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四季を巡る、少女たちのデスゲーム  作者: null
一章 四姫戦姫
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四姫戦姫.2

「あ…え?」


 つい数秒前まではベッドの上に横たわっていた体が、いつの間にか直立していた。


 周囲を見渡せば、広がるのは真っ暗な空間――いや、ほんの少しだけ、濃い青が見える。際限ないディープブルーだ。


「…アップデートはどうなったんだろ、私…あれ…どこだっけ、ここ。夢?明晰夢ってやつ…?」


 非現実的な状況に、雪花は自分が一瞬で寝落ちして、夢でも見ているのかと思った。一方で、どこか直感的なもので、これが夢じゃない確信もあった。


 しかし、雪花はすぐに自分の直感と確信を疑うこととなる。


 こつん、こつん…。


 誰かの足音が聞こえた。


 水面に波紋が広がるみたいに、同心円状に音は拡散している。


 ゆっくりと後ろを振り返る。すると、そこにはある意味で見慣れた女の子が立っていた。


「こんばんは、スノウホワイト様」

「あ、貴方…」


 絶句した雪花は、相手をじっと観察した。


 青いリボンとワンピースに、白いエプロンドレス。さらに白いニーソックスを履いた少女は、赤い瞳をぱちぱちと瞬かせると、小首を傾げて雪花の言葉を待った。


 だが、雪花が完全に言葉を失っていることを悟ると、少女らしからぬ歪で美しい微笑を浮かべ、くるりと一回転した。


 水面の上を踊っているような動きに、思わず、目を奪われる。


「スノウホワイト様、私のことをご存知でしょうか?」

「ご存知もなにも…」


 そうだ。彼女のことはここ最近、毎日目にしている。


「あ、アリス、だよね。四姫戦姫の従者キャラの…」

「左様ですか」


 少女は雪花の言葉にふわりと微笑むと、スカートの裾を両手で広げて続ける。


「私には、数多の名前が与えられておりますが…貴方様が私をそう呼ぶのであれば、きっと私はアリスなのでしょう」


 美しい、夜の妖精みたいな表情だった。


 少女は、四姫戦姫のナビゲーターである従者キャラの一人、アリスそのものだ。雪花もそのデザインを気に入って、アリスを選択している。


 だが、アリスはあくまでゲームの中の存在だ。


「待って、ねぇ、これは夢?夢だよね?」

「はぁ、どうしてそう思われるのでしょう?」

「だって、貴方はゲームのキャラクターなんだよ。これが現実のはず――」

「その問いの答えは、直にお分かりになられるでしょう。ですが…聡明な我が主様は、これが夢幻のものではないと、すでに気づいておいでなのではございませんか?」

「そ、それは…でも…」


 言葉を詰まらせた雪花を満足そうに眺めるアリスは、もう一度、小首を傾げながらスカートの両裾を広げた。そして、血のように赤い瞳を輝かせて口を開く。


「――ここは、夢と煉獄の狭間」

「夢と、煉獄…?何を言って…」


 理解が追いつかぬうちに、すぅっとアリスの体が黒の水面を滑り、雪花の胸先三寸まで近づいてきた。


 この世の物理法則をまるで無視してしまっている動きに対し、甘いミルクみたいな匂いは執拗なほどリアルだ。


「ようこそ、生と死が脈動する舞台へ」


 アリスの言葉を合図に、ぼっ、と青白い炎が灯った。


 雪花の前方に、左右規則正しく並んだ炎と燭台が現れる。どうやってこの空間に浮いているというのか。


 次に、少し離れた先に同じように炎が灯る。そちらは赤い色。


 左右に三つずつで六つ、向こう側にも同じ数。


 等間隔で並ぶ赤と青の炎を見た雪花の脳裏に、嫌な想像が稲妻のように巡った。


「四姫戦姫の自陣、敵陣の数と同じ…」


 ――四姫戦姫には、自分の陣地である自陣と、敵のものである敵陣、そして、そのどちらでもない主戦場、戦陣がある。


 …今、二色の炎の間には、不自然な空間が広がっている。


 得も言われぬ不穏さに顔をしかめていた雪花へと、アリスが告げる。


「スノウホワイト様、ご気分が優れませんか?」

「…夢でいいんだよね、これ」

「他人に道を示されて、ご満足でしょうか?」


 一瞬、アリスが何を言いたいか分からず、雪花は相手の顔を見つめた。


 すると、アリスはほんの少しだけ小馬鹿にしたみたいに口元を歪め、「ご自分でお考え下さい、我が主」と冷たく言い放った。


 よく分からない存在に揶揄され、むっとした雪花だったが、アリスが瞬時に表情を切り替えて発した砂糖菓子みたいな声に怒りの炎は鎮火する。


「さて、スノウホワイト様」

「スノウホワイトは、私でいいんだよね」


 アリスはその問いに答えず、続ける。


「貴方様の夢はなんでございましょうか?」

「ゆ、夢?」


 漠然とした問いをオウム返しすれば、アリスは深く頷いた。


「そう、夢でございます。あるいは、望み、願望…と言い換えればよろしいでしょうか?」

「そんなの、急に言われても…」

「よくお考え下さい。とても大事なことでございます」

「いや、本当に待って。そんな、意味が分からないって」

「…お答え下さい、我が主」

「よく分からないことは答えられないよ」


 間髪入れずに返した雪花に対し、アリスは愛らしい容姿には不釣り合いな嘲笑を浮かべた。


「申し上げたはずですよ、ここは夢と煉獄の狭間だと」

「だから、それはなんなの」

「この空間において夢は、褒美でもあり、契約でもあり、そして、呪いでもございます」

「さっきから、答えになってないって――」


 要領を得ない返答に雪花が苛立ちを募らせていると、唐突に辺りが明るくなった。


 塗り絵をしていくみたいに、色づくディープブルー。


 瞬く間に、周囲の床が石畳に変わっていく。変化はそれに留まらず、遠くの方まで広がっていく。


 緑の絨毯、波打つ草原。


 青の水、流れる河川。


 灰の山、そびえ立つ城壁。


 ――間違いない、これは、【四姫戦姫】のステージ。【草原】だ。



「一体、何が起きてるの…?」


 これは、夢ではないのか?


 現実?だとしたら、なんだ。


(もしかして、バーチャルリアリティ版の四姫戦姫?いや、だとしたらとんでもない技術だ)


 いつの間にか隣に立っていたアリスが、静かに口を開く。


「さあ、スノウホワイト様。貴方様の夢をお聞かせ下さい」

「だからぁ、説明しろって言ってるじゃんか!」


 雪花の激昂にも、アリスはこれみよがしにため息を吐いた。


「仕方がありませんね…もう少し、貴方様は聞き分けの良い人間だと思いましたが」

「なっ…!」


 すっ、と何の躊躇もなくアリスの手が雪花の頬に当てられる。


「ひっ」


 まるで死人のようなアリスの手の冷たさに、雪花は悲鳴を上げた。


 だが、そこで驚きは終わらない。


 西洋人形みたいに整った顔が、一瞬で間合いを詰めてくる。


 キスされる、と考えた雪花は反射的に目をつむった。


 しかし、こつん、と触れたのは唇ではなく額だ。


 くっついたときと同じ、無駄のない動きで少女が離れる。


「…何のつもり」


 アリスは奇怪なものを見るような顔で雪花を見やると、向けられた問いを無視して言った。


「スノウホワイト様は、また変わった夢をお持ちで…」

「はぁ?」

「貴方様の望みのことです。『退屈を消したい』とは、これまた酔狂だと思いまして」


 その言葉に、雪花はハッと目を見開いた。


(頭の中を、覗かれた…!?)


 まさかと思いつつ、アリスの顔を見返すも、あるのは外見に不釣り合いな冷淡さだけだ。


「生物はみんな、平穏を得るために生きるものと聞き及んでおりますが…平穏とほぼ同義である退屈を、自ら手放したいのですか?」


 不気味さに無言を貫いていると、アリスは肩を竦めた。


「まあ、別に暫定的な契約はこちらで構わないでしょう」


 そう言うと、少女は虚空に向かって指先で何かを描くような動きをみせた。


 指が描いた軌道に沿って、光の線が浮かび上がる。


 手品か、魔法か。少なくとも、種も仕掛けも見当たらない。


 空中には、見覚えのない文字が浮かび上がる。


「ちょ、ちょっと、なにやってるの」

「仮の契約書でございます。我が主」

「あぁもう!だから、どういう――」


 不意に、雪花の言葉を遮るようにして、ゴーン…と鐘の音が鳴った。


「なに?何の音、これ?」


 雪花が動揺して石造りの天井を見上げている後ろで、アリスが歪な三日月を口元に浮かべて呟く。


「我が主、ゲームの説明は後で致しますので、ご辛抱下さい」

「ゲーム…じゃあ、やっぱり、これはVR…で、いいんだね?」


 徹底して雪花の問いを受け流すアリスは、指先をくるくると回して青い光を灯した。


 そのままアリスがふうっと指先に息を吹きかけると、粉雪のように光が舞い散り、それらはやがて、信じられないことに人の姿を象り始めた。


「ねぇ、なにしてるの」

「最初の一人は、貴方様と関わりのある人間のなかで、最高性能の戦姫になる者を召喚致します」

「しょ、召喚?」


 青い光はほとんどもう人の形をしている。


 人の頭に長い髪、すっと通った背筋に、女性特有の滑らかな曲線美、すらりと伸びた両足…。


「戦姫ってことは、やっぱりこれは、このゲームは――」

「お静かに。もう、終わりますので」


 雪花の言葉を遮ったアリスは、最後に余った左手でパチンと指を鳴らした。


 すると、その乾いた響きに共鳴したかの如く、強く青白い閃光が散った。


「うっ」


 凄まじい光に片手を出して目をつむる。


 残光は、しばらく雪花の視界を奪った。


 目を開けてもくらくらする感じが続いていたので、しきりに瞬きを繰り返して感覚を取り戻した。だが、今度は目の前に立っている人物の姿に驚かされることとなった。


 腰まで伸びた黒髪。


 ルージュが塗られたような血色の良い唇。


 そして、目つきの悪いオニキスの瞳。


 人型の光の後には、『ブレイド』の服装に身を包んだ大神紅葉の姿があった。



 切れ長の瞳が、何度か瞬きをした。それから、困惑した表情で周囲を見渡し、すぐに雪花を捉えた。


「貴方は、たしか…」

「大神さん…」


 どちらからともなく声を発し、揃って呆けて見つめ合う。


 何かを言わなければ、と思う一方で、自分も何一つ分かっていないのに何を言うというのか、そもそも、眼前の彼女は本物の大神紅葉なのだろうかと困惑してしまい、言葉が出てこなくなる。


 すると、言葉を失った雪花の代わりに紅葉が口を開いた。


「なるほど…これは明晰夢ね」


 ふうっと、息を吐いた紅葉が続ける。


「意味の分からない恰好に、見覚えのない場所。極め付きは――」


 紅葉がすうっと目を細めてこちらを見つめた。


「名前も知らない、パジャマ姿のクラスメイト」

「な、名前も知らない…!?」


 信じられないくらい失礼な発言に、思わず目くじらを立てて紅葉を睨みつける。


「ねぇ、大神さん。面と向かってそれを言うのは、さすがにかなり失礼だと思うんだけど」

「ふぅん。夢なのに、随分と合理的な反応…我が夢ながら感心するわ」

「うわぁ、聞いちゃいない」

「それで、貴方、誰だったかしら?」

「…皇雪花。大神さんの席の右三つ先の席です」

「あぁ」


 雪花が名前を名乗ると、紅葉は苦虫を噛み潰したような顔を浮かべた。


「今日、授業中に私のことをジロジロ見ていた人だわ。物言いたげな顔が癪に障ったから…よく覚えているわ」

「はぁ!?忘れてたじゃんか!」


 今までまともに言葉を交わしたことがなかったから知らなかったが、なんと失礼な人間なのだろうか。


 怒りでぐいっと紅葉に近づいていた雪花だったが、相手は気にする素振りもない。


 つばでも吐きかけてやれば、この涼しい顔も歪むかと思っていると、二人の間に今まで黙っていたアリスが割り込んできた。


「そろそろよろしいでしょうか、お嬢様方?」

「貴方は誰?」

「私はスノウホワイト様の忠実な従者――アリスと申します」

「へぇ、今度は『不思議な国のアリス』ね。まとまりのない夢だわ」


 当然ながら、紅葉は【四姫戦姫】など知らないから、そう解釈する。


 それにしても、何が忠実な従者だろう。先ほど散々小馬鹿にしたくせに。


 恨めしい眼差しに気づいたアリスは、パチン、と大人びたなウィンクを送ってみせた。これがゲーム、というなら、彼女はAIなのだろうが…だとしたら、原作無視の設定である。元来、アリスはこんなキャラではない。


「スノウホワイト様というのは――あぁ、貴方のことね。雪花の『雪』から取って、スノウホワイト…夢のくせに、随分と凝っているわ」

「それはどうも」

「別に褒めていないわ」

「分かってるよ!皮肉だよ、皮肉!」

「へぇ」

「あのさぁ、興味ないなら私に振らないでよ。っていうか、大神さん、本物?AIじゃなくて?」

「すごいわ、新鮮な経験よ。夢の中の登場人物に本物かどうか尋ねられるなんて」


 駄目だ。彼女は完全にこれを夢の中と捉えている。


「お嬢様方、そろそろよろしいでしょうか」


 ふと、アリスが口を開いた。


「なに」


 辟易した様子を隠さない口調に、イラッとしてアリスを見返すと、こちらの心情を把握しているかのように完璧な微笑を浮かべてきた。


「一度目の鐘は鳴りました。そろそろゲームが始まりますよ」

「ゲーム?」紅葉が眉をひそめる。「何が始まるというの」


 ちらり、とアリスがこちらを一瞥する。『説明しないのですか?』とルビーの瞳が言っている。


(だって、言っても無駄そうじゃん。AIだったら馬鹿らしいし、本物のプレイヤーでも聞く耳持たなそうだし)


 二人が表情を曇らせているうちに、二度目の鐘が鳴った。


 青天井に響く音。一度目は意識していなかったから気づけなかったが、四姫戦姫のゲームスタートの合図と同じ音だった。


「すごい、本当に始まるんだ…」

「なに、何が始まるというのよ」


 窓枠に手をかけ、外の様子を窺い始めた紅葉に、雪花はぼそりと告げる。


「戦争ゲーム」


 一言で表現するなら、やはりこれだ。

明日も同じ時刻に更新致します!

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