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一一八〇年十月 「義経の進言」

治承四年十月 駿河国 黄瀬川


 平家軍に戦わずして勝った頼朝は、黄瀬川の本陣に戻った。平家の脅威が去ったことにより、南坂東は頼朝の物となった。鎌倉軍の豪族に酒がふるまわれる中、平時忠の次男・時家は一人、杯をかたむける。


「七万の大軍が父上によって作り出された幻とは、私もまんま騙された。法皇を幽閉し、平家が天下の権を握っているのにも関わらず、京の外へ出れば七万の兵を集められない。幻を見ているのは、京の中で生きている平家のほうかもしれぬ」


 時家の視線の先に、こちらへ向かってくる武士の小集団がいた。その先頭にいる小柄な男を見て時家は合点する。


「早くも駒を動かしたか。平家が大敗したこの盤面、父上はどんな手を打つ?」


――――――――――――――――――――


 安達藤九郎盛長は頼朝の前に現れた九朗義経と名乗る若者に好感を持った。頼朝の異母弟で、奥州藤原氏に庇護されていたが、頼朝の旗揚げを知って駆け付けたという。義経との面会が終わった後、藤九郎は頼朝の肩を叩いた。


「いやあ、佐殿はいい弟を持った。兄を助けたいと奥州を飛び出し、富士川の戦に間に合わなかったとくやしがる。まっすぐな気性で親思い。誰かさんとは似ても似つかぬ」

「意見が同じことが、そんなにうれしいか?」


 平家軍が退却後、鎌倉軍の意見は二つあった。甲斐源氏のように逃げる平家軍を追いかけて、京まで上り平清盛を討つか、それとも北坂東にいる敵対勢力を潰していくか。藤九郎は前者の意見で、義経も「兄弟の力を合わせて亡き父の仇を討ちましょう」と、涙ながらに訴えた。


「俺は九朗殿の健気さにもらい泣きしてしまった」

「では、九朗をなぐさめてやれ」

「ん!? ということは、まさか上洛しないのか!」

「お前は余を売り歩いたときの文句を忘れたのか?」

「『何にでも使えて値が安い』」

「狙い通り、買い手が殺到し大軍になった」

「だからその大軍をもって京の平家を討ちに――」

「お前はたちが悪い。悪意無いだけにより厄介だ」

「かたき討ちは善だ! 俺のどこがいけない!」

「都合の悪いことはすぐ忘れる。お前は豪族に余の身を何にでも使えと言った」

「それは、たしかに…」

「勝負師にとって踏み倒すのは負けと同じ。売り文句通り、余を好きにさせる」


 その後、頼朝は有力豪族である千葉常胤と上総広常の意見を聞き、両氏と所領をめぐり因縁のあった常陸国の佐竹氏を討つことに決めると軍を東に向けた。


 行軍中、頼朝の元に複雑な顔をした藤九郎が馬を寄せてきた。


「伊東祐親が自害した」

「祐清が知らせにきたのか?」


 祐親の子・祐清は冤罪事件の折、頼朝を救った功により、免罪されていた。


「ああ、そのまま平家軍に加勢すると言い残して去った。追わせるか?」

「祐清は真っすぐな男だ。余が謀反しないと思ったからこそ父を裏切った。だが、余は平家の敵となった。父が死んでなお、余の元にいれば祐清の心が死ぬ。放っておけ」

「そうだな! うん、それがいい!」


 藤九郎は晴れやかな顔で何度もうなずいた。


――――――――――――――――――――

治承四年十一月 摂津国 福原 平時忠仮屋敷


 以仁王の挙兵以降、時忠は高倉上皇の院別当として、また平家の参謀として昼夜なく働いていた。仕事人間の時忠としては、仕事が増えることはむしろ望むところだが、その中身が許せなかった。


「いい加減にしろ! 阿呆入道が!」

「父上、お声が大きすぎまする。お気持ちはわかりますが…」


 時忠が書いているのは、京への還都計画書である。三カ月前には福原への遷都計画書を書いた。各地で反平家の狼煙が昇っている中、清盛は誰も喜ばない福原遷都を強行した。時忠は実務責任者として、反対意見を封殺して遷都を実現させた。だが、近江にまで戦乱がおよび、延暦寺まで反平家の態度をとると、平家一門までもが清盛に還都を迫り、清盛も同意したのだった。


「不利になってから戻ってどうする。機が遅いわ! 富士川の負けから流れが変わった。それこれも頼朝の――」

「時家と義経から知らせが来ております」

「おお! 早く言わぬか。頼朝は仕掛けにかかったか?」

「それが、義経の言葉には乗らず…。ですが、良かったのではないでしょうか。もし、頼朝が軍を進めてきたら、京は奪われていたかもしれません」

「そうはならん。見ろ、時実」


 時忠は日本地図を広げる。そこには反乱を起こしている勢力の名が記されていた。


「敵と平家の違いがわかるか?」

「敵は各地で蜂起していて、平家は中央だけ…」

「平家が不利に見えるか? だが、それは一つの見え方にすぎぬ。わしから見れば敵はバラバラで平家はまとまっている。有利なのは平家だ。以仁王は一つだけ良いことをした。各地の源氏に対し、横並びで令旨をばら撒いた。以仁王が死んだ今、令旨を受けた者は己こそが大将だと思っている。お山の大将が集まれば必ずいさかいが起こる」

「ですが、源氏同士の争いが起こっているという話は…」

「生き残るために戦っている内は起こらぬ。勝利で高揚しているときも。だが、味方の内で脅威を感じる者が出てくればおのずと変わる」

「その役目を頼朝に?」

「うむ。大軍を持つ頼朝が上洛する際、甲斐、美濃、尾張、近江の源氏といっしょになる。頼朝のことだ。盟主になろうとするだろう。だが、やつの傲岸不遜な気性は必ず反発を買う。仲間割れが起こる」

「そのように上手く事が運ぶでしょうか」

「ゆく。時実、なぜ平家が富士川で負けたかわかるか?」

「兵が思うように集まらなかったからです」

「なぜ、集まらなかった?」

「それは平家の威信が落ちたから…」

「たわけ! そなたらは、平家の威信が山よりも高いという幻から覚めたが、今度は平家の威信が地に落ちたという幻を見ている。兵が集まらない理由は、兵糧が無かったからだ」

「飢饉のせい…」

「大軍になればなるほど、兵糧の確保は難しくなる。必ず兵糧をめぐっていさかいが起こる。頼朝が上洛してこそ、富士川の戦いの借りを返せたものを…」


 時忠はしばらく地図を見つめて考えた後、筆を取ると坂東を囲むように円を描いた。


「フフフフ、頼朝め。出てこないならば、こうしてくれる」

「父上、それは?」

「頼朝を囲み殺す。これでやつも終わりだ。ダーハッハハハ!」

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