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桜タイムは?

 夜……

 歩人と桜は二人で共有している部屋でテーブル越しに向かい合っていた。


「ほんじゃ、夜はさく姉とだな、何したい?」


 だが、歩人の問いに桜は顔をやや伏せたまま、小さく首を振った。


「ううん、あたしは、何もしなくていいから、お姉ちゃん達の相手して今日は疲れたでしょ? 歩人くん、今日はもう好きにしていいよ」


 そう言って桜は立ち上がると自分の学習机に教科書とノートを広げた。


「さく姉?」

「……あたしは、明日の予習しているから」


 歩人も立ち上がり、桜に歩み寄る。


「どうしたんだよさく姉?」

「歩人くん……」

「ん?」


 桜は、ゆっくりと、そして小さな声で尋ねた。


「お姉ちゃん達って、みんな凄いよね……歩人くんは、蓮華お姉ちゃんのどこが好き?」


 突然の質問に戸惑いつつ、歩人は考える。


「そうだな、やっぱ強いし人望あるし、いざって時すげー頼りになるとこだな」

「じゃあ眞由美お姉ちゃんは?」

「眞由姉は優しいし料理上手いし、一緒にいて凄く落ち着くよ」

「麻香麻お姉ちゃんは?」

「絵を描くのとゲーム上手いし、かなりドジだけど、なんかほっとけないとことかかな」

「あずきお姉ちゃんは?」

「新体操とかフィギュアスケートとか上手いし、意外と周りの人の事考えてるとこだな」


 全ての答えを聞いて、桜は(うれ)いを含んだ笑顔で、


「ほんと、あたし達のお姉ちゃんて凄いよね、あたしもお姉ちゃん達のこと大好きだよ」

「あたし達のって、さく姉だって俺の姉さんだろ? 俺は、さく姉のことも大好きだよ」


 ふわりと歩人の腕が桜の首に巻かれる。

 一瞬だけぬくもりが体を走り、そのすぐ後に桜の胸が痛んだ。


「ッッ!」


 気がついた時には、歩人から逃げるようにして机から離れていた。


「…………さく姉」

「えっ、あっ、その……これは違くて……だから……」


 歩人を拒絶したことに後悔し、そして自分を見てくる歩人の目に、自分に向かって伸ばしてくる歩人の手に、桜は言いようの無い恐怖を感じた。


「あたし、今日はもう寝るね、おやすみなさい」


 早口にまくしたてて、桜はベッドに潜り込んで歩人に背を向ける。


 幸いにも、歩人はそれ以上話し掛けてこないで、そっとしておいてくれた。


 だが、もしも歩人に追及されたどうすればいいのか、歩人が部屋を出て行った後も、桜は一人でそんなことを考えながら眠りについた。





 次の日の朝、桜の胸の中に渦巻くものはさらに膨れ上がり、少しも晴れる事が無かった。


 自分はよほど酷い顔をしていたのだろう、歩人と顔を会わせると、すぐに心配を表情に出した。


 そして、朝食を食べ終わってから、歩人は話を切り出した。


「さく姉、何かあったのか?」

「……」


 桜は答えなかった。


 彼女達も気になっていたのだろう、病院へ出勤した父を除いた姉達と母も心配そうな顔でこちらを見てくる。


「何言ってるの? あたしは別に……」

「そんなわけ無いだろ? なあ、俺にできる事なら力になるからさ……」

「だから何もないよ、そうだ、えっとね、実は最近体重が増えちゃって……」


 苦し紛れの言い分けが通じるほど、歩人は甘く無い。


 高校生になってからはその第六感と眼力にさらなる磨きのかかった歩人の目は桜の言葉を少しも信じてはいなかった。


 歩人は桜の肩を掴み、両目で見据えてくる。

「くだらねえ嘘言うなよ、なあさく姉、一体何があったんだよ? なあ、なあ、俺は……さく姉のそんな顔見たくねえよ!」

「ふざけないで!」


 桜の腕が歩人を突き飛ばした。


 予想だにしない出来事に歩人を含めた全員が呆気に取られて言葉が出なかった。


「歩人くんに……あたしの何が分かるの!?」


 桜は息を荒げ、声には徐々に熱が帯びる。


「あたしはねー! あたしにはねー! 何もないの!」


 声を張り上げて、桜は姉達の顔を順々に見ていく。


「蓮華お姉ちゃんみたいに歩人くんを守れるわけじゃない! 眞由美お姉ちゃんみたいに歩人くんにご飯やお菓子を作ってあげられなければ麻香麻お姉ちゃんみたいにゲームの相手もできないしあずきお姉ちゃんみたいに勉強を教えてあげることもできない!」


 桜の目から(せき)を切ったように涙が溢れ出す。


「そうよ! あたしは強くなければ頭も良くないし家事も遊びも上手くない! それに、姉さん達のほうが、美人だし……スタイルいいし……でも……あたしも歩人くんのお姉ちゃんなの! 歩人くんに何かしてあげたいの! でも! ……でもあたしに何ができるの!? あたしみたいな役立たずは……役立たずは…………っっ」


 最後の言葉は呑みこみ、桜は鞄を持って外へ飛び出した。


「さく姉!!」


 桜の声の代わりにドアの閉まる音が返事をして、その場にいた全員がうつむいた。



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