#04 真夜中の訪問者(3)
何ともいえない微妙な空気が漂う中、暫し無言で見つめ合う。
「――しょう、かん?」
消え入るような声で、わたしはひっそりと呟いた。
「わたしが……あなたを?」
その問いかけに、彼が無表情で頷く。
だけど……そんな突拍子も無いことイキナリ言われても!
「召喚って、何よそれ……」
半ば呆然となりながらも、わたしはぐるぐると考えた。
だって、召喚?
わたしが?
彼を?
どうして!?
「召喚って、つまりその……魔女が呪文唱えながら、輪になって踊って悪魔呼んじゃう的な、あの召喚?」
「まあ、乱暴に言えば」
「『出でよ、なんちゃら!』とか叫ぶと、すごい戦力呼んじゃえます的な、あの召喚!?」
「……戦力? それはちょっと僕には分からないけれど」
首を捻る彼を見て、わたしはハタと我に返るや慌てて言った。
「や、無い無い。無いって! わたしが召喚とか、ありえないし!!」
声も高らかに、キッパリと否定する。
だってゲームのキャラじゃあるまいし、わたしにそんな器用な事が出来るハズ無いではないか!
「そんなの無理だってば! だって、わたしフツーの女の子だし」
「だが、あなたは僕を呼び出したじゃないか」
「そんなこと言われたって、出来ないものは出来ないの!」
「なら、あなたはこの事態をどう説明するつもりなの?」
「いきなり説明しろとか言われても、そっちの勘違いとしか……」
恐る恐る言ったら、彼の目がスッと細まった。
「僕は思い違いなどしていない。現にあなたは僕を召喚した。この事実は譲れないね」
「だけど、わたし本当に身に覚えがないし!」
「どんなに否定したところで事実は事実だよ、綾音」
「そんな! だって、わたし召喚獣とか呼べないもん!!」
「召喚“獣”……? 僕はケダモノではないのだが」
彼は少し不愉快そうにため息をつくと、背中の翼を大きく広げた。
「それは、僕に翼があるから言っているの? だが、これはあなたの創ったものじゃないか」
そう言うと、見ろといわんばかりに翼を軽くはためかせる。
「えっ、創った? わたしが? それを!?」
「そうだよ、綾音。あなたが僕を呼び出して、実体化したその時に」
「じ、実体化っ!?」
またしても訳の分からないことを言われて、わたしは目を瞬かせた。
「実体を持たない僕のような存在が、一箇所に止められてしまうことさ。囚われると言ってもいい。あなたは僕にそれをやってのけた」
「やってのけたって……わたしが?」
「ああ、そうだ。僕は突然呼び出されて、気がついた時には、あなたの用意した器にまんまと閉じ込められていたというわけさ」
「そんなこと言われても……わたし、よく分からないよ!」
「僕だってそうだ。なにしろ、こんな間抜けな経験は初めてだからね」
彼は顔をしかめると、わたしの首筋にそっと触れた。
「まさか、こんな事になろうとは……」
――この僕が、と。
ため息混じりに呟きながら、わたしの頬を指先で辿る。
彼は少し憂鬱そうな顔をして、物思いに耽っている様子だった。
長い睫毛を伏せて遠い目をしている。
「それで、あの……これからどうするつもり、なの?」
わたしはおずおずと彼に問いかけた。
深刻そうな表情で押し黙ったままの彼に、少し不安を感じたのだ。
「――どうするって?」
「それは……えーと、この先の事とか」
「この先の事?」
「う、うん。ほら、色々と心配でしょ?」
「それは――僕がってこと?」
「え? そうだけど……?」
微妙に噛み合わないやり取りに、少し戸惑いながら頷く。
すると彼はちょっと呆れた顔をして、わたしの顔を穴のあくほどマジマジと見つめてきたのだけれど……。
「あなたはまるで他人事のように言う」
その乾いた声音に、わたしは身を強張らせた。
底光りする瞳で射るように見つめられて、ハッと息を呑む。
「酷い人だな。呼び出しておいて、それは無いだろう?」
「あの、わたし……」
「まだ否定するつもりなの、綾音?」
物憂げな笑みを向けられて、わたしは総毛だった。
「わたし、そんなつもりは」
「どんなに否定しようが、どの道あなたは僕から逃れられない」
「そんな! わたし逃げようなんて……」
「そう? まあ、元より逃すつもりも無いけれど」
己の無神経な一言に、彼を本気で怒らせてしまったと気付く。
だけど、全ては後の祭りで。
「――綾音」
暗く、甘やかな声音。
彼の長い人差し指が、頬を優しく移動する。
触れるか触れないかの感触で、そのまま頬を逸れ、その指はわたしの顔の輪郭をゆっくりと擦った。
「あなたは逃げられない」
「な……!」
「どんなにもがこうが、僕から逃れることは出来ない」
「……やめて!」
わたしはそう言いながらも、自分の身体から徐々に力が抜けてゆくのを感じていた。
今すぐにでも逃げ出したいのに、まるで金縛りにあったように身体が動かない。
訳も分からぬままに、わたしの身体が何かに浸食されてゆく。
「お願い、やめて……!」
もう駄目だ。これ以上抗えない、と。
わたしが絶望的な気持ちで諦めかけた、その時。
「――御園ッ!!」
ふいに大声で名前を呼ばれて。
病室の扉が乱暴に開かれたと思ったら、そこに姿を現した人物を見て、わたしは目を見開いた。
綺麗に日焼けした肌に、色の抜けた茶色の髪。
その顔は、暗い室内に目がなれないせいか、まるで怒っているみたいで。
「なんで……!?」
驚きのあまり、擦れ声で呟く。
そう。
病室の入り口に立っていたのは、信じられないことに……
昼間別れたはずの椎名くんだった。