答するしかなかった。見た目はただの小学生だが東條を弟弟子と言うのだから恐らくこの姿も仮初のモノなのだろうと察し、至極丁寧に対応すると諦めて少年に背を向ける。

「来る途中、山の中腹辺りに古寺があっただろう?

住職の子供に面白い奴がいるからもしかしたら手を貸して貰えるかもしれないぞ」

その言葉に陸は振り返るがもう其処に少年の姿は無かった。陸は暫くその場に立ち尽くしていたが諦めたように店に戻り、車に乗り込むと来た道を引き返す。そして言われたように寺に立ち寄ってみる事にした。

公道から寺に向かう私道に入り、駐車場らしき空き地に車を止めると辺りを見回しながら寺の方へ歩み寄る。古いがよく手入れされていた。開け放たれた門の前でどう話を持っていこうかと思案していると作務衣姿の初老の男が通りかかって陸に気が付く。

「お参りですか?ご苦労さんです」

男は両手に箒と塵取りを持ったままにこやかに陸に話しかけてきた。

「あ、いえ‥立派なお寺が見えたもので少し見学させて貰おうかと思いまして‥」

取り繕うように言い、突然の事で動揺したが中に入るきっかけになればと出来る限り愛想良く微笑んで見せる。

「そうでしたか‥こないな何も無い寺ですけど良かったらいろいろ見学してって下さい

さ、どうぞどうぞ」

その笑顔に気を良くしたのか男も気前よく陸を招き入れた。門を潜ると脇に大きな鐘と本堂らしき建物が見え遠目で見るよりとても立派だった。

「お父ちゃん、掃除終ったよ」

本堂の脇にある小さなお堂の裏の方から女の子が走りながら男に近付いてくると陸から隠れるように男の陰に引っ込む。

「ご苦労さん、娘の涼香です

ほら、お客さんにご挨拶しいや‥」

男は陸と涼香を交互に見ながら言うと涼香は恐る恐る陸を見上げ無言でぺこりと会釈した。

「こんにちは、お邪魔してます」

陸が微笑みながら言うと涼香はまた男の陰に身を隠す。

「すんませんなぁ、人見知りで‥」

困ったように男が笑うと陸は構いませんと返しながら微笑む。

「お父ちゃん、また迦狩(かがり)兄ちゃんお勤めサボって遊びに行きはったで‥」

「全くしゃぁない奴やなぁ‥」

ぼそりと涼香が言うと男は大きく溜息を吐く。

(ゆたか)兄ちゃんは学校から帰ってきてるか?」

「うん、迦狩兄ちゃんの代わりに(とき)兄ちゃんと一緒にお勤めの準備してはる」

「そうか‥せやったら涼香も遊んどいで‥早苗ちゃんと約束してるんやろ?」

男が言うと涼香はまたそそくさと来た方向に走り去って行った。陸はその会話の中で一体どの人物があの少年の言う面白い奴なのだろうかと考えていた。恐らくあの涼香という少女は違うだろう、少しは霊感が有りそうだが男とそれほど変わらない。

「賑やかで良いですね

それにしても地元の方じゃないんですか?」

微笑ましく涼香を見送ると特徴のある訛りが気になり男に問いかけてみる。

「ええ、関西の方から一昨年、越してきたんですわ

元々、同じ時分に修業した方のお寺やったんですけど病気で亡くならはって‥独り者やったんで私等が最後まで面倒診て此処も引き継がしてもうたんです

ホンマに立派な方で私も何度も助けて貰いましたよってに少しでもご恩返し出来たら思いましてねぇ」

しみじみ言いながら男が微笑むと陸も微笑んで返す。

「良かったら本堂の方も上がって見て行って下さい

今、息子らがお勤めの準備してるんでガタガタしてますけど綺麗な仏さんがいてはるんで是非‥」

続けると中へと案内してくれた。本堂では中学生くらいの少年と大学生くらいの青年が掃除をしたり供物を整えたりしている。二人は男と陸に気付くと合唱して一礼した。

「しっかりしたお子さんですね‥」

陸はそれに微笑んで会釈しながら男に言うと男も満足げに微笑んだ。

「まだまだ修行中ですがようやってくれるんで助かっとります

親バカですが自慢の息子等なんですよ」

機嫌良さそうに返してから本堂の説明をあれこれ陸に聞かせる。しかし陸は話半分で息子達に意識を集中してみるがこれと言って特別なモノは何も感じられない。説明を受けながらも時折そちらに話を振ってはみるが極普通の学生のようだった。

そして一通り見て回ると陸は丁寧に礼を言って寺を出る。何の収穫も得られないまま帰る事になったせいでグッと疲れた気がした。車のキーをポケットから出しロックを解除してドアノブに手をかけると陸は固まる。窓ガラスに人影が映っているのだがその人影は宙を浮いていた。陸は慌てて振り返り、空を見上げるとそこには高校生くらいの少しやんちゃそうな少年が陸を見下ろしていた。

挿絵(By みてみん)

「気色悪ぃ気配や思うたら人間やんけ‥お前、何モンや?」

冷ややかな目でジッと陸を見ながら言うその顔はその辺の高校生の迫力では無い。一瞬、気圧されそうになったが陸は気持ちを落ち着ける。

「君の力が借りたいと思って来た‥でも諦めた方が良さそうだ‥」

肝は座っていそうな感じはしたがあの幸せそうな家庭からこの少年を血腥い戦場に向かわせる事は出来ないと陸は咄嗟にそう思った。その上、たいした気を感じる訳でも無く、異質な感じはするが先ほどの男達と然程、素養は変わらない。

「何やそれ‥どういう事か説明もせんと諦めるんか?

それ以前にあんた俺の質問に答えて無いやろ?」

ヒョイと前に降りてくると陸を指差して詰め寄る。

「迦狩君、と言ったかな‥進んで厄介事を招き入れない方が良い

後戻りは出来る内にしておかないときっと後悔する」

大人の余裕を見せつけるように陸は薄く微笑んで返す。その言葉に迦狩はカチンと来たのかニコリともせず陸を睨み上げた。しかし陸は動じる事は無く、こういった威嚇的行動に慣れているのは職業柄と言ったところ。

「あんた一体、何モンや?」

さして驚くでも無く努めて冷静な陸に対してもう一度、質問を投げかける。

「別に怪しい者では無い、けれどいろいろ面倒なので名乗るのは控えておくよ

ある方に此処に面白い奴が居るから助力を乞うてみてはと言われて来たんだが君のような子供だとは思いもしなかったんだ

失礼したね、この事は忘れてくれ‥」

敵意が無い事をアピールするが迦狩はただ胡散臭そうに陸を眺め、隙を突くように軽く陸の手に触れた。陸はそれに少し驚き咄嗟に半歩後方へ下がるが迦狩は触れた体制から固まって動かず脂汗を浮かべていた。

「何やこれ‥あんた‥何モンや?」

固まったままポツリと言った迦狩を更に驚いたように陸は見る。

「何やあの化け物?

あんたらホンマに人間か?」

脂汗を浮かべたまま我に帰ると迦狩は表情を厳しくしながら陸を睨みつけた。触れられて陸は初めて迦狩の持つ能力を理解した、人々が一般的に超能力やサイキックと呼ぶ自分達とは全く違う能力だ。

「記憶を読んだのか?」

今までの表情とは一変して陸の表情が硬くなる。

「嘘吐かれんのは好きや無いんでな

手っ取り早くと思ったんやけど‥余計訳解らんようんなったわ

刑事さんっていう職業柄、そら迂闊に身元は明かせんわな

せやけどこれ以上、首突っ込んだらあんたも後戻りでけへんのんちゃうんか?」

少し笑みさえ浮かべて迦狩は強がりながら言うがまだ脂汗が滲んでいる。陸の強烈な記憶にまだ恐怖が拭えないのだろう。

「戻るつもりは毛頭無い

君が何処迄の記憶を読んだかは知らないが忘れた方が良い

我々が今いる世界は君には荷が重過ぎる」

一息吐くと陸は冷ややかに言って迦狩に背を向けた。少年相手と迂闊すぎた自分に後悔の念さえ浮かべる。

「待てや!

協力するかせぇへんかまだ返事してへんやろ?」

迦狩が慌てて言うが陸は構わず車に乗り込んだ。

「記憶を見たなら解るだろう?

時に家族さえも危険に晒す事になるんだ

まだ擁護されている君が立ち入って良い世界じゃない」

陸は言い放つと車を出した。迦狩はそう言われそれ以上、何も言わずグッと拳を握ったまま走り去る陸の車を睨みつける。家族の危険より何よりただ自分が怖かったのだと気付いた迦狩は己の気持ちに嫌悪感さえ覚えていた。

帰る道すがら、陸は東條に連絡を取ってあった事をありのまま話す。

『そうでしたか‥悪い事をしましたね

貴方にもあの方にも‥』

やはりという感じで最後にそう答えてから深い溜息を吐く東條に陸もまた深い溜息を吐く。

『ともあれご苦労様でした

今は周りに不穏な輩はいませんがこれからも十分気を付けて行動して下さい

貴方は特殊ですから海のようにすぐに気取られる事は無いと思いますが捜査の続行や例の件もありますので‥

何かあったらすぐに連絡を下さいね‥では』

東條は続けて言うと電話を切った。陸はスマホを助手席に置くと一つ伸びをしてから車を再度走らせる。家に着いたのは夜中近くになっていた。車を駐車場に入れると紙袋を手にマンションに入り、溜息交じりにエレベーターに乗り込んだ。部屋の前まで来ると陸は足を止める。

「もしかしてかなり待ってた?」

膝を抱えてドアの前で座っている翔子にそう声をかけるとようやく陸に気付いて顔を上げた。

「急にごめんね‥でも会いたくなっちゃって‥」

はにかんだ翔子の顔は少し疲れたような感じでかなりの時間、此処に居たのだと分かった。

「スペアキーで中に入ってれば良かったのに‥」

陸は翔子の手を取ると言いながら少し冷えた身体を抱き寄せて鍵を開けた。

「うん、でも何となく此処で待ってたかったんだ‥」

寄り添いながら返すとその温もりを噛み締める。陸が危険に身を晒している事を知っているが故に何時も失う心配をしてしまうのだ。それが分かるから陸もあえて翔子との一線を越えられないでいる。あと数日で付き合い始めて三ヶ月なるという二人の仲はまだ清いままだった。

「そう言えば今度のゴールデンウィーク明けの翌週くらいに纏まった休みが取れそうなんだ

もし翔子も休みが取れそうなら今日の埋め合わせに二人で旅行でも行かないか?」

陸は少しでも翔子の笑顔が見たくてそう切り出したが翔子は少し嬉しそうな顔をした後、また表情を曇らせる。

「凄く嬉しい‥けど、大変なんでしょ?

私は待ってられるから大丈夫だよ」

暫くの沈黙の後に無理やり笑顔を作ってそう返す。その態度に今までかなり精神的無理を強いてきたのだと痛感した。付き合い始めてこれまで翔子が陸に対して我儘を言った事など無く、今日のようなドタキャンは日常的でいつ愛想を尽かされてもおかしくなかった。確かに初めに覚悟は強いたが此処まで健気だと陸自身、胸が痛む。

「俺は本当に君に甘えてばかりだな‥

この先、俺は君に何をしてあげられるんだろう‥」

少し視線を落として申し訳なさそうに陸が呟くと翔子はコーヒーカップを持つ陸の手に己の手を添えた。

「何もいらないよ‥ただ無事に帰ってきてくれたら何もいらない

でも‥もし一つだけ我儘を聞いて貰えるなら証が欲しいの

貴方を待ってても良いっていうちゃんとした証が欲しい‥」

少しだけ頬を染めて少し伏し目がちに翔子はそう訴える。

「今の俺の身体は翔子に害しか与えない‥だから‥」

「そんなのどうだって良いのっ!

私‥これ以上、不安でいたくないっ!」

陸が言いかけると翔子は今まで堪えていた気持ちが爆発したかのようにその言葉を遮った。そして陸の手を握ったまま泣きながらテーブルに顔を伏せると小刻みに肩を震わせる。陸は翔子が初めて訴えた己の望みを噛み締めるように心の中で繰り返すと意を決したように立ち上がり、翔子を抱き上げ自室のベットにゆっくりと横たえた。唇で翔子の涙を拭うように優しく何度もキスをする。この先どうなるか分からないけれどそれでも翔子との未来を望みたいと強く願い、二人はようやく互いの想いを深く受け入れる事が出来た。

「旅行より君の両親の所へ挨拶に行かなきゃな‥」

「え?良いの?」

翔子に腕枕をしながら陸が言うと翔子は驚いたような顔で返す。

「良いも何も全部終わったら結婚してくれるんだろう?

だから逃げられない内に婚約くらいしとかないとな‥」

陸は少し冗談ぽく笑いながら翔子の額に口付けた。

「それはこっちのセリフよ!」

そう返しながら翔子も笑って陸を抱きしめる。そうやって睦まじく話してはキスを繰り返しながら二人は少しづつ眠りに落ちて行く。

二人が眠りに落ちた頃、陸のスマホが静かな部屋に鳴り響き、その安寧に亀裂が走った。

「はい、藤木‥」

陸は名残惜しそうに翔子の傍を離れ電話に出る。

『おう、こんな夜中に悪ぃがちょっと厄介な事になった

お前んトコの管轄内でバーサーカーモドキが暴れてる

一応、人払いの結界は足立の奴が張ってるがあんまり抑えられそうにねぇ‥箱庭に連絡はやったがお前の方が早く着けるだろうから応援が来るまでちょっと来てくれ』

電話の主はあのコーディネーター仲間だった。陸はチラリと翔子を見ると翔子はぼんやりした視線で大丈夫と言わんばかりに少し寂しげに微笑んだ。

「すぐに行きます‥場所は?」

振り切るように言って服を着ながら説明を聞くと電話を切った。

「すぐに戻るから先に眠っててくれ‥」

陸は翔子の頬にキスをすると身なりを整える。

「うん、気を付けてね‥」

強がりながら笑顔で答えると翔子は陸を見送った。

車で数分のオフィス街まで来ると結界の気配を感じて車を止める。辺りは静まり返っていて小さく呪を呟きながら道の先へ進み、何かを潜り抜ける感覚がすると次の瞬間に風景は一変した。燃え盛る一軒の倉庫と人ともバーサーカーとも違う歪な影。

「おう、こっちだっ!」

電話をかけてきた男が陸に気付いてこちらに駆けて来るとその脇でまた爆発が起こりその歪な影はこちらに向かって歩き出す。

「状況は?」

男に並走するように走ると陸は事情を聴く。

「いやな、例の薬の出所を調べてて辿り着いたんだがどっかのバカがどうやら規定量を超えて使ったらしい

不完全な代モンみたいだがやっぱりありゃ何らかの試薬だったみてぇだ

あの売人も周りにいた奴らもぶっ殺した上にこの様だ

とにかく他に被害が及ばんようにこうして結界の中で振り回してるんだが俺等もそろそろ限界でな‥」

息を切らせながら説明する男からもう一度その化け物に視線を合わせると陸はカッと立ち止まった。

「後は任せて下さい

あいつは俺が足止めしますんで‥」

言い置くと化け物に向かって構える。

「頼んだぜぇっ!」

男は止まる事無くそのまま安全地帯に向かって走り続けた。対峙するとどうやら今までの奴とは違うと陸も直感で理解し、相手と距離を取りながら捕獲する術を模索するが向こうはお構いなしに攻撃を仕掛けてきた。何とか交わしながらようやく化け物の懐まで来ると軽く化け物に触れる。瞬間、化け物の動きが完全に止まった。

「人間でも動物でも電気信号で身体を動かしている

それを麻痺させてやれば動けないだろう?」

今の状況に混乱する化け物に陸が囁く。

「大丈夫かっ?」

男ともう一人の結界を張っていた中年の女性が恐る恐るこちらを見ながら言った。

「ええ、これで暫くは大丈夫だと‥」

二人を振り返り陸が言いかけた途端に鈍い衝撃で陸は吹き飛ばされる。慌てて体制を立て直して陸が化け物を見ると化け物はおぼつかないながら動きを取り戻そうとしていた。

「そんな‥完全に神経を麻痺させた筈だ‥」

驚きに言葉が漏れる。陸は動きの悪い化け物の脇に滑り込むように寄ってもう一度、軽く触れたが動きは止まらずまた吹き飛ばされた。捕獲は諦めようかと思案しながら距離を取っているといきなり化け物の動きが止まり、思わず呆気に取られて見ていると取り巻くように球状に水らしき物が化け物を包んだ。

「それに触れてもっかい同じ事してみぃや‥今やったら思いきり電気流したったら気絶しよるやろ?」

聞いた事のある訛りと声でハッとして少し上を見上げると迦狩があの時と同じように陸を見下ろしていた。

「何してるっ!

関わるなと言った筈だっ!!」

「初めに協力してくれ言うたんはそっちやろ?

ええから早よしいや‥」

陸が余裕の無い剣幕で言うと迦狩は鬱陶しそうにそう返す。仕方なく陸はその球状の水の中で藻掻く化け物に視線を移すと球の表面に手を置いて電気を流した。化け物は痙攣しながら気を失いその球状の水もそれと同時に辺りにバシャッと流れ落ちる。陸はすぐさま懐から札を出し化け物が目覚めぬ内に束縛用の呪をかけた。それを遠巻きに見ていた男と中年女性はようやく陸達の方に歩み寄ってくる。

「全く探すのに手間かかったで‥知り合いの占ではあんたの気配、追われへんかったからあちこち跳んで探したんやで?」

ヒョイと降りてきて迦狩が不機嫌そうに言うと男と女性は陸に説明を求めるような顔を向けた。

「確かに君の力は借りたいがまだ未成年だろう?

早く家に戻りなさい」

しかし陸は迦狩から視線を外さずに厳しい口調で返す。

「ちゃんと親父等には事情言うて出て来てる

危なくなったら帰る約束もしてきたし文句無いやろ?

それにこんな奴らがのさばってきたらどっち道、世の中終わりちゃうんか?

俺かて護りたいモンくらいあるんやで」

相変わらず強気な物言いで陸はまるで海を見ているような気分になる。その生意気で無謀な態度に頭痛がするような気がして陸は頭を抱えた。

「あ、おとんか?ちょう待ってや‥

ほれ、一応、親父が話ある言うてたから話したってくれ‥」

迦狩はそのまま何処かに電話をかけ相手が出た所で陸に差し出す。

「もしもし‥」

陸はこの状況をどう説明しようか頭を働かせながら口を開いた。

『ああ、昼間のお兄さんですか?

事情はだいたい息子から聞いてるんで説明はいりませんねん‥何処まで役に立つか分かりませんけど本人も望んでますし遠慮のう使うたって下さい

私らもええ経験やと思うて送り出してますんで‥ただ、ホンマにしょうもない愚息ですけど私らにとっては宝物なんでどうか最後は返したって下さい』

その話しぶりは暢気な口調だが切実な感じがすぐに汲み取れる。

「しかし我々の関わっているのは命の危険を伴う‥」

『それも承知してますし本人もちゃんと解ってる思います

何よりあの子が初めて自分から他人さんに一生懸命になったんで私としてはとても嬉しゅう思うてるんですわ

例えそれが命懸けの事であっても関わった以上、これも仏さんの導きやと思うんですよ‥いろいろご迷惑もかける思うんですがどうか愚息の成長にとって必要な事や思うて微力ながら力添えさしたって下さい

私等は何も出来ませんがせめて無事でいられるようにお祈りしときますよってに‥』

陸が言い返そうとすると言葉を遮るように続けた男に陸はありがたいやら申し訳ないやらという気持ちになった。

「では少しの間だけ息子さんをお借りします」

絞り出すように陸は眉を寄せて答えると電話を切る。見ず知らずの自分にどんな想いで息子を託したのか安易に察する事が出来るから尚更、心が痛んだ。

「決まりやな、ほなとりあえずコレ何とかせなな‥」

迦狩は勝ち誇ったように微笑むと化け物を指差した。

「それならもうじき特殊班が引き取りに来る

そろそろお前は引き上げな陸‥弟が来るみてぇだぜ?」

今まで黙っていた男は遠くを見ながら陸に言うと今話し込むのを諦め、迦狩の情報は後で聞く事にした。

「ではそうさせて貰います

君は箱庭へ一緒に連れて行って貰うと良い

そこへ行けば東條という人がいるからいろいろ聞いてくれ‥それから私の事は箱庭ではくれぐれも内密にしておいて欲しい」

一つ溜息を吐くと何時もの表情に戻って陸は迦狩に言うと後を任せるように男に視線を移す。男が頷くと陸は結界の外に向かって歩き出したが次の瞬間に道の向こうからいきなりトラックが現れた。そして四人の前で止まると助手席側から慌てて海が飛び出してきて凄い剣幕で陸に駆け寄ってくる。

「何でお前が此処にいんだよっ!」

訳が分からないといった風の海が陸に詰め寄ると陸はまた頭を抱えて深く溜息を吐く。

「何だ、早かったな‥」

後から運転席から降りてきた明希に男が言うと明希はゆっくり煙草の煙を吐きながら二人を見た。

「もしもと思って少し急いで来たんだが逆に不味かったか?」

別段気にするでも無く答える。

「お前知ってたのかよ!

どういう事だよコレッ!」

海は明希にも当たり始めると明希は何も言わず困ったように頭を掻いた。

「俺が進んでやってる事だ

他の誰のせいでも無い」

「だからって俺に隠れてこんな危ない事すんなよ!

翔子ちゃんどうすんだよ!?」

「知らんかったんはあんたが知ろうとせんかったからやろ?

そいつのせいちゃうやんけ」

陸と海の言い合いに迦狩が水を差す。

「なんだクソガキ!

もっぺん言ってみろ!」

「何回でも言うたるわ!

知らんの人のせいにする前に知る努力せぇっちゅうとんじゃボケっ!」

売り言葉に買い言葉。どうやら相性は抜群のようだった。

「その辺にしとけよ二人とも‥とにかく一旦此処を離れるぞ

話はそれからだ‥せっかくだからあんたもこのまま来てくれ

情報の擦り合わせをしておこう」

海と迦狩を宥めつつ明希が陸に言うと陸は少し戸惑いを見せる。

「いや、俺は一度、家に戻らないと‥この件もあるし職場に顔を出してからそちらへ行くよ」

「良いよ来なくても!

お前はあくまで一般人なんだからな!」

歯切れの悪い返事に海は事情を察して改めて釘を刺す。そして封印された化け物を風で持ち上げるとトラックの方へ運んだ。

「ま、あいつの事はさておいて時間が出来たら来てくれや‥」

小声で言って明希が肩をポンと叩くと陸は小さく頷いた。

「俺はあんたらと行ったらええんか?」

迦狩が言うと明希は陸を見る。

「彼が協力してくれるそうだ

東條さんの所へ連れて行ってやってくれ」

「じゃぁ付いて来い‥」

陸が言うと明希は頭を掻いてから複雑な表情をして迦狩に声をかけ歩き出した。先程の態度を見れば海の二乗という感じで今から気が重くなる。陸はそれを見送ってから自分もその場を立ち去った。

箱庭に着くとトラックの荷台が開いて迦狩は辺りを見回しながら呆ける。まるでテレビで見た秘密基地さながらの格納庫に驚きを隠せない。

「付いて来い‥」

明希に言われて荷台から降りると作業員が代わりに乗り込んで化け物の入ったカプセルを運び出す。海はあんまり面白く無さそうに二人の後に続いた。

「なぁ、その東條とかいう人何モンなんや?

俺と同じ能力者か?」

迦狩が聞くと明希はチラリと迦狩の顔を見てからまた視線を前に移す。

「俺はお前の能力がどういうものかは知らん

とりあえず直接本人に聞くんだな‥」

簡潔に答えるが余りに愛想の無いその態度と答えに迦狩は少しムッとする。庵の傍まで来ると東條が何時ものようにニコニコしながら待っていた。三人は誘われて庵に入ると用意された座卓の前の座布団に腰を下ろす。

「あんたが東條か?」

「はい」

不躾に開口一番、迦狩が聞くと東條はにっこり微笑んで返した。

「貴方の事は陸から多少は聞いています

貴方は陸の記憶を読んで私達の事をどれくらい理解しましたか?」

返事の後に東條が優しげに聞くと迦狩は少し視線を下げて複雑な表情をする。

「記憶を読んだっちゅうても断片的な映像の集合であんまり詳しい事までは分からへん‥でもなんや物騒な事になっとるのは分かるしあんたらが世の中からあんな化けモンを失くそう考えてるんは分かった

その為に俺みたいな特殊な奴の力が必要なんやろ?

でも分かれへん事もある‥なんで化け物を失くすのに化けモンを創ってるんや?

能力者がおったら化け物なんて創らんでもええやろ?」

とにかく分からない事を並べ立てた。

「では疑問にお答えしますね

貴方の力が借りたいのは確かです

私は特殊能力を使いますがそれはあくまで資質や訓練で培われてきたモノです

ですがそれを上回る力を自由に使えるように人工的に化け物を作ってきた科学者達がいます

彼等はその犠牲者と言っても良いでしょう‥そしてその化け物に対抗する力を有する彼等の協力も必要だから敢えて今は強化しているのです」

東條が言い終えると迦狩はなんだか納得出来ないという顔をした。

「納得出来ないと思うのも無理からぬ話ですがこれが現実なんですよ

それより私達は貴方の事について何も知りません

協力して頂けるのはありがたいのですがもう少し貴方の力について教えて頂いても構いませんか?」

「そういや俺かてそれで分からん事あるんやけどな‥何で俺が能力者やって知っとってん?

俺もう長い事、人前で力使うた事無いで?」

続けた東條に思い出したように迦狩は質問を返す。

「それは陸が私の兄弟子から聞いたと聞き及んでいます

何でも面白い奴がいるから助力を乞うてみてはどうかと‥」

すぐに東條が答えると迦狩は腕を組んで考え込むが思い当たる人物は無い。

「俺の事、知ってる言うたら俺の家族か雲迦のオッチャンやけど雲迦のオッチャンはもう死んでるしな‥あと一部の連中しか知らんけどどの人も俺に内緒で力の事、話よるモンはおらん筈や‥」

独り言のように呟く。

「‥雲迦とはもしかして緑青雲迦(りょくしょううんか)上人の事ですか?」

「オッチャンの事、知っとるんか?」

聞き覚えのある名前に東條が質問をすると迦狩は驚いたように聞き返した。

「ええ、よく‥お山で修業していた中でもかなり実力のある方でしたから‥

でも修行半ばで普通の僧侶として人と共に在りたいと袂を分かって出て行かれました

中にはそれを中傷する人も居ましたが私は今でもその姿勢は尊敬に値すると思っています」

懐かしむように東條が言うと迦狩の表情は少し緩む。

「何や、オッチャンの知り合いやったんか‥ならうちのオトンの事も知ってるんか?

宮間慈捧(みやまじほう)言うんやけどな」

「残念ながらその方は存じ上げません

恐らく修行の場所と期間が違うと思います

雲迦上人と会ったのはまだ私が5歳で雲迦上人が10歳の時ですしそれから3年後に雲迦上人は一般の修行場へ入られたので私はお会いしていませんから‥」

人懐こく迦狩が聞くと少し困った顔で東條はそれに返し、迦狩は固まってまた難しい顔で考え始めた。

「え?ちょう待てよ‥

親父がオッチャンに会うたんは15の時や言うててその時オッチャン23でオトンと同じ修行僧や言うてたぞ?

あんなよう出来るオッチャンがそんな長い事修行僧やるように見えへんけど何でや?」

迦狩は訳が分からないという顔をしてからハッとする。

「っていうかあんたうちのオトンとそんな歳変わらんのんちゃうんけ?

いや!ちょう待て待て‥うちのオトンより年上やろっ!?」

慌てて言いながら少し身を引いた。

「そうですね、貴方の父君より3つほど上になりますか‥」

東條はただニコニコしてそれを見ていたがポツリと言う。

「うちのオトン、今年55やぞ!?」

驚いた顔のまま迦狩が言うと今まで黙って二人の話を聞いていた明希と海も呆気に取られたような顔で東條を見る。

「私、これでも今年で58歳になります」

それを聞いて3人とも驚いたまま固まった。

「「「はぁーーーーっっっ!?」」」

暫くの沈黙の後、三人同時に驚きの声を上げる。

「ちょっ‥それ、どんな若作りしたらそうなるんだよ?

ってか、それも呪術なのか?そうなのかっ!?」

迦狩そっちのけで海が食いついた。

「歳食ってるとは思ったがまさかそんなに見た目でサバ読んでたとは‥な‥」

明希も驚きから呆れに表情を移しながら続ける。

「酷い言われようですね

別に聞かれなかったから答えなかっただけで嘘は吐いていませんよ?

それにこれと言って若作りなんかしてませんし‥」

流石にニコニコしていた東條も心外だと言わんばかりに表情を曇らせるがまだ迦狩は口を半開きに驚いた顔のままだ。

「ところで話は逸れてしまいましたが少し謎が解けてきました

あの方は‥私の兄弟子はお山を出た後に雲迦上人を頼って行かれたのですね

そして上人は特殊な力を有する貴方の事を考え、もし自分の死後に何かあった時の抑止力になるようあの方が傍にいる己の寺へ貴方達を呼び寄せたのでしょう

しかしまさかこちらがその貴方の力を借りるとは夢にも思っていなかったでしょうが‥」

東條はそう言いながら迦狩を見るとようやく迦狩も我に返って表情を戻す。

「確かにお山には二つの顔があんのは俺も知っとる‥

でも裏の方は普通のモンが入れるとこや無いし其処でも俺は異質で入れんかったからどんな所かよう知らん

雲迦のオッチャンが師匠や言うて一人紹介してくれはったけど門前払いやったわ

その代りお山の傍でお寺やってはる知人紹介されて暫く世話になってた

お陰さんで力のコントロール利くようになったしお山の事情も教えてもうたわ

裏で修業してはる人はズバ抜けて霊力高いか混ざりモンやって聞いてる

あんたもその兄弟子いうんもそのどっちかなんやろ?」

迦狩が聞くとまた東條は表情をにっこりしてアタリと言わんばかりに微笑む。

「どちらかと言えば私は後者ですね‥兄弟子の場合はもう少々複雑ですけど‥

私達も逆を言えば表側の事情は詳しくありません

同じ本山と言ってもかなり修行場は離れていますし空間が違いますからね

雲迦上人が長く修行僧をしていたのはその感覚の違いに己を鳴らす為でもあったようです

でも困りましたね‥お山にとって管轄外という事は私には貴方の力の範囲が分かりません

大抵、サイキックと言っても霊力と連動しているのですが貴方にはそれが見られない

かなり特殊だと思うのですが力を発動する時はどうするのですか?」

ようやく質問を再開する東條に対して迦狩は少し考えてから座卓の上に片手を広げて掌が皆に見えるようにした。

「確かに寺の人らもそれは言うとった‥俺の力はかなり異質で特殊やって‥

力を使う時、俺は主にイメージで使うねん

頭の中にその場面や画をより現実的に思い浮かべるとそれが目の前で起こる

想像を現実にしてしまうんが俺の力や‥」

掌に何処から出てくるのか水が溢れて球状に溜まると三人はそれに見入る。

「これは幻覚でもマジックでも無い本物の水や‥その周りが球状をしとるんは俺がそういう形にシールドを張ってるから水がそこに溜まってんねん

シールドを壊したら‥」

そこまで言うとその球状の水はまるで弾けるように辺りに流れ出した。座卓の上は水浸しになったがそれも構わず。

「すげぇ‥本物の水だ‥」

海は感心しながら自分の濡れた服を見て呟くが明希は迷惑そうに濡れた手を振る。

「確かに力の流れや気の流れは完全に無視ですね‥これなら私達の修行法では貴方の役には立ちません」

東條はスッと印を組むとその水は跡形もなく消えてしまい、濡れた海や明希達の服も瞬時に乾いた。

「ただこの力は諸刃の剣で使いすぎたら身体にくんねん

あんたらの使う術かてくるやろうけどそんなモンの非や無い‥俺はだいたいこのラインって決めてるけどそれ超えたら暫く動かれへん

同じような力使う奴、知ってるけどそいつは使い過ぎて心臓に持病作ってもうとるしな

俺の力は桁外れてるらしいけどそれでも限界があるんや

せやから協力する言うても乱用は出来ひんからそのつもりでおってくれ」

「そうですね、明らかに他のモノの助けや霊力を使う呪術や魔術とは種類が違います

自身に内在する心身エネルギーを消耗する力なのは今ので理解出来ました

時にイメージと言いましたがそれはどれくらいまで実現可能ですか?」

真面目な顔で迦狩は訴えるが東條は既にその意思を汲んでいるといった表情で返す。

「まぁ、ピンキリやけど想像もつかん事とか見た事無いモンは無理やな‥淡いイメージとか集中出来ひん時も全然あかん

それと現実に存在せぇへんモンは難しいで‥無から有を創り出す能力や無いからな

シールドにしてもこの建物に張るとかそんなくらいやったら問題無いわ

ただシールドみたいに見えへんモンは力使う範囲によって継続時間はちゃうしその内に消滅してまうけど今みたいに一回出してもうた物質的なんは意識して消さん限りずっとその場に残んねん

テレポートも移動する距離とか人数で限界あるからその時の体調によるわ」

東條の意図に気付いたのかようやく自分の出来る範囲を説明しだす迦狩。

「本当に俺等と全く違うんだな‥」

話を終えた後に海がぽつりと言った。

「そうですね、でも形態は違いますがリスクとしては同じようなものです

彼にどう助力を乞うかこれで何とか計画が立てられそうですね」

明希を見ながら東條が言うと頭を掻きながら溜息を吐く。

「とにかくこいつはあんたに任せる

俺達は戦闘要員なんでこういう事には疎いからな‥」

そう言うと明希は立ち上がりながら煙草を咥えて庵を出て行った。

「なんであいつあんなに機嫌悪いんだ?」

「さぁ、少し疲れているのかもしれませんね」

海がこそっと聞くと東條は苦笑するだけで歯切れ悪くそう答える。

「ま、いっか‥じゃ、これからよろしく!」

そんな事を気に止めるでも無く立ち上がると迦狩の肩をポンと叩き明希に続いて庵を出て行く。

「あいつ‥陸って奴の弟やろ?

双子のくせに全然似とらんな‥なんか見てると能天気過ぎて腹立つ‥」

海を眺めながら迦狩が東條に漏らす。

「あれでも結構、人に気を使うんですよ彼は‥それに己の無知を知った上で柔軟に学ぼうとしています

恐らく人としては理想的な生き方だと思いますよ」

東條が微笑みながら返すと迦狩は複雑な表情で庵の外を眺めた。

翌朝、海は訓練の相手にと明希を追ったが部屋にはおらず、あちこち思い当る所を探してみたがその姿は無い。仕方なく一人訓練室へと向かった。

その頃の明希は調整室の奥にある制御室で織彩を捕まえて話をしていた。

「東條から聞いたんだがな‥

樹莉だけ他のエレメンツロイドと違うって話だがそれは本当か?」

核心に迫る明希に織彩は少し口籠りながら俯く。

「うん、ママ(レティーシア)が誰にも内緒でって07の細胞をお守りにくれたの‥明希も知ってると思うけど07は細胞として成立はしたけど形にならなくて廃棄された事になってる

けど初めて細胞として成立した実験体だったからママがこっそり一部を水晶に封じ込めて保存してた

“今は眠っているけれどこれも貴方の大事な家族よ”って‥だから私、この子をちゃんとした人の姿にしてあげたいって思ったの

でももし誰かに見つかったらこの子は私と同じように自由になれないと思ったから誰にも気付かれないように偶々、発育が早かった樹莉君の細胞に紛れさせて07を注入したの

そしたら発育がグンと落ちてしまって‥私、もうどうして良いのか分からずに必死で廃棄されかけてた樹莉君を助けようとしたわ

でも何とか外殻が出来た頃、研究施設を破棄しなくちゃいけなくなってしまったの

次の施設に移る前に‥樹莉君の存在が見つかってしまう前に何とか逃がしてあげたかったから近くの森へ隠したの

外角さえきちんと形成していれば他の子と同じように後は自然に成長出来るから‥

完全体じゃ無いから凄く不安だったけどちゃんと無事に生まれてくれてて‥」

時折、泣きそうな顔になりつつも最後は少し嬉しそうに織彩は語った。

「今、あいつが調整槽に入ってるのはその不安定さを除く為か?」

明希はチラリと調整室の方に目を向ける。昨日からフルサイズになった状態で樹莉は調整槽の中にいたが織彩は誰にも触らせず自分だけで調整プログラムを組んでいた。

「うん、多分だけど樹莉君の中の07が邪魔をして上手く本来の姿を維持出来無いんだと思う

ジェイドが生きてたらその細胞を使って不安定さは取り除ける筈だけどオリジナルの彼がいない今、それは無理だから‥

他に方法があるとしたら07を再構築しないといけないの

でも今の私じゃまだ出来ないからせめて安定出来る時間を増やしてあげなきゃ‥」

不安そうな顔でいた織彩の顔が一気に強い意志を持った表情になる。まるで子を守る母の顔だ。明希達の調整に向かう時にもこの表情をしていた事を明希は知っていた。自ら望んで作り出した訳で無くても己が作り出してしまった者達に対して何とか救いたいという強い意志は常に織彩の中に在る。

「今の話は本人を含め皆にはしない方が良いだろうな‥経緯はどうあれ特別だと分かれば否応無しに最前線に立つ事になる

そうなったらあいつは人としての感情を失う事になるかもしれん

今のままのあいつを望むなら出来るだけ血腥い場所へは引き込みたくないからな‥とにかくあんまり頑張り過ぎんなよ」

「うん、ありがとう‥明希達の身体もきっと元に戻して見せるからね」

明希はそれを聞くと織彩の頭を元気付けるよう優しく撫でてからその場を後にした。調整室を出てラウンジに向かう道すがら血相を変えたマリーに出くわす。

「そんな血相変えてどうした?」

明希が声をかけるとマリーは明希の方を振り返る。

「良い所で会った!

ミシェルがやられたらしい

私はロックを連れて今から援護に向かうからお前はサイファと司令室に詰めててくれ!」

「まずは詳しく話を聞かせろ」

捲し立てるようにマリーが言うと明希は落ち着けと言わんばかりにその肩に手を置いた。マリーは明希に言われると呼吸を整えるように深呼吸をする。

「ずっと奴らを探っていたんだがどうやら動きがあったようでミシェルとトニーはそっちへ向かったんだ

そしたらお前とサイファのエレメンツロイドと他にも奇妙な実験体が何体か居たらしい

暫くその施設を監視していたら実験体が移動を開始してミシェルがそれを追跡、トニーは残って引き続き監視していたんだそうだ

けど、トニーが監視中に施設が爆破されてそれを報告しようとミシェルの現在地を調べて追ってみたら機体の残骸しかなかったって‥あいつの事だからそう簡単にくたばったりしない

きっと何らかの方法で奴らを追ってる筈なんだ」

絞り出すような声で明希に訴える。

「分かった、だが俺も出る‥もしエレメンツロイドがいるならお前等だけじゃ荷が重い

此処は東條に任せておいても大丈夫だろう」

宥めるように明希が言うとマリーは顔を手で覆って憔悴したように頷く。確かにロックを伴っていたとしても一人ではどうしようもない事は目に見えている。冷静さを取り戻すように深く息を吐いた。

「とにかく何時でも出発出来るように準備するから早めに格納庫に来てくれ‥」

表情をいつものように厳しく戻すとマリーは言ってから格納庫に向かう。明希はそれを見届けると庵の方へ足を向けた。庵には二人の姿は無く明希は東條の私室の方へ向かうがそこにも二人の姿は無かった。

 〈仕方ない‥後から移動中に連絡を入れるか‥〉

思いながら東條の私室を後にして準備をしに自室へ戻る所で海に出くわす。

「どこ行ってたんだよ、探したんだぜ?」

「悪いが後にしてくれ、俺はこれから急いで出なきゃならん‥」

海が駆け寄りながら言うと明希は軽くあしらうように言いながら自室の扉を開ける。

「出るって‥また何かあったのか?

それなら俺も一緒に行くって!」

海は一緒に明希に付いて部屋に入り言うが明希は構わず着替え始めた。

「あんたは此処にいてくれ‥何かあったらすぐに応援に来て貰わんといかんし、もしもの時に此処を蛻の殻にすると不味い」

そう説明すると海は少し不服そうな顔をしながらも納得する。

「そう言う事なら残るけど何かあった時はちゃんと呼べよな‥

それと無茶はし過ぎんなよ」

ベッドに腰を下ろしながら海は明希を眺めながらぼやく。

「その心配はねぇよ、マリーやロックがいるしな‥それよりサイファにも声かけてきてくれ少し手がいる‥」

明希が言うと海は無言で部屋を出て行った。本当ならこういう時は自分が行くと言いたいところだが海は敢えてそれを抑えて明希に従う。明希の様子からして即戦力が必要なのは目に見えていたので明らかに足手纏いだろうと思ったからだ。海はさっき訓練室でサイファを見かけていたのでそちらへ向かい明希からの言葉を伝え、皆が出発すると気分を入れ替えようとラウンジに行きコーヒーと簡単な軽食を取ってから司令室に向かった。

そしてマリーが残していった資料を一通り把握して大きく伸びをするように背凭れに身を預けると何かが点滅していたのでそれを確認する。箱庭の外部監視モニターの一つが何かに反応していた。海がそれをクリックしてみると画像が映し出され、そこに映っているのは東條と迦狩だった。二人は何かを話しながらあちこち見渡している。

すると迦狩は地面に手を付いて暫くジッとしていたかと思うとその場からフッと消えた。東條はその場を動かず腕を組んだまま考えるように目を閉じている。その内にまた迦狩が画面に映り、二人は何かを話していて海はそれを興味深く眺めながら何をしているのだろうかと思う。その内に二人がカメラの方を見てから消えた。

「明希達はもう出たのですね」

後ろから声がして海は慌てて振り返りギョッとする。今しがた監視モニターに映っていた二人がいきなり自分の後ろにいたのだから尚更だ。

「そんな驚く事無いやろ‥俺の力、説明したやんけ‥」

呆れながら迦狩が続ける。

「あ‥いや、そうなんだけどいきなり見るとびっくりするっていうか‥さ‥」

取り繕いながら海が言うと東條はクスっと笑い空かさずモニターに目を走らせて現状を頭に入れるようにスクロールしていく。

「明希にこちらの事は心配無いと伝えて下さい少し気にしているようですから‥

今、彼に箱庭全体にシールドをかけて貰いましたから何かあってもこちらの現在地を向こうに知られる事は無いでしょう」

にっこり微笑んで言うと海は慌てて明希に通信をかけてそれを報告した。

『了解した‥ところでミシェルが今、何処にいるか分かるか?』

スピーカーから明希の声が響くと東條は少し目を閉じてから呼吸を置く。

「濃い緑が見えますが詳しい場所までは分かりませんね‥高い木々と起伏のある傾斜が視えます

少し怪我をしているようですが命に別状はないでしょう

どうやら何処かへ向かって移動しているようですが此処からではこれが限界です

ただかなり森の奥地のようなので空からでは見つけ難いと思いますよ」

薄く目を開けてそう返すがその瞳は何処か違う場所を見ているようだった。

『それだけ言って貰えりゃ見当が付く‥また何かあったら連絡する』

明希はそう言うと通信を切った。

「私は暫く此処を離れますが何かあればCRB704に通信を下さい

たぶん数時間ほどで戻れると思います」

「え?此処に居てくれるんじゃねぇの?」

東條が言うと海は慌てて返す。

「その為に俺がシールド張ったんやろ‥心配せんでも俺がおったるわ」

迦狩は傍にあった椅子にどっかり座って呆れた口調で言う。海は少し不安げな顔で迦狩を見た。

「では頼みますね」

東條は微笑みながら言い置くと部屋を出て行くが海はすがるような目でそれを見送りつつ自分の置かれた立場の重さに少し項垂れる。それに比べて迦狩は別に気にしていない風に何となくモニターを眺めながら記号の羅列と膨大な資料を見ていた。

〈なんのこっちゃ全っ然分からへん‥〉

東條はこれを瞬時に理解していたようだが当然ながら迦狩には何の事かさっぱり分からない。しかしそれを口に出すのは海の手前、とても癪なので敢えて聞く事はしなかった。海もこんな子供に度胸が負けていると感じ、慌てて虚勢を張るように椅子に腰を下ろしモニターを引き続き眺める。沈黙の中で二人は気不味い時間を過ごす羽目になった。

二時間ほどした頃、東條から通信が入った。

『すいません、思いの外、時間がかかりそうなのであと数日、戻れそうにありません

代わりに響にそちらへ行って貰いましたのでそろそろ着くと思います』

東條から言われ海は少し肩を落とす。やはり慣れた者が傍にいないと不安極まりない。

「それは良いんだけど響じゃ東條さんの代わりは出来ないんだろ?

このままシールド張ってて貰うのか?」

海が聞くと東條が答える前に司令室のドアが開いて海はそちらを振り返る。

「あ、やっぱり迦っちゃんや!」

すると見知らぬ女の子と少し疲れたような響の姿があり女の子は迦狩を見て開口一番そう言った。

挿絵(By みてみん)

「!!??」

思わずその声に迦狩は女の子を見てガタッと椅子から落ちそうなほど驚く。その光景に海は訳が分からず二人を交互に見た。

『やはりそちらに居たのですか‥』

そのやり取りを通信機越しに聞いていた東條は脱力するような声で言う。

「先生ぇ、うちに術かけるなんて酷いわ‥響の後追うの苦労しましたんやで?」

女の子はかなり不満そうに返すと東條は黙り込む。

「せやけどまさか迦っちゃんに会えるとは思うてもみぃひんかったわ

響の事はうちが安生サポートさして貰いますよってに先生は約束通り先延ばしにしてきたゴタゴタ収めたって下さいな

うちもそろそろ我慢の限界ですよって‥」

何やら少し上からの物言いで女の子が言うと東條は大きく溜息を吐く。

「でもこれではお師さんの立場が‥せめてお屋敷に戻って頂かなくては‥」

響が遠慮がちに意見すると女の子はキッと響きを睨んだ。

「当主で無いお前がうちに意見するんは百万年早いわ!

うちかて今まで我慢してきたんやさかいこれだけは譲られへん‥それに今はこっちの方が面白そうやしちょっとだけ内緒で手ぇ貸したげるわ」

きつく言うと海と迦狩はただポカンとそのやり取りを見守るしか出来なかった。

『分かりました、その代り大切なお身体なので無茶はしないで下さい、私も出来るだけ早く戻ります

海、そう言う事なのですいませんが暫くそちらは頼みますね』

諦めたような声で言うと東條は海の返事を待たずに通信を切った。

「ちぃ‥なんでお前が此処におるんや?

あの東條とかいう奴、知り合いなんか?」

「お前、なんて口の聞き方‥」

ようやく迦狩が女の子に話しかけるとすかさず響きが言い返しかけて女の子が身振りでそれを制止する。

「ちょっとした知り合いや、それよりこっちの方が驚いたわ‥

何や迦っちゃんと同じ名前の子が先生と響の話に出てくるもんやさかい響に付いて来たらホンマに迦っちゃんおるんやもん

まさかこんな所で会えるなんて思うてもみぃひんかったわ」

東條や響に対する態度と違って女の子は歳相応な表情でにっこり微笑んで答えた。

「っちゅうか霊感、強い強い思うてたけどまさかこっち側の人間やったんかお前?」

迦狩はまだ驚きを隠せないといった表情で続けて聞く。

「黙ってて悪かったけどホンマはうち、古い陰陽師の家系やねん‥それ皆の前で言うたらただの痛い子やろ?

せやから迦っちゃんの事も気付いとってんけど黙っててん‥堪忍や‥」

そう返す女の子を見るとどうやら二人はかなりよく知る仲のようだと海も響も思った。

「あのー‥さ、二人は知り合い?」

ようやく海が遠慮がちに口を挟む。

「初めまして、紹介遅れましたけど朱雀王寺智裕(すざくおうじちひろ)言います

皆、うちの事“ちぃ”って呼んでくれはるんでそちらさんも良かったらそう呼んで下さい

迦っちゃんとは幼馴染みたいなもんですねん

東條先生には小さい頃からお世話になってるんですけど今回ちょっと難儀な用事、頼んでしもうたんでうちが先生の代わりにいろいろさせて貰いますよってよろしゅうに‥」

女の子は丁寧にお辞儀をしてから微笑んで自己紹介する。

「はぁ、そうなの‥あ、俺は藤木海っていうんだけどとりあえずよろしく‥」

少し押され気味で海が答えるとその言葉使いが気に入らなかったのか響はキッと睨む。

「えと、その‥響とも幼馴染とか?」

海はその態度にちょっと躊躇いがちに智裕に重ねて聞く。

「まぁ似たようなもんですけどちょっとちゃいますねん

響はうちの家に代々仕える家系の人間ですよって気にせんで下さいな」

智裕は笑いながら表情とは違って響に対し、かなりきつい言い方をしている。

「あ、そうなの‥」

海はまた訳が分からないという顔をしつつもとりあえず納得した。

「処でうちは何をしたらええのん?」

にっこりした表情を解くと響に聞く。

「お師さんからは一部でも良いから結界を張って彼のシールドの負担を軽減するようにと‥俺の出来る範囲と言っても主要建物くらいしか出来ないんですが‥」

まるで怒られた子供のように小さくなりながら答える。

「まぁ、あんた程度やったらそれが手一杯やろうね

ええわ、うちが全部引き受けるよってに地図と磁石用意して‥迦っちゃんにもちょっと手伝うて貰うけどかまへん?」

響に言うと次に迦狩に聞く。それに構わず響はすぐに言われた物を用意しに部屋を出て行った。

「俺は構へんけどこんな広い範囲お前、大丈夫なんか?

俺、一日くらいやったらこのまま張ってても平気やで?」

「大丈夫やって、迦っちゃんほど早い事よう張らんけど強度は多分うちのが上や

その代り術式広げんのにちょっと間、中心動かれへんからそこだけサポートして欲しいねん」

「それはええけど‥

初めて会うた時から突拍子もない奴や思うてたけどホンマお前ってびっくり箱やな‥

いつも驚かされてばっかりや‥」

「何言うてんのん

迦っちゃんかて転校してきた時めっちゃ目立ってたやん

せっかく面白い子が来た思うたのにすぐ転校してもうてうち寂しかったわ

奈美が告られへんかったって嘆いてたで?」

学校の教室で語るような二人の思い出話に花が咲き、海は取り残されたようにその会話を聞いている。そうしている内に響が手にいろいろな道具を持って戻ってきた。

「ほな始めよか‥」

それを見ると智裕は言いながら地図をデスクに広げコンパス片手に地図の上を走らせた。「俺、こういうのよく解んないけど東條さんもこうやって普段、結界張ってんの?」

海が三人の輪に首を突っ込んで聞く。

「先生のやり方はうちらとはちょっとちゃいますねん‥あの人は鬼子ですよってにこういうもん使わんでも簡単な呪法で完璧な結界張れます

でもうちら生身やさかい、土地の気を読んで確実に術の中心を持っていかんとあかんのですわ

それがずれたら綻びが出来ますよってな‥」

手を動かしつつ真剣な顔で地図を見ながら智裕が海に説明する。

「あった、此処や‥」

少ししてから智裕が呟くと他の三人も智裕が指し示す場所を覗き込んだ。そこは調整室とその奥にある制御室の境目付近だった。

「とりあえずこの場所まで連れてって下さい

そこへ行ってからきちんとした中心を見つけますよって‥」

智裕が言うと三人を伴って海は調整室へ向かい、いつも通り中の様子も構わず入った。するとどうやら今さっき調整槽から出たのか樹莉が身体を拭いていて傍には織彩が居た。

「あ‥海だ」

頭をガシガシ拭いていた樹莉が海達に気付いて入ってきた面々を見た。織彩は樹莉が見る方を見ると知らない顔ぶれに少しポカンとしている。

「もう調整終わったのか?」

「うん、とりあえず今は此処までなんだって‥」

海が話しかけると樹莉は相変わらずにっこり微笑んで返す。

「あの‥」

織彩は遠慮深気に海に言うとチラッと後ろの三人に視線を移した。

「ああ、そっか‥この人達は東條さんの代わりに此処に結界を張ってくれる人達なんだ

えーと‥あれ?」

海がそれに気付いて紹介しようと振り返ると智裕が迦狩にしがみついて真っ赤になり目をギュッと瞑っている。

「ちぃちゃん、もしかして具合悪いの?」

海が慌てて智裕に聞く。

「あほか、フルチン目の前にして平気でおれるそこの子の方が不思議ちゃうか?」

呆れながら迦狩が言うと海は樹莉の方を振り返る。そう言えばまだ身体を拭いている途中で樹莉は素っ裸でおまけに恥ずかしいという感覚が無いのか前を隠してもいなかった。

「あ、そっか‥樹莉君急いで身体拭いて袷羽織ってね

検査は着てても出来るから‥」

言われてやっと織彩も気付き、相変わらず照れも無く樹莉の背中を拭き、袷を着せた。ようやく一息吐いて海は織彩に紹介すると三人にも織彩と樹莉を紹介する。響は織彩の事を三七三からよく聞かされて知ってはいたが話すのは今日が初めてだ。

「ほなうちらは勝手にやりますよってに織彩さんらは作業、続けて下さい

支障有りそうなら声かけさして貰いますさかいに‥」

まだ少し顔を赤くしたまま智裕が言うと織彩はにっこり微笑んで頷く。智裕は調整室から制御室に続くドアの前辺りに来ると目を閉じて集中し始めた。

「どうやら中心はこの少し上くらいやな‥」

少ししてから目を開け宙を見上げると言ってから手を翳す。

「迦っちゃん悪いけどうちを1mほど持ち上げてくれへん?」

「構へんけどその位置でええんか?」

智裕が迦狩に言うとすかさず迦狩は返す。

「この位置でジャストの筈や‥」

智裕が言いながら宙を見上げるとその身体はまるで見えないエレベーターにでも乗ったようにふわりと浮いた。海が舞い上がる時と違ってまるで固い何かに乗っているようにスムーズで安定している。

「この辺でええか?」

智裕の動きが止まると下から迦狩が声をかけた。

「んー、もうちょい右上‥其処や!」

智裕が言うと迦狩は言う通り調整して位置が決まる。

「響、短冊と筆貸して‥」

上から響に向かって言いながら手を出すと響は持っている物の中からすぐに短冊と筆を出して迦狩を見た。すると迦狩はその筆と短冊を同じように智裕の手元まで運び、それを受取ると何かを短冊に書き始める。書き終ると小指を少し噛んで血を滲ませ、それでまた短冊に何かを書き足し、それから呪を唱え何もない所へその短冊を翳すとその短冊から光の波紋が何重にも広がりあっという間に短冊は波紋と共に掻き消えた。

「もうええわ‥下ろして‥」

智裕が言うと迦狩は身体を着地させた。

「とりあえず広域結界張ってるから迦っちゃんシールド外してぇな

それ外したら今度は黄泉結界張るから‥」

「今外したで」

智裕に言われ迦狩がシールドを外すと智裕は目を閉じてまた何かを唱え始めた。

「よし!これでもう此処には誰も入ってこられまへんで!」

自信満面に智裕が言うと海はハッとする。

「え?誰も入ってこれないって‥

それって仲間も入れないんじゃ‥」

「それは心配おへんわ‥中から許可出したモンに関しては誰でも入って来られますよって‥うちもそこまでおバカやおへんで」

まさかと思いながら聞くと智裕は笑ってから余裕の表情で返し、海はそれに少し安心すると同時にまた自分の無力を感じる。響はもとより迦狩や智裕はまだ高校生だ。唯一、大人の自分が一番、度胸が無い気がした。

「っと‥俺、戻んないと‥三人とも良かったら飯でも行っといでよ

そろそろ昼だし‥」

少し自信喪失なのを悟られないよう海は取り繕うように言う。

「腹も減ったけど俺ちょっと仮眠、取りたいんやけどな‥飯の後、さっきのとこで寝さしてもうても構へんか?」

迦狩が言うと海はにっこり頷いた。

「ほなうちはその間、暇やさかい響に建物の中でも案内して貰うわ‥用事があったらこれで呼んでくらはったらええし‥」

小さな栞を海に差し出しながら智裕が言うと海は不思議そうな顔でそれを受取る。

「俺達が使う携帯電話みたいなものだ

それに呼びかければすぐにお前の位置や状態が分かるようになってる」

智裕の代わりに響がそう説明すると海は少し呆気に取られたような表情をしてから感心したようにそれを見た

「んじゃ後の事は任せるな‥」

響に言うと海はそそくさと検査中の樹莉と織彩の横を通り過ぎて調整室を出て行く。

「よう考えたら俺、昨日の晩から何も食うてへん‥腹減ったわ‥」

「迦っちゃんは相変わらずやなぁ」

「とにかくラウンジの方へ行きましょう‥お話はそちらで‥」

脱力するように迦狩が言うと智裕はクスクス笑って返し響はムッとしながら歩き出す。三人が織彩と樹莉の横を通り過ぎようとした時、いきなり樹莉の姿が消えて三人は咄嗟にパサリと落ちた服の方を見た。

「あ、もう戻っちゃった‥樹莉君大丈夫?」

織彩は焦ったように零すと服の傍に屈む。服がもぞもぞ動いて迦狩と智裕は少しギョッとするが響はまたかという顔をした。

「ぷはっ!」

服をかき分け出てきた樹莉を見て固まっていた迦狩と智裕は更に驚いた顔になる。

「うわっ、ちんちくりん!」

「樹莉くんちんちくりんじゃないのっ!

酷いのっ!」

迦狩が驚きの余り言うと樹莉は迦狩を見上げ抗議し始めた。

「何これ!めっちゃ可愛いやんっ!」

そんな二人を余所に智裕は織彩と同じように屈んで樹莉を見るともうメロメロだという表情になる。

「うちこんなんめっちゃ弱いねん

触ってもええ?」

智裕はまるで溶けそうなほど表情を崩して樹莉に言うと樹莉は眉間に皺を寄せ複雑そうな顔をした。

「ちょ‥ちょっとだけなら良いの‥でも突いたりしたら嫌なの‥」

マリーとの一件があってからかなり警戒しているようで樹莉は恐々それだけ返す。すると智裕は優しく掬うように樹莉を持ち上げて自分の顔の傍へ持ってくるとまたニコニコ微笑んだ。どうやら樹莉の事をかなり気に入ったのか別段怖がる様子も無く、寧ろ小動物を前にした女の子の反応と言ったところだろう。

「やっぱり可愛いわ‥うちさっきの姿よりこっちのが好きやわ」

智裕が満足げに言うと樹莉も織彩も複雑な面持ちで苦笑する。

「あ‥せや!

うちらこれからご飯食べに行くんやけど一緒に行かへん?

せっかくやからいろいろ話したいわ」

智裕が言うと樹莉と織彩は顔を見合わせた。

「樹莉くんもお腹減ったの‥」

「そうだね‥私もお腹減った」

二人が微笑んでそう言うと嬉しそうに智裕は樹莉に頬擦りし、五人は揃って調整室を出て行った。


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