#08 二つの海(2)
なんでいきなり椎名くんの家なんだろう?
ビックリしながら、ぐるぐると考える。
だって、そっちの方がよほど無理だと思うんですけど……。
「そんな驚いた顔すんなよ。なにもオレと一緒に住むわけじゃないからさ」
「え? なにそれ、どういうこと?」
「言い方が悪かったよな。オレが言ってるのはさ、叔父さんのマンションの事なんだ」
「椎名くんの、叔父さん?」
「そ、叔父さん」
そう言われても、イマイチ良くわからなくて聞き返す。
「で……そのマンションが、どうしたの?」
「ああ。叔父さん急な転勤が決まってさ、部屋が空いちまうから、急遽オレが留守番代わりにそこに住む事になったんだけど。よかったら、オレの代わりに御園がそこに住めばいい」
「ええっ。でも、それじゃ椎名くんが」
「オレはいいよ。実家あるし」
「いや、椎名くんは良くても、いきなりそんな……」
「大丈夫だって! 叔父さんにはオレから話通すしさ。大学までも結構近いぜ?」
――いいから任せとけって、と。
満面の笑みで言われて、わたしの胸はズキリと痛んだ。
屈託の無いお日様みたいな笑顔。
この笑顔に参っちゃってる女の子を、わたしは何人も知っている……。
「やっぱり無理だよ……」
「なんでだよ。おまえの家族に反対されるからか?」
拒んだら、椎名くんが励ますようにわたしの肩を揺さぶってくる。
「ううん、そうじゃないけど」
「じゃあ何が無理なんだよ。叔父さんの事なら、オレがちゃんと説得するし」
「だから、それが無理なんじゃんっ……!」
尚も食い下がろうとする椎名くんの腕を振り払うと、わたしは一歩後退った。
困ったようにこちらを見つめる、薄茶色の瞳。
その優しい眼差しも、彼の笑顔も。
ふざけてわたしの頭をくちゃくちゃにする、暖かくて大きな手も。
(……ほんと、罪つくりなやつ)
そう思ったら、如月ゆりの泣き顔が脳裏をかすめて、切ない気持ちが込み上げてきた。
彼女は椎名くんのために、どれだけ涙を流したのだろうか?
そして、それは多分……わたしも。
「やっぱり無理だよ」
喘ぐように言うと、わたしは椎名くんを呆然と見つめた。
――そして。
「だって、椎名くん死んでるんだもの」
震える声でわたしが言ったら、椎名くんの表情は一瞬にして凍りついた。