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DIVE  作者: 関鯖
21/26

#07 潮 騒(4)

 

 

 喫茶室の片隅で、アイスコーヒーのグラスが汗を掻く。

 口を付けないまま、氷が解けて二層になってしまった液体を見て、わたしは内心ため息をついた。

 

『お話したいことがあるんです』


 そう言って、あの場からわたしを強引に連れ出したこの少女――如月ゆりは、ここまでの道すがら二言三言話したきり、何やら思いつめた顔でずっと黙りこくっている。

 先程チラっと聞いたところによれば、椎名くんの母親のお見舞いに来たらしいのだが、何故わたしを呼び止めたのかは良く分からない。

 一方、ヤツはといえば、わたしの隣で優雅に足を組んでティーカップを傾けている訳だけども。

 てか、なんでココに居るんだ、おまえは!!


(ついて来るかなー、普通……)


 イライラしながら見ていたら、ヤツに笑みを向けられて慌てて目を逸らす。

 まあ、いいよ。

 あの状況から抜け出せただけでよしとしよう。

 それよりも……彼女の言ってた“話”って、一体何なんだろう?

 急かすつもりはないけれど、さっきからずーっと黙って下向いてるから、気になるし。


(やっぱり、また椎名くんのことかな……?)


 すっかり薄くなってしまったコーヒーを一口すすると、わたしはチラリと如月ゆりの様子を盗み見た。

 白く、ほっそりした首筋。

 綺麗に切りそろえられた黒髪が、顎のラインで揺れている。

 彼女と会うのは、これで二度目だ。

 初めて会ったのは、前期試験の最終日だったから、かれこれ一ヶ月以上前になるけれど、あの時は本当にビックリした。


 ――わたし、如月ゆりっていいます。祐ちゃんの……ううん、椎名祐樹のカノジョです!


 きっと、わたしが一人になるのを見計らっていたのだろう。

 もの影から飛び出してきて、わたしの事を呼び止めるなり、彼女はそう宣言したのだった。

 他にもいろいろ言われた気がするけれど、なにしろ突然のことだったから、あまりよく覚えていない。


(確か……椎名くんに付き纏うな、とか?)


 あなたのこと迷惑なんです、とか。

 そんな事を次々と早口で捲くし立てられたけれど、どれもこれも身に覚えが無いことだったし、おまけに支離滅裂で、あの時のわたしはただ戸惑うばかりだった。


(なんだかなぁ……)


 気付かれぬよう、そっとため息をつく。

 また呼び出されたってことは、椎名くん、彼女と上手くいっていないのだろうか。

 そういえば、彼女、前に見たときよりも明らかに痩せてるし。

 これってダイエットしたっていうよりも、なんだか病的で、見ていて少し痛々しいような……


「……御園さん」

「はいっ!?」


 突然、如月ゆりに名を呼ばれて、わたしはピョンと飛び上がってしまった。

 恐る恐る顔を向けたら、潤んだ瞳でジーッと見つめられる。


「あの、わたし……」

「え?」

「わ、わたし……」

「う、うん」

「わたし……あなたに謝らなきゃいけないことがあるんですっ!」


 そう言うなり彼女が頭を下げたので、わたしは驚きのあまり目を丸くした。

 そんなイキナリ謝られても……訳分からないし、ちょっとビックリだし。


「なんで謝るの? この間のことだったら、わたしは別に気にしてな――」

「そうじゃないんです。違うんです!」

「違う?」

「はい。わたし……御園さんに、嘘吐いてました。わたし、祐ちゃんのカノジョなんかじゃなかったんです!」


 ごめんなさい、と。

 声を震わせながら謝ると、彼女の瞳から涙が溢れた。


「祐ちゃんの家とは親戚で……家が近かったのもあって、子供の頃から家族ぐるみの付き合いで。わたし達、幼なじみなんです」


 やがて、如月ゆりがポツリポツリと語り始めたのは、彼女と椎名くんとの思い出だった。

 物心ついた頃から、椎名くんから妹みたいに可愛がられたこと。

 大きくなったら結婚しようねって、二人で約束したこと。


「小さい頃から、わたし、祐ちゃんのことが大好きだった……」


 そして、時は流れて。

 中学生になる頃には、椎名くんってやっぱモテて、いつも付き合ってる女の子がいたこと。

 だけど、椎名くんはデートするよりも、男友達とつるんで遊ぶ方が好きだったから、どの娘とも長続きしなかったこと。

 そして、付き合っている女の子よりも、椎名くんはいつだって自分を優先してくれたこと。

 だから、自分だけは特別なんだって思ってたこと。

 でも。

 大学生になってから、椎名くんは変わってしまった……。


「変わった?」


 わたしの言葉に、彼女は静かに頷いた。


「いつからか……御園さんの話ばかりするようになって」

「へ? わたし?」

「あなたが教授の資料を間違って捨てちゃって怒られてた、とか。ゼミの飲み会で、酔っ払ったあなたがずっと笑い転げてた、とか……」

「なんか……それだけ聞くと、わたししょーもない人間みたいなんですけど……」


 わたしが口を尖らせたら、如月ゆりは寂しそうに笑って。


「新しく付き合いはじめた人なのって、わたし、祐ちゃんに聞いたんです。そうしたら違うって。どうしたら良いか分からないんだって言うんです」

「え……」

「祐ちゃん困ったみたいに笑うんですよ。わたし、祐ちゃんのあんな顔見たの初めてで……だから、すごく焦っちゃって」

「そんな……」

「だからって嘘吐くなんて最低だし、今更謝っても遅いですけど……本当に、ごめんなさい」


 そう言って、頭を下げた彼女は、こちらまで胸が苦しくなるような、とても切ない顔をしていた。

 

 

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