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一一七〇年二月 「流人と流人」

嘉応二年二月 出雲国


 平治の乱から十年。平時忠は正三位に栄進し公卿となり、妹の慈子が産んだ御子が高倉天皇に即位し外戚にもなった。しかし、官位を解かれ二度の流罪にもなっている。このように立場が乱高下する男は日本史でも稀であろう。


 時忠は配流先の出雲国で京への召返しの令を受けると、息子の時実に不満をぶつけた。


「もう、人の駒にはならんぞ、時実! 平清盛(相国)殿も後白河上皇も勝負の負けを、すべてわしに背負わせた。付き合っていられるか!」

「父上のやり方が激しすぎるから、お二人もかばうことができなかったのです。京で父上が何と呼ばれているか知っていますか? “狂乱の人”です」

「頼朝みたいに言うな。いいか、時実。京に戻ったら、わしはわしのために勝負するぞ」

「そのお言葉も頼朝のようですね」

「はぁ!? なぜそなたが知っておる。まだ童子だったはず」

「当時、父上は杯を傾けるたびに、頼朝の悪口を言っていました。童子でも覚えます」

「だからといって、あんな小僧といっしょにするな。十年経っても動く気配すらない。毎日、写経しているだけの腑抜けではないか」

「ずいぶん、頼朝にお詳しいようで」

「ふん、伊豆の伊東祐親(すけちか)が知らせてくれるから知っているだけのこと。それにしても、少しは骨のある奴かと思ったが、流罪で心が挫けたに違いない」

「父上は二度の流刑で闘志が挫けましたか?」


 時実を時忠がじっと見つめた。時忠はにやりと笑う。


「いいや、逆に盛んになった。心の炎に薪をくべるように。時実、京に戻り次第、源義朝の遺児を調べろ。わしの駒を探す」


――――――――――――――――――――

嘉応二年三月 伊豆国 蛭ヶ小島


 伊豆に流された頼朝は平治の乱で見せた勝負師の顔など無かったように、穏やかな日々を過ごしていた。安達藤九郎盛長はそんな頼朝に苛立ちをみせ、ことあるごとにつっかかっていった。


「毎日、毎日、念仏に写経。お行儀がいいこった。伊豆の豪族や寺院の僧どもには、『武士であっても流石は貴人。荒ぶったところがない』と評判だが、(すけ)殿は源氏の棟梁。熱き志はどこへ捨てた? 平家はますます盛んになっているぞ。これでは俺が命がけで助けた甲斐がないではないか。見ろ! あのヒヨコがもう老いた鶏になっている。佐殿もああなりたいのか!」

「一つ、お前に助けられた覚えはない。二つ、老いた鶏じゃない。千鶴丸と呼べ。三つ、お前のような阿呆にはなりたくない」

「なにおう!」

「賭けをするとき、何を考える?」

「そりゃあ、勘よ。来ると思ったときに大きく張る!」

「阿呆、勝負には流れがある。相手に流れがあるときは負けを抑え、流れがきたときに大きく張る。もちろん策も弄する」

「流れが来なかったらどうする?」

「その考えが負けの因だ。焦り、逸り、追い込まれて賭けにでる。たしかに勝負の快感は得られる。だが、浅い、上辺だけの快感だ。そんな勝負じゃ心が爆ぜない。だから待つ。流れが来るまで、いつまでも」

「怯懦の言い訳にしか聞こえぬ! 亡き義朝()殿に会わす顔がないわ!」


 藤九郎が家を飛び出すと、若者や娘がいた。流された当初は平家に遠慮して誰も寄り付かなかったが、頼朝が何年にも渡り、おとなしくしていたこともあって、頼朝を訪ねてくる豪族の子弟や子女が増えている。田舎の若者の好奇心は、京育ちの貴族を放っておかなかった。


「俺は取り次がんから、勝手に入れ! こやつらは危険が無さそうだから寄ってくる。これが、源氏の棟梁が舐められている証でなくてなんだというのだ!」


――――――――――――――――――――

嘉応二年四月 京 六波羅 平時忠邸


 平時忠が京に戻ってから、一カ月かけて時実は源義朝の遺児を調べ終わった。


「源義朝の遺児で生きているのは頼朝の他には、土佐に流された希義。常盤御前には三子がおり、全成、円成は僧に。遮那王は鞍馬山で稚児をしております」


 この時期、範頼(のりより)は遠江国で隠されて育てられており、平家は知らない。


「使えそうなのはいるか?」

「すでに連れてきております」


 時忠は満足そうにうなずくと、部屋に入れるように命じた。現れたのは前髪が残っている遮那王だった。


「僧になるのは嫌だ! おじさん偉いんでしょ。お願いだよ」

「ああ、そうだ。いうことを聞けば、何でもしてやれる」

「ほんと!」

「ああ、でもおじさんは御父上の仇の平家だ。それでもいいかい」

「うん。赤子だったから父上のこと知らないもん。知っているのは父上が負けたせいで母上はいつも泣いていて、僕たち兄弟が引き離されて僧にさせられるってこと。父上を恨んでいるぐらいだよ」

「たしかに御父上は遮那王をつらい目にしか合わせてないな。そうだ、わしの息子にならないか? 何不自由なく暮らせるぞ」

「ほんとに! やったあ!」


 時実がギョッとした顔で時忠を見た。源氏の遺児を養子にしたら、平家一門から謀反の嫌疑がかけられない。


「ただし、大人になってからだ。わしの娘・(わらび)姫と結ばせて息子にしてやる。だから、わしの言うことを守るんだ。遮那王は僧になりたくないだろう?」

「うん、わかった。おじさんの言うことをしっかり聞くね」

「ああ、いい子だ」


 遮那王を帰らせた後、時実は時忠に詰め寄った。


「蕨姫を源氏の孤児にくれてやるのですか!」

「そう怒るな。まだ娘は二人もおる。そなたも頼朝に気をつけろと言ったではないか」

「確かにそう言いました。ですが、父上は極端すぎます! 口と銭で手なずけておくだけで十分でしょう!」

「そなたは甘い。わしがやるからには万全を期す」


 憮然とした顔の時実を構わず、時忠は笑う。


「遮那王は頼朝と似ても似つかぬ。わかりやすい小僧だ。蕨姫との婚約は遮那王を感激させた。裏切らぬ駒を縦横に操ってくれようぞ。ダーハッハハハ!」

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