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一一八一年一月 「頼朝包囲網」

治承五年一月 京 六波羅 平時忠邸


 京に還都した平家は反撃に出る。寺社勢力に対しては、延暦寺を平家の氏寺にすることで懐柔し、興福寺には焼き討ちを行った。近江源氏、美濃源氏も打ち破り、平家は中央から敵を駆逐することに成功した。


 昨年とは打って変わった平家の快進撃に平時実は驚きを隠さなかった。


「父上、我らはこれほど強かったのですね」

「たわけ! 何も変わっておらぬ。勝つべくして勝っただけだ。ばらけた敵を潰すのはたやすい」

「なぜ近江源氏や美濃源氏を他の源氏は助けに来なかったのでしょうか?」

「利がある場所に人は集まるが、損する場所には誰もこない。昨年は他の源氏に乗り遅れてはならぬという点において、諸国の源氏の心は同じだった。憎き頼朝だけは違ったがな。だが、守りに回れば心も変わる。誰も他人の土地を守るために命を懸けたくはない。上からの命令がなければなおさらだ」

「以仁王の死ですね。ならば、平家はこのまま勝ち進み、頼朝の包囲も――」

「いや、攻めるのは尾張までだ」

「坂東を囲むとおっしゃったではないですか?」


 時実は日本地図を広げる。


「たわけ。今は飢饉で遠征などできぬ。だから、平家軍はこうする」


 時忠は筆を取ると、越前・美濃・尾張を縦断するように線を引いた。


「東国に蓋をする。源氏が出てくるのをためらうほどの頑丈な蓋だ。そうすると、西へ向かおうとしていた源氏の風が行き場を求めて東へ向きを変える。まずは、甲斐源氏と木曽源氏だ」

「彼らに頼朝を討たせようと?」

「フフフ、それだけで済ませるほど、わしは優しくはない。奥州の藤原秀衡に陸奥守を、越後の城長茂に越後守を与え、北からも頼朝を討たせる。わしの囲みは万全!満点!完っ璧だ! ダーハッハハハ! 時実、酒を持て。平家の前途を祝おうぞ」


 酒を取りに席を立った時実だったが、戻ってきたときには手に何も持っていなかった。


「父上、酒はお控えください」

「何があった?」

「…急使が来ました。高倉上皇が御危篤」

「なっ!?」

「お気をたしかに。急使は二人です。禅門相国(平清盛)殿も熱病で倒れられたと」

「ぐわっ!?」

「父上、口から泡が! 父上! 父上―っ!」


――――――――――――――――――――

それから四カ月後、

治承五年五月 相模国 鎌倉 大倉御所


 平時忠の次男・時家は頼朝の居館であり政務を執る大倉御所での合議に参加していた。解官されたとはいえ、前従四位下という官位と教養の高さ、そして義父が大豪族・上総広常という彼は御家人からも一目置かれる存在だった。だからといって時家は合議の場で出しゃばることはない。政治に口を挟めば、その中身を問わず、敵を生むことを、京の政界で生きていた時家は知っている。


 ただ一つだけ例外がある。時忠の命令だ。時家は「頼朝を坂東に閉じ込めろ」という密書を受け取ってから、義父の広常にまずは坂東で実力をつけることが大事だと進言した。時家の言葉がどれほど影響したかはわからないが、結果、鎌倉は坂東での戦いを優先した。


 その間、京では高倉上皇が崩御し、平清盛も死んだ。跡継ぎの平宗盛には幼い安徳天皇を擁して朝政を支配するほどの器量も傲慢さもなく、後白河法皇の院政の復活を許した。


(父上も苦労が絶えないな。だが、それでも頼朝の包囲は完成させたようだ。合議の間に流れる重い空気がその証)


 安達藤九郎盛長が床を叩きながら叫ぶ。


「鎌倉殿、こうなれば全軍で京へ上り、平家と決戦すべきだ! そうすれば再び源氏はまとまる」

「阿呆は状況に堪えきれずに物事を決めたがる。それも誤ったほうに」

「なにおう! 即断せず、引き延ばしていたから、危機を迎えているのではないか!」

「危機ねえ」

「鎌倉殿は状況がよくわかっておられぬようだ。平三、よ~くわかるように話してやれ」


 藤九郎が隣の梶原平三景時に向かっていった。


「おぬしが話せばよかろう」

「細かい話は苦手だ!」

「では…、北から話していきましょう。奥州の藤原秀衡が国境に兵を集めており、越後の城長茂は南下する動きを見せております。我らと上野で戦になりそうだった信濃の木曽義仲は、甲斐の武田信義との縁談を進めており、両者が手を結んで坂東に向かってくることも考えられます。他にも常陸の佐竹残党、下野の足利、新田らも敵と見てよろしいかと」

「どうだ! 多すぎて覚えきれなかったのだろう」

「お前がそうだから平三に言わせたのだろ、阿呆」

「ぐぬう…」

「確かに周りはすべて敵だ。だが恐れることはない――」


 頼朝は御家人を見渡すと人差し指を立てた。


「一手だ。この包囲、一手で崩す」


 広間に集まった御家人がざわつく。


「鎌倉殿は考えが甘い。一つの戦に勝ったとて、他の敵があきらめるとは限らぬ」 

「戦? 使うのはこの右手だけだ」

「なっ!?」

「他に用事がなければ皆下がれ。私は長い合議と阿呆が嫌いだ」


 御家人が首をかしげながら出ていくなか、時家は頼朝の顔を盗み見ていた。


(あの顔、嘘にも強がりにも見えない。本当に包囲を破る手があるのか…)


――――――――――――――――――――

それから一カ月後、

治承五年六月 京 六波羅 平時忠邸


 平時実は平宗盛の館に行っていた時忠が怒り心頭で帰ってきたので驚いた。


「父上、宗盛殿と口論でもされたのですか」

「おのれえええ! 頼朝おぉぉ!」

「頼朝? 頼朝がどうかしたのですか?」

「わしが作り上げた囲みを解きおった! たった一通の書状で!」

「そんな…。父上は完璧だと言っていたではないですか」

「完璧だった。あのときはな…」


 時忠は苦虫を噛み潰した顔した。


「法皇が宗盛を呼び出し、頼朝と和議を結べと言ってきた」

「まさか、頼朝が和議の仲介を法皇に頼んだということですか? だとしても、清盛公は頼朝を呪って亡くなりました。平家一門が和議を飲むわけがありません」

「たわけ! 平家が和議を蹴ることなぞ、頼朝は承知の上だ!」

「え!? それではなぜ?」

「頼朝が欲しいのは、法皇を通じて和議の交渉を続けているという事実だ。それがある限り、奥州の藤原秀衡や、越後の城長茂は法皇に遠慮して頼朝を攻められない」

「あっ…」

「坂東に向いていた風は乱れ、向きを変えるだろう」


 時忠の懸念は的中する。奥州の藤原秀衡は国境から兵を引き、越後の城長茂は頼朝に向けていた矛先を、信濃の木曽義仲に向けた。しかし、義仲は長茂を破り、その勢いのまま越後を制圧。一方、甲斐の武田信義は義仲と進めていた縁談を破棄し、義仲が不在の信濃の南を切り取った。義仲と信義は敵同士となり、武田信義は頼朝と手を結び、義仲も頼朝を刺激するのを避けるようになる。


 頼朝包囲網が崩れた後、頼朝は法皇へ頼み続けていた和議の仲介を取り下げた。

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