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DIVE  作者: 関鯖
17/26

#06 眩 暈(3)




「約束して、綾音」


 耳元でくぐもった声がして、髪に何かがふわりと触れた。

 それが唇だと気付いた刹那、今度は額にキスされて頭の中が真っ白になる。

 羽毛で撫でられるような唇の感触に、わたしは首筋から血が上ってくるのを感じていた。

 だって、こんな風にされちゃうと、否が応でも昨晩のことを思い出しちゃうわけで。


――あなたは僕のものだ。僕のものだと、そう誓え


 見る者を溺れさせる深い瑠璃色の眼差し。

 鈍く光る、象牙のように滑らかな肌。

 その唇がもたらす、指先から溶けてしまうような不思議な感覚。


「僕らは一蓮托生だ。今あなたを失うわけにはいかない」


 その言葉に“そういう事か”と納得しつつも、体を包む彼の腕には抗えずに。

 頬が、熱い。

 無茶苦茶なこと言われた後に、ちょっとキスされたくらいで力が抜けちゃうなんて、やはりコイツは悪魔なんじゃないかと思う。

 昨晩のことといい、わたしは何をしているんだろう。

 なんかもう恥ずかしすぎて死にそうだ。


「綾音……もしかして、昨夜のことを思い出しているの?」

「えっ、何が!?」


 図星を指されて、思わず身体がビクッと跳ねた。

 驚いて顔を上げると、瑠璃色の瞳が楽しそうにこちらの様子を窺っている。


「“あなたが願うなら、僕がその全てを叶えてあげる”」

「……え?」

「昨日、僕があなたに誓った言葉。お望みなら、この(・・)続きもあるけど?」

「つ……続き……!?」


 恐る恐る聞き返したら、彼は甘く微笑んで。


「キスの、続き」


 耳元で低く囁かれた瞬間――わたしの思考は、完全に停止した。

 目をまん丸にして、彼の顔をマジマジと見つめる。

 すると、彼は不意にわたしから顔を背けて。


「く……!」


 震える肩。

 続いて聞こえてくる、咳き込むみたいな声。

 顔は隠れちゃって見えないけど……

 これって、もしかして笑ってる?

 てか、わたしからかわれた!?

 ムカつくーっ!


「そういう冗談やめて!!」

「冗談だなんて、酷いな。僕は至って真面目だけど?」


 優しく抱きしめてくる腕を、怒りに任せて振り払う。

 笑いながら言われたって、全然説得力無いんですけど。

 なんか、目に涙まで浮かべてるし!


「嘘つき! からかってるくせに!」

「なら、嘘かどうか試してみる?」

「なんでそうなるわけ! 馬鹿にしてるの?」

「まさか。あなたの期待に沿えるよう、僕は精一杯手を尽くすつもりなのに」

「な・な・何言ってんの!? そんなのお断りだし! もうっ、これ以上ヘンな事ばっか言うんなら、契約なんて破棄するからねっ!」


 ムカムカしながら言い放ったら、彼はすうっと目を細めてわたしを見つめた。


「……あなたは僕との契約を無効にしたいの?」


 ゾッとするほど冷ややかな声。

 その面から笑顔が消え失せて、長い睫毛の下の瞳が濃いブルーに変わる。

 その表情の変化に驚いて、わたしは咄嗟に身構えたのだけれど。


「無理だよ、綾音」


 ――もう遅い、と。

 彼が告げた瞬間、わたしは小さく悲鳴をあげた。

 突然の痛みに、訳が分からず手で顔を覆う。


「な、に……?」


 額の中心が焼けるように熱い。

 何が起こったのか理解できぬまま彼の腕から抜け出すと、わたしは覚束(おぼつか)ない足取りで病室の鏡の前に立った。

 すると、信じられないことに……

 わたしの額の中心に、なにやら不思議な模様が浮き出ているではないか!!

 てか、なにコレ!?


「印さ」

「は? しるしっ!?」

「そう。綾音が僕のものだという印。契約しましたっていう、認印みたいなものかな」

「認印!?」


 サラリと告げられて、わたしは唖然としてしまった。

 だって認印て。

 そりゃ、何か契約したら捺印くらいするだろうけど……でも!


「だからって、なんでデコ!?」


 しかも、こんなにクッキリハッキリ信じられない!

 一応わたし女なんですけど!

 もしかして、わたしのオデコに認印を押す欄でもあったとか!?

 それで否応なしにデコだったとか!?


「まさか。欄なんてないよ。印を付けるのはどこでもよかったのだけれど」

「けど!?」

「あなたが僕のものだと周囲に知らしめるには、判り易いところでないと意味が無いからね」


 しれっと言い放つ男の顔を見て、わたしは馬鹿みたいに口をパクパクさせた。

 だって……そんな理由で?

 そんな理由で、乙女のデコに認印!?

 ふざけんな、このヤロー!!


「酷い!!」

「落ち着いて、綾音」

「落ち着つけってなにさ!? デコとかマジ信じられない! こんなの恥ずかしくって外歩けないじゃんよ!」

「ああ、それなら大丈夫。普通の人間には見えないから安心して?」


 彼は穏やかに言うと、宥めるようにわたしの頬を優しく撫でた。

 そして、わたしの目をジッと見つめて。


「全ては、あなたの為だから……」


 甘い、ベルベットみたいな声音。

 深い瑠璃色の眼差し。

 こちらに向けられた天使のような美しい微笑みに、言葉を失ったわたしは、ただ涙目で彼を睨んだのだった。

 

 

以上、デコに認印の章でした。

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