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四季を巡る、少女たちのデスゲーム  作者: null
二章 姉妹
6/30

姉妹.1

 次の日、空は雨模様であった。


 自分の心を映したような、どんよりとした鉛色の空。


(昨日の晩のあれは、夢だったのかなぁ…)


 心内で唱えるも、雪花はすでに、本能的な部分でその答えを知っていた。知っていながら、理解していないふりをしていた。


 しかし、すぐにそれもできなくなる。


「あ…」


 青い傘を差し、昇降口に入ろうとしていた雪花が目を止めたのは、靴箱のそばで腕を組んだ紅葉の姿だった。


 こんなところで何を、と考える必要もなかった。紅葉自身も、自分を見るや否や、凍りつくような視線を向けてきたから。


 気づかないふりをするべく、雪花も道行く生徒の後ろに続き、自分の靴箱へと移動しようとした。


 そうして、紅葉の前を通り過ぎる瞬間、彼女は独り言のように口を開いた。


「スノウホワイト」


 背筋が凍り、足が動かなくなる。


(あぁ――…やっぱり、あれは…)


 怪訝に思ったクラスメイトから声をかけられるも、雪花は反応することもなく地面を見つめるばかりだった。


「ふぅー…」と自分を落ち着けようとしているみたいな吐息が聞こえる。「皇雪花、話があるわ」


 紅葉に名前を呼ばれても、雪花はどこか上の空でそれを聞いていた。


 頭のなかは、もっと別のことでいっぱいだ。


 陽子と呼ばれていた敵の四姫者の嘆きの慟哭。


 切り裂かれたマジシャン――香織の遺体、そして、血の噴水。


 あれが現実だとしたら。


(私たちが、やったことは…)


 ぐいっ、と不意に体が引っ張られる。耐えかねた紅葉が腕を引いたのだ。


 抵抗することもなく、雪花の体が引きずられていく。


 行き着いた先は生徒会室。当然、朝の時間から他に人などいない。


 放り込まれるようにして、雪花は中へと足を踏み入れた。ふらつきながら体勢を整えると、後ろで鍵が落ちる音がした。その響きにドキリとして振り向けば、ずんずんと詰め寄ってくる紅葉の姿があった。


 圧に負けて数歩後退すれば、背中が生徒会の執務机にぶつかった。


 逃げ場がなくなると同時に、紅葉がドンと両手で自分の左右を塞ぐ。


「説明しなさい」


 たらり、と紅葉の綺麗な髪が雪花の首や肩をかすめる。


 いい匂いがした。場違いだけど、そう思った。


 ぎらぎらとした彼女の瞳に飲み込まれながら、口をつぐんでそれを見上げていると、紅葉は我慢できなくなった様子で声を張り上げた。


「説明しなさいっ!」


 声の大きさに、ハッと雪花は我に返る。


「あ、えっと…それが、私も…」

「誤魔化しはいらないわ。洗いざらい、きちんと話しなさい…。いいわね」


 有無を言わせぬ、燃え盛る氷の炎の如き表情に、雪花は観念したふうに視線を逸らすのだった。




 雪花は文字通り全てを話した。


 あの世界は、【四姫戦姫】というゲームが基になっていること。


 自分がそのゲームにおいて、トップランカーだということ。


 自分はあくまでVRゲームだと思っていたこと。


 とにかく、全てを語った。


 紅葉は、一度も口を挟むことなく話を聞いていた。ずっと立ちっぱなしだったので、「あの、座らせてもらえない?」と頼んだのだが、「駄目よ」と取り付く島もなく却下された。


 そのため、至近距離で紅葉と見つめ合っている形となっている。


 同性だが、恥ずかしくてたまらなかった。


「こ、これで…全部、話したから。ちょっと、いい加減にどいてほしい」

「駄目よ。貴方、肝心なところを話していないでしょう」

「う…」痛いところを突かれた。さすがは副会長だ。

「どうして、私が巻き込まれたの」

「それは…」


 それは、貴方が私の知り合いの中で一番強い戦姫候補だったからです。


 そんなふうに言えば、彼女は満足するだろうか?いや、するはずがない。怒髪天と化すに決まっている。


 解答に迷っていると、イライラした様子の紅葉がぐっと雪花の顎を抑えて自分のほうへと向き直らせた。


「いっ」かなり強引な振る舞い。目の前で瞬く黒曜石に息が止まりそうになる。「い、痛い、痛いって、大神さん」


「だったら、答えなさい」

「…言ったら、怒ると思うよ」

「はぁ?」ぴくっ、と紅葉のこめかみに青筋が立つ。表現を間違えたようだ。「いい加減にしなさい…!」


 まずい、これ以上は本当に激昂されそうだ。


 しょうがなく、雪花はどうして紅葉が巻き込まれたのかを説明した。


 彼女は話を聞いた途端、青い顔をしてから、また怒りに紅潮して、最終的にはバンッ、と執務机を叩いた。


「そんな理屈で、私は、私は…!」

「お、大神さん、ちょっと、落ち着いて――」

「落ち着いてですって!?ふざけないで!」


 目にも止まらぬ速さで襟首を掴まれ、息が苦しくなる。だが、自分以上に紅葉のほうが苦しそうな面持ちだった。


「私は、私はね、一人殺しているのよ?この手で、貴方を守るために一人殺しているの!」


 さあっと血の気が引く。


 目を逸らしていた現実が牙を剥いてきたのだ。


 そうだ、あれが真実なら。


 人が、二人死んでいるのだ。


(――違う…、殺したんだ。私と、大神さんとで)


 肩で息をしながら、雪花のことを睨みつけていた紅葉だったが、苦しさから顔が真っ赤になりつつある相手の様子を見て、雪花を突き飛ばすみたいに解放した。


「…ごほ、げほ…」


 酸素が戻ってくる。思っていたより強く絞められていたことに、今更ながら気がついた。


「あの感覚が…頭から離れないのよ」


 ぼそり、と今にも泣き出しそうな声で紅葉がぼやく。


「ま、待ってよ、大神さん。まだ、本当に死んだのかも分からないじゃん」

「二人で同じ夢を見たとでも言うつもり…?馬鹿を言わないで」


 とうとう、紅葉の瞳がうるみ始めた。


 なんとかしなければ、と一歩、彼女へと近づく。


「とにかく、アリスの言ってたことが真実だっていう証拠もないんだから…その…」


 そっと、紅葉の白い頬に手を伸ばす。


「泣かないで、大神さん」

「触らないでっ!」


 彼女に触れそうになった指先は、紅葉の手によって乾いた音と共に弾き飛ばされる。


「もう嫌よ…、私を、二度と巻き込まないで」


 怒りか、悲しみか、断言しきれぬ表情をしてそう言った紅葉は、最後に強く雪花を睨みつけてから、さっと生徒会室から走り去った。


 涙の軌跡を残した紅葉を思い、雪花はがくりと項垂れる。


 ゲーム感覚で、割り切ったように人を殺めた自分自身に薄ら寒さを覚えつつも、それに彼女を巻き込んでしまったことのほうが強い後悔を生んでいた。


「…私、そんなつもりじゃなかった…」


 四姫戦姫で暇を潰していたのは、こんなことに参加するためではなかった。


 本当に人を殺すことになるなら、紅葉にあんなことはさせなかった。


(…いや、どうかな…だって、あの場で殺さないってことは、殺されることを受け入れるってこと、だよね…)


 自分は、見知らぬ誰かのために死ねるだろうか?


 …きっと、無理だろう。そんな度胸や覚悟、自分には微塵もないと分かっている。


(…自分でも、びっくりするくらい受け入れてる。紅葉みたいな反応が普通なんだろうけど…)


 紅葉を追いかけたい自分がいる反面、追いかけてもかける言葉がないことを理解していた雪花は、どうしようもなくその場に佇んでいた。


 そんなときだった。部屋の入り口から、誰かが声をかけてきた。


「あの…」


 耳慣れない声に顔を上げる。するとそこには、どこか見覚えのある少女が――一年生のタイをはめた生徒が立っていた。


 小さく猫背気味の体、両目を覆うほどに伸びた前髪、引っ込み思案さが透けて見える指先。


「えっと…たしか…――あぁ、この間、私がぶつかっちゃった一年生?」

「あ」と少女は表情を明るくした。


 花のような笑顔だった。もっと陰気臭いタイプかと思っていたので、意外であった。


「覚えていて下さってたんですね。あ、申し遅れました。私、小町日良李こまちひらりといいます」


 きちんと自己紹介ができることに好感を持ちつつ、自分も名を名乗る。そうすれば、日良李は、「皇雪花さん…」と物珍しそうにオウム返ししていた。


「変わった名前でしょ。キラキラネームっていうのかな?」

「え?いえいえ!別にそんな、たしかに変わっているとは思いましたけど、格好良いと思います!」

「あ、あはは…ありがとう」


 格好良い、と褒められても複雑な気持ちではあったが、気遣いを無下にしたくないので、とりあえず苦笑しておく。


「あの」一転して、日良李が表情を曇らせた。「…大丈夫でしたか?さっきの…」

「あー…見られちゃったか」


 鍵はかけていたから、怒鳴り声と飛び出していく紅葉しか見ていないはずだが…心配されるにはそれで十分だろう。


「ちょっと喧嘩しちゃっただけ。大丈夫だよ」


 本当は、全くもって大丈夫ではない。


 紅葉との関係性もそうだが、自分を取り巻く嘘みたいな現実を鑑みればなおのことだ。


「喧嘩、ですか?」

「うん。まぁ、色々とあってね」

「そうですか…」


 深入りしないでほしいことが伝わったらしく、日良李はすぐに愛想笑いを浮かべる。


「私も、よくお姉ちゃんと喧嘩しちゃうんです」

「あ、お姉さんいるの?」

「はい、変わった姉なんですけど…私と違ってとても出来の良い人間なんですよ」

「出来が良いってことは、勉強できるとか、運動できるとか?」

「そういうのもあるんですけど…。色んな人から尊敬されてて、私のコンプレックスなんです。だから、姉妹仲もよくなくて…」

「あ、ごめん。聞かないほうがよかった?」

「いえいえ、こちらこそすみません。急にこんな話をしてしまって」


 日良李と少し言葉を交わせば、すぐに雪花は彼女のことが好きになった。


 こちらの言葉の一つ一つに頷いてみせるところや、遠慮がちにはにかむ姿から、奥ゆかしさを感じた。あるいは、人の善さ、と表現すればいいだろうか。


 つらい現実から目を背けるという意味でも、雪花は彼女とのおしゃべりに身を投じてしまいたかったが、ホームルーム5分前を知らせるチャイムがそれを許さない。


「あー、もう行かなきゃね」

「そうですね、残念です」

「残念?」

「え?いえ、そのぉ、久しぶりに友だち以外の人と楽しくお話ができたので…もう少しお時間があったらなぁって思いまして」


 その発言に雪花は満足げに微笑む。


「私もだよ」気障かと思ったが、かまわず続ける。「そうだ、私、放課後はだいたい暇してるから、今度遊びにおいでよ」


「本当ですか?」

「もちろん」


 嬉しがる日良李に、まるでナンパだなと呆れつつ、二人は各々の教室へと戻るのだった。

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