#07 潮 騒(3)
何事かと辺りを見回せば、驚いたことに、診察待ちの人々ばかりか病院のスタッフまでもが足を止めて手を叩いている。
ていうか、何これ?
皆どうしちゃったの!?
「ロマンチックねぇ! おばさん、見ててハラハラしちゃったわよ!」
「え? あの、わたし……」
「良い男じゃないの! あなた、幸せになるのよ!」
「はっ? な、何がですか!?」
次々と浴びせられる祝福の言葉に、ワケが分からず混乱する。
何この状況?
何この展開!?
ロマンチック?
ハラハラした?
幸せになれ?
(まさか……!)
不吉な考えが閃いて、わたしはハッとした。
この状況は……考えたくも無いけど。
「兄ちゃん、良かったな! 頑張れよ!」
「ありがとうございます」
「末永くお幸せにね」
「はい。絶対に彼女を幸せにしてみせます」
彼が周囲の誤解を解こうともせずに、むしろ上機嫌に愛想を振りまいている。
その態度に、わたしが愕然と見上げれば……そこには蕩けるような、極上の微笑み。
それは天使みたいな顔に浮かんだ、正に悪魔の微笑みだった。
――ああ、綾音。あなたを心から愛してる。
声ならぬ声が、わたしの頭に直接響く。
その言葉に、わたしは漸く全てを悟ったのだった。
やられた。
嵌められたのだ。
ちょっと無視しただけなのに、こんな仕返しするなんてあり得ない。
こんなヤツに、少しでも同情したわたしが馬鹿だった……!
「信じられないっ! もう勝手にすれば!?」
怒鳴るように言い捨てると、周りから冷やかしの野次が飛ぶ。
なんかもう全てがウザイし!
みんな揃って勘違いも甚だしいし!!
(てか、ムカつくーー!)
勝ち誇ったように微笑む彼を見て、地団太を踏みたいのを必死でこらえると、わたしはクルリと踵を返した。
そして、顔を真っ赤にしながら、足早に歩き出したのだけれど……。
「すみません。御園綾音さん、ですよね?」
誰かに名前を呼ばれて、わたしは足を止めた。
不思議に思って声の主を探したら、意外な人物へと視線が行き当たる。
わたしと目が合うなり、ペコリと頭を下げたのは、清楚な制服姿の女の子。
人形のような愛らしい顔立ちに、顎で切りそろえた真直ぐな黒髪。
「あの……わたしのこと覚えてますか?」
忘れよう筈も無い。
名前は確か、如月ゆり。
夏休み前にわたしを訪ねてきた、椎名くんの彼女だった。