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四季を巡る、少女たちのデスゲーム  作者: null
二章 姉妹
8/30

姉妹.3

 残された猶予は、光のように過ぎていった。


 新月の夜、零時。


 雪花は再び、あの青の間に招かれていた。


 ぼうっと立つ、アリスの背中が見える。その小さな背中に声をかけようとすれば、ぼっといつぞやと同じように赤と青の炎が灯った。


(また、始まる…)


 すると、心の声が聞こえたみたいにアリスが振り返った。


「こんばんは、我が主」赤い瞳が細められる。「ご準備のほうを行いましょう。微力ながらお手伝い致します」

「…どうも」


 不服さを隠さず、アリスの隣に並ぶ。今回はパジャマ姿ではなく、初めから四姫者の服装だった。


 パッドを取り出し、画面を操作し、情報を確認する。この間は急なことで中身をしっかりと見られていなかったからだ。


(…なるほど。これは、四姫者としての私のステータスと、大神さんのブレイドとしてのステータスか…。――うへぇ、私、よっわ。ほとんど初期レベルとはいえ、大神さんと全然違うじゃん)


 これが持って生まれたものの差か、と冷静に分析していると、不意にアリスが無感情な声で言った。


「スノウホワイト様は賢明な方でございますね」

「は?なに急に」

「口では色々とおっしゃられますが、その実、この状況にすぐに適応されておいでです。ほとんどの人間がパニックや現実逃避を起こす状況にも関わらず」

「変わってる自覚はあるよ。大神さんみたいな反応が普通だって言うんでしょ」

「普通など、つまらないものはお捨て下さい」

「捨ててるよ。まあ、そうさせたのは、間違いなくアリスとその裏側にいる人だけど」

「…ふふ、だとすれば、やはりこの状況は『退屈』ではございませんでしょう」


 ぴたり、とパッドを操作する指先が止まる。


「私は、別に――」

「誤魔化す必要はございません。それでこそ、このゲームのプレイヤーに相応しいのですから」


 言葉の端に何か期待されているような感じを覚えて、雪花は顔を上げた。しかし、そこにあるのは普段と同じ、容姿に不釣り合いな艶やかな微笑だけ。


「勝手に決めつけてれば」と適当に受け流しているうちに、青い光がどことからともなく湧いてきて、あっという間に、紅葉の形を象った。


 彼女は雪花とアリスを視界に捉えると絶望と悲愴を隠すことなくその場に座り込み、頭を振った。


「最悪よ、もう、悪夢だわ…こんなの」

「大神さん――」

「話しかけないで!」強い拒絶に足が止まる。「…私を巻き込まないで」


 酷く憔悴した様子の紅葉に罪悪感が湧く一方で、彼女をあてにするのは危険なようだと落胆も覚える。


 前回の戦いで、紅葉が見せた艶やかな剣技を思い出す。


 ブレイドの、そして、大神紅葉の印象に相応しい戦いだった。


(大神さん抜きで、戦えるとは思えないんだけど…)


 失敗すれば、死ぬ。


 …それは、退屈とは縁遠いだろうか。


 ふと、戦うことを早くも受け入れている自分に気がつく。


 アリスの言う通りだ。自分はこの状況に順応している。


 自分たちの命と、見ず知らずの他人の命を天秤にかける、この状況――現実という退屈を殺す、フィクションじみたデスゲームを。


「今回も、大神お嬢様はあの様子が続きそうですね」

「…しょうがないよ。私のほうがおかしいんだから」


 肩を竦めて横に並ぶアリスに言う。不覚にも、「ふふ」と小さく笑った彼女のことを可愛いと思ってしまった。


(本当、見た目だけは最高にキュート…中身はドロドロの腹黒キャラだったけど)


 そのうち、雪花の分析の正しさを証明するみたいにアリスが口元を歪めた。


「ご安心下さい、スノウホワイト様。初回の戦いを生き残った貴方様には、創造主より餞別がございます」

「餞別?」

「はい、餞別です」


 ふわっ、とアリスの指先に青い光が灯る。それを見て、とてつもなく嫌な予感がした雪花は大声を発してアリスを制止した。


「駄目っ!」

「おや、どうしてですか?」

「これ以上、誰も巻き込みたくない」


 少女は、雪花の意図を推し量るように瞳を細めて彼女を見つめる。


「…いくらスノウホワイト様でも、死にますよ」

「それでも、駄目」


 分かっている。戦姫の数はこのゲームにおいて、最も重要な意味を持つ。


 負けたくないなら、死にたくないなら、誰かを巻き込むしかない。


 だが…紅葉の悲愴に染まった顔を見た以上、素直に首を縦には振れない。


「馬鹿な人」


 アリスは雪花の言葉を受けて、無感情な面持ちを浮かべた。


「どっちつかずは、一番鬱陶しいのでお止め下さい」


 遠慮のない言葉にも、雪花は毅然と立ち向かう。


「好きに言えば。でも、とにかくこれ以上の増員は認めないから」


 しかし…。


「そうはおっしゃられてもですね、こちらも規則ですので」


 すると、アリスは両手に例の光をまとわせ、そのまま虚空に向かって振り下ろした。


「駄目だってば!」


 慌てて飛びついたアリスの腕は、氷のように冷たかった。


 少女はそのまま軽く雪花の手を払い除けると、「ご無礼」と言いながら、人型を描ききってしまった。


「何をしているの…?」


 紅葉が少し離れた場所から不安そうな顔を向けてくる。説明している暇はなかったが、蒼白になっている表情から、おおよその察しはついているようだった。


 明滅を始めた光は、二つに分裂した。


「まさか、今度は二人…」


 止められなかった後悔と、どうしようもなかったのだという諦めを胸に、事の行く末を見守っていた雪花は、最終的に光が生み出した二人の人物を目の当たりにして愕然とした。


「な、んで…」


 一人の戦姫は、薄手のローブにロングスカートを履いており、純粋無垢そうな丸い瞳をパチパチと瞬かせていたが、雪花の姿を見るや否や、口をぽかんと開けた。


 もう一人のほうも、驚き方は同じだった。ただ、その見た目はまるで違う。


 分厚い白銀の鎧を、関節の駆動の邪魔にならない程度に身につけ、大きな槍と盾を手にした戦姫。


 彼女はコスプレじみた自分の格好に困惑していたようだが、やがて、並び立つ少女の見慣れぬ姿に驚きの声を上げた。


「日良李、なんなの、その格好は…?」

「お、お姉ちゃんこそ…」


 ――貴方様に、関わりのある方…。


 あぁ、迂闊だった…。


(私はもう、誰とも関わるべきじゃなかったんだ)


 己の愚鈍さを後悔して俯いていた雪花に声をかけたのは、やはり、嫌味と皮肉が大好きな従者だ。


「さすがはスノウホワイト様。素晴らしい引きでございます。これで、バランスの良いパーティーが組めそうですね」


 バランス…?


 まぁ、確かにそうだ。


 前衛職で、編隊の要とも呼べる壁役の『ナイト』。


 後衛職で、パーティーに必須とも言える回復役の『シスター』。


 力なく項垂れた雪花の前に立っていたのは、それらの衣装に身を扮した、小町日良李と、その姉、小町真莉愛であった。




 突然呼び出され困惑する姉妹に、アリスが大まかな説明を行うも、当然それで解決とはいかず、二人は顔をしかめた。


「皇先輩…これ、本当に夢じゃなくて、現実なんですか?」震える声で日良李が尋ねる。

「残念ながら、そうなんだよ」


 虚脱したふうに淡々と答えた雪花に目くじらを立てたのは、大事な妹をこんなことに巻き込まれた真莉愛だ。


「残念ながらですって?ちゃんと説明しなさい、皇雪花!」

「説明しろって言われてもですね…私も、たいしたことは知らなくて…」


 どうして誰もが自分を責めるのだろう、と嫌気が差して口を閉ざしていると、不意に、周囲の景色が変わり始める。


「な、なに、これ。どうなっているの?」


 急な変化に慌てている真莉愛に対し、日良李は静かなものだった。


 驚いていないわけではない。ただ、じっと、周囲の状況を観察することに夢中になっている。


(小町ちゃんも四姫戦姫のプレイヤーだから…これから何が始まるのか、嫌でも分かっってしまうはず…)


 今回、雪花たちを包み込んだのは、穏やかな川のせせらぎでも、草原を撫でる風でもなかった。


 緑を拒絶する灰色の岩肌。


 風の悲鳴が聞こえる底の見えない谷底。


 天は分厚い雲に覆われて、黒い羽をしたカラスが無数に飛び回っている。


「これって、『渓谷』…?」


 日良李の口から、今回の舞台の名称がこぼれる。


 ステージを中央から分断するみたいに広がる深い谷と、右上から左下へと小さな伸びる谷が特徴的なステージだ。


 自陣の砦には、五人が集まっていた。


『ブレイド』の紅葉。

『ナイト』の真莉愛。

『シスター』の日良李。


 そして、四姫者の自分と従者のアリス。


(これが、私の手札…)


 周囲の変化が収まると、ふらりと日良李が砦から出た。夢遊病患者みたいに覚束ない足取りだった。


「日良李、外は危ないわ!」


 急いで真莉愛がその後を追う。戦闘は始まっていないはずだが、放っておくわけにもいかず、雪花も続いた。


 日良李は深く広がる谷底を覗き込むと、ごくり、と息を飲んでいた。


「ほら、危ないでしょう、日良李。こっちにおいで」


 駆けつけた真莉愛が妹を崖のそばから連れ出す。しかし、日良李の目は何かに魅了されたみたいに底なしの闇へと釘付けだった。


 やがて、日良李は雪花を見て浮かれたように言う。


「私たち、本当に四姫戦姫の世界にいるんですか?」

「…少なくとも、ルールはそれに近いね」

「じゃ、じゃあ、殺し合うというのも、本当に…」


 それについては答えたくもなかったが、重い無言は十分な解答となったことだろう。


 すると、日良李が甘い滑舌で質問を重ねた。


「『夢』が叶うっていうのも、本当ですか…?」

「え、それは…」


 雪花が答えに迷っているうちに、ふわり、とアリスがどこからか飛んできて、解答権を強奪する。


「もちろんでございます、お嬢様。どんな夢でも自由自在でございます」


 物理法則を度外視したアリスの動きに目を丸くしていた日良李だったが、少しずつアリスの返答を噛み砕くと、「どんな夢でも…」と呟いた。


「はい、どんな夢でも。生まれも、現実も、日良李お嬢様の頭の中にある夢も、絶対に叶います」


 はっ、と日良李が顔を上げた。思考を読まれたと思ったのだろう。


 自分のときは額同士をくっつけることで考えを読んでいたように見えたが、戦姫である日良李たちは違う仕組みでそうしているのかもしれない。


 日良李はふっ、と真莉愛のほうを見やった。


 心底心配そうに見つめてくる視線を複雑そうな顔で受け止めた少女は、そのうち意を決したふうに拳を握ると、アリスへと高らかに告げた。


「私、やります」

「ひ、日良李!?」すぐに真莉愛が反応した。「駄目よ!ちゃんと話を聞いていたの?これは貴方の好きなゲームじゃないの!本当に命のやり取りをするのよ!?」

「分かってるよ」


 ムッとした顔で日良李が言い返せば、真莉愛はますます無我夢中で反論する。


「分かっていないから、お姉ちゃんがこう言っているんじゃない!」

「分かってるってば!なんでお姉ちゃんにそんなこと言われなきゃいけないの!?」


 おどおどしている印象のあった日良李が大声で怒鳴り返すものだから、雪花は目を丸くして間に入る。


「ちょっと、二人とも、今は言い争っている場合じゃ――」

「貴方は黙っていなさいっ!」


 しかしながら、真莉愛にぴしゃりと叱りつけられて、それ以上の言葉が出てこなくなった。


「日良李、貴方に殺し合いなんて無理よ」

「なんで」

「貴方は優しすぎるわ。それに…」

「それに?」

「…」

「運動音痴でしょ?分かってるよ。ごめんね、お姉ちゃんと違って出来が悪くて」

「そ、そんなことは言っていないわ」

「言われなくても分かるよ。私はそうやって、お姉ちゃんと比べられて生きてきたんだもん」


 言い放った言葉の鋭さに真莉愛の表情が歪む。過保護な彼女からすれば、今の言葉は酷くつらいものだったかもしれない。


 傷ついた顔をした真莉愛を見て、同じような表情を浮かべた日良李は、ややあって、くるり、と反転して雪花のほうを向くと顎を引いた。


「皇先輩、行きましょう」

「え、でも…」


 苦しげな真莉愛のことを思うと、彼女を置いていくのは心が痛むことだった。だが、ずんずんと自陣を進む日良李を放っておくわけにもいかないと日良李を追う。


 当然、真莉愛もその背中を追った。


「こんなことに関わらないでいられる方法を探しましょう?戦いが終わるまで、隠れているというのはどう?それか、相手の人に事情を話して――」

「うるさいっ!」ぐるり、と再び日良李が反転する。「私、叶えたい夢があるの!諦めかけてたけど、駄目だって思ってたけど…それが叶うなら、私は…っ!」


 雷が落ちたような大声に続き、濃い悲愴の宿るぼやき。


 誰もが唖然と動きを止めていた。ただ一人、アリスだけが嬉しそうに微笑んでいる。


 始めに動き出したのは、やはり真莉愛だった。


 彼女は涙ぐむ日良李の正面までふらふら移動すると、悔しそうに肩を震わせ俯く日良李に手を伸ばしたが、触れることなく、唇を噛んで両手の拳を握り込んだ。


「どうして、こんなことに…」


 血反吐を吐くように漏れた言葉に、雪花の胸がかき乱される。


「小町先輩…」強い罪悪感と共に、彼女の名前を呼ぶ。だが、巻き込んだ自分に善人ぶった台詞を言う資格はないのだと雪花もまた俯いた。


 砂を噛んだような沈黙が横たわる。


 すると、そんな彼女らとは反対に明るい声でアリスが言った。


「お嬢様方――『生きるべきか、死ぬべきか』を迷うことはございません。『夢を叶えたい』、『大事な人を守りたい』と願うならば、選ぶ道は一つでございます。…どうせ、下りられぬ舞台なのですから…ふふ」


 嫌味な奴だ、とアリスを振り返り睨みつければ、紅葉も同様にアリスのそばで牙を剥いていた。皮肉屋の相手は、申し訳ないが彼女に任せよう。


「選ぶ道は、一つ…」


 真莉愛はアリスの言葉を繰り返すと、己の掌を開いて、じっと凝視した。それから、何かを決心した様子でまた固く握りしめると顔を上げた。


「そうね…場所は関係ないわ。ここがどこであったって、私の役目は変わらないもの」


 決意の宿る声。やはり姉妹だ。さっきの日良李そっくりであった。


「私も参加するわ、日良李」

「お姉ちゃん…」


 少しだけ申し訳なさそうに日良李が眉を曲げれば、真莉愛は明らかに無理をしていたが、それでも眩しく微笑みを作って続ける。


「ただし、夢を叶えるためではなくて、貴方を守るためよ、日良李。…そうよ、誰にだって、日良李を傷つけたさせたりなんかしないわ。ましてや、殺させたりなんて…させるものですか」

次回の更新は火曜日になっております。

ブックマーク等、みなさんの声が活力になりますので、よろしくお願いします!

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