四姫戦姫.1
はじめましての方ははじめまして。
お久しぶりの方はお久しぶりです。
定期的に百合小説を投稿しているnullというものです。
今回の小説は、以前に投稿していたものを見やすく、コンパクトにした内容となっております。
ストーリー自体は『ありがちなデスゲーム』と『百合』という形になっておりますので、
ご興味がある方はのんびりお付き合い頂けると幸いです。
それでは、お楽しみください。
『退屈』というものに形があれば、きっと自分の首の周りにはくっきりと綺麗な青痣がついているに違いない。
どうでもいい授業を受けるために通う、どうでもいい学校への道中、電車に前後に揺られながら皇雪花はそんなことを考えていた。
左手にはつり革、右手には薄暗く点灯した携帯。
どうでもいい思考のために一瞬乱れた集中をすぐに取り戻した雪花は、素早く携帯の画面を細い指先でタップし、スライドさせた。
滑る指先を追うように、画面の中に光るラインが描き出される。すると、指先を離した瞬間には、マス目状になった盤面を可愛くデフォルメされたキャラクターが進んでいった。
片手に剣を持ったキャラクターは、同じようにデフォルメされたローブ姿のキャラクターに近づくと、見事に一閃して、斬り捨てた。
もちろん、ゲーム上のことである。
「…はあ」
雪花がため息を吐いた直後、画面上に『Winner』の文字が表示された。続けて、青いワンピースにエプロンドレスを着た少女が現れ、雪花に向けて微笑み手を振った。
(手応えないなぁ…まあ、ランク帯が三つも違うから、当然と言えば当然なんだけど)
雪花は、対戦相手となった画面の向こうの誰かにお礼のコメントを残すと、さっと戦闘画面を離脱し、ホーム画面に戻った。
――【四姫戦姫】。それが今、雪花が手にしている携帯アプリゲームの名称だった。
簡単に言うと、戦術シミュレーションゲームだ。
マス目で区切られたフィールドで、【戦姫】と呼ばれるキャラクターを操り、互いの【四姫者】(将棋でいう、王将みたいなものだ)を取り合って勝敗を決めるゲームである。
このゲームには、主に【四姫者】、【戦姫】、【従者】、【駒】の4つのユニットが存在している。
チームの指揮者である【四姫者】は、それ単体での戦闘能力は【戦姫】に比べると大きく見劣りするが、ユニットの中で唯一、【従者】のスキルを発動することができたり、【駒】を召喚したりすることができる。
【戦姫】は戦闘を担うユニットで、複数のジョブで構成されている。例えば、近接戦闘をこなす【ブレイド】や【ナイト】、魔法を駆使する【マジシャン】、回復を担う【シスター】などだ。
【従者】は、いわゆるサポーターである。そのため、戦闘には参加しない。ただ、キャラクターごとに固有の従者スキルを持っており、【四姫者】によって発動される。
最後に【駒】。これは四姫者が一度のゲームに6体まで召喚できるユニットで、将棋の歩やチェスのポーンのような役割を持っている。
そして、時間制のシステムの中に四季の概念を取り込んでおり、その独自性の高さから、ある程度の人気が確立している。
今どきのゲームらしく、ユニットである戦姫はデフォルメされた可愛らしい女性キャラクターが多いので、そちらを楽しむことを目的としてプレイされる人も多い。
なんとなく、プレイヤープロフィールを開けば、そこには『スノウホワイト』と英語で綴られた気取った名前と、最高ランク帯を差すダイヤのマークが描かれている。
雪花自身がでつけたプレイヤー名だが、これが一番マッチする色は銀か白だと考えていたから、最高ランク帯がダイヤ、つまり銀色だったのはラッキーなことだった。
列車が一際強く左右に揺れる。それに伴って雪花の体も揺れ、画面にのめり込んでいた集中が途切れる。
「はぁ」
誰にも聞こえないようにため息を漏らす。
【四姫戦姫】は久しぶりに面白いゲームだ。
課金はカスタマイズ要素しかないため、問われるのはプレイヤースキルであるし、環境を席巻するようなバランスブレイカーのユニットもいないので、それぞれのキャラクターに個性と愛着を持ちやすい。
でも…と雪花は窓の外を流れる、いつもの代わり映えしない風景をぼんやりと眺めた。
(所詮はゲームなんだよなぁ…パターンに入れば勝ち負けは結構序盤に分かっちゃうし、負けても勝っても、とどのつまり、『それで?』って気分になるときもあるし…)
なんだか、面白くないな。
小さくも大きくもない、ずっと胸の底にいる失望に飽き飽きした気持ちになりつつ、雪花は次の駅で降りる準備をするのだった。
雪花は学校が好きではなかった。
別に虐められているとか、勉強についていけないとか、きちんとした理由があるわけではない。
ただ、この敷かれたレールの上を歩かされているような空間と時間に微塵も魅力を覚えられなかったのだ。
クラスメイトたちだって似たようなものだ。雪花にとって彼女らは、つまらない、無個性で満ちた羊の群れであった。
同じものを賛美し、同じ言葉を口にする。
唾を吐き捨てたくなるような行為。だが、自分だってその群れから離れられずにいる。そのほうが、自分が楽に生きられることを知っているからだ。
自分が生きている道は、それこそ人生ゲームや双六のようなものだ。
このまま羊の群れに身を潜め、当たり障りのない大人になって子孫を増やし、育て、そして、死ぬ。
それがどれだけ下らないと思えても、自分にはそれをやめる勇気はない。
敷かれたレールの上をお行儀よく行進する、従順で愚鈍な羊の列。
(…まぁ、そこに黙って加わっている私も、やっぱり、退屈でつまらない人間の一人なんだろうけどね)
羊たちの檻の中――もとい、教室で授業を受けていた雪花は窓の外を眺めながら、ふっと自嘲気味に嘲笑う。すると、そんな彼女を見ていたらしい教師が、棘のある声で雪花の名前を呼んだ。
「皇さん、聞いていますか?」
「え?あぁ、はい」
じろり、と教師の視線が刺さる。
自分の反応を分析して、これでは聞いていませんでしたと言っているようなものだったと苦笑する。
くすくすと、仲の良いクラスメイトが笑う声がした。ここでいう仲の良いは、『上っ面の付き合いが上手くいっている』ことを示す。
「では、この問題が解けますね?たった今、解き方を教えたところなのですから」
「え?あー…」
教師の示した問題を確認する。授業は数学である。
なるほど、難しい問題ではなさそうだ…が、脳みその奥から公式を引っ張り出さないと絶対に解けないような類のものだ。
(うわぁ、面倒くさいなぁ)
首の後ろに触れて渋面を作った雪花は、すぐに考えることをやめ、「分かりません」と悪びれることなく言った。
「ほうら、聞いていないじゃないですか。全く、居眠りしなければいいというわけではありませんからね!」
「すみません」と苦笑いしてみせる。
だいたい、この公式というのも雪花は嫌いであった。
暗記科目もだが、答えや解き方を記憶しておかなければ活かせない知識など、何の役に立つというのだろう。問題の中に答えが必ず存在している言語系の科目の知識のほうが、ずっと面白く、実用的だ。
「全く…では、代わりに…そうですね、大神さん、お答え下さい」
「…はい」
雪花の尻拭いをすることになった生徒は、鉄仮面のように無感情な顔つきを変えることなく立ち上がると、すらすら答えを述べた。
「はい、結構です。さすがは生徒会副会長。完璧な解答ですね」
「…ありがとうございます」
ぺこり、と頭を下げる、生徒。
(おぉ…エレガント)
彼女――大神紅葉は、すらりと伸びた手足と烏の濡れ羽色をしたロングヘアが、ぴんと通った背筋によく似合う生徒だ。
「皇さんも、大神さんを見習って真剣に学業に取り組んで下さいね」
教師が何か言っているのも耳に入らず、雪花はじっと紅葉の観察を続ける。
夜空を映したような長髪は腰の辺りまで伸びている。真一文字に結ばれた赤い唇は、どれだけ名前を呼ばれようと、褒められようと微動だにしない。
紅葉は、整った顔立ちを能面みたいに貼り付けたまま、伏し目がちになっていた。
(クールビューティ…自分の外の世界のことなんて、どうでもいいって顔してるよ)
大神紅葉は、羊の群れからはみ出すことを厭わない人間であった。
感情を表に出さず、他者とは一定の距離を置く。頼りにされることは多いが、自分のテリトリーに土足で上がってくるものには強い拒絶を示すタイプ…というのが雪花の見立てである。
…それにしても、本当に整った顔つきだ。二次元にいそうな美少女とも言えるだろう。
(大神さんみたいなの、四季戦姫のキャラクターにいてもおかしくなさそう。…だったら、もちろん戦姫で、ジョブは前衛万能職の『ブレイド』に決まり。自分の適正距離を保って、俊敏な動きで有利な相手に牙を剥く…うん、ぴったり。めちゃくちゃ強いユニットになりそう。――って、これじゃ、ゲーム脳か)
ふ、と自嘲気味に笑ったところを見られたらしく、教師がお冠な様子で雪花の態度を咎める。
「皇さん!本当に聞いていますか?」
「あ、はい、はい、聞いています。すみません」
どうでもいい説教は勘弁してくれ、と反省したふりをして眉を曲げる。効果があったのか、教師はため息と共に肩を竦めた。
「…本当に、お家のことも大変だというのに、生徒会に勉強にと頑張る大神さんのことを見習いなさい」
雪花は思わず目を丸くした。教師の言葉が心を動かしたのではない。その言葉を耳にした紅葉の意外な反応を目の当たりにしたからだ。
なんとなく観察を続けていた紅葉の顔が、一瞬だけ苛立ちに染まった。
いわゆる片親らしい紅葉は、その家庭事情に触れられたことが癪に障ったのだろう。ただでさえ切れ長で冷徹な印象を受ける瞳が細められ、冷酷な感じにすらなった。
不意に、ずっと顔を伏せていた紅葉の視線が、すうっとこちらを向いた。
端正な顔立ちと見つめ合っても、ときめきはない。
今の紅葉は、さながら抜き身の刀。
寄らば斬る…と顔に書いてある。
(うわぁ、おっかない。美人は怒ると怖いね、全く)
さっと顔を正面に戻し、雪花は早く授業が終わるように祈ることにした。
「あ、雪花、今帰り?」
急いで帰ろうとしていたところを他のクラスの友人に呼び止められ、雪花は内心で舌を打った。
(帰りでしょ、放課後なんだから…無駄なこと聞くなぁ、もぅ)
心の中とは裏腹に、振り返り、笑顔で応対した雪花に友人は、喫茶店にコーヒーでも飲みに行かないかと提案した。
(喫茶店ねぇ…コーヒーの味の違いも分からないくせに。…もちろん、私も含めて)
雪花は残念そうな顔で口を開く。
「あー…ごめん、今日は早く帰ってこいって親に言われてて」
「あ、そうなの?」
「うん、ごめんね?また誘ってよ」
早く帰らなければならないのは本当だ。しかし、それは両親からの指示ではない。
今日は四姫戦姫の特別アップデートの日だった。
零時にアップデートが行われるという稀有なケースで、しかも、実装内容が誰にも明かされておらず、ごく一部のユーザーにのみアップデート自体が伝えられているという。
しばらく前から、『運営からそうしたメッセージが送られてきた』というコメントをちらほらと見ることがあったが、誰にも相手にされることはなかった。
雪花も下らない虚言だと思っていたし、次第に発言者自身がログインしなくなっていたから、やはり嘘なのだと思っていた。もちろん、運営もそれを否定していた。
だが…運営の公式アカウントから自分の元にメッセージが送られてきたとなっては、信じざるを得ない。
とにかく、そういうことで早く帰らなければならないのだ。
「じゃあ、また誘って」
手を振り、その場を離れようと後退しかけたところ、たまたま自分の後ろを通り過ぎていた他の生徒とぶつかってしまった。
「きゃっ」
か細い声に振り向けば、見るからに内気そうな少女が廊下で尻もちをついていた。
前髪が両目にかかり、狼狽する様は、見ているだけで酷な気がしてくる。
華奢な相手だったので、雪花のほうはどうともない。すぐに屈み込み、声をかける。
「あー、ごめん。大丈夫?」
「す、すみません…」
ふと、雪花の視線が倒れた生徒の手元に吸い込まれる。
(お…四姫戦姫)
こんなところに仲間がいる、と微妙に嬉しい気分になっていたところで、同級生に水を差される。
「ちょっと1年、危ないでしょ」
言われてみれば、タイの色が緑色だ。
「う、すみません」
「すみませんじゃなくてさ」同級生は、下級生が手にした携帯の画面を見やると、苦い顔をした。「ゲームしながら歩いてるからそうなるんでしょ。オタクが何しようと勝手だけど、周りの人に迷惑かけないでよね」
辛辣で傲慢な物言いに雪花が顔をひきつらせていると、とうとう下級生は何も言えなくなって俯いてしまった。
嵐が過ぎ去るのを待っているような沈鬱で悲愴な面持ちに、ぐうっとお腹を裏側から押されたように嫌な気分になった雪花は、友人たちを適当に追い払い、尻もちをついたままの下級生に手を差し伸べた。
「ごめんね、立てる?」
「あ…」こくり、と少女が頷く。手を取るかは迷っているようだったので、こちらから無理やり手を取り、立ち上がらせる。
「確かに歩きスマホはよくないけど…よそ見してた私も悪いから、お互いに気をつけようね」
言葉もなく何度も頷いた一年生が落ち着きを取り戻したのを見届けると、今度こそ、雪花は帰路へとついた。
退屈の権化みたいな、いつもの帰り道を朝とは逆に辿り、帰宅する。
父は仕事、母もパートで夕方過ぎまでは不在。自分に割り当てられた家事を全うし、私室へと戻る。
一人娘のために与えられた部屋は、些か自分には手広だと雪花は考えていた。
殺風景さを誤魔化すために雑誌や漫画、アクセサリーボックスを購入して並べていたが、あまり自分の物だという感じがしていなかった。ほとんど触らないからだろう。
それから一時間ほどして母が帰宅し、二人で晩御飯の用意をしているうちに父が帰宅した。
退屈な日々を虚実で飾り、両親に面白おかしく聞かせてみせる自分は、きっと『できた』娘だ。
恵まれた家庭に生まれた自覚はあるから不幸ぶるつもりはないが、言葉にしているほど自分が満ち足りた人間だとは思っていない。むしろ、不足や渇きを覚えることのほうが圧倒的に多かった。
全ては退屈という病のため。
それを一時的にでも消し去ってくれるだろうサプライズのため、雪花は手早く食事やお風呂を済ませ、自分の部屋へと戻った。
ごろごろと過ごしているうちに、時刻はすでに零時前。
いつまで保つかは分からないが、確かに四姫戦姫は、日々の退屈さを薄れさせてくれる存在であった。
時計の針が、零時を差した。
ゲームを起動し、更新データをダウンロードする。
――『更新データ:0MB』。
「あれ?容量がない…?」
おかしい。これじゃ、アップデートでもなんでもないじゃないか。
更新にかかる時間を示すゲージが、一気に埋まる。
そのとき、理由は分からないが、雪花は何かぞっとする寒気を覚えて喉を鳴らした。
「なんか、これ、変…」
刹那、パッ、とチャンネルが切り替わるみたいに雪花の意識が途切れた。
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