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DIVE  作者: 関鯖
13/26

#05 盟 約(3)

 

 

 

「今すぐやめて! お願いだから!!」


 大声で叫ぶと、わたしは男に向き直り、彼の胸をめちゃくちゃに叩いた。

 椎名くんは、わたしを心配して、わざわざ助けに来てくれたのだ。

 なのに、 このままじゃ、わたしのせいで死んじゃうかもしれない。

 そう思ったら、申し訳なくて目から涙が溢れてくる。


「今すぐやめてよ馬鹿っ! 鬼! 死神! 悪魔!!」


 じわじわと希薄になってゆく椎名くんを見て、涙声で叫ぶ。

 もう、こうなったらなりふり構っていられない。

 わたしは涙で顔をぐしゃぐしゃにしながらも、男の目を真っ直ぐに見て言った。


「もし、椎名くんを吸収したら、あんたのこと絶対許さないっ……!」 


 わたしの言葉に、男が少し首をかしげて、もの問いたげに見つめてくる。

 その態度に本気で腹を立てつつも、わたしは更に続けて。


「今後、あんたに一切協力なんてしないんだから!」


 男の胸に指を突き立てると、わたしは精一杯毅然として言い放った。

 こんなこと言っちゃったら、もしかするとわたしまで何かされちゃうかもしれないけれど。

 椎名くんと共倒れになっちゃうかもしれないけど。



「それが気に食わないなら、わたしのことも吸収すれば!?」



 言ってしまったと思いながら、肩でゼイゼイと息をする。

 男は僅かに目を見開くと、瑠璃色の眼差しをわたしへ向けた。

 長い睫毛を伏せ、滑らかな頬に淡い影を落とす。

 その冷ややかな表情に、わたしは背筋が寒くなった。

 勢いこんな事を言っちゃったけど、正直今すぐにでもこの場から逃げ出したい気分だ。

 ――でも。


(絶対、引き下がらないんだから……!)


 ギュッと拳を握り締めると、わたしは無理やり恐怖を押さえ込んだ。

 ここで怯んだらお終いだ。

 今わたしが止めなければ、彼は椎名くんを吸収し尽してしまうに違いない。


(椎名くんを助けられるのは、わたししかいないんだ)


 そう思いつつ、挑むように男を睨みつける。

 すると、男は信じられないといったふうに首を振って。


「あなたは、彼のために危険を犯すつもりなの?」

「そ、そのつもりだけどっ?」

「――なぜ?」


 その簡潔な問いに、わたしは一瞬ポカンとしてしまったのだけれど。



「だって、椎名くんは友達だから……」



 そう言った瞬間、自分でもビックリするほど大量の涙が溢れてきた。

 そりゃ、椎名くんとは微妙な時期があったし、夏休みに入る前なんて、彼のせいで妙ないざこざに巻き込まれちゃったりもしたけれど。

 それでも、椎名くんが大切な友達であることには変わりないわけで。


「……お願い、殺さないで!」


 俯くと、わたしは手の甲で乱暴に涙を拭った。

 恐怖と悲しみがない交ぜになって、なんか涙が止まらない。

 久しぶりに泣いたせいか、うまく呼吸できなくなる。


「お願い……!」


 涙声で言うと、わたしは盛大に鼻水を啜りあげた。

 そして、ひきつけるようにして何度もしゃくり上げる。

 ……すると、やがて頭上から小さなため息が聞こえてきて。


「全く、あなたという人は……子供のように泣くんだな」


 その柔らかな言い方に、わたしは安堵のあまりその場にへたり込みそうになった。

 大きくしゃくり上げたら、まるで呼吸を助けるように男に背中を撫でられる。


「……し、椎名くんのこと、吸収しない……?」  

「ああ」

「本当に?」

「僕は嘘は言わない。ただし、条件がある」

「……え?」


 “条件”と聞いて、わたしはちょっと身を強張らせた。

 っていうか。

 なんだかすごーく嫌な予感がするんですけど……。


「あなたは、さっき僕のことを悪魔と言ったね」

「えっ? い、言ったけど……?」


 言葉の意図が分からずに、眉をひそめて男の顔を見上げる。

 すると、彼は低く笑って。


「ならば、僕と契約を結んでもらおうか。悪魔に何かを願うときには、まず契約を結ぶものだろう?」


 何事も、それらしくね、と。

 驚きのあまり目を見開くわたしに、男は悪魔の微笑を浮かべたのだった。

 

 

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