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「ったく、あんなバケモンとやってられっかよ」


 仮にも一不良グループのリーダーを担う男だけあり、コウジは巧く仲間達を囮にし、敷居を越えて反対車線へ移動すると停めてあった車に乗り込んでいた。


 この事から彼の家がかなり裕福な事が覗える。


「おい、早く出せよ」


 いつまで経ってもアクセルを踏まない仲間の男に指示して、コウジはもう安心とタバコを取り出そうと上着の内ポケットに手を入れた。


「む……無理っすコウジさん」

「無理って何で……あぅ……」


 悠長に取り出したタバコとライターを膝に落とし、コウジは口をパクパクと動かした。

 蓮華は車の目の前にいた。


 ついさっきまで離れた場所で戦っていたはずの蓮華がどうやって一瞬で駆けつけたのか、そんな事を考える余裕も無く、蓮華は右の拳を振り上げる。


 メギリッ! 聞いた事も無い音にコウジと子分の肩がビクリと跳ね上がった。

 だがそれも仕方の無い事。

 人間の拳が車の金属ボディごとエンジンを貫く音など、聞いた事があるはずも無いのだから。


「次、あたしの身内に関わったら……」


 車のボンネットに深々と右腕を刺したまま、人ならざる殺気を最大に高め、蓮華はその全てをコウジに叩き込み、呟いた。


「殺す」


 たった一言、その一言でコウジは自分の短い人生を走馬灯のように思い返し、魂を潰された。


 蓮華は腕を引き抜くと、立ち去る前に一度だけ視線をずらした。


 精神を殺されたリーダーの横で固まる運転手役の不良は、蓮華に何も訊かれずとも首を横に振る。


それを確認した蓮華が車から離れると、運転席に座る不良は脱力しながら大きく息を吐き出した。


「俺……不良やめよ」




「あー、やっちゃん? 悪いけどいつものお願い……うん、うん、そうそう、ほら冬東(とうとう)駅からまっすぐ東のほうに行ったら使用禁止の古い鉄橋あるじゃん……数? 五〇人くらいかな、そそそ、じゃ、あと頼んだよ」


 携帯電話をポケットにしまう蓮華に歩人が尋ねる。


「蓮姉、今どこに電話かけたんだ? やっちゃんて誰だよ?」

「んっ、ああ、ここの処理を署長に頼んだんだよ」

「ショチョウ? ってどこの?」


 蓮華は不思議そうな顔をして歩人に応える。


「どこって、警察署長以外にあるのか?」

「はい?」


 首を傾げる歩人に蓮華は続ける。


「あいつらには全員婦女暴行未遂を犯した前科者のレッテルを背負ってもらうからな、まあ怪我の治療が先だけど全員牢獄、いや、少年院に送ってもらうけど……」


 スッと、桜の頭に手を乗せると、蓮華は小さく笑う。


「桜が傷つくから、事情聴取とかは全部無しでやってもらうよう手配したんだよ」

「ねえさん……」


 涙ぐみながら蓮華に抱きつく桜と、それを抱きとめる蓮華を見ながら、歩人は蓮華の持つ破格の姉力に感心した。


「そんじゃ、家に帰るぞ」


 と、言いながら蓮華は歩人を背負うために背を向けてかがんだ。


「な、なんだよ蓮姉」

「いいから、早く乗れよ」

「別に俺は一人で歩け……」


 一歩進んで歩人はたたらを踏んだ。

 致死量の三倍に値する電気を流され、血を吐くほどに殴られたのだ。

 精神論で支えられた体も事が済めば休息を求めて体力を落とした。


「無理すんなって」


 肩越しに二カッと笑う蓮華から殺気などあるはずもなく、今の蓮華はどこまでも弟を気遣うお姉ちゃんであった。


 そんな蓮華の笑顔に思わずドキリとして、歩人はやや戸惑いながら蓮華の背中に身を預けた。

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