表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
DIVE  作者: 関鯖
15/26

#06 眩 暈

 

 

  

 濃密な闇が彼方へと追いやられて、長い夜がようやく終わろうとしていた。

 瞼の裏に感じる、明け方の青い光。

 冷たく澄んだ空気の匂い。

 どこか遠くでカラスの啼く声がする。


「うーん……」


 不機嫌に唸りながら、わたしは泥のような眠りからゆるゆると浮上した。

 普段ならば、まだ眠っている時間帯なのに、執拗に鳴り響く携帯に根負けしてしまったのだ。

 おかしな時間に起こされたせいか、なんだか身体がダルイし、やけに頭がズキズキする。

 目を擦りながら窓へ目を向ければ、カーテンの向こうはまだ薄暗い。


「わたし、あのまま寝ちゃったんだ……」


 己のあまりの呑気さに呆れつつ、寝ぼけ眼で枕元を探りながらも、携帯を開いた瞬間、わたしは一気に目が覚めた。

 ――椎名くんだ!!


『御園っ、無事か!?』

「いや、ソレこっちの台詞だし!」


 電話に出るなりツッコミつつも、椎名くんの無事を確認して身体から力が抜ける。

 電波が弱いのか、ちょっと雑音がするけど、彼の元気そうな声が聞けて、わたしは心底ホッとした。

 だって最後に見たとき、椎名くんほとんど消えかかってたし。

 それに、本当に助かったのかどうか、あの時は男の言葉を信じるしかなかったから、正直、物凄く不安だったし。


「無事でよかった……! てか、あのあと椎名くんどうしてたの!?」

『ああ、オレ? よくわかんねーけど、気がついたら自分の部屋にいた』


 どうやら男の言っていた“安全なところ”とは、椎名くんの自室のことを指していらしく……。

 あの言葉に嘘はなかったようで、ホッと胸を撫で下ろす。

 だけど、そんなわたしを余所に、椎名くんはすごーく不機嫌なご様子で。


『つーかさ、オレまじ納得できねーんだけど』

「え、なんで? いきなり部屋に飛ばされちゃったから?」

『まあ、それもだけど……どういうわけか、部屋の外に出られなくてさ』

「は? 何ソレどーゆーこと?」

『どーもこーもねーよ。部屋のドアから外に出ようとするじゃん? そーすっと、やっぱオレの部屋に戻っちゃうわけ。アレ、なんなんだ?』

「いや……そんなのわたしに聞かれても……」

『つか、部屋の外に出たのに、またオレの部屋っておかしくね!? オレ、馬鹿みたいに何度もドア開けちゃうしさ……。ドアから出ても、やっぱオレの部屋だしさ……。御園に連絡しようにも、ケータイ繋がんねーし。今はヘーキみたいだけど……』


 不貞腐れながら説明する椎名くんの声を聞いて、悪いと思いつつもわたしは噴出してしまった。

 そして、それと同時に申し訳ない気持ちで一杯になる。

 気絶したまま呑気に眠っていたわたしとは違って、椎名くんは一晩中やきもきしていたに違いない。


「椎名くん、昨日は色々ありがとう。それから……なんか、ごめんね」

『ごめんって、なんだよ』

「だって心配かけちゃったし。それに、いっぱい迷惑かけちゃったから」


 だからゴメン、と。

 もう一度謝ったら、携帯の向こうから深いため息の音が聞こえてきた。


『なんだよ。謝るなよ』

「だって……」

『だってじゃねーよ。オレ、迷惑だなんて思ってねーし』


 少し怒ったような声音に、ハッと息を呑む。


『オレさ、嬉しかったんだ。夏前の……あんな事あった後でさ、おまえと普通に話せて』

「……え」

『だから謝るなよ……み……その――』


 急に電波の入りが悪くなったのか、雑音が更に酷くなった。

 声が、やけに遠い。

 妙な不安を感じて、わたしは場所を移動するために、急いでベッドから抜け出したのだけれど。


『……オレさ――オレ、おまえの……こと――』


 椎名くんが何かを言いかけた、その刹那。

 携帯から砂嵐のような雑音が聞こえてきて、わたしはぎゅっと目を閉じた。

 突然激しい眩暈に襲われて、その場へしゃがみこむ。

 頭の中が霞がかって、次第に意識が朦朧としてゆく。

 

「椎名く、ん……!」


 呼びかけど、携帯からは、もう何も聞こえずに……。

 ますます酷くなる眩暈と雑音に、わたしは必死で吐き気をこらえた。

 割れるように頭が痛い。

 強く瞑った瞼の奥で弾ける白い光。

 この光は。

 この光は、まるで――。


(なに、これ……!)


 病室の冷たい床に倒れこみ、喘ぐように息をする。

 閉じた瞼の裏に浮かんできたのは、満開の桜。

 どこまでも続く、モノクロームの世界。

 力なく横たわるわたしの頬に、髪に、まるで雪のような花びらが、ひらりひらりと舞い落ちる。

 しんしんと降り積もる花びらに、身体が覆い隠されてゆく。

 息が、出来ない。

 酸素を求めて開いた口の中も、桜の花びらが入り込んでくる。


(……誰か!)


 死の予感を覚えて、わたしは叫んだ。

 すると、その時。


 

「綾音!」



 不意に、腕を強くつかまれて。


「……あなたは、桜が好きなんじゃなかったの?」


 その声に、薄く目を開けたその先には……

 こちらを心配そうに覗き込む、美しい瑠璃色の瞳があった。

 

 

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ