赤ずきん様 ~狩人は獲物を追っているはずでした~
以下の要素があります。
・会話のみで終始します。童話・赤ずきんちゃんのif物でコメディーのつもりです。
・残酷な描写があります。
俺は狩人。
獲物を追い求めている。
快晴の空を見上げれば新緑の葉が視界に広がる森の中。太陽光が枝葉に遮られ、ひんやりした空気が流れる獣道を歩いていた。
俺の住む町に隣接した森は、何度となく通い慣れた場所である。慣れた場所を歩くだけのはずが今日は非常に緊張していた。緊張のあまり手に持っている弓矢をつい強く握ったり、腰に下げている獲物の解体用ナイフを何度も不要に触って所在を確認してしまっている。
森に賊が潜んでいるかもしれない。賊を発見し、バレないように情報を持ち帰るか、もしも仕留められそうなら仕留めてくれと幼馴染から今朝、話があった。
幼馴染は20代半ばの俺と同年代で、町長の息子だ。隣町との間に広がるこの森を通行している商人から町長へ情報をもたらされ、町長から幼馴染を介して俺へ話をしたと言っていた。
俺は昔から森で動物を狩っては捌いて。捌いては食って。食用以外の加工出来る部位は加工して利用していた。そうやって森を生活拠点にしている俺への注意喚起も兼ねた話だったようだ。
賊は狼使いの泥棒と予想されている。
森の中の隣町側では、集落から離れ孤立している何ヵ所かの家屋で、住人が倒れ屋内が荒らされていたそうだ。数少ない目撃情報によると、1匹の狼が犯行現場の近くから遠ざかって行ったとのこと。
犯行現場は大きな獣の爪跡の他に刃物や道具を使った形跡があるらしく、狼単独ではなく人間が関わっていたと思われる。それらの被害は徐々に、こちら側に増えてきており、すでに町の近くまで来ている可能性もあるようだ。
件の家屋の住人は犠牲者として葬られているか、一部は行方不明。行方不明者も血のついた衣服の切れ端などの残留物から生きていると思えない状況らしい。
小規模な被害が点々と増えているようで組織として大掛かりに動いている印象はないが、聞く限り非常に殺意が高い。少数精鋭で、いきなり狼をけしかけてきたりするのかもしれない。襲われたらどうしようかと考えて更に緊張が高まったところに、遠くから何かが聞こえた。
「ぐぁぁぁ!」
獣の咆哮か人間の悲鳴のようだ。誰か襲われたのだろうか。とりあえず現場を確認しに行かねばと、俺は草木を掻き分けて聞こえた方に急ぐ。途中、先ほどの悲鳴ほどの音量ではないが、うめき声のような音が何度か聞こえてきた。
進んだ先には獣道を抜けて隣町に続く交易路と、その路から外れた奥の方に一軒の小ぢんまりとした平屋の家があった。確か森で一人暮らしをしている、おばあさんがいたな。
息を整えつつ弓矢をいつでも打てるように構え直し、一軒家から距離をとった状態で一周する。見張り役の賊や倒れる怪我人などはいなかった。窓には布がかかっており、光は通りそうな薄布のようだが残念なことに簡単には中が確認できなかった。
正面扉前まで移動し、物音を立てないように扉を少しだけ内側に開けて中の様子を窺う。覗いた中は玄関と呼べる物はなく、そのまま人の住む部屋のようだ。視線を左右に動かして細い隙間から部屋全体に探りを入れた。
視界の奥の方にベットがみえる。ベットの手前で、こちらを背にして何者かが立っていた。
赤ずきん。
その人物を目にした時、一番最初に認識した物が被っている赤ずきんだった。赤いスカートに白いエプロンと、ずきんで顔はわからないが背格好から少女じゃないかと思う。
そして少女は片足を上げて何かを踏んでいた。見るとそこには大柄な生き物が床に倒れている。その生き物の頭部を彼女は踏みつけていたのだ。
狼か?
その生き物を観察する。牙が生える大きな口、足には鋭く長い爪が生えていた。身体の大きさは、少女の倍以上はある。
顔は狼そのものなのに、狼と思いきれない異様な生き物だ。足の生え方と形が普通の狼より人間の手足に近く、女物の寝間着とおぼしき服を着ている。
口や鼻、顔のシワが小刻みに血肉が通っているような動きをしているので、奇術の類いでなければ人間の仮装ではないと思う。
狼と違う種類の獣か。服は人間に飼われているなら飼い主が着せたのか。
「ねぇ、なんで花畑で私を襲わなかったの?ここまでこなくても良かったでしょ。花畑で襲ってくれば、お前がおばあちゃんを食べる前に倒せたのに」
少女が獣を足蹴に見下ろしたまま喋りだした。聞こえる声は地鳴りのような重低音だ。おかしな状況も相まってか、牙や長い爪のある獣より小柄な少女の方が恐ろしく映る。
それにしても食べられたのか。目を凝らして見ると獣の腹が膨れていた。あの腹の中に、おばあさんがいるってことか。
「あんたが強いのは見てわかってた」
喋った!?驚きに心臓が跳ねる。獣から人間の言葉がでてきたのだ。喋る知性のある獣なんているのか。もしかして獣人ってやつだろうか?大陸内のどこかに存在する恐ろしく強い種族と昔に聞いた記憶が蘇る。子供を脅かすための作り話と思っていたが、まさか本当だったのか。
話の内容としては、強いとわかっている相手に何をしようとしていたのだろう。強い者と闘いたい戦闘狂の習性なんだろうか。
「腹がすいてた。腹がすいて腹がすいて。あんたがめちゃくちゃ美味しそうだったから、どうしても手に入れたかった。あんたには正面からじゃ勝てねぇと思ったから騙し討ちにしたのに、この様だ。グェッ」
獣人が行動理由を話した後、少女は力強い足さばきで獣人の頭を蹴り上げた。ゴリッと鈍い音とともに、獣人は全身の力が抜けたように見える。意識を失ったか絶命したんだろう。
獣人は戦闘狂ではなく単純に空腹過ぎたらしい。強くて捕まえにくそうな獲物をわざわざ選ぶのは、腹のすき具合に余裕があったか美食気取りなのか。倒されてしまった今では関係ないな。
「ところで」
少女が先ほどより大きい声を出した。獣人は意識がなさそうに見えたが話しかけ続けるなら違ったのか。
彼女の顔がこちらを向いた。
「扉の外にいる、そこの人は誰?この狼のお友達?」
トビラノソトニイル、ソコノヒト?
オレ?おれですか?俺だよね?
うん、俺しかいないわ。
気付かれてるぅぅぅ!?
意識が傍観者から当事者に切り替わると同時に混乱が訪れる。落ち着くんだ俺。今は落ち着いて状況を見極めことが大切だ。
その場にとどまったまま声をかけている彼女の行動は、もし仮に俺が獣人の味方だったら迂闊だろう。飛び道具など予想しうる相手からの攻撃手段に対して身を守る行動をした方が良い。その辺の判断は甘い人物ってことか。まぁ、俺が獣人の味方なら死にかけの仲間を助けるために、すでに攻撃を開始しているだろうから敵ではない可能性が高いと思っているのか。
どちらにしろ少女にとっては敵を制圧している前後の今だ。興奮状態でもおかしくない状況で、俺に気付いて落ち着いて声かけをしている。絶対的強者と言う風格だ。
顔だけでなく体もこちらに向けた相手を見る。以前に見かけた、この家のおばあさんに面影が似ているように感じた。
ふんわり揺れる金色の髪。幼さを表す柔らかそうな頬に散らばるそばかす。きっと明るく笑えば素朴な愛らしさのある顔立ちの少女、のはず。今は無表情でこちらを見ている。無表情ながら、その眼差しは獲物を今まさに食い殺そうとする獣の瞳に似ている。愛らしいとか言ってられない。危険!危険が身に迫っている。
声をかけられたのに、いつまでも扉の隙間から見ているわけにはいかない。逃げるか、扉は開けず会話をするか、中に入っていくかだ。
倒れている獣人は俺が探していた獲物の可能性がある。人間と狼で組んでいると思ったら、よもや獣人なんて存在ではあったが。そして少女は身内を襲われた被害者側。この予想で正しいなら被害者から逃げるのは問題だろう。
このまま扉越しに話そうか。姿も見せない不審者として攻撃してこられるか。強盗に襲われた後に、さらに不審者が現れるのは少女にとって災難以外のなにものでもないだろう。
相手が被害者ならば誠意を持って対応したい。もし暴力を好む性質でも、まだ4歩分以上距離がある。最悪、攻撃しようと向かってこられたら扉を閉め直して盾にできるか。
数秒思考を巡らせて、被害者であろう相手に顔を合わせることにした。深呼吸をしてから扉をゆっくりと開けていく。扉を開けきるまでの時間で思考を続ける。
まず獣人は彼女のおばあさんを食べた。そのあと、彼女も襲おうとしたが返り討ちにあった。
彼女は今現在、見る限り武器の類いを持っておらず、両手とも赤みを指した握りこぶしが確認できる。床や周りを見ても武器に使ったような物は見当たらない。散乱している寝具は有効な武器にはならないだろう。木材を武器にしたのなら使う過程で粉砕して塊としてないのかもしれない。いやしかし、その可能性はとりあえず排除しよう。
怖いから排除しよう。斧だのトンカチだのがない状況で、木材を木っ端微塵にする力が発生していたとか想像したくない。
これ以上の想像を拒否する頭で思考をまとめる。
現状で推測するに、武器を使用せず格闘技で、自身の体格の倍以上もある獣に打ち勝ったのが彼女である。
そんな彼女の問いかけが「獣人の味方かどうか」
彼女の質問に答えねばならない。
こちらの出方を伺って身構えている少女と向き合う。発声のため、鼻から息を吸い込む。腹に力をこめて、口をあけた。
「俺は狩人。この森を生業にしている者です」
確実に彼女に届くように声を張り上げる。
一触即発状態で彼女から攻撃されないための次の一言を放つ。
「そして、貴女様の味方でございます!」
俺は味方です。
決して貴女を裏切りません。
だから殴りかかってこないでください。
お願いします、赤ずきん様!
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ガラガラ
夕暮れに遠くの空で青と赤色が混じりはじめる頃。荷車の車輪が音を鳴らしていた。
「あ、祭りで見たことがあるかもしれませんが、あいつが町長の息子ですよ。今、声かけますね。おーい!依頼品だと思うやつ持ってきたぞー」
森を離れて町の中心地。町長宅の前で、依頼人である幼馴染が中に入ろうとしていたので声をかける。
「はぁ!?もう捕まえられたのか!?」
「あぁ、これだ」
驚きながら向かってくる幼馴染に、引っ張ってきた荷車の中身を披露した。そこには意識のない獣人を前後の足と口を縛った状態で寝そべらせている。
「狼だけか。飼い主の賊の方はどうした?」
「多分なんだが飼い主はいなくて、こいつ単独だった可能性がある。前足の形とか良く見てくれ」
俺は人差し指で獣人の前足を指し、視線を誘導する。
「前足?なんだか猿の手みたいだな。狼は、もっと、なんだろうな、犬みたいな足じゃなかったか」
「こいつ人間の言葉を喋ってたんだよ。人間の仮装でもない。俺は獣人ってやつじゃないかと思う。昔、じいさまが話していたのを一緒に聞いたろ?」
「獣人っておとぎ話じゃなかったのか?本当にいたなんて」
幼馴染は確認するように俺と獣人を交互に見る。
「学者じゃないから本当のところはわからないが、俺はそう思った」
「にわかには信じられないな。それに、こいつの腹はどうなっているんだ?血塗れで縫った跡があるし、妙に膨らんでいるし」
「腹には石を詰めた」
「石!?」
「この獣人が、赤ずきんさ……、この子のおばあさんを丸飲みしたんだ。んで、おばあさんを腹から出す時に詰めた」
あやうく幼馴染の前で、『赤ずきん様』と言いかけた所を何とか思いとどまった。あぶない、あぶない。主従関係もないのに、様呼びは異常に思われるだろう。
赤ずきん様にも『様なんてつけてる必要ありません』と言われていた。会話でも心の中でも様呼びする必要はない。だが俺に刻まれた恐怖が様呼びへ掻き立ててくる。内心は好きに呼ばせてもらおう。
「丸飲み!?腹から!?この子……って、その子か?」
この場で『この子』と言えるのは荷車の後方にいた赤ずきん様だけだが、何故いるか説明していなかったことに思い至る。
「そうだ、この子はこの獣人に襲われた被害者の一人だ。情けないが一人で荷車を引っ張れないから、ここまで押してもらっていた。適当に町の男を捕まえて代わるまでと思っていたら、ここまで着ちまった」
「町民の被害がすでに出ていたのか」
幼馴染が苦い顔をしながら赤ずきん様の方を向いた。
「お嬢さん、こんにちは。すまないね、いるのは気付いていたけれど荷車の方が気になって優先していたよ。今日は怖い想いをしたと思うが、何があったか話せるかい?」
「こんにちは。はい、狼がおばあちゃんの家で、おばあちゃんを食べた後、おばあちゃんのフリをして私のことも食べようとしてきたんです。そこに狩人さんが駆けつけてくれました。狩人さんのおかげで、おばあちゃんを狼のお腹から助け出すことが出来ました。狩人さんには感謝しています」
赤ずきん様の話に返事をせず、幼馴染がこれでもかと目を見開いて俺を見てくる。
「食べられた婦人は無事なのか?フリって何だ?それにお前、弓がうまいこと当たったか?緊急の場でよく倒したな」
「おばあさんは身体はふらついていたが会話はできる状態だ。今は、この子の家で、この子の母親に看病されているよ。獣人は人間のフリが出来るほど知能が高かったようだ。あと、そいつを倒したのは俺じゃない」
赤ずきん様の説明の仕方では、俺は獣人を倒して少女の危機を救った英雄だ。現実の俺は倒され済みの獣人の腹を裂いて、おばあさんを出しただけの男である。
しかも、そのおばあさんときたら獣人に飲まれた直後は腹の中から殴り続けていたと語っていた。流石に途中で体力が尽きたらしいが獣人は腹の中から殴られながら、なんとか赤ずきん様を迎える準備をするはめになったんじゃなかろうか。この孫にして、この祖母である。
「命は無事だったんだな?しかし、お前が倒したんじゃないのか?どうしたんだ?とりあえず屋敷に入ってくれないか。何があったか書き留めておきたい。もう少し話を聞かせてくれ」
「屋敷には俺だけで良いよな?ここに来るまでに、この子の話は聞いているから俺から報告できる。それで不足なら後で尋ねれば良い。この子の家の場所も説明できる」
「そうだな。お嬢さん、一人で家に戻れるかい?ここまで申し訳なかったね。ただ、こちらからの連絡があれば応じてほしい」
「はい、大丈夫です。一人で帰れます。ご連絡もわかりました」
「うん、では行っていいよ」
「失礼します」
赤ずきん様は丁寧にお辞儀をした後、俺の前に寄ってきた。
「狩人さん、やっぱり、後でお礼をさせて下さい」
「いや、道中でも言いましたけど、そんなのは無くていいんですよ。元々俺の仕事だったし。俺の仕事がもっと早ければ、おばあさんも襲われてなかっただろうから。俺はむしろ謝らないといけない立場なんです」
「狩人さんは自警団の方でも騎士様でもないのでしょう?狼の話を聞いたのも今朝なら一番早くお仕事されたんですよね。だったら謝る必要なんてないですよ」
赤ずきん様が妙にキラキラした瞳で話をしてくる。初めて彼女の顔を見た際の獣に似た眼光が記憶をかすめる。その時の恐怖も一緒に呼び起こしチビりそうだ。正常な大人として平静なフリをするしかない。
「大人はそういう訳にもいかないんですよ」
「えぇ、でも」
コホンッと幼馴染の大きめの咳が聞こえた。
「あ、狩人さん、また会いましょうね!」
「うん、機会があれば」
咳が聞こえたところ、赤ずきん様は話を切り上げた。俺の返事を聞いた後は彼女の家の方角へ駆けていく。
大人の俺より速い俊足に目を奪われる。腕力に俊敏性も兼ね備えていたらしい。
赤が増してきた夕暮れ空と高速で遠ざかって行く赤いずきん。彼女の敵側だった場合、今頃赤く染まっていたのは俺かもしれない。そうではなかった幸運を神に感謝する。
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「……以上が今回の顛末だ」
「うーん。本当にあの子が獣人を倒したのか?」
幼馴染用の執務室内でざっくりとした報告を終える。幼馴染は信じられない様子だ。
「俺はとどめの一撃しか見ていないから、それまでどうしてたのか事実はわからない。部屋を見た限り争っていたと思う。ひと芝居うっていたなら別だが、芝居をする目的と利益がわからん。それか、もしかしたら獣人が俺らが思っているより弱かったかもしれない。あの子の強さがどうしても気になるなら、落ち着いた頃に模擬戦でも参加させたらどうだ」
「模擬戦か。お前が相手をするか?」
「絶対嫌だ!俺の専門は弓と罠だ。わざわざ1対1で実力勝負なんかするか」
「そうだな。格闘技も剣術も誰かに勝ったところを見たことがない」
少し愉快そうに言われた幼馴染のその言葉は事実である。俺は罠など搦め手なく真っ正面からの戦いは向いていない。勝てていないことは事実であるが言われて腹が立たないわけではない。
「勝てない話と言えば、ガキの頃にお前が近所のマリー姉さんに負かされた話でもするのはどうだ?」
言われたくないことがあるのは、お互い様。からかい返しと幼馴染の思い出したくないであろう過去を口にする。
「こらっ、やめろやめろ。俺が悪かった。あー、倒したのがあの子で石を詰めようとしたのも、あの子なのか。お前は止めなかったのか?」
幼馴染は、ばつが悪そうに話を本題に戻した。
「俺が獣人の腹を裂いて、丁度おばあさんを出していた時に『
狩人さん、良い石見つけてきました!』って、俺が持ったら腰がやられそうな石を持って立っていたんだぞ。俺が屈んで彼女が立っていたから、目の前は巨大な石、見上げれば良い笑顔。お前にあの時の迫りくる石と笑顔に恐怖する俺の気持ちがわかるか?止められると思うか?詰めるか、俺が石の下敷きになるかの2択なんだよ!」
「下敷きって、お前なぁ。お前に敵意を向けて石を見せたわけじゃないだろ」
熱っぽく説明した俺に幼馴染は若干あきれて反論してきた。
「腹から出したおばあさんを少し介抱したら意識が戻って、石詰めに賛成したんだよ。その場で1対2だ。もう諦めて詰めたんだ。あんな状態でも、まだ生きていて恐ろしく生命力のある生き物だ。起きた時に暴れまわる確率が減って良かっただろ?聞きたいこともあるんじゃないか?隣町のやつらでも知りたいやつはいるだろうしさ」
「そうだな。とりあえず父さんに報告してみるよ。腹の石は父さんの判断次第かな」
「他に聞きたいことはあるか?俺から伝えられることは全部話したぞ」
「うん。じゃあ、今日は終わりにしよう。あの獣人が隣町での犯人って確定するまでは、もう少し森で警戒しててくれよ」
「おう、心配ありがとな。またな」
俺は町長宅を出て、我が家へ向かった。すっかり暗くなった空が1日の終わりを告げ、俺は安堵の息を吐いた。
終わったんだ。やっと、この奇妙な1日が終わる。まだ完全に安心は出来ないが、今日みたいなおかしな日はそう何度もこないだろう。
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「狩人さん、こんにちはー!狩りですか?お手伝いします!」
「え!?こ、こんにちは。あー、すでに言ってますけど。子供には危ないから連れていきませんよ」
森へ狩りに向かおうと町の出口にいたところ彼女は現れた。
「危なくても、私は強いから大丈夫です!」
この少女はいつでも得意気だ。
あれ以来、赤ずきん様が俺の前に現れるようになった。常識外の強さを持つ彼女との付き合いは奇妙で居心地が悪く感じる。獣人を捕まえた日を除くと、そんな奇妙な日が今日で5回目だ。『おかしな日はそう何度もこない』と言ったのは誰だろう。俺だわ。
おかしな日々の中で彼女の強さを再確認している。前回は森で出会って、今回と同様に狩りを手伝うと言ってきた。猪の鼻に正拳突きをかました時はどうしてくれようかと思ったが見事倒していた。
5回も出会っているのは、偶然ではなく、わざわざ会いに来ていると思っても許されるだろう。これまで赤ずきん様の強さと勢いに流されるままに過ごしてしまっていたが、今後の為にも真っ当に話をしようと試みる。
「強さは絶対じゃないんですよ。現に森の獣より弱い俺が生き残っている」
「絶対じゃない?」
「はい、強さがすべてなら俺は森でとっくに死んでいるでしょうね。俺は臆病なんですよ。俺が森で生き残れた理由は臆病で弱いのをわかって動いているからです。臆病で弱い俺は無理をしない。なるべく戦わない。大きな獲物には罠でまず対処して弱らせる。弱いなりに生きているのは人間の俺だけじゃない。毒を持つやつや、後ろからそっと近付いてから攻撃を仕掛けてくるやつ。腕力以外でも戦い方はあるんですよ。強いからと言って狩りに付き合いたがるのはやめてください」
自分は強いから大丈夫だろうと付いて来たがる赤ずきん様を牽制しつつ、俺が弱い男であることも伝える。わざわざ会いに来る価値のない人間と思われたら上々だ。
彼女とはあまり懇意にしたいと思わない。俺は親しくなった人間を時々からかったりする。ちょっとしたじゃれ合いってやつだ。からかわれた側がどういう反応をするかだが、相手によっては『も~、どうしてそんなこと言うのよ!』と言って、ポカポカ叩いてきたりする。
もし赤ずきん様でこれを再現したら
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「も~、狩人さん!何言っているんですか!!」
ドゴッ
グチャ
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赤ずきん様の前で身体を痙攣させ倒れる自分を想像する。日常の軽い交友で生死をかけたくないのだ。からかわなきゃ良い話だが、それくらいの気楽な付き合いができない相手と頻繁な交流は遠慮したい。
赤ずきん様がもう少し大人になって、適切な距離感で接してくれれば、まだ良い。しかし希望とは裏腹に結構近付いてくる。
赤ずきん様の間合いに立たないように、意識して距離を空けているんだが、気付いたら身体が触れあいそうなほど距離が縮んでいる。俺は昔から危険が潜む森で神経を尖らせて過ごしてきたので、気配には敏感な方だ。けれど気付いたら近くにいる。凄腕の暗殺者かな?
「狩人さん。私はずっと私と同じくらいか、私より強い人と結婚したいと思ってたんです」
赤ずきん様の声で、思考に飛んでいた意識が現実に戻ってくる。神妙な面持ちで語られたソレは、この片田舎だと実現出来るか悩ましい夢である。別の土地から探してこないとだろう。
「へ~」
うっかり引きぎみの声を出したかもしれない。赤ずきん様が、よそで結婚相手を腕力で狩りとってくると言うような、くだらない想像をしてしまったせいだ。内心がバレないか冷や汗をかいている俺を、赤ずきん様はまっすぐ見詰めてくる。
「でも、考えが変わりました」
先程より強くなった声に覚悟みたいなものを感じた。なんとなく続きを聞きたくない。しかし聞かないのもおかしいので続きを求める返事をする。
「それは?」
「私は何かあったら負けないように、力が強くなればなるほど勝てると思ってました。自分が強くなりたいと思ったから、自分の結婚相手も強い人が良いと思ってたんです」
「べつに、その考えは悪くないんじゃないですか?」
強いに越したことはないだろう。この少女の場合、相手を見つけるのが難しくなるだけだ。
「強ければ良いと思ってましたが、とっても強かったおばあちゃんは狼に飲まれました。そして今の狩人さんのお話で、ただ力を強くするだけじゃなく他の方法もあるんだって知りました。強さだけを求めるのも強い相手だけを求めるのも違うと思ったんです。狩人さんのおかげです」
目の前の彼女は、晴れ晴れとした明るい顔をしている。
「んんん??いやいや、貴方は十分強いし、それは貴方の努力で素晴らしいことです。ただ、自分は強いから大丈夫と思って人通りの少ない舗装されてない森の獣道に入ろうとしないで欲しいだけです。警戒している時ですら予想外のことが起こることもあるんです。危ない目にあってからじゃ遅いんですよ!結婚相手の話なんかしてません!」
不穏になった話の方向性を戻すべく、つい喚いてしまった。俺の言葉を聞いた赤ずきん様が目を大きく見開いた後、顔を赤く染めて下を向く。下を向いた顔は、ほんの数秒のち片手を口に当ててゆっくり上げてくる。
せわしないな、と思っていたら赤ずきん様がやっと声を出す。
「ふふ……。私を知る男の子たちがみんな何て言うと思います?『お前は強いから大丈夫』って言うんですよ。それなのに狩人さんは本気で心配してくれたんですね。ふふふ」
何が面白かったのか、クスクスと笑いはじめる赤ずきん様。しばらくして笑いを止めた彼女が赤い頬と満面の笑みで、こちらに向き直り口を開く。
「狩人さんって、出会った時から年下の私にも子供扱いしてバカにしたりしないで、自警団でも騎士様でもなかったのに狼のことに責任を感じてて大人だなって思いました。今だって、心配して気遣ってくれる。私、そんな狩人さんのことが、す……」
「だーぁぁ、獲物が!すみません!森の上空に狙ってた獲物が飛んでたんで、もう行きますね!狩りに着いてきちゃいけませんからね!」
俺は軽く後ろに顔を向けて叫びながら、森の方へ走り出す。
「森の上空って!?もう!良い所で行っちゃうんだから」
後ろから話を中断された赤ずきん様の叫びが聞こえた。手足を振り回すように必死に走る中、彼女の『狩人さんのことが、す……』の後に続く言葉を想像する。『き』であろうか。いや、『っごくうざかったんです』かもしれない。それなら良いんだが。良いが切ない。
もし万が一『き』であったならどうしようかと考えて、俺はガキの頃を思い出した。俺や幼馴染よりちょっと年上で、まだ少女だったマリー姉さんが『どこそこの兄さんが格好良い』だの、よく話していた。数年後には格好良いと言っていた同じ相手に『幻滅した』とも言っている。
少女の中には、大人の男に憧れを持つ者もいるだろう。赤ずきん様が俺に好意を抱いているとしたら、それではないだろうか。腕力は強いし獣の腹に石を詰めようと猟奇的な提案はするが、そこを除けば存外、普通の少女だからあり得るだろう。除いていい問題かは一旦脇に置いておく。
赤ずきん様の言った『子供扱いしない』ってのは、恐怖から敬った態度をとっているだけで、大人が年下の少女に媚びへつらっている極めて卑屈な姿である。我ながら酷い。
少女は成長し、いつか夢から覚める日が訪れるに違いない。後々、幻滅する男に好意を向けた事実が残ることは嫌な思い出になるだろう。
今後とも赤ずきん様から俺に近寄らせないように努力しようと思う。俺が彼女と懇意にしたくないのもあるが、これは一人の少女に嫌な思い出を作らせないための慈善活動でもあるのだ。
俺は狩人。
獲物を追い求めて駆けていた。
決して獲物として追い求められる存在ではない。
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「狩りに付いていくことが駄目なら町の中は良いのよね。強いだけじゃ駄目。ぐいぐい押す以外の方法だってあるかもしれないわ。色んな方法を考えなきゃ」
後に自身の発言により思考した少女に知恵が備わり、更に追い詰められる狩人であった。
ここまでお読み頂きありがとうございました。
もしも「赤ずきんちゃんが強かったら」でした。
強い赤ずきんちゃんは他作品様で見かけるかと思いますが、本作は微妙に正気じゃない狩人が書きたかった次第です。