#05 盟 約(2)
男の広げた翼を見て、椎名くんが目を見開き呆然とする。
一方わたしはといえば、悪い予感に身を震わせつつも、男の腕の中で椎名くんの顔をただ見つめるばかりだった。
嫌な汗が背中を伝い、全身がぞわぞわする。
うなじの毛が逆立ち、緊張のあまり指先がますます冷たくなってゆく。
この展開は、マズイ。
本気でマズすぎる!!
「まじかよ……」
呻くように言った椎名くんの言葉に、男は低く笑った。
彼が一体何を考えているのか定かではないけれど――でも、これだけは言える。
椎名くんに何らかの危害を加えようとしてることだけは確かだ。
だって、そうじゃなければ、自ら進んで正体を明かすような真似なんて絶対にしないと思うし!
「……お願い、やめて」
「やめるって、なにを?」
気怠く切り返されて、イラっとしつつ男を見上げた。
っていうか……よくも抜け抜けと、この男はっ!
この表情に、この態度。
どう見たって椎名くんに何かする気まんまんじゃん!
「椎名くんに何もしないでって言ってるのっ! お、お願いだから……!」
噛み付いた後、慌てて取り繕うように付け加える。
だけど、必死で懇願するわたしに、彼は物憂げに微笑んで。
「無理だよ、綾音」
素気なく告げた瞬間、彼の身体から無数の光が放たれた。
突然の出来事に、わたしが成す術もなく唖然とするうちにも、青白い光の帯がまるで竜巻のように渦巻いて、椎名くんをあっという間に呑み込んでゆく。
「うわっ! なんだよ、これッ……!」
絶叫する椎名くんを見て、わたしは慌てて駆け寄ろうとした。
しかし、その刹那、しなやかな腕が伸びてきて、後ろから有無を言わさず抱きかかえられてしまう。
黒い翼に囲い込まれて、呆然と見上げれば、男の表情は酷く冷え冷えとしたものだった。
「椎名くんっ……!」
絶望的な気持ちで、わたしは叫んだ。
椎名くんが光の中から抜け出そうと必死でもがいている。
まるで溺れる人のように、こちらへ向かって手を伸ばしてくる。
しかし、必死で伸ばしたその腕も、瞬時に渦の中へと呑み込まれて――。
「御園……!」
光はみるみる膨れ上がると、まるで繭のように椎名くんを包み込んだ。
椎名くんが何か叫んだけれど、光の繭の中からはその声すらも届かずに。
――そして、次の瞬間。
「なに、これ……!?」
信じ難い光景に、わたしは小さく叫び声をあげた。
椎名くんの身体が金色に輝いたかと思ったら――なぜか、ふつふつと泡立ち始めたのだ。
その腕も、頭も、足も、背中も。
全身の表面があたかも沸騰しているかのように泡立って、金色の光の粒が次々と立ち上ってゆく。
しかも、よくよく見れば、その粒たちは、立ち上るそばから光の繭へと呑み込まれてゆくではないか!
いや、っていうか。
これは、呑み込まれるというよりも……!
「もしかして吸収してんの? 吸収しちゃってんのコレ!?」
やーめーてーー! と、わたしは声の限りに叫んだ。
だって、なんで吸収? なんで吸収!?
危害を加えるにしたって、イキナリ吸収しちゃうとかおかしくない!?
つーか、『僕はそういうことしない』とか、さっきシレッと言ってなかったこの人!?
「嘘つき!! めちゃくちゃ吸収してんじゃん!!」
「まぁ、そうだね。正直あまり気乗りはしなかったけれど」
「気乗りしないって……嫌ならやめてよ! つーか、今すぐやめて!!」
「どうして? だって、こういう場合、仕方がないだろう?」
「はあ!? 仕方がないってなんでよ!?」
噛み付くわたしに、彼は優雅に微笑んで、一言。
「なぜって、これはあなたの為だから」
……って、なにソレ!?
意味分かんないし!!
「ま、僕が気に入らないっていうのもあるけどね」
「結局、理由それなんじゃん!!」
彼の身勝手な言い草に怒りつつも、慌てて視線を戻したら、椎名くんは既にぐったりと目を閉じていて……。
ていうか、ヤバイ!
もしかして、椎名くん気絶してる!?
それに、これって気のせいかもしれないけど……
(なんか、体の向こうが透けて見えてる……?)
椎名くんが、透けている――!
その事実に気が付いた時、わたしの身体に戦慄が走った。