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一一八〇年四月 「本物の令旨」

治承四年四月 伊豆国 北条時政邸


 源頼朝は北条時政の娘・政子を妻に迎え、長女ももうけていた。とはいえ、流人であることに変わりはなく、一寸の領地さえ持ってはいない。時政の館に住み、平穏な暮らしをしていた。しかし、京では平清盛がクーデターで後白河法皇を幽閉し、政情が悪化。そんな中、頼朝の元に叔父の源行家が訪れて、以仁王の令旨を渡した。


 安達藤九郎盛長はすぐに頼朝に好意的な豪族を集めた。伊東祐親による冤罪事件の後、近くの若者だけではなく、平治の乱で敗者側になり、平家に虐げられていた坂東豪族の子弟までもが頼朝に会いに来るようになっていた。


 藤九郎が広間に集まった豪族たちを前に令旨を読み上げる。


「『下 東海東山北陸三道諸國源氏并群兵等所 應早追討淸盛法師并從類叛逆輩事』。要は東国三道の源氏に兵を挙げ、清盛ら反逆の輩を追討しろってことだ!」


 豪族の子弟らが声を上げて喜んだ。

 藤九郎が頼朝の肩を叩く。


「佐殿! とうとう流れがきたな! それもどでかい!」

「これは、まだ本物じゃない」

「まだって、どういうことだ?」

「令旨の主は最勝親王を名乗っているが、本当の名は以仁王。親王ですらない。怪しげな王の下で勝負する気はない」

「親王で無かろうが法皇の御子だ! 法皇から『以仁王は最勝親王でござい~』って、お墨付きが来るまで待つつもりか? 他の源氏に後れを取れば、怖気づいたとそしりを受けるぞ!」

「藤九郎。豪族の子弟を帰させろ」

「佐殿!!」


 藤九郎ほか、すべての豪族が決起をうながしたが、頼朝の態度は変わらなかった。最後にはあきらめ、肩を落としながら帰っていった。

 集まった者を見送った藤九郎が戻ってくると憮然として、令旨を投げつけた。


「おい、令旨だぞ」

「使わなければ鼻紙と変わらんわ! 皆、佐殿を腰抜けや臆病者と言っていたぞ。長年に渡って集まった衆望もこれでガタ落ちだ」

「衆望は余が集めたものだ。お前が集めたように言うな、阿呆」

「勝負を捨てた佐殿のほうが阿呆じゃ!」


 藤九郎は令旨で鼻をかむと、広間を出て行った。


――――――――――――――――――――

治承四年五月 京 六条河原


 頼朝が令旨を受けてから一週間後、京では以仁王の謀議が発覚した。検非違使別当の平時忠は兵を連れて以仁王が潜む三条高倉邸を急行。しかし、捕えることはできず、以仁王は園城寺に逃亡する。園城寺は以仁王の引き渡しを拒否し、興福寺や延暦寺とも連携する動きを見せたため、平家もうかつに手を出せなくなった。この時、追手であるはずの源頼政が離反し以仁王に合流した。時忠は園城寺内部の親平家派僧侶に働きかけ、内部分裂させることに成功。園城寺にいることを危険に感じた以仁王は、興福寺に向かうが、平家軍の追撃で討ち死にする。


 京・六条河原にさらされた以仁王と源頼政の首を見ながら、時忠は苦々しい顔をした。世間から忘れ去られていた王に、齢七十六まで平家に忠実だった老武者。時忠が指揮する検非違使は二人ともノーマークだった。その証拠に頼政が裏切るまで、頼政の息子は検非違使に所属しており、そこから情報が漏れていた。


「時実、源氏の動きは?」

「諸国の源氏はかなりの数なのでまだ調べきれてはいません」


 時忠の息子・時実が令旨の写しを広げて説明すると、時忠は苛立った。


「わしが源氏と言えば頼朝のことだ! 雑魚のことなど後でいい」

「頼朝のことなら安堵ください。伊東祐親から、『頼朝は令旨に従わなかった』との知らせがきております」

「…伊東に頼朝を討てと伝えろ」

「ですが、父上、前は戦を避けよとおっしゃったはず。また、無理に討とうとすれば…」

「戦になっても構わぬ。後ろには平家軍がついていると、伊東に言え」

「承知しました」

「それから上総国にいるあやつにも頼朝を調べさせろ」


――――――――――――――――――――

治承四年七月 伊豆国 北条時政邸


 以仁王討死の報が、伊豆国まで知れ渡ると頼朝は藤九郎に豪族の子弟を集めるよう命じた。しかし、北条邸に集まった数は前の半分にも満たなかった。豪族の子弟たちも意気揚々としてはおらず、深刻な顔が並んでいる。平家が令旨に書かれた源氏を討ちにくる可能性は極めて高く、そうなると親平家ではない豪族に対して、圧力が高まるのは明白だったからだ。


 藤九郎が半ばあきらめの口調で言う。


「集めたぞ、佐殿。これから別れの宴でもするつもりか」

「いや、令旨に従い兵を挙げる」


 頼朝の意外な言葉に広間中がざわついた。


「今更遅いわ! 以仁王は死んだのだ。だいたい令旨は偽物だと言っていたではないか!」

「まだ本物じゃないと言ったのだ、阿呆。以仁王が死んで令旨は信じるに足る本物に変わった」

「はぁ?」


 皆がポカンとするなか頼朝は続ける。


「余は以仁王がどんな人間か知らない。生きていれば平家と和睦するかもしれないし、愚かな命を下すかもしれない。だが亡くなった今、令旨が以仁王のすべてだ。この王のためなら私は立ち上がる」

「ふん、物言わぬ王ってわけか。だが、機を逃したツケは大きいぞ。佐殿は臆病者だと噂が広まり、集まったのはこれだけだ」

「機が到来したと言って浮かれて集まった奴らと、以仁王亡き後に立つ私。臆病者はどちらだ?」

「それは…」

「あのときに集まった者は、まるで勝ったように浮かれていた。だが、今ここにいる者は生き残ることを考えている。臆病者が消え、勇士だけになった」


「おお、そうだ!」「我らこそ勇士よ!」


 広間に広がる声を聞いて、藤九郎は舌を巻いた。


(人が減ったことを、ひっくり返して精鋭に変えるとは…。それに来なくなった者は、状況次第では裏切るやつらだ。これでよかったのかもしれぬ)


「それに見たかった顔も見れた。なあ、時政」

「はい。相模の三浦義澄殿、下総の千葉胤正殿、さらには――」


 頼朝の義父の北条時政が紹介したのは、坂東の名族の嫡男である。これまで集まっていた豪族は当主でも嫡男ない者が多かった。


 藤九郎が口をあんぐり開けて、頼朝を見る。


「急になぜ…」

「令旨で動かない私を見極めにきたのさ。そうだろ、義澄?」

「ハッ! ご無礼ながら、父より臆病者か思慮深きものか見てまいれ、と」

「余をどう見た」

「常人には推し量れぬ御方」

「いや、褒めすぎじゃないか? 佐殿は推し量れないんじゃなくて、ひねくれているだけ…」

「藤九郎、お前が鼻をかんだ令旨を綺麗に直しておけよ」

「あ、いや、あれはその…。これにて失礼!」


 藤九郎は避難の視線から逃げるように出て行った。

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