#05 盟 約(3)
「今すぐやめて! お願いだから!!」
大声で叫ぶと、わたしは男に向き直り、彼の胸をめちゃくちゃに叩いた。
椎名くんは、わたしを心配して、わざわざ助けに来てくれたのだ。
なのに、 このままじゃ、わたしのせいで死んじゃうかもしれない。
そう思ったら、申し訳なくて目から涙が溢れてくる。
「今すぐやめてよ馬鹿っ! 鬼! 死神! 悪魔!!」
じわじわと希薄になってゆく椎名くんを見て、涙声で叫ぶ。
もう、こうなったらなりふり構っていられない。
わたしは涙で顔をぐしゃぐしゃにしながらも、男の目を真っ直ぐに見て言った。
「もし、椎名くんを吸収したら、あんたのこと絶対許さないっ……!」
わたしの言葉に、男が少し首をかしげて、もの問いたげに見つめてくる。
その態度に本気で腹を立てつつも、わたしは更に続けて。
「今後、あんたに一切協力なんてしないんだから!」
男の胸に指を突き立てると、わたしは精一杯毅然として言い放った。
こんなこと言っちゃったら、もしかするとわたしまで何かされちゃうかもしれないけれど。
椎名くんと共倒れになっちゃうかもしれないけど。
「それが気に食わないなら、わたしのことも吸収すれば!?」
言ってしまったと思いながら、肩でゼイゼイと息をする。
男は僅かに目を見開くと、瑠璃色の眼差しをわたしへ向けた。
長い睫毛を伏せ、滑らかな頬に淡い影を落とす。
その冷ややかな表情に、わたしは背筋が寒くなった。
勢いこんな事を言っちゃったけど、正直今すぐにでもこの場から逃げ出したい気分だ。
――でも。
(絶対、引き下がらないんだから……!)
ギュッと拳を握り締めると、わたしは無理やり恐怖を押さえ込んだ。
ここで怯んだらお終いだ。
今わたしが止めなければ、彼は椎名くんを吸収し尽してしまうに違いない。
(椎名くんを助けられるのは、わたししかいないんだ)
そう思いつつ、挑むように男を睨みつける。
すると、男は信じられないといったふうに首を振って。
「あなたは、彼のために危険を犯すつもりなの?」
「そ、そのつもりだけどっ?」
「――なぜ?」
その簡潔な問いに、わたしは一瞬ポカンとしてしまったのだけれど。
「だって、椎名くんは友達だから……」
そう言った瞬間、自分でもビックリするほど大量の涙が溢れてきた。
そりゃ、椎名くんとは微妙な時期があったし、夏休みに入る前なんて、彼のせいで妙ないざこざに巻き込まれちゃったりもしたけれど。
それでも、椎名くんが大切な友達であることには変わりないわけで。
「……お願い、殺さないで!」
俯くと、わたしは手の甲で乱暴に涙を拭った。
恐怖と悲しみがない交ぜになって、なんか涙が止まらない。
久しぶりに泣いたせいか、うまく呼吸できなくなる。
「お願い……!」
涙声で言うと、わたしは盛大に鼻水を啜りあげた。
そして、ひきつけるようにして何度もしゃくり上げる。
……すると、やがて頭上から小さなため息が聞こえてきて。
「全く、あなたという人は……子供のように泣くんだな」
その柔らかな言い方に、わたしは安堵のあまりその場にへたり込みそうになった。
大きくしゃくり上げたら、まるで呼吸を助けるように男に背中を撫でられる。
「……し、椎名くんのこと、吸収しない……?」
「ああ」
「本当に?」
「僕は嘘は言わない。ただし、条件がある」
「……え?」
“条件”と聞いて、わたしはちょっと身を強張らせた。
っていうか。
なんだかすごーく嫌な予感がするんですけど……。
「あなたは、さっき僕のことを悪魔と言ったね」
「えっ? い、言ったけど……?」
言葉の意図が分からずに、眉をひそめて男の顔を見上げる。
すると、彼は低く笑って。
「ならば、僕と契約を結んでもらおうか。悪魔に何かを願うときには、まず契約を結ぶものだろう?」
何事も、それらしくね、と。
驚きのあまり目を見開くわたしに、男は悪魔の微笑を浮かべたのだった。