#02 白い部屋(3)
「なんだかなあ……」
わたしはため息まじりで呟いた。
あれは、大学二年になったばかりの頃。
椎名くんと私の間に、ちょっとだけ微妙な時期があった。
(微妙って言っても、わたしが一方的にそう感じてただけなんだろうけど)
二年になって、同じゼミになって。
それを境に、わたしと椎名くんが一緒にいる時間はどんどん増えていった。
椎名くんは、わたしの頭をしょっちゅう撫でたり、ことあるごとにからかってきて……。
そんな時、わたしが怒ったりすると彼はいつも楽しそうに笑った。
(それで、思っちゃったんだよなあ)
そう。
椎名くんて、もしかして……わたしのこと好きなのかな、なんて。
(でも、結局それはわたしの勘違いだったけど)
それから程なくして、わたしは椎名くんに彼女がいるという事実を知った。
それは夏休みに入る前日のこと。
突然椎名くんの彼女がわたしを訪ねてきて、一方的にまくし立てられたのだ。
(なかなか彼女できないって、飲み会で散々愚痴ってたくせに!)
このことは、椎名くんに伝えるとともに釘も刺しておいた。
お節介なのは分かってたけど、無性に腹が立ったのだ。
だって、あんなに可愛い彼女を泣かすなんて、男として最低だって思ったし。
(ほんと罪作りなやつ……)
――あの時。
何か言いたそうな椎名くんを振り切って、わたしは逃げるようにその場を去った。
そのあと夏休みに入ってからは、椎名くんとの接触は一切なかった。
なんとなく気まずくて、わたしの方から避けていたのだ。
友達同士の集まりでも、椎名くんが来ると分かると参加しなかったし。
(自分でも子供じみてるとは思ったけど)
それがこんな形で再会するなんて。
だけど、前みたいに普通に話せるようになったから、これで良かったのかもしれない。
(これぞ正しく怪我の功名ってやつ?)
勢いよく起き上がると、わたしはベットから降りて病室のカーテンを開けた。
外は相変わらず良く晴れていて、抜けるような青空に飛行機雲が一筋浮かんでいる。
わたしの病室は割と高い階にあるらしく、病院の広々とした中庭が良く見渡せた。
よく手入れされた芝生の青が目に眩しい。
「ほんと、夏に戻ったみたい……」
窓にオデコをくっつけて、目を細めた。
心地よい室内の空調に、少し眠くなってくる。
すると、その時――病室の扉をノックする音がして。
「はい、どうぞ」
きっと母親か医者だろうと思い、わたしは中庭を眺めながら上の空で返事をした。
扉が静かに開き、人の入ってくる気配がしたので、ぼんやりと振り返る。
しかし病室の戸口に佇んでいる人物を認識した瞬間……わたしは目を見開いて固まってしまった。
「綾音……」
甘く暗く響く、心地よい声音。
優しく名を呼ばれて、俄かに総毛立つ。
艶のある黒髪に、透き通るような白い肌。
美しい瑠璃色の瞳に見つめられて、わたしの頭の中は真っ白になった。
「無事だと聞いて、安心したよ」
よかったね……と。
あの男は綺麗な笑みを浮かべて近付いてくると、その長い指でわたしの頬を優しく包み込んだ。