表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
DIVE  作者: 関鯖
9/26

#04 真夜中の訪問者(2)

 

 

 

 窓が閉じられて、はためいたカーテンが静止する。

 舞い散っていた花びらは、床に落ちると淡雪のように融けて消えた。


「こんな時間に失礼」


 短く詫びると、彼は広げた翼を優雅にたたんだ。

 朝見たのと同じ喪服みたいな黒のスーツ姿。

 月明かりの中、瞳だけがサファイアのように煌いている。


「――また、あんたなの!?」


 薄く笑みを浮かべた彼の表情を見て、わたしは思わず声を荒げた。

 わたしなんて、どうとでもなるといった感じの、余裕の笑み。

 ――こんなのもうウンザリだ。

 そう思った瞬間、彼に抱いていた恐怖が怒りへとすり替った。


「こっちに来ないで!」


 怒りに任せて投げつけた枕が、事も無げにかわされる。

 携帯、手帳、財布にバッグ。

 手当たり次第に投げつけたのを、全て涼しい顔でかわされて。

 てか、一発くらい当たらないわけ!?

 メチャむかつくんですけど!


「一体なんなの!?」


 最後にスリッパを投げつけると、転げるようにベッドから飛び降りたわたしを見て、彼は不快そうに眉をひそめた。


「そんなことをしても無駄だと分かっているだろう? あなたは僕から逃げられない」


 彼の冷ややかな声音に、わたしは身体を強張らせた。

 悔しいけれど、彼の言うとおりなのだろう。

 この先わたしがどんなに必死になって逃げ回ろうが、彼はあの不思議な力を使って必ず追ってくるに違いない。

 それが例え、地の果てであったとしても――。


「なんなのよっ……あなた一体何者なの!?」

「僕はアキ。今は、あなたの従兄だ」

「ふざけないで! もうあんたの顔なんて見たくも無い!」

「綾音……」

「お願いだから、これ以上わたしに構わないで!」

「残念ながら、それは無理な相談だ」


 彼は落ち着いた物腰で近付いてくると、真っ直ぐにわたしの目を見つめた。

 その表情は、ごく冷静で憎たらしいくらいだ。


「僕たちは話し合う必要がある」

「わたしには話すことなんて何も無い」

「それはどうかな。あなたは、僕に聞きたい事はないの?」

「それは……」


 確かに。

 そう言われちゃうと、こいつに聞きたいことは山ほどあるんだけど……。

 わたしが口ごもっていたら、彼はもの問いたげに首を傾げた。


「あるだろう?」

「う……」

「あなたが質問してくれたら、僕の知っていることは全て答えるよ。約束する」

「…………」

「綾音?」

「……っていうか……どうしてわたしの名前知ってんのよ……」


 彼から目を逸らすと、わたしは不貞腐れて小さく呟いた。

 すると、彼はわたしの頬に優しく触れて。


「それが、あなたの真の名だから」

「え? まことの、名……?」

「そう。あなたの真の名は、綾音」


 彼はわたしの目を覗き込むようにして穏やかに言った。

 不思議な輝きを放つ、海のように深く青い瞳。

 その瞳の中に吸い込まれそうな錯覚に陥る。


「あなたは……何なの? 何者なの?」

「僕は、僕だ。それ以上でも、それ以下でもない」


 その言葉に、わたしは頬を膨らませた。


「そんな言い方ずるい。そんな風に誤魔化すなんて、やっぱり悪魔とかなんじゃないの……?」


 責めるように言ったら、彼は苦笑して。


「誤魔化してなんかいない。悪魔だの天使だの、それは勝手に人が付けた呼び名だろう? 僕はそんな存在じゃない」

「でも……人間じゃないんでしょう?」

「それはそうだけど、それでも僕は僕だとしか言えないな。否、僕だった(・・・・)というべきか……」


 そう言うと、彼は少し考えるように眉をひそめた。


「僕が死神かと、あなたは問うたね」

「それは……初めて会ったのが、あんな場面だったから。違うの?」

「違う。だが、あなたがそう感じてしまったのは無理もない。僕は今までに幾度となく人の死を見送ってきたからね。人が死に、その身体から魂が離れてゆく瞬間を」

「魂が離れるって……それを見たっていうの?」

「ああ、そうだ。それはまるで、煌めきながら水面へ向かって立ち上る泡に似ている。あなたは見たことが無いの?」

「まさか! そんなの、あるわけ無いじゃん!」

「そう? まあ、とにかく僕は、そうした魂が泡沫のごとく消えてしまう前に、在るべき場所へと導くことにしているのだけれど。そういう意味では、死神というよりは、天使と言った方が良いのかもしれない」

「天使……」


 話の展開について行けずに、わたしは口をポカンとあけて、まじまじと彼を見つめた。

 抜けるような白い肌に、サファイアみたいな青い瞳。

 中性的な顔だちは、天使といわれても思わず納得してしまうような美しさだ。

 そして、月の光を集めたようなこの青白い輝き。

 いつの間にか、彼の身体は鈍く発光していた。

 背中に生えた黒い翼も、その不思議な光に包まれている。


「天使なのに、翼が黒いの……?」


 わたしの問いかけに、彼は低く笑った。


「なら、僕が悪魔だとでも?」

「……そうじゃないけど……」

「だが、そうとも言えるかもしれない。僕みたいな存在の中には、魂を導くどころか吸収してしまうような輩もいるからね」


 そう言って、彼は長い睫毛の向こうから、すくい上げるようにしてわたしを見つめた。


「え? 吸収!?」


 馬鹿みたいに、彼の言葉を繰り返す。


「ああ。魂を自らの中に取り込んでしまうんだ。同化して、一つの存在になる」


 その言葉に、わたしはショックのあまり目を丸くした。

 だって、なにソレ?

 吸収するって、どーゆーこと!?

 それって、人様の魂を吸い取っちゃうってことなんじゃないの……!?


「やっぱ悪魔じゃん!!」


 驚きのあまり口をぱくぱくさせるわたしに、彼はチラリと微笑んだ。

 なんだか、ものすごーく楽しそうにこちらを見つめてくる。

 もしかして……こいつってば、わたしの反応見て面白がってる!?

 つーか、これって嫌がらせなんじゃないの!?


「嘘つき! さっきは違うって言ったくせに、やっぱ悪魔なんじゃん!」

「いや、違うね」

「違うって、どこが!? 魂吸い取るなんて、どう考えても悪魔の仕業じゃん! 相当感じ悪いんですけど!!」

「僕はそんな乱暴なことはしない」

「でも……!」

「そんなことをする輩は、ただ単に悪食なだけさ。僕はもっと美食家でね」


 穏やかに言うと、彼はわたしの顎に手をかけて、優しくわたしを上向かせた。


「だが、あなたは美味しそうだ」


 その一言に、わたしの身体は固まった。

 頬を、彼の人差し指がゆるゆると移動してゆく。

 やがて、彼は甘やかな微笑を浮かべると、わたしを見つめて低くため息をついた。


「透明で、健やかで。あなたに触れているだけで気持ちが良い」

「な――な・な・なによ!!」

「何って?」

「わたしのこと、吸収するつもり!?」

「さあ、どうかな」

「どうかなって……!」

「なかなか魅力的な提案だけど、今はしないよ。なぜなら、今度は僕があなたに質問する番だからね」

「し、質問?」


 彼は親指でわたしの唇に触れると、すうっと目を細くして言った。


「あなたは一体何者なの?」

「え? 何者って……?」


 質問の意味がわからずに、ポカンとして聞き返す。

 わたしが何者かって?

 つーか、突然そんなこと聞かれても……。


「わたしは、御園綾音だけど?」

「それは知っている。それで、あなたは何者なの?」

「え……そんなこと言われても。わたし、普通の女の子なんですけど……」


 困惑しながらそう言ったら、彼はもの問いたげに眉をあげた。


「そんなはずは無いだろう。綾音は魔女や巫女の類じゃないの?」

「ええっ、まさか! わたし、普通の学生だし」


 ますます戸惑うわたしに、彼は表情を硬くした。

 そして、ちょっと首を傾げると、まるで値踏みするようにわたしを見つめて。


「だが、あなたは僕を呼びだしただろう?」


 静かに言うと、いきなりわたしの手首を強く掴んだ。


「痛い! ちょっと、突然何なの!?」

「あなたは何者なの、綾音」

「だから、普通の女の子だって言ってるじゃん! 放してよ!」

「そんなはずは無い。僕を呼び出した目的はなに?」


 訳も分からず動揺するわたしに、彼が冷ややかな声音で言い放つ。


「痛いってば! そんなの、わたし知らないっ!」


 大声で叫ぶと、わたしは力いっぱい彼の手を振り払った。

 震える身体を抱きしめて、よろよろと後退る。

 すると、彼は妙にのっぺりとした表情でこちらを見つめて。


「だが、あなたが僕を召喚したんじゃないか」


 責めるように言うと、彼はわたしを掴んでいた腕を力なく下ろした。

 

 

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ