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DIVE  作者: 関鯖
11/26

#05 盟 約

 

 

 

 椎名くんが手を離すと、病室の引き戸はゆっくりと閉まっていった。

 廊下から差し込む蛍光灯の光が次第に細くなり、やがて辺りは暗闇へと沈み込む。

 不気味な静寂が流れるなか、わたしは状況が呑みこめずにただ呆然としていた。 

 だって、どうして椎名くんがここに?

 仮にわたしを訪ねてきたとしても、面会時間はとうに過ぎてるはずなのに。


「大丈夫か、御園」


 部屋に入るなり異様な空気を感じたのだろう、椎名くんは一呼吸おくと硬い声音で問いかけてきた。


「椎名くん、あの……?」

「ああ。お袋が入院してるんだ。御園と同じこのフロアに」


 オレ、今夜はその付き添いでさ、と。

 わたしの質問を先回りして、椎名くんが淡々とした調子で説明する。

 声のトーンが、少し低い。


「そ、そうだったんだ……ビックリした。わたし、椎名くんのお母さんが入院してるなんて知らなかったから……」

「ばか。ビックリしたのはオレだっつーの」

「え、なんで?」


 ポカンとして聞き返したら、椎名くんは呆れたようにため息をついて。


「で、御園。誰なんだよ、そいつ?」


 いきなり切り出されて、わたしはドキリとした。

 暗くて顔はよく見えないけれど、その声は明らかに怒気を帯びている。

 椎名くんは大股で近付いてくると、わたしと男の前に仁王立ちになった。


「なあ、あんた誰?」


 月明かりのなか、青白く浮かび上がった椎名くんの表情を見て、わたしは思わず息を呑んだ。

 だって椎名くん、ものすごく怖い顔をしている。

 それに、何でか知らないけど、いきなり喧嘩腰だし!

 っていうか、この男相手に喧嘩吹っかけるなんて、まじ無謀すぎるんですけど!?


「どうしちゃったの、椎名くん?」

「いいから、おまえは黙ってろ」

「よくないよ! お願いだから落ち着いて」

「落ち着けってなんだよ! さっきの悲鳴あげてたの、おまえだろ!?」

「えっ、悲鳴!?」


 目を丸くしたら、椎名くんは軽く舌打ちして。


「ああ、そうだよ。便所に行こうとしたら、いきなりおまえの悲鳴が聞こえてきてさ。じゃなかったら、こんな夜中に部屋に押し入るような真似するか!」


 頭ごなしに怒鳴られて、わたしは顔から血の気が引く思いだった。

 どうしよう。

 椎名くん、わたしの悲鳴を聞きつけて助けに来てくれたんだ!

 確かに、さっきは絶体絶命だったし、わたしとしたら助かったんだけど……。


(……でも!!)


 一難去ってまた一難。

 わたしは、自分の背後にいる存在を痛いほど意識しながらも、怖くて振り向けないでいた。

 そう。

 それは、悪魔でもなければ死神でもない――わたしに召喚されたと言い張っている、この男。

 彼は、いきなり現れた椎名くんのことを、どう思っているのだろうか?


(いや。ていうか……!)


 問題なのは彼が「どう思っているか」じゃなくて、「どうするつもりか」だ。

 母さんにしたみたいに、おかしな力で椎名くんの記憶を掏り替える?

 それとも、あの変な光を使って窓から放り出す?

 どの可能性も考えるだに恐ろしすぎて、頭の中が真っ白になってゆく。


「あんたさっきから黙ってるけど、オレの質問に答えろよ!」


 椎名くんの怒声に、わたしは弾かれたように顔をあげた。

 相手が何も言わないことに業を煮やしたのか、まるで掴みかからんばかりの勢いで、椎名くんが男に詰問している。

 その表情を見れば、頭に血が上っているのは一目瞭然だ。

 っていうか、ヤバイ! 

 本当に掴みかかったりなんかしたら、それこそシャレにならないし!

 ヘタしたら、椎名くん死んじゃうかもしれないし!


「椎名くん、やめてっ!」


 大声で言うと、わたしは咄嗟に腕を広げた。

 そして、この場をどう収めたものかと必死になって考える。


「ちょっと待って! ごっ、誤解なの!」

「おまえ何言ってんの? 悲鳴あげといて、誤解も何もねーだろ!?」

「違うの! あれは、ちょっとふざけてただけで」

「あれが? とてもじゃないがそんな風には聞こえなかったね。つーか、こんな時間にふざけてたとか、おまえ嘘つくの下手すぎだろ」

「うっ……」

「……どうしてそんなヤツ庇うんだよ。マジでそいつ誰なわけ? おまえの兄貴か何か? でも、確かおまえ一人っ子だったよな?」

「そ、それは……」

「なんだよ。なんか言い難いことでもあるのかよ?」

「いや、言い難いっていうか……」

「……まさか……おまえ、こいつに変なことでもされたんじゃねーだろーな!?」

「えっ、変なこと? 変なことって何!?」

「もういい、おまえ黙ってろ! テメー御園に何しやがった!!」

「わーっ! 椎名くん、やめて! てか、マジ落ち着いてーっ!」


 興奮した椎名くんを宥めるために、慌てて腕を伸ばす。

 だけど、わたしが伸ばした指先は、結局椎名くんには届かずに――。



「僕が、何者かって……?」



 穏やかな声音と共に、冷たくなったわたしの指先が、男の手に絡め取られた。

 そして、そのまま背後から、やんわりと羽交い絞めにされてしまう。

 小さく息を呑んで見上げれば、底光りする青い瞳に見つめ返されて。

 男は薄く笑みを浮かべると、暗闇の中で徐々に輝きを増し始めた。

 闇に溶けていた黒い翼が、青白い光に映えて艶やかに浮かび上がる。


「嘘だろ……!」


 その光景を目の当たりにして、椎名くんは一歩後退った。


「それ……本物なのか!? あんた、一体なんなんだよ!」

「人に名を尋ねるときには、まずは自分から名乗るものだろう?」


 冷ややかに言うと、男は椎名くんを威嚇するように背中の翼を大きく広げた。

 

 

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