#06 眩 暈(2)
顔を顰めると、男は辺りを切り裂くように薙ぎ払った。
すると、視界一面に舞い散っていた花びらが嘘のように消え失せる。
「一体どういうことなんだ、これは……!」
声を荒げて言うと、彼はわたしを抱き寄せた。
でも、そんなのこっちが聞きたいくらいだし!
「あなたが、やったんじゃ、ないの……?」
「まさか。僕はこんな小細工はしない」
「じゃ、なんで……」
「分からない。だが、あなたはよく見るんだろう? あの桜の幻影を」
その問いに、わたしが力なく首を振ったら、彼は何か考えるように眉をひそめた。
「もしかしたら僕との出会いがあなたに何らかの影響を及ぼしているのかもしれないな」
「そうなの……?」
「少々思い当たる節がある。だが、その話は後回しだ」
――さあ、身体を楽にして、と。
暖かな手のひらで背中を摩られて、わたしは小さくため息をついた。
彼の腕に身体を預けると、震えながら胸元に頬を埋める。
胸板から伝わる、心地よい体温。
規則正しく聞こえてくる心音に、自然と身体から力が抜けてゆく。
「ゆっくり呼吸して」
彼の声に即されて、わたしは胸いっぱいに息を吸い込むと、意識しながらゆっくりと吐き出した。
それを何度も繰り返すうちに、少しずつ眩暈も治まってくる。
冷たく澄んだ朝の空気の匂い。
カーテンの向こうから差し込む、明け方特有の青い光。
やがて男は静かに身体を離すと、わたしの顔をじっと見つめて口を開いた。
「あなたから、あの男の気配がする」
いきなり何を言いだすのかと思いきや……。
少し責めるように言われて、思わず目を瞬かせる。
一方、彼はといえば、物憂げに首を傾げて。
「さっきから妙な気配がするとは思ったけれど、あの男だろう?」
「それって、椎名くんのこと言ってるの?」
「ああ、そうだ。なぜ彼の気配が?」
「それは……椎名くんと、ついさっきまで話してたからかな?」
「話をしていた?」
「そう。わたしのこと心配して、連絡くれて」
「それだけ? ここへ訪ねて来たんじゃないの?」
「ううん。だって、話したのは携帯でだし」
「携帯、か。成る程ね……」
不機嫌そうに顔をしかめる彼に、わたしはポカンとしてしまった。
どうしてこんなコトで機嫌が悪くなっちゃうわけ?
大体、こんな風に問い詰めてくること事態、意味不明だし。
(そういえば、昨日の晩、椎名くんのことが気に入らないって言ってたけど……)
でも。
椎名くんは、わたしの友達だし。
わたしの交友関係について、彼にとやかく言われる筋合いないし!
なにより、こんな奥歯に物が挟まったみたいな言い方、めちゃくちゃイラっとくるんですけど!!
「言いたいことがあるんなら、ハッキリ言えば?」
「……では言うが。僕はあの男が気に入らない。あなたが彼と一緒にいるだけで不愉快だ」
「は? 不愉快!?」
「ああ、そうだ。だから、今後僕の目の届かないところで彼と二人きりで会うのは止めてもらおう」
「何言ってんの? 椎名くんはわたしの友達なんだから、そんなの無理に決まってんじゃん」
「友達ね。僕の目を盗んで、こそこそ連絡を入れてくるなんて、あなたのオトモダチは油断も隙も無いらしい」
「ちょ、何それ!? そういう言い方ないんじゃない? あんな事があったんだから、心配して連絡するくらい当然でしょ!?」
「本当にそれだけだと思っているのなら、あなたは無防備すぎる」
「無防備って……。ちょっと携帯で話しただけじゃん」
「それが無防備だと言っているんだ。全く、あなたという人は……!」
呆れたようにため息をつくと、彼は奇妙な目つきでこちらを見つめて。
「とにかく……僕の目の届かぬところで彼と会わないことだ。綾音、あなたは僕のものなんだ。それを忘れてもらっては困る」
そう言うなり、彼は強引にわたしを抱き寄せた。