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DIVE  作者: 関鯖
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#04 真夜中の訪問者

 

 

 ……ふと気付いたら、わたしは桜の樹の下に佇んでいた。

 見渡すかぎり満開の桜に囲まれていて、わたしの他には誰もいない。

 不安に思って辺りを見回せども、降りしきる花びらに阻まれて、遠くは霞んで何も見えない。


(ここは、どこなんだろう……?)


 ぼんやりと考えつつ、わたしはフラフラと歩き始めた。

 桜の白に、幹の黒。

 みっしりと花を付けた枝に頭上を覆われ、空すらも見えずに。

 わたしの周囲には、どこまでもモノクロームな世界が広がっていた。


(静かだ。なんの音も聞こえない)


 ふと足下を見たら、地面を覆い隠した花びらに、己の足音すらも奪われていることに気付く。

 この世界には、音も無ければ色も無く。


(昔の映画みたいだ)


 そう。

 行けども行けども、まるで無声映画の様な景色がどこまでも続いている。


(どうして誰も居ないんだろう……?)


 そう思って辺りを見回すも、人影は一向に見当たらない。

 それどころか、不思議なことに、生きものの気配すらしないのだ。


(この桜は一体どこまで続いているんだろう)


 焦りを感じ始めると共に、わたしの歩調は自然と早まっていった。

 歩くほどに不安が募り、じわじわと恐怖感が高まってゆく。

 わたしは不意に、桜の花びらで窒息しそうな錯覚に捕らわれた。

 だって、ここは まるで桜に閉ざされた密室みたいだ……!


――誰か!


 恐怖に駆られたわたしは、発作的に大声をあげた。

 しかし、確かに叫んだはずなのに、なぜか声は出なかった。

 再度叫ぼうと試みるも、自らの声が失われていることに気付き、呆然となる。

 これでは人を捜すどころか助けを呼ぶことすら叶わないではないか。


――誰か……!


 訳が分からないまま、わたしはもう一度力の限り叫んだ。

 そして、声にならない声で、繰り返し叫び続ける。


――誰か……!


 狂ったように叫ぶわたしの頬を、止めどなく涙が伝う。

 だが、恐ろしいことに、今となっては泣き声を出すことすら叶わないのだ――







*****







 暗い病室で、わたしは独り泣きながら目を覚ました。

 涙で天井が滲んで見える。

 気分は最悪で、消灯時間に飲んだ睡眠薬のせいか、妙に身体がだるかった。


(嫌な夢でも見た感じだ)


 だけど、夢の内容は思い出せない。

 わたしはのろのろと起き上がると、悪夢の残滓を払うように頭を軽く振った。

 寒気がしたので、両手で身体を抱きしめたら、肩が冷え切っている。

 空調はそんなに強くきいていないはずなのに、なんだか背中がゾクゾクした。


(頭打った上に風邪とか、最悪だ)


 今日は本当についてないなあと、わたしは深いため息をついた。

 実は、あの後、病院で一通り検査を受けて、一晩だけ入院することになってしまったのだ。

 医者は念のためだと言っていたけれど、母さんはものすごーく不安そうな顔をしてたっけ。


(心配かけちゃって、ほんと悪いことしたな)


 とはいえ、医者から入院を告げられたときには、正直いってホッとしてしまった。

 だって、あの男と同居しなきゃいけないなんて、考えただけでもゾッとする。

 あんな得体の知れないヤツが同じ屋根の下に居るなんて、心の休まる暇もないし。


(休まるどころか、ストレスで胃に穴が開くかもね……)


 憂鬱な気分で、わたしは枕に身体を預けた。

 低い空調の音が、やけにはっきりと聞こえる。

 入院するなんて初めてのことなので、夜の病院がこんなに静かだとは思わなかった。

 静か過ぎて、逆に落ち着かない気分だ。


(……そういえば、いま何時くらいなんだろう?)


 枕元の携帯にそわそわと手を伸ばす。

 だけど、開いたディスプレイは真っ黒なままで、どのボタンを押しても何の反応もしない。


(そういえば、昨日充電してないや……)


 きっと電池が切れてしまったのだろう。

 今日のわたしはとことんついてないらしい。

 携帯を放り投げると、わたしは仰向けに寝転がった。


(時間が早ければ、椎名くんにお礼メールでも送ろうと思ったのになー)


 これでは時間が分からないばかりか、メールだって送れない。

 そうなると、他にすることもないので、わたしは諦めて目を閉じた。

 すると、その時。


――綾音……


 どこからか、密やかな声がして。

 息を呑んで目を見開いたら、頬に生暖かい風が当たった。

 それと同時に、ひらり、ひらりと、何か白いものが舞ってくる。

 何だろう、これは。

 雪みたいだけど、そうじゃない。

 だって、このビロードのような柔らかな感触は……


(何これ、花びら……!?)


 さっき見ていた悪夢が、そろりと背後に忍び寄る。

 出掛かった悲鳴を飲み込むと、わたしは声のした方へ目を向けた。

 暗闇に浮かぶ白い面に、涼しげな切れ長の目。

 耳をくすぐる柔らかな羽音。

 声の主は、空に浮かんだ満月を背に闇夜のような翼を広げて。


「あなたは、桜が好きなんだね」

 

 開け放たれた窓辺に佇み、男はわたしを見つめて低く笑った。

 

 

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