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一一六〇年二月 「老尼落とし」

平治二年二月 京


 源頼朝が平家に連れていかれた後、安達藤九郎盛長も追うように京へ向かった。頼朝がどこにいるかは藤九郎にも想像がつく。捕えられた者は罪が決まるまで平家一門が住んでいる六波羅に預けられていた。


 とはいえ、武士の格好で六波羅には近づけば自分まで捕らわれる。


(すけ)殿に仕えていた雑色と偽り、身の回りの世話をさせてほしいと懇願すれば、会えるかもしれぬ。ここで太刀と鎧を捨てて…、いや捨てるのではない! 山に預けるだけだ」


 鎧と太刀を埋めながら、藤九郎は居もしない頼朝へ言い訳をした。


「そもそも、佐殿に会う必要があるのか? どの道、処刑はまぬがれぬ。佐殿を捕えたからには平家の追捕も緩やかになる。坂東へ逃げてしまえば…」


 そう、つぶやいた藤九郎だが京へ行く足は止まらない。頼朝が捕えられる前に見せた、落ち着きっぷりがそうさせなかった。


「何が、勝負の邪魔をするな、だ。負け惜しみで言ったに決まっている!」

「もし、そこの御仁」


 藤九郎が振り向くと、中年の男が鶏の入った籠を持って笑っていた。


――――――――――――――――――――

平治二年二月 京 六波羅 平頼盛邸


 平頼盛の家人・平弥平に捕えられた頼朝が頼盛の屋敷に閉じ込められると、落人捜査の総指揮を採っている平時忠がやってきた。


 平時忠三十歳。清盛の義弟だが、コネではなく能吏として頭角を現してきた。検非違使として罪人相手に辣腕を振るい、今は刑部大輔になっている。現代でいえばさしずめ警視庁の現場のトップだ。


 時忠が頼朝を見据えると、鼻で笑った。


「寺院や所縁の豪族を探しても見つからぬはずだ。闘鶏屋に隠れておるとは。汚れのない衣も落人には見えぬ。多少は頭が回るようだ」

「余を褒めたところで、失態は補えない。お前は誰もが思いつく場所を探すだけで、一カ月の間、気づくことすらできなかった。平家一の切れ者と言われてもその程度か」

「フン、気位だけは源氏の棟梁だ。だが、智も勇も死んだ義朝に及ばぬ。かくれんぼを自慢したければ童子に混ざって遊ぶがよい。だが、平家は童子とは違う。時はかかれども必ず見つけ出す」

「余も童子とは違う。平家や父ともだ。阿呆同志のぬるい乱はつまらない」

「天下分け目の乱をぬるいだと!? 小僧が戦の、勝負の何を知っている!」

「全知全能、己の意思をもって戦ってこそ心が爆ぜる。父の不幸は藤原信頼という阿呆の下で戦わされたことだ」

「小僧も同じではないか」

「ああ、つまらなさに絶望していた。だが、負けたことで道は開けた。これで余は誰にはばかることなく、勝負ができる」

(この小僧、狂うておるのか?)


 時忠は不敵に笑う頼朝を見て鼻白んだ。


「そうか。だが、残念だったな。初めての勝負で負けた小僧は処刑される。勝負の相手は地獄で探すがいい」

「フフフフ。一度目の勝負はすでについている。お前は私を殺せない」

「はぁ!? 狂うておるのか? まるで話についていけぬ」

「余は捕えられたのではない。捕えさせたのだ」

「何だと? それはどういう…」


 時忠が問いかけたとき、平頼盛に手を引かれて老尼が現れた。


「おお…、まこと家盛に瓜二つじゃ…」

「池禅尼。今は吟味の最中です。どうか、お控えください」

「おだまりなさい! 天が亡き家盛に合わせてくれたのじゃ。邪魔は許しません」

「ハッ!…」


 平家の中で一目置かれている時忠でも黙るしかなかった。池禅尼は平清盛の継母で、清盛の父・忠盛とともに平家が栄える礎を築いた賢妻である。平家内では清盛でさえ頭があがらない。そして、家盛は池禅尼の第一子で、平家の棟梁になっていたかもしれない男だった。過去形なのは二十三歳の若さで死んだからだ。


 涙を浮かべながら頼朝を抱く池禅尼に対し、頼朝は人違いだと言わず、黙って好きにさせていた。時忠は苦々しくそれを見ていた。


「家盛も浅黄色の衣を好んでいました。時忠殿、勝手に沙汰をしてはなりませぬ。尼が清盛殿に命乞いをいたします。二度と家盛を死なせてなるものですか!」


 池禅尼は強く命じると、頼盛とともに屋敷を出て行った。


「時忠。仕事ばかりではなく、女官と遊んだほうがいい。そうすれば余の顔が家盛と似ている、なんて話も耳に入る」

「不良小僧が。わざと闘鶏屋に池禅尼の子で、死んだ家盛の弟である平頼盛(尾張守)を選んで密告させたのだな。斬られるのではなく、助けさせるために。子を失った老婆の心を利用するとは外道の策よ」

「老婆の心を労わりたければ、余を大切にすることだ。私が傷一つでも負えば禅尼が悲しむ」

「くっ! 図に乗るなよ。死を免れても流罪は免れぬ。勝負など二度とさせるか。小僧は滅びゆく源氏を見ながら老いて死ぬのだ。ダーハッハハハ!」

「勝負をさせない、か。さすがは平家一の切れ者だ。そうさ、時忠。他にお前が勝つ道はない。なぜなら、余が動くとき、勝ちはすでに決まっている」

「ククク、安い挑発だ。怒らせて手を出させ、池禅尼にわしを処罰させる気だろう。言っておくが此度の件はいわば不意打ち。常であれば、わしが知略で負けるなどありえぬ。ゆえに小僧が動こうと動かまいと勝ちは必定。よく覚えておけ!」


 後日、池禅尼の働きで頼朝は死罪を減じられ、伊豆へ流刑となった。


―――――――――――――――――――――

平治二年二月 近江国 東海道


 藤九郎は配流先まで護送する役人に賄賂を渡し、頼朝に同行することができた。


「死地からよくぞ戻ってきた。これからは安堵していい。道中で暗殺の気配があれば、俺が守る」

「迷惑だな」

「何だと! 俺がどれだけ苦労をして近づいたか!」

「闘鶏屋から預かった銭はどうした?」

「それは、その…。袖の下に使った…」


 頼朝は闘鶏屋と取引をしていた。鶏を質に取った際、平頼盛に密告させて恩賞をもらい、二人で山分けにする内容だ。闘鶏屋としてはノーリスクで恩賞がもらえるので、依存があるはずもなかった。その後、闘鶏屋はもらった恩賞の半分を藤九郎に渡したのだった。


「人の銭を使う苦労なら、余もしてみたい」

「仕方ないだろ! 佐殿の側に近づくためだ!」

「余は池禅尼に守られている。殺されるとすればお前が理由だ。役人は言うだろう。知らぬ者が近づいて頼朝を逃がそうとしたので斬りました、とな。黙っておとなしくしていろ。お前はとかく騒がしい」

「ぐぬう!」


 藤九郎が言い返すことができずにいると、胸元からヒヨコが顔をのぞかせた。


「ああ、忘れていた。闘鶏屋からの餞別で、佐殿が人質に取った鶏、百鶴丸の子だとよ。こんなちっこいの、腹の足しにもなりゃしねえ」

「幼さは勝ちの始まりだ。弱くなりようがなく、強くなるだけ。そして、いつかは巨大な敵さえ倒せるようになる」

「佐殿、よくぞ…」


 頼朝が平家打倒を志していると知り、藤九郎の身体は熱く震えた。

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